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写真の星──村上仁一
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アパートメント ウェブ フォト ギャラリー──兼平雄樹
[2008/04/10]


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リロードされた世界--荒川河岸



リローデッドワールドとは何か

 心にスキが生じた時、つい足を向けてしまう場所がある。

 ヒマだけど何にもしたくない時、ぼくは荒川河岸のリローデッドワールド(リロードされた世界)に出かけることが多い。リローデッドワールドとは何か? それは、朝霞市や和光市を流れる荒川の河川敷一帯を、ぼくが勝手にそう名づけて呼んでいるだけのことである。地名で言うと朝霞市内間木、和光市新倉のあたりだ。なぜ、そこを「リロードされた世界」と呼ぶかというと、来るたびに風景が変化しているからである。まるで毎日更新されるWebサイトのように……。

 たいていの場所は集中して何度か写真を撮ると、それでもう飽きてしまうものだ。しかしリローデッドワールドは、毎日のように通いつめても飽きない。いつ行ってもその様相を異(こと)にするからだ。Web上でブラウザの「更新」ボタンを押す(リロードする)ことで最新ページが表示されるように、リローデッドワールドにおいてはカメラを向けた先にいつも新たな光景を見出すことができる。

 具体的に言うと、そこいら一帯は不法投棄のメッカとなっていて、道ばたや川岸のそこかしこに粗大ゴミが捨てられている。それも毎日のように頻繁にゴミが運び込まれているようなのだ。たとえば、パソコン、ゲーム機、洋服、家具、おもちゃ、乳母車、ベッド、本、カラオケのレーザーディスク、請求書、パスポート、プリクラ、記念写真、メーキャップ道具、年賀状の書き損じまで、人が生活する上で発生するありとあらゆるゴミを眼にすることができる。

 ハングルと日本語ちゃんぽんで書かれたラブレターの下書きや、ウルドゥー語(インドの一公用語)のペーパーバックなんてものが捨てられているのを見ると、いったいどんな人間がどんな事情でゴミを捨てにきたのか想像をかきたてられる。宵闇にまぎれて車でゴミを運んできてはまき散らしていく様は、風景を「上書き」するかのようだ。それをカラスや子供やゴミ拾得者が引っかき回すことでさらに乱雑の度合いを高め、放置されたゴミは風雨や陽光にさらされ朽ちて雑草や木々に溶け込んでいく。定期的に市の清掃作業員が見回ってはゴミを回収しているが、すぐにまた投棄されたゴミが新たな光景を作り出す。



 リローデッドワールドの多くは農地となっているが、牧歌的な田園風景とはほど遠い。残土や産廃が山と積まれた脇で、農夫がくわを振るって作りすぎたキャベツを廃棄していたりする。畑ごとに花卉から野菜から植木までてんでんばらばらの植物が栽培されているが、あまりやる気が感じられず空き地や休耕地が目立つ。収穫されないまま放置されて茎を長く伸ばして開花したブロッコリーや、市民農園では趣味の園芸に興じる人々が、休日ともなると家族とともに車で訪れ花盛りの農園で団欒をくりひろげている。

 空き地では1mを越えたセイタカアワダチソウが密生しているが、ある日強力な除草剤を撒かれて葉1枚落とさぬまま赤錆色に変色して立ち枯れたりする。すぐ隣の区画では青々とした雑草が生い茂っている。このように統一感を欠き区画ごとにバラバラの植生を俯瞰するなら、きわめて人工的なモザイク状のパターンとして眺められるのではないか。



人工的な自然

 リローデッドワールドは、武蔵野台地の北端が荒川やその支流によって削られた低地に位置している。用水路や沼が湿地のようなおもむきを与えている。

 ちなみにアーティストの村上隆はこのあたりにアトリエを構えているらしい。ルイ・ヴィトンのモノグラムのデザインを手がけたりサザビーズのオークションで作品が高値で取引されるなど華々しい話題に事欠かない村上隆の作品がリローデッドワールドのようなディプレッシブ(憂うつ)な場所で作られているのはなんだか面白い。

 リローデッドワールドでは独特の自然を眼にすることができる。とはいっても、いわゆるネイチャーフォトに撮られるようなキレイな自然ではない。高速道路建築現場で掘り起こされた地面に雨水が流れ込んだ、ちょっとした沼地にアメリカザリガニが大量発生していたり、草木が生い茂った林が、実は放置されて野生化した果樹園のなれの果てだったりする。ときおりタヌキを見かけることもあるそういった茂みは、私有地なのか立ち入っていいのかどうかよくわからないのだが、捨てられたゴミの上に落ち葉が積み重なってブービートラップ(仕掛け罠)のようになっていたり、草むらの中にはりめぐらされた針金や有刺鉄線でケガをすることもある。サバイバルゲームをここでやると面白いかもしれない。

