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【伊達淳一のデジタルでいこう!】エプソンPX-G5300

~光沢感と鮮やかさが魅力のA3プリンタ
Reported by 伊達 淳一

 今回の「デジタルでいこう!」は、A3ノビ対応の顔料プリンタ、エプソンPX-G5300を採り上げよう。PX-G5300は「エプソンプロセレクション」に分類される顔料プリンタで、第2世代のPX-Gインクと、論理的色変換システムLCCS(LogicalColor Conversion System)の採用により、更なる高光沢と幅広い色再現域、滑らかな階調性を実現しているのが特徴だ。

 顔料プリンタは、化学的に安定した分子構造を持つ顔料を色素に使っているので、耐ガス、耐候性が高く、プリントを長期保存しても褪色しにくいのが特徴だ。また、一般的なインクジェットプリンタ(染料プリンタ)は、インクが完全に乾燥するまでプリントの色が安定しないので、少なくとも数時間から半日経過してからでないと最終的な色が判断できないが、顔料プリンタはプリント直後でもある程度色が安定しているので、テストプリントを出力してすぐに色や階調を判断できる。そのため、テストプリントを見て、すぐにレタッチで色や階調を補正できるので、短時間で作品を仕上げることが可能だ。

 ただ、顔料プリンタは、プリント用紙にインクが染みこまない(支持体の上にインクが乗っている)ので、染料プリンタに比べると光沢感に欠け、耐擦性も劣るのでプリントが擦れるとインクが剥がれやすいのが弱点だ。

 こうした顔料プリンタの弱点をカバーするため、エプソンは光沢感のある透明樹脂で顔料を包み込んだPX-Gインクを開発、「グロスオプティマイザ」と呼ばれる透明インクをインクセットにプラスαし、通常はインクの乗らない白地の部分にも透明のグロスオプティマイザを吐出することで、プリントの光沢感を均一にし、耐擦性の向上も図られている。


新構成の7色インクと新色変換テーブルを採用

 PX-G5300に採用されているのは第2世代のPX-Gインクで、インクの色数は従来と同じ7色+グロスオプティマイザ(透明インク)だが、ブルーインクをオレンジインクに変更することで赤や黄色の発色が向上し、特に明度の低い部分の階調がなめらかに再現できるようになっている。また、イエローインクもグリーン寄りのイエローに改良され、グリーン方向の色再現域が拡大、マゼンタインクもブルー寄りのマゼンタになり、マゼンタとイエロー、シアンのブレンドで、青色表現を充実させているという。

 さらに、PX-G5300は、論理的色変換システム「LCCS」によりLUT(ルックアップテーブル)が作成されているのが特徴だ。インクジェットプリンタは、複数の色インクを組み合わせでさまざまな色や階調を再現しているが、ある色を再現しようとしたときにどの色のインクをどんな比率で組み合わせればいいのかを記してある換算表がLUTだ。インクの数が少なければ、インクの組み合わせも比較的単純なので、ブラックのインク量が決まればほかの色のインク量はすぐに決められる。しかし、赤やオレンジなど特殊インクを含む多色インクになると、ある色を再現するための候補がたくさんありすぎて、どの組み合わせが最適なのか判断がむずかしくなる。これまでは人間の感覚に頼って、バランスの良い候補を絞り込み、LUTを作成していたので、LUT作成に非常に時間と手間がかかる上、LUT作成者の主観や体調に左右される部分があった。

 そこで、物理光学を理論的に活用して、数式でインクの組み合わせを導き出し、人間の感覚に頼らず論理的にLUTを作成しよう、というのがLCCSだ。粒状性、階調性、カラーインコンスタンシー(光源依存性)などを指数化し、それを数式に当てはめ、コンピューターで最適解を自動的に求めようという試みだ。人間の感覚に頼った評価では不可能なほど膨大な候補から、理論に基づき、最適な組み合わせを選び出せるので、従来よりも階調のつながりや粒状性、光源依存性といった画質に関わるさまざまな要素が高い次元でバランスしているのが特徴だ。


PX-5500、PM-T960と比較

 もちろん、LCCSの根本となる理論や数式が完璧かどうかは、私たちに知るすべはないが、実際のプリント結果がすべてを判断してくれる。そこで、PX-G5300の色や階調再現性を実際に確かめてみることにしよう。比較対象に選んだのはエプソンPX-5500とPM-T960。いずれもボクが買ったプリンタだ。

 PX-5500は、PX-P/K3インクと呼ばれるグレーやライトグレーを含んだインクセットを採用するA3ノビ対応の顔料プリンタで、エプソンプロセレクションと同時に大判プリンタのMAXARTシリーズにも属している。カラーインクを組み合わせて階調を作るのではなく、ブラックを含む3種類のグレーインクで階調をしっかり再現し、その上にカラーインクで色を乗せているので、階調のつながりが非常に良く、特にモノクロプリントの出力に長けているのが特徴だ。ただ、PX-Gインクほどの光沢感はなく、どちらかというと半光沢やファインアート紙への出力に向いている。

