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2008年

カメラ内現像の進化と、その課題


 “JPEGがポジなら、RAWはネガ”。デジタルカメラ黎明期によく使われていた比喩だ。JPEG出力が、その場の状況判断で生成される一発芸なら、RAWはとりあえず“その場”を記録しておいて後から絵を作る。前者がポジフィルムを想起させ、後者はネガの懐の広さを感じさせる。

 実際のデジタルカメラは、撮影状況に応じてトーンカーブ調整、ノイズや色の処理などを行なっているから、ポジフィルムでの撮影というよりも、街のDPEという方が正しいように思う。結果が不満でもネガに相当するRAWを保存しておけば、いつでも現像はやり直せる。

 ほんの8年前、2000年ぐらいにはPCの処理能力の低さなどもあって、一部にはカメラ内JPEG生成以外は邪道だなんていう意見も聞かれたほど、市民権がなかったRAW現像という手法だが、今やハイエンドコンパクト機も含め、写真をより深く楽しむために不可欠なものになっている。


ハードウェアと一体化し始めた現像プロセス

 デジタルカメラ好きなら先刻承知だろうが、カメラ内蔵のイメージセンサーが捉えた信号は、そのままデジタル化して読み込んでも映像にはならない。一般的なベイヤー配列なら、周辺画素を参照して色を割り出さなければならないし、Foveonの場合も分光特性と読み取った値から色を推測する必要がある。

 この時、色情報を求める演算に使用する配列に、レンズ固有の倍率色収差情報を考慮した補正をかけておけば、画質を劣化させることなく、周辺部での色収差を良好に補正することが可能だ。


DxO Optics Pro Ver.4.5
 こうした色収差補正機能は、フランスのDxO Labsが開発したDxO Optics Proで広く知られるようになったが、光学特性を物理演算シミュレーションによって補正するという考え方は、実のところかなり以前からさまざまな用途で用いられてきた。

 よく言われる色収差や歪曲収差、口径食の補正ばかりでなく、一般に“レンズとカメラ(あるいはセンサー)の相性”と言われるような、像面湾曲以上に周辺像が流れる現象に対しても、デジタルの画像処理技術で対処できる部分があるという。

 デジタルカメラでは、カラーフィルタを通してイメージセンサー上で、アナログの像をデジタルサンプリングするが、その際、元画像の複雑な位相特性とサンプリング周波数(画素ピッチ)、マイクロレンズの特性などにより、個々の組み合わせで最適な処理を行なうと、もっと解像度が出てくるのだそうだ。

 さらに現像処理時のテクニックでも、高画素化によってサンプリング周波数が向上してきたことで、マルチタップ(多点参照)処理の規模を増やした場合の効果が、より明確に出やすいという主張もある。色や輝度が変化する際のピーク値が出しやすくなり、それにより陰影の深い(つまりディテールが豊富な)画像を得ることができる。

 エンドユーザーが難しく考える必要はないが、センサーが捉えた生のデータ(RAWデータ)に対して、より大規模な演算を行うことで、現在よりも画質を高められる切り口は、まだまだ残っているということだ。

 しかし、ここで問題になるのが、画質向上処理の一部は光学特性に依存するという点である。特定の光学特性に依存した処理を行うには、当然ながらマウントのジオメトリとセンサーの特性、それにレンズ特性をすべて把握していなければならない。

 こうした光学特性に依存した現像処理のアプローチは、一部のRAW現像ソフトに導入されているが、画像処理プロセッサの能力が向上すればカメラ内にも内蔵できる。ニコンがD3やD300に導入した色収差補正機能は、まさにそれに該当する機能と言えるだろう。


サードパーティ製RAW現像ツールとのジレンマ

Aperture 2.1
 将来、カメラ本体や純正レンズと特定の現像処理のセットで画質を引き出すようになってくれば、RAW現像というエンスージャストにとって重要なプロセスを行なうための選択肢が狭まることになるかもしれない。

 たとえばアップルのApertureやアドビシステムズのLightroomといった、写真家向けに画像整理・管理から現像、印刷までをワンストップで提供するアプリケーション、Photoshopなど画像レタッチソフト向けのRAW現像ツールなどを活用しようと思えば、ユーザーはメーカーが独自に実装した高画質処理の恩恵を受けることはできない。