 ぼくは富士山麓の青木が原樹海を歩いたことがあるけど、リローデッドワールドのほうが歩きにくいと思った。リローデッドワールドは、土木工事などによって人工的な地形へと作り変えられた後に放置され、草木に覆われた場所だからである。つまり自然物としても人工物としても予想がつきにくい。思いがけないところに溝があったり、コンクリートが打ち込まれたでっぱりがあって危険きわまりない。

 このような人工と自然が混じり合った地形にくらべると、山野の自然というのはむしろ単調にすら感じられる。荒川リローデッドワールドの“人工的な自然”はどこかゆがんだ自然には違いないのだが、開発によって痛めつけられた自然などではなくて、むしろ人工的なものに対峙しせめぎあう旺盛な生命力を感じさせる点で興味深い。



郊外のリアリティ

 言うまでもなく、リローデッドワールドなんて呼び名は自分だけのジョークのようなものであって、実際のところ荒川河岸はどこにでもあるような郊外にすぎない。ぼくがリローデッドワールドに足繁く通うのは、それが特別な場所だからではなく、むしろまったくありふれた郊外だからである。

 郊外と違って都市とは写真を撮る上で特別な場所である。都市の辻ひとつ建物ひとつとっても歴史と意味に彩られ、それを拭い去ることは難しい。都市はしばしば言葉や記号が書き込まれた1冊の本にたとえられる。これまで無数の人が都市を写真に撮ってきた経緯があり、それらの写真的な記憶が都市に書き込まれている。たとえば、アジェにとってのパリ、森山大道にとっての新宿のように、写真家と都市がわかちがたく結びついた状態を思い浮かべてほしい。

 そういった意味で都市を写真に撮ることは、書物としての本を読み解きつつ、そこに新たに記号を書き加える行為であると言うこともできるだろう。したがって都市においては、そこに刻まれた意味を引き剥がした写真を撮ることは至難のわざである。たとえば新宿を写真に撮る時、好むと好まざるとにかかわらず森山大道の写真を誰しも参照せざるをえない。

 いっぽうで郊外は、書物というよりはWebサイトのようなものにたとえることができないだろうか。郊外はなによりも歴史や意味と無縁な、空っぽで匿名的な場所である。郊外には「著者」はいない。それは名前をもたない多くの人々によって日々更新され、深い意味よりも現れては消えていく無数のデータの泡が浮き沈みする世界と似ている。急速に発展しつつもまだ整備されきっておらず、ゴミのような情報が日々更新される場所としてのWebと、リローデッドワールドを重ね合わせて見てしまう。



反転する光景

 はっきり言ってリローデッドワールドは、気分が滅入るような場所であるのも確かだ。なにしろゴミは散乱しているし、途切れることなくトラックが土ぼこりをあげて走っている。養鶏場や汚水処理場の匂いや、草いきれや蚊柱が顔を襲う。空気中には農薬や除草剤が漂い、うだるような暑熱に音を上げてもコンビニすら見あたらない。東京外環自動車道を走る車の音がこもって響き、もやのかかった空には朝霞駐屯地から飛び立ったとおぼしき陸上自衛隊のヘリコプターが飛んでいる。

 ただ、一晩中PCの前で作業したあとの妙な疲労感にはハマる光景でもある。PCのディスプレイ上で拡大したピクセル1個をクリックしたり、ベジェ曲線のハンドルをマウスでつかんで動かしたり、といったデジタルな作業にどっぷり浸かったあとで、体中に草の種をくっつけながら草むらに不法投棄された家財道具をパノラマ撮影したり、カラスの群れを連写で撮影するのは、「なんでおれこんなことしてんだろう?」といった途方に暮れるような爽快感がある。

 昼と夜、身体とデジタルという、まるで正反対のような生活なのだけど、ぼくの中ではそれらはメビウスの輪のように反転しつつも表裏一体となってつながっている。裏か表かどっちがどっちかわからないけれど、ネットの世界と荒川リローデッドワールドはちょうどぼくの中で、あるいはぼくのカメラで反転してつながっている気がするのだ。



第2回Web写真界隈トークイベントVol.2のお知らせ

 アリジゴクドットネット(内原恭彦+徳増憲太郎+森川智之)によるスライドショウおよびトークショウを行ないます。

2006年7月8日(土曜日)15:00~17:00
ビジュアルアーツギャラリー東京(新宿区西早稲田3-14-3 早稲田安達ビル)
料金:1,000円(入場時精算) 地獄ロム(お楽しみデータをCD-Rに焼いたもの)付き
定員:40人 完全予約制
ご予約お問い合わせ:yuchihara@yahoo.co.jp
詳細その他の情報:http://d.hatena.ne.jp/uzi/20060708




内原 恭彦
(うちはら やすひこ)1965年生。東京造形大学デザイン科中退。絵画やCGの制作を経て、1999年から写真を撮り始める。
2002年エプソンカラーイメージングコンテストグランプリ受賞、2003年個展「BitPhoto1999-2002」開催、2003年写真新世紀展年間グランプリ受賞、2004年個展「うて、うて、考えるな」開催
http://uchihara.info/

2006/06/29 01:40
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