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国道16号周遊・福生



国道16号

 東京の郊外に「国道16号」という環状道路が走っている。都心を中心として半径約30~40kmの環を描き、総延長は330kmとなっている。横浜市西区を基点に、町田、八王子、福生、川越、上尾、春日部、柏、八千代、千葉、木更津、富津を結び、海上に道は無いけれど東京湾を飛び越えて浦賀、横須賀、終点の横浜へと至る。東京近郊の主要な街を結んでおり、ドライバーにはよく知られた道路だろう。

 ぼくが「国道16号」に関心を持ったのはなによりもまずフォトジェニックな場所としてである。東京近郊をうろつきながら写真を撮っていて気に入った風景のそばには国道16号が通っていることが多かった。もちろん意識して国道16号の沿線に写真を撮りに行ったわけではないし、横浜や千葉のようにぜんぜん別の方向に足を向けているにもかかわらず、ふと気づくと「また国道16号か……。いったいこの道路はどこを走っているんだ?」と思わされもした。国道16号は東京を環状に取り囲んでいるのだから、郊外のどの方面に進んでもかならずどこかで国道16号に出くわすことになるのは当然だ。



 ぼくは郊外の風景に惹(ひ)かれることが多い。簡単に言うと、郊外は都市と自然の両方の風物が混在する場所である。人工物と自然物という異質な要素が画面内でぶつかりあう様に興を感じる。また、当然のことながら郊外は都心にくらべて建物などの密度が薄く見晴らしがいい。郊外特有の「希薄な空間感」とでもいうようなものを感じる。

 ぼくは写真を撮る上で特定の被写体や主題にこだわるのではなくて、できるだけいろいろなものを撮りたいと思っているのだけど、郊外は多様なものが満遍なく散らばっているという理由で、ぼくにとって写真が撮りやすい。ただし郊外といってもひたすら水田が広がっているだけだったり、住宅だけが建ち並んでいる場所もあって、そうしたところはさすがにあまり写真を撮る気分はそそられない。国道16号沿いの地帯はぼくにとってちょうどいいバランスで「郊外らしさ」を示しているのだ。



 あらためて考えると、ぼくは国道16号のかなりの部分を通ったことがあるのに気づく。春日部市や千葉市近辺を除くほとんどの国道16号沿いの街に写真を撮りに行ったことがある。われながらしつこく郊外ばかりを撮り歩いているものだ。もちろん国道16号の沿線の場所によってその景色は異なりはするが、どこかに国道16号っぽい風景というものがあるような気がする。

 たとえば、パチスロ屋の建物、ファミリーレストラン、サラ金の無人支払い機、大型書店、紳士服の量販店、ショッピングモールといった郊外型大型商業施設が延々と連なっている。基本的に車で訪れることを前提とした店舗だ。車内から目立たせるためか、どれも鮮やかな原色に塗り分けられたプラスチックやステンレススチールの外観をもち、極度に人工的である。町田や相模原のあたりが典型的なこうした活発な商業活動を思わせる景色が続くかと思えば、つぶれたレンタルビデオ屋やレストランが取り壊されもせずにそのまま放置されている。国道16号から少し離れるとそこはキャベツ畑が広がっていたりするわけで、国道沿いの巨大で派手な看板も、寒々しい郊外の広がりの中でなんとか客を引き込もうとする必死のあがきのように見えなくもない。

 美的調和とはいっさい無縁なそうした郊外的な建築物は、ぼくには現代美術の彫刻作品のように見えることがある。それはキッチュ(美学・芸術学において、一見、俗悪、異様なもの、毒々しいもの、下手物などの事物に認められる美的価値。wikipediaより引用)な意見かもしれないけど、それよりはむしろ郊外という場所において繰り広げられる経済的な生存競争が生み出したリアルな風景だから心惹かれるように思う。



