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房総写真行―九十九里浜



 最近ちょくちょく千葉県の房総半島に写真を撮りに行っている。といっても1月にせいぜい2、3回ほどだが。例によって折りたたみ自転車をJRの普通列車に持ち込んで外房や内房の駅に降り立ち、自転車に乗りながらメモリカードがいっぱいになるか日が暮れるまで写真を撮るのだ。たいてい日帰りだが、駅前のマンガ喫茶などで一晩仮眠することもある。PCや携帯型ストレージを持っていく時もあるし、持って行かない時もある。ぼくにとってこの「房総写真行」は目的もテーマも特になく、ただ“ぐっとくる”風景に出会うために自転車に乗ってあちこちウロウロすることの延長である。



 週末に九十九里浜沿いを自転車で走った。JR外房線の大網駅で下車し10kmほど離れた九十九里浜海岸まで出てビーチに沿って走りJR総武本線の松尾駅から乗車して帰宅した。合計5時間ほどで移動距離は40km弱。撮影した写真は約1,000枚ほど。これはぼくにとってはかなりのハイペースな撮影だ。普段ぼくが路上で写真を撮る場合だいたい3時間で300枚、6時間で500枚、12時間で1,000枚といった按配である。

 もちろんこうした撮影枚数はあくまでも平均であり、これより多いときも少ないときもあるが、だいたい3時間がひとつの区切りになっており、そのタイミングで一息つくために休憩することが多い。そのまま3時間で終了することもあるし、さらにあとさらに3時間撮り続けることもある。ぼくの場合エンジンがかかるのが遅いので最低でも3時間は撮り続けないと調子が出てこないのだ。6時間ほど撮って終了することが一番多いのだけど、そこからさらに6時間撮り続けることもある。12時間連続で写真を撮ると言うと、過酷そうに聞こえるかもしれないが、自転車に乗ってブラブラしているとそれくらいの時間はけっこうすぐ過ぎてしまうものだ。

 たとえば朝の9時から夜の9時くらいまで自転車に乗って移動しているということになる。もちろんずっと乗りっぱなしではなくて、食事したり店をうろついたり腰を下ろしてボーっとしている時間も含んでいる。要するに長時間写真を撮っているといっても、非効率にダラダラと撮るのが自分のペースであるということに過ぎない。写真家によって撮影のペースというのはさまざまで、たとえばヴォルフガング・ティルマンスは「撮影するのは1月のうち2、3日だけ」というようなことをインタビューで語っている(発表された写真の総点数からすると、この発言は疑わしいとぼくは思うのだけど……)。

 それはともかく、さすがに12時間写真を撮るのは体力の限界で、翌日はあまり外に出かけようとは思わない。12時間でだいたい1,000枚の写真を撮るとちょうど6GBのMicrodriveがいっぱいになるので、体力とディスクスペースの限界がおよそ一致しているのもなんとなくおかしい。



 九十九里浜を撮影した時はたいへん調子がよく、普段にも増してバシャバシャと大量にシャッターを切ってしまい、5時間ほどでメモリカードを使い切ってしまった。ぼくにとって九十九里浜界隈はそれほど写欲をそそる場所だったと言えよう。カメラのグリップを握りっぱなしで右手に痛みを感じるほどだったが、気分よく写真を撮ることができた。

 しかし、調子よく写真が撮れたからといってそれらがいい写真であるとはかぎらない。それどころか気分が高揚している時に撮った写真をあとから見返すとむしろつまらなく感じるという経験は散々しているので、内心「あやういなあ」とも思っていた。まあ100枚写真を撮ってその中に使えそうなのが1枚くらいあればいいと思っているので、1,000枚撮れば10枚くらいはなにかしら引っかかるだろうという読みもあった。




 九十九里の面白いところは、何もない平地が広がった空間であるという点がまず挙げられる。都心からだいたい100kmほど離れているので土地が開けているのは当然なのだけど、たとえば湘南方面はもっと都市化されており、その風景にはさほどものめずらしさは感じられない。九十九里平野と呼ばれる一帯の多くは農地あるいは荒蕪地となっていて建物や人工物はぽつりぽつりと点在する程度である。九十九里平野は中世に海岸線が後退するまでは海だったらしく今でも湿地や沼地が残っていて独特の雰囲気を感じる。畑の中にぽつんと岩礁の名残のような岩が残り松が生えていたりもする。九十九里平野自体が海と連続した海浜地の趣きを持つといっていいだろうか。




 海岸の周辺には海水浴客を目当てにした海の家やレストランや海産物加工品の店が集まり住宅地ともなっているのだけど、それらの建物の密度はやはり薄い。どこか隙間の多い空間であるという印象を強く受ける。松や海浜植物の生えた空き地の中にバンガローのような別荘が多く目につく。住人のイマジネーションがやや暴走したかのようなファンタジックな建物が留守居らしくひっそりとたたずんでいる様子は奇妙だ。風雨や潮にさらされる海辺の建物はいたむのが早く、廃屋も多く目にする。風土のせいかそれらは陽光にさらされて乾いた感じがある。一口に廃墟と言っても、ジメジメと朽ち果てたものよりもカラカラに干からびたもののほうが好きだ。