 現在のところ、この件はユーザーにそれほど大きな影響を与えていないが、ハードウェアと現像ソフトウェアの統合度が上がるほど、問題は顕在化してくるだろう。

 一部のユーザーは、自分好みの現像処理を行なってくれるサードパーティ製RAW現像ツールを積極的に活用しているが、それらのツールにも同じ問題が内在している。サードパーティ製ツールのファンは、使い慣れたツールの使い勝手や絵作りと、メーカーが提供するだろう将来の技術との間でジレンマを抱えることになるかもしれない。

 個人的な意見としては、カメラメーカーはカメラとレンズを売ることが商売なのだから、サードパーティ製RAW現像ツールを開発するベンダーには、もっと多くの技術開示をしてもいいのではないか? と思うが、それには問題もある。高画質化処理のアプローチや、採用するセンサーの特性・機能など、外部には出したくない情報を公開しなければならないからだ。サードパーティだけでなく、ライバルにも情報が漏れる可能性が出てくる。

 しかし特定のPCプラットフォーム向けならば、完全ではないが解決の糸口はある。

 WindowsとMac OS Xには、それぞれ画像レンダリングを行なうプラグインが追加可能な構造になっている。この機能をメーカーが活用すれば、メーカー製RAW現像エンジンをAPIとして呼び出すことが可能だ。サードパーティ製RAW現像ツールでも、内蔵RAW現像エンジンとメーカー製RAW現像エンジンを切り替えて使うよう設定することも可能になるだろう。

 しかし、あるカメラメーカーの幹部は以前、取材時に「RAWデータと現像アルゴリズムの関係は、完全にインハウス(内製)で閉じたもので、商品力をキープするうえでも、オープンな方向に社内の意見を持って行くのは難しい」と話したことがある。

 とはいえ、光学特性を演算処理で補正する比重が増えていくならば、いずれはこの問題に正面から取り組まねばならない時期が来るだろう。


カメラ専用プロセッサも進化する

ルネサステクノロジ「MX-G」
 もっとも、後処理でのRAW現像という作業の重要性に変化はないだろうが、必ずしもPCを用いてやる作業ではなくなるかもしれない。

 カメラ内蔵の画像プロセッサとPCのCPU。単純に命令処理のスループットならば、後者の方が遙かに速い。加えて使用できるメモリの量もPCの方が豊富だ。しかしながら、近い将来、PCのCPUよりもカメラ内蔵の画像プロセッサの方が、より高度なRAW現像処理を、より高速に行なえるようになるかもしれない。

 なぜなら、カメラ向けの画像処理で使う演算に特化したローカルメモリ付きのマイクロコントローラを、高速なシリアル通信ポートでマトリックス状、あるいはファブリック状に結んだ、多コアのメディアプロセッサが使われるようになると予想されるからだ。細かなアーキテクチャや特徴は異なるが、メディア処理専用プロセッサとしてインテルやルネサステクノロジなど、いくつもの半導体企業が開発に取り組んでいる。

 ルネサスは先日、マトリックス型超並列プロセッサが組み込まれたシステムLSI「MX-G」を発表したが、こうした画像処理に特化した新しい構造を持つシステムLSIは、単純な繰り返し演算を行なう場合、汎用プロセッサの数十から数百倍のスループットで処理を行なえる。

 その能力向上のすべてが、画質向上のために使われるわけではない。また、PCでのRAW現像は長時間かけて一括処理をさせることもできるので、カメラ内ほどの即時性は必要ない。とはいえ、だからといっていつまでたっても終わりそうにないぐらい遅い現像処理も使いたくはないだろう。そう遠くない日に「RAW現像はパラメータだけPCで指定しておいて、処理はカメラに任せるのが一番いいね」なんて言われる日が来るのかもしれない。



URL
  ルネサステクノロジ「MX-G」のニュースリリース
  http://japan.renesas.com/fmwk.jsp?cnt=press_release20080623.htm&fp=/company_info/news_and_events/press_releases



本田 雅一
PC、IT、AV、カメラ、プリンタに関連した取材記事、コラム、評論をWebニュースサイト、専門誌、新聞、ビジネス誌に執筆中。カメラとのファーストコンタクトは10歳の時に親からお下がりでもらったKonica EE Matic。デジタルカメラとはリコーDC-1を仕事に導入して以来の付き合い。

2008/06/27 16:19
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