2月のPMA2005開催期間中に発表されたHewlett-Packard(HP)の9色インクA3ノビプリンタ「Photosmart 8750」(以下PS8750)の日本語版「Photosmart 8753」(以下PS8753)の予約販売が先週から一部販売店で開始された。実際の販売は5月下旬からとなる見込みだが、出荷開始に先立って編集部に届いた製品版をテストしてみた。
注目はやはり、グレーインクを基礎に絵作りを煮詰めたというカラーマップの完成度だろう。グレーインクの効果はモノクロ印刷では実証済みだが、カラー印刷における積極的なグレーの活用が、どこまで絵の完成度に影響するのか興味深い。
1階調のみながらグレーインクを使うエプソンのPM-4000PXや大判のPXシリーズが、やはりコントラストの調整にグレーを活用して成功しているだけに期待を抱きながら評価を行なった。
■ 3カートリッジ同時装着でグレーインクをカラーでも活用
PS8753のハードウェア構成は、基本的に米国で発表されたPS8750と同一。HPの場合、インクカートリッジの下面に取り付けられた半導体のインクノズルを“ペン”と言うが、ペンの世代は昨年末に一新された他製品と同じものだ。
新型のペンは前世代とおなじ4pl(ピコリットル)のインク滴サイズながらノズル数が倍加され、印刷が高速になっている。A3ノビとA4という違いはあるが、複合機のPhotosmart 2710やDeskjet 6840と基本的に同じタイプで、印刷速度もほぼ準じたものと考えていいだろう。
しかし、それらのA4機がインクカートリッジを2個までしか搭載できないのに対して、PS8753は3個まで搭載可能な点が異なる。また、新たに追加されたブルーフォトカートリッジも利用可能になっている。まずは現行HP製プリンタのカートリッジの情報を整理しておこう。
【黒カートリッジ】
HP製プリンタの黒カートリッジには、普通紙印刷で主に利用される顔料系黒インクが入っている。このインクカートリッジはドラフト印刷時でも十分な濃度が出るよう、他のカートリッジよりもインク滴が大きく、写真用紙への印刷では使われない。
インク量が2倍のHP130と通常容量のHP131がある。単価はHP130の方が高価だが、ランニングコストはHP130の方が低い。なおPS8753には、いずれも同梱されていない。
【3色カラーカートリッジ】
普通紙、写真用紙を問わず、あらゆるカラー印刷で使われるカートリッジで、イエロー、マゼンタ、シアンのインクが入っている。インク量2倍のHP134 と通常容量のHP135がある。PS8753には容量の多いHP134が同梱されている。
【フォトカラーカートリッジ】
粒状感が低く階調の豊富な写真印刷を行なうための低濃度カラーインクを使ったカートリッジ。ライトマゼンタ、ライトシアン、フォトブラックの3インクが入っている。フォトブラックは染料系で黒カートリッジとは異なる。PS8753でも利用可能だが、同梱はされない。フォトブルーカートリッジとの取捨選択となる。型番号はHP138。
【フォトグレーカートリッジ】
2階調のグレーとフォトブラックの3インクを収めたカートリッジ。モノクロ印刷に使われるほか、PS8153ではカラー印刷時に明暗のコントラストを作るために多用される。カラー写真印刷時はカラー系のカートリッジよりも消費量が多いため、PS8153の発売に合わせてインク容量2倍のお徳用カートリッジも発売される。通常容量版はHP100、増量版はHP102で、PS8153にはHP102が同梱されている。
なおHP102は容量を増やすため、他のカートリッジよりもサイズが大きくなっており、他のHP製プリンタでは利用できない。
【フォトブルーカートリッジ】
フォトカラーカートリッジのフォトブラックインクを、新開発のダークブルーカートリッジに置き換えた新型カートリッジ。フォトカラーとフォトグレーを同時搭載した時に、染料系黒インクが重なってしまうため、別の色を追加したもと言える。
なぜダークブルーを使うのか? は、以前に書いた記事の中で紹介したが、RGBモニタが表現する深みのあるブルーをインクジェットプリンタでも再現するためだという。現時点ではPS8753のみで利用可能で、製品に同梱されている。型番はHP101。
PS8753で印刷時には、これらのカートリッジを用途に応じて選択することになる。これまでは写真印刷が目的の場合、従来は3色カラーとフォトカラーを装着して粒状性の低さを重視するか、3色カラーとフォトグレーを選んでニュートラルな色特性を選ぶか、ユーザーは選択を迫られたが、PS8753の場合はそれらを両立した上で、ダークブルーの利用も可能になったわけだ。