 海辺の建物は強い紫外線や風雨や塩害にそなえて耐候性の高いペンキが塗られているのではないかと思う。よく見かけるのはベンガラ(赤褐色)やフタロシアニン系の緑や青で塗られたトタン板などである。基本的に暗い色調であるこれらのペンキは都市周辺の建物に使われた場合暗鬱な雰囲気をかもし出すことが多いのだけど、海辺の明るい光のもとで広い面積に大胆に塗られた場合、暑苦しいけれど力強い色調として目を引く。

 個人的には近代の日本的な風景の基本的な色調があるとしたら、これらのペンキの色ではないかと考えている。耐候性があるといっても年月を経るにしたがってそうした赤や青や緑の色も次第に色褪せていき、建物毎あるいは壁ごとに微妙に色調にバリエーションが生じているのも面白い。



 この日は天気は悪くないものの、大気中にはうっすらと靄がかかり少し濁った光線だった。透明で澄みきった光線でなく、こうした少し鈍い光もきらいじゃない。海岸沿いに一直線に伸びる道路ははるか遠くまで見通すことができ、その先の方は灰色にかすんでいた。のんびりと自転車を漕ぐぼくはこうした見通しのいい一本道は距離を感じさせられ苦手だ。

 九十九里浜の全長は60kmほどなので、ぼくでも自転車で踏破できなくはないのだけど、まっすぐ自転車で進みたくないので海岸と内陸部をジグザグに往復しながら進んだ。秋とはいえ汗ばむくらいの陽気でビーチにはサーファーの姿も見られたが、なにしろだだっ広い場所なので人気は少ない印象だ。海岸沿いには図面上のスケッチをそのまま形にしたような妙な建物が目につく。道路ではなくて砂浜のほうはずっと歩いてみたいものだと思った。もちろん砂上では自転車は押していくことすらできないので適当な場所に停めてから少しビーチをブラブラしてみた。

 ぼくの知り合いで、かつて九十九里浜を歩きとおした人がいるのだけど、その話を聞いた当時はあきれたのだけど、実際に長く続く砂浜を見るとその気持が多少理解できた。ビーチは基本的に何もなく歩みを止めるきっかけすらないので、どこまでも歩いていってしまいそうになる。海と砂しかないところで変わりばえのしない波に向けて延々とシャッターを切るほど風流でもないので、いい加減なところで引き返してまた自転車に乗った。まあ自転車で九十九里を走り回るのも十分浮世離れした行動ではあるけど……。



 房総半島はもとより九十九里界隈だけでも充分に広い。まだそのごく一部しか写真を撮って回っていないので、今後も折を見てまた訪れてみたいと思う。今回は訪れていないけれどこの辺で気になる場所としては、「成東・東金食虫植物群落」が挙げられる。個人的に食虫植物に興味があるというだけの話なのだけど、どうやら今の季節は食虫植物の盛りではないようだ。写真を撮る被写体としてはあまり期待していないのだけど、これは一度は見てみないと気がすまない。

 もうひとつ見てみたいのは茂原市近辺の天然ガス井である。小学生のころに雑誌かなにかで見かけたある写真が今も印象に残っている。それは夕暮れ時の何ということもないありふれた畑の写真なのだけど、地面のあちこちに鬼火のように小さな炎がゆらめいているというイメージだった。千葉県の茂原市近辺は天然ガスが豊富に埋蔵されており地表にあいた穴から自然に湧出しているため、そこに着火するとガスコンロのように炎をあげるのだという説明が書かれていた。子供心にその現象は実に神秘的で興味をそそるものだったのだけど、今あらためて千葉の天然ガスについて検索すると、大多喜町(千葉県夷隅郡)では、「農夫が畑に出たおりには、地面に小さな孔を掘り、そこから出てくる天然ガスに点火して昼食の湯を沸かしているのをしばしば見かけた」(http://www.gasukai.co.jp/corporate/rekishi.html)などと記されていて、奇異の念はいっそう深まる。これもまた写真に撮りたいということではなく単なる好奇心にすぎないのだけど、こうした心情はぼくの写真とは切り離せないことのようにも思う。




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内原 恭彦
(うちはら やすひこ)1965年生。東京造形大学デザイン科中退。絵画やCGの制作を経て、1999年から写真を撮り始める。
2002年エプソンカラーイメージングコンテストグランプリ受賞、2003年個展「BitPhoto1999-2002」開催、2003年写真新世紀展年間グランプリ受賞、2004年個展「うて、うて、考えるな」開催
http://uchihara.info/

2006/11/02 01:49
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