 PM-T960はこの冬の最新モデルで、透過原稿ユニット付きのスキャナと一体になった複合機だ。6色の染料プリンタで、Ethernetや両面自動印刷、給紙カセットも備えていて2WAY給紙に対応しているなど、マルチフォトカラリオシリーズのなかでも、もっとも多機能で利便性が高くコストパフォーマンスにも優れている機種だ。


PX-5500
PM-T960

 プリント用紙は、写真用紙クリスピア<高光沢>のKGサイズを使用。アスペクト比が3:2に近く、フォーサーズを除くデジタル一眼レフカメラからのプリントには、トリミングされる範囲が最小限で済むので、お気に入りの常用ペーパーだ。プリンタの持つ色再現域をできるだけ活かすため、RAW現像時にカラースペースをAdobeRGBに指定し、プリンタドライバもAdobeRGBモードに手動設定。解像度は最高に設定して出力している。

 また、プリントのスキャニングはエプソンPM-T960で行ない、プリントの色を安定させるため出力してから2日後にスキャニング作業を行なっている。スキャナドライバの自動画質補正はOFFにしているが、一応、スキャニング作業を分けることによる誤差を避けるため、各プリンタで出力したものを3枚同時にスキャニングを行なっている。ただ、KGサイズのプリント3枚を原稿台に置くことはできたのだが、スキャニング範囲がわずかに足らず、端のプリントが一部欠けてしまっているが、色や階調を比較するのには問題ないと思う。

 なお、モノクロでプリント出力したものだけは、肉眼で見る色調とスキャニング結果が大きく食い違ってしまったので、これに関しては、肉眼で見える色調に近づけるよう、個別に色調補正を行なっている。

※作例をクリックすると、スキャン結果の画像ファイル(3,505×1,795ピクセル)を開きます。

(1)ひまわりと青空
 黄色の発色が向上しているということで、花びらが色飽和しやすいひまわりをプリントしてみた。黄色に関しては期待したほど大きな差は感じられないが、ひまわりの中央のオレンジ部分に注目すると、PX-G5300が突出して彩度が高く再現されている。また、青空の青もプリンタによって微妙に色調が異なっていて、PX-5500がコバルトブルー系の青で、明度が低く少し赤が乗っている。



(2)赤いインコ
 染料プリンタと顔料プリンタでもっとも大きな差が出たのがこのカットだ。赤いインコのシャドー部に注目。T960は赤のシャドー部で彩度が下がり、暗い赤というより茶色がかってきているが、顔料プリンタのPX-G5300とPX-5500は、シャドー部でも赤は赤。PX-G5300とPX-5500の比較では、PX-G5300のほうがより深みのあるしっとりとした暗い赤を再現できている。



(3)青いインコ
 PX-G5300はオレンジインクが追加されているためか、ほかの2機種よりもオレンジがかなり鮮やかに再現される。インコの胸のオレンジが際立って鮮やかで、ちょっと不自然なほど。ただ、羽根の影になっている暗い黄色の部分でもしっかり彩度が乗っていて、必要以上にスミっぽくなっていない点はいい感じだ。背景の緑はPM-T960が鮮やかで、ボケのコントラストが高めに見える。見栄え重視の仕上がりだ。



(4)薄めの青空と肌色
 肌色に差が出るかと思ってプリントしてみたが、肌色に関してはそれほど大きな違いは出なかった。ただ、それでも影になった部分を見ると、PM-T960はちょっとスミっぽく感じる。それよりも大人の服の色がずいぶん違っているのに驚いた。グレーバランスがもっともいいのはPX-5500、もっとも青っぽいのがPX-G5300だ。ただ、その分、PX-G5300は青空がクリアに再現されている。



(5)バラの花
 赤や緑、そしてボケた部分のグラデーションがどのように再現されるのかをチェックするために選んだカットだが、思ったほどの違いは出なかった。ただ、PX-G5300は多少青みが強いようで、その分、赤いバラの花びらが少しマゼンタ寄りになり、ディテールがすっきり再現されている。



(6)釣り糸とレジ袋が足に絡んだカワウ
 背景のボケのなめらかさや、シャドー部の再現をチェックするために選んだカットだ。これもパッと見た目にはさほど大きな違いは感じられないが、PX-5500は背景がボケたグラデーション部分の粒状性が悪く、少々ざらついて見える。また、PM-T960は、このカットに限らず、細い筋が出ているが、通常の鑑賞距離ではまったく見えず、プリントにかなり目を近づけないと筋はわからない。もちろんちゃんとギャップ調整は行なってこの結果だ。