また写真印刷と普通紙印刷をカートリッジ交換なしに両立させたい場合は、黒、3色カラー、フォトカラーの3つを同時装着しておけば、顔料系黒による高濃度でキレの良い文字品質と階調性の高い写真印刷が同時に得られる。
■ 意外に良好な設置性と使い勝手
画質評価に入る前に、簡単にメカニズムや筐体まわりのインプレッションも記しておきたい。
3カートリッジ同時装着ということで横幅の大きさが気になるところだが、実際にはエプソンPM-4000PXなどのライバルと大きな違いはない。用紙ハンドリングはHP製プリンタの伝統にならい前面給排紙構造を採用。1枚だけならば手差しでトレイにセットしている以外の用紙を差し込むことも可能だ。また厚紙など用紙反転が行なえないメディアは、背面からの手差し給紙にも対応する。
用紙トレイ部分は伸縮自在になっており、レターサイズ以下ならば畳んだ状態の用紙受けの位置までしか出っ張らないようになっている。日本で多く消費されるA4の場合、手前に少し伸ばす必要があるが、それを考慮しても設置に必要な奥行は小さくて済む。
あるいはL判や2L、キャビネといったサイズならば、トレイを伸ばしておく必要はない。たとえば普段はL判をセットしておき、たまにA4やA3、A3ノビを使う時だけ手差しで1枚といった使い方には便利だろう。デザイン面の印象とは異なり、実際の設置性や使い勝手は良い印象を持った。
なお用紙トレイには普通紙ならば100枚、写真用紙は25枚までをセットしておける。
筐体上面にはモノクロ液晶パネルが配置され、インクカートリッジの残量が示されるほか、用紙詰まりやインクカートリッジ交換などのインフォメーションが表示されるほか、ダイレクトプリント時にも操作ガイドが表示される。
もっともモノクロ表示のため、ダイレクトプリント時に画像選択を単体で行なうのは困難。基本的にはDPOF対応カメラ上で印刷画像を指定してから印刷するスタイルとなる。メモリーカードはメモリースティックProやxDピクチャーカードも含まれており、日本で売られているほとんどのデジタルカメラにアダプタなしで対応できる(メモリースティックDuoはアダプタが必要)。このメモリーカードスロットからデータをPCに転送することもできる(ただしUSB 2.0 Full Speed対応のため転送速度は遅い)。
更に100BASE-TX対応LANアダプタも搭載。簡単にネットワーク経由での印刷が行なえるのも便利だ。ネットワーク印刷機能はWindowsはもちろん、Mac OS Xからも利用できる。
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伝統の前面給排紙構造を採用。用紙トレイは伸縮自在
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モノクロ液晶パネルを搭載する
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CF/メモリースティック/メモリースティックPRO/SDメモリーカード/MMC/xDピクチャーカード対応のスロットを搭載
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左からUSB、Ethernet、電源
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プリンタドライバも、基本的な機能は以前のモデルを踏襲しているが、自動レタッチ機能はすべてデフォルトでオフとなっており、ユーザーが意図せずに極端な補正が行なわれないよう配慮されている。
カラーマッチング機能としては、デフォルトのsRGB準拠モードはもちろん、Adobe RGBモードを備えることでAdobe RGB対応カメラからも簡単にカラーマッチングを意識しない印刷が行なえる設定だ。さらにICCプロファイルも添付されているため、Photoshopなどカラーマッチング対応アプリケーションから印刷する場合は、ICCプロファイルを用いた印刷も可能だ。
■ 忠実路線ながらモードによって異なる味付け
サンプルで出力した画像の、個々の評価は別途掲載するが、全体には最近のHP製プリンタの方向性を踏襲しつつ、さらに自然さを追いかけたという印象。昨年末のPhotosmartシリーズは、彩度をやや抑えつつ記憶色再現をあまり意識しない自然さを演出。一方で原色部分ではギューンと色純度を伸ばし、ややコントラストを強調気味のトーンカーブとも相まって、人工的な匂いもやや感じるという、二面性を持ち合わせていた。