 国道16号のもうひとつの特長は、在日米軍や自衛隊の基地を結ぶ「軍用道路」としての側面だ。首都圏の多くの基地が国道16号沿いに設けられている。大きいものだけ挙げても、浦賀、横須賀、相模原、福生、入間、下総、木更津といった地名が思い浮かぶ。軍事基地や防衛施設において兵站や輸送のための道路というのはとても重要であることは言うまでもない。地図を見ていると、それらの基地や施設を環状に結ぶ国道16号がなんとなく首都圏の防衛ラインのように見えてくる。首都を中心とした30~40kmの環だ。実際には自衛隊の基地というのはひっそりとして目立たないし、米軍の基地も住居をはじめとしてすべてを基地内に収めてしまい、「基地の街」という雰囲気は薄れてしまっている。かつてのベトナム戦争当時のことはぼくは知らないのだけど、そのころの風俗や景観というものはもはや痕跡としてしか残っておらずそれもさらに薄れていってしまっている。




福生

 今回写真を撮った「福生(ふっさ)」や「拝島(はいじま)」は家から電車で30分ほどと、もっとも近い国道16号沿いの街である。アメリカ空軍横田基地があることで知られている。国道16号は横田基地のフェンスのすぐ横を通り、沿道には雑貨屋やレストランやカフェが点在する。基地の周辺にはいまだに米軍ハウス(払い下げられた米軍人用の一戸建て住宅)が多数残っていて思い思いの改装をほどこして人々が暮らしている。

 基地の街としての福生には独自のカルチャーのようなものがあるようだ。たとえばミュージシャンの大瀧詠一が自宅レコーディングスタジオを米軍ハウスに持ち、今もなお住んでいることとか、村上龍がデビュー前に住み「限りなく透明に近いブルー」の舞台となったとか、そういったことである。ぼくは以前は「福生(ふっさ)」をどう発音するかも知らないほど縁の薄い街で、そうしたカルチャーにもさほど興味はなかった。ただ、妙に空き地が多くスカスカした多摩の街にとってつけたようなアメリカ風味のお店がぽつぽつとある感じはちょっと面白い。

 いろいろな場所に写真を撮りに出かけたとき、ぼくは「この場所に住んでみたらどうだろうか?」という風に考えることがある。特に写真を撮るのに興が乗ってきたときなどは、このまま帰宅するのが惜しくなりもっとこの場所に居残って写真を撮り続けたいと思ってしまうのだ。

 先週末に福生に写真を撮りに出かけた時も、底抜けに天気の良い青空の下、人気のない眠ったような街を退屈そうだと感じながらも、この街に住んだらのんびりできそうだと思った。築40年以上は経っていそうな米軍ハウスの傷んだ外壁は素敵なテクスチャーを見せていたし、どの家も不思議と芝生が旺盛に育っていた。日本の住宅の庭に生やした芝生はどこか貧相で馴染まないのに、陋屋と言ってもいいような米軍ハウスの芝生は実にさまになっている。福生でもっともアメリカを感じるのは米軍払い下げのミリタリーショップやダイナーを模したレストランよりも、きれいに生えそろった芝生だと思う。




 ずいぶん前にアルバイトをしながら現代美術のような作品を作っていたとき、米軍ハウスを借りようとしたことがあった。そのころは写真はやっておらず路上で拾ったゴミをパネルの上に工業用接着剤で貼りつけて半立体的な巨大な作品を作っていた。作品の保管場所や広い制作場所を探しているうちに、人づてにいわゆる米軍ハウスの物件を紹介してもらったのだ。一軒家にしては家賃は高くはなかったけど、都心への交通の便が良くないことや、老朽化にともなってメンテナンスし続けなくてはならないことであきらめた。



米軍基地

 米軍横田基地には戦闘部隊は駐屯していないので、戦闘機や攻撃機などの離発着はほとんど見ることができない。かつては基地内を見下ろすことのできるカフェがあったように思うのだけど、今は見当たらない。