(7)夕焼け空のグラデーション
 階調再現性が問われるシーンだが、期待に反してそれほど劇的な差は出なかった。ただ、PX-5500は、空が暗くなっていくにつれ、ちょっと粒状性が目立つというか、多少トーンの乱れが感じられる部分がある。PM-T960やPX-G5300では問題ないので、プリント素材の画像データではなく、プリンタ側に原因があると思われる。また、例によって、PX-G5300はオレンジ色がほかの2機種よりもド派手に再現されている。



(8)逆光に透けるチューリップ
 ピントを合わせたチューリップではなく、背景のボケて色が混合している部分のつながりを見るために選んだカット。素材となった画像データそのものが少々色飽和気味で、階調のつながりが悪い感じだが、PX-5500はボケのグラデーションの一部で多少粒状性が目立つ濃度域があるのに対し、PX-G5300にはそういった部分がない。PM-T960も粒状性の低下は感じられない。染料プリンタはインク滴が多少滲むので粒状感の面では多少有利かも。



(9)モノクロプリント
 カラーをモノクロに変換して粒状を加えたものをプリント。今回、各機種の差がもっとも大きく現れたカットだ。PX-5500はモノクロプリントに長けているだけあって、正真正銘の純黒調。空の階調もなめらかだ。ザラザラしているのは前述したように粒状感を加えているためだ。一方、PX-G5300は階調性はまずまずだが、プリントの色調は冷黒調。昔の月光を思わせる。また、PM-T960もプリントを完全に乾燥させると、思ったよりもバランスの良いモノクロに仕上がったが、空のトーンは多少乱れている。



 以上、限られた素材ではあるが9つの素材を3台のプリンタで出力してみたが、染料であれ顔料であれ、どのプリンタも一定の水準は完全にクリアしており、パッと見た目は劇的なクォリティの違いはなかった。ただ、赤や黄色のシャドー部の再現は、PM-T960だと彩度が下がり、何となく茶色っぽい仕上がりになるのに対し、PX-G5300やPX-5500は、しっかりと彩度を保っており、深みのある赤、深みのある黄色に再現できる。深紅のバラのシャドー部、ポートレート撮影であごの下の影や髪の毛など、赤や黄色系のシャドー部の再現にこだわるなら、PX-G5300もしくはPX-5500が有利だ。

 また、PX-G5300とPX-5500のどちらを買うべきか、非常に悩ましいところだが、光沢感のあるプリント(といっても染料プリンタの光沢感には及ばないが……)にこだわるならPX-G5300、モノクロプリントの色調を自在にコントロールしたいならPX-5500という(当たり前の)結論になる。PX-5500のほうが全般的に落ち着いた、素材に忠実な再現だが、PX-G5300に比べると多少粒状性が目立つ濃度域があるのが惜しい。PX-G5300は、LCCSの効果が現れているのか、特定の部分だけ粒状が目立つことがなく、ボケがなだらかに再現できるのが魅力。ただ、オレンジが必要以上に鮮やかに再現される傾向があるのと、多少青みが強調されやすい感があり、“忠実度”という点ではPX-5500に軍配が上がる。そういう意味では、PX-G5300のほうが一般受けするチューニングになっている感じだ。

 染料プリンタのPM-T960も、赤や黄色のシャドー部を除けば、非常に素晴らしい仕上がりで、クリスピア本来の高い光沢感のあるプリントが得られるのが魅力。ただ、プリント出力直後と数分後、そして1~2日後では、プリントの色や階調がかなり変化するので、テストプリントしてすぐに色を判断して、レタッチで補正してプリントし直す、という作業には不向きだ。すでにPX-5500を持っているボク的には、PM-T960のプリンタ部分を(色数が減っても構わないので)PX-Gインク採用の顔料プリンタに変更した複合機が一番欲しかったりするのだが……。

 ともあれ、PX-G5300は、カラーを主体に大きくプリントしたい人にはピッタリの顔料プリンタだ。前述したように、プリント直後から色が安定しているので、テストプリントを見てすぐにレタッチで色や階調を補正し、再プリントして結果を確かめられるのがなによりも魅力。画質がどうのこうの以前に、出力直後に色が判断できるというのは、作品作りには欠かせない要素だ。



URL
  エプソン
  http://www.epson.jp/
  製品情報
  http://www.epson.jp/products/colorio/printer_pro/pxg5300/

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エプソン、新PX-Gインク採用のA3ノビプリンタ「PX-G5300」(2007/09/20)



伊達 淳一
1962年生まれ。千葉大学工学部画像工学科卒業。写真、ビデオカメラ、パソコン誌で カメラマンとして活動する一方、その専門知識を活かし、ライターとしても活躍。黎 明期からデジタルカメラを専門にし、カメラマンよりもライター業が多くなる。自ら も身銭を切ってデジカメを数多く購入しているヒトバシラーだ。ただし、鳥撮りに関 してはまだ半年。飛びモノが撮れるように日々精進中なり

2008/02/07 00:14
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