 ぼくはミリタリーマニアではないけれど兵器を見るのは好きだ。兵器の持つ形状や色彩や質感は、その他の工業製品にはない独特の存在感があり、そこに惹かれるのだ。横田基地は年に1回、一般市民に基地を開放するフェスティバルを行なっているのだけど、いつもその日程を忘れていてまだ訪れたことはない。

 基地内にはもちろん立ち入ることはできないが、数kmにおよぶ滑走路を有する基地の広大さは外からも感じることが可能で、その巨大な空間自体がもっとも基地というものの存在感を示しているような気もする。このような何もない空間というのは日本の他の場所にはないだろう。

 何もないものを写真に写すのはむずかしいけれど、今回は基地のフェンスの外から複数枚の写真を撮ってパノラマのようにつないでみた。手持ちで露出だけ合わせて(右端が合っていないが)あとは補正もせずただPhotoshopでならべてみただけである。思ったよりは自然につながった。周辺減光をSILKYPIX(RAW現像ソフト)で補正してPhotoshop上でつなぎ目を手作業で修正すれば完全に仕上がりそうだ。基地の周りのフェンスをぐるりと一周して全部つなぎあわせたら、面白いかどうかはともかく抽象的な写真になりそうだと思った。ただ、今回のように視点を固定してカメラをパンしながら撮影するのではなく、スキャナで画像を取り込むように、撮影者自身が並行移動しながら複数枚の写真を撮るにはどうすればいいかがよくわからない。いずれにしても、壁で覆われた軍事基地のような広大で取りとめのないものを写真に撮ってみたいと思わされた。



歓楽街

 JR福生駅の北口にはちょっとした歓楽街がある。くわしいことは知らないが横田基地が米軍に接収される以前はここは旧日本軍の飛行場だったらしい。もしかしたらそのころからすでに兵隊相手の盛り場として栄えていたのかもしれない。他の多摩の駅前の盛り場とは違ってどこか古びてレトロな雰囲気を持つとともに、フィリピンパブやタイレストランをはじめペルー料理屋があったりどこかエキゾチックな雰囲気をかもしてもいる。この街はとても気に入って何度か写真を撮りに来たのだけど、狭い路地に陽光が射し込む時間帯を見きわめるのがむずかしい。



16号を周遊する

 ふと思ったのだけど、国道16号をずっと移動しながら写真に撮ったらどうだろうか? 以前ぼくは東京の環状7号線を歩きながら撮った写真で写真集を作ろうとしたことがある。タイトルは「環7」。それは実現はしなかったのだけど、ずっと続く道路を歩きながら写真を撮るという行為がぼくの心をそそるらしい。とはいっても東海道や甲州街道のように都心から一直線に伸びていく道路を進んでいくのはあまり気が進まない。そういった街道はやがて奥多摩や箱根といった山地にぶつかってしまうし、都心から離れていく一方の街道はさびしい。

 その点、国道16号のような環状線は都心から一定の距離を保って同じようなところをぐるぐる回ることになるわけで、なんだか安心感があるのだ。未知の場所に向けて歩いていくよりも近場をグルグル回っているほうがお気に入りというのは、案外ぼくの心の根深いところに理由がありそうだ。

 自動車なら数時間で一周できるであろう国道16号も、自転車を使うとのんびりと移動すれば1週間やそこらは要してしまうかもしれない。そこまでして写真を撮って面白いかどうかはともかくこのアイデアはいつか実現させてみたいものだ。





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  バックナンバー
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内原 恭彦
(うちはら やすひこ)1965年生。東京造形大学デザイン科中退。絵画やCGの制作を経て、1999年から写真を撮り始める。
2002年エプソンカラーイメージングコンテストグランプリ受賞、2003年個展「BitPhoto1999-2002」開催、2003年写真新世紀展年間グランプリ受賞、2004年個展「うて、うて、考えるな」開催
http://uchihara.info/

2006/10/12 01:15
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