しかしPS8753では人工的な雰囲気が抑えられている。デフォルト、つまりsRGB画像を出力した時には、他モデルと共通のコントラストの強調感があるが、同じ画像をAdobe RGBに変換後、Adobe RGBモードで印刷すると柔らかい明暗のトーンカーブとなる。また原色に近い部分での色の強調感も“基本的には”感じられない自然な仕上がりだ。
基本的にはというのは、青の発色にやや癖があるからだ。ダークブルーインクを追加した影響かどうかは定かではないが、青は全体に彩度が高い方向に伸びる。さほどいやらしさを感じるほどではないが、他の色域が素直なだけに目立つ印象。これはsRGB、Adobe RGB、いずれの場合でも感じる。
カラーモードによる違いに関しては、デフォルトモード時の絵が、ポジフィルムの写真をレーザーダイレクトプリントで出力した時のような雰囲気だとすると、Adobe RGBモード時はネガフィルムからの印画紙プリントといった印象。
純粋に色のマッチングを考えた場合、Adobe RGBのトーンカーブはやや明るめで、ディスプレイで見るのとは異なる、軟調な印象を持つだろう。中間輝度領域の明度をやや持ち上げ、階調をなめらかに見せることを意識しているように受け取れる。
同じAdobe RGBの画像を、Adobe RGBモードとPhotoshopのカラーエンジンを用いて出力したもので比較すると、前者の方が明らかにソフトな印象の絵になり、画面との近似度では後者の方が良い印象となる。このあたりは好みによって使い分けることになるだろう。
一方、同梱されているICCプロファイルの質はなかなか高く、ディスプレイのキャリブレーションさえきちんと行なわれていれば、カスタムプロファイルを作成して追い込む必要はない。従来は濃青部で色相がシフトする傾向が強かったが、ダークブルーインクの効果なのか、従来のような不安定さはない。やや癖はあるが、従来の色純度が伸びずに色相が転んでいた時と比べれば、格段に進歩している。
Adobe RGBモードで撮影したデジタル写真を、そのまま写真っぽく印刷するのであればAdobe RGBモードを、こだわってレタッチした画像を意図した通りに印刷したいならICCプロファイルを活用する、といった使い分けをするといい。
なお、どのモードでも、グラデーションで色相が不安定に転ぶ部分がなく、どの画像も安心して見ていられる優れた出力になっていると思う。元データの品質さえ高ければ、その分だけ出力に反映される。
インク滴サイズが4plと他社に比べて大きいため、画像を拡大してみると確かに粒は見える。しかしカラーインクの混色で作り出していた明暗の階調を、グレーで行なうようになったこともあり、数字で考えるよりも、ずっと描写はなめらかだ。
加えてセーターなどの細かなテクスチャもシャープに浮き上がる。これも混色をすることなく明暗のコントラストを描き分けるグレーインクの効果だろう。従来のインク滴サイズで判断していては、本機の良い部分を見逃してしまう。
■ HPからの挑戦状
従来、HPはプロ向けのDesignJetシリーズでは色再現の正確さを求め、コンシューマ向けのPhotosmart、Deskjetは、一般消費者向けに割り切った設計のプリンタを提供してきた。ずっと以前、初代Photosmartシリーズで写真印刷に特化した製品を出したこともあったが、それ以降は普通紙画質を重視した基本性能にプラスαで写真印刷も、という考え方の製品へとシフト。PhotosmartシリーズはDeskjetシリーズにダイレクトプリント機能を付加したものという位置づけである。
しかしPS8753は、久々に写真出力をメインに据えた製品である。それは同梱されているインクカートリッジに顔料系黒インクが含まれていないことからもわかるだろう。PS8753は、写真出力にこだわるユーザーに対して、HPの写真出力に対する取り組みを強くアピールする製品だ。その成果は如実に表れている。
ちょっとしたレタッチによるトーンカーブの変化や色あいの違いを、きちんと素直に反映しながら描き分けてくれるコンシューマ向けカラープリンタは数少ない。PS8753はその数少ないプリンタのうちの1台だ。
ランニングコストに関しては今回、測定値を出していないが、混色しなければならない場面が減っている分、カラーインクの消費量は確実に減っているようだ。HPによると、カラー写真の場合、60~70%がグレーインクで構成されるという。そのグレーインクには、従来の2倍もの容量を持つ増量カートリッジを利用できるため、ランニングコストは大きく下がっていると予想される。
ただし以前と変わっていない部分も残念ながら存在する。それは耐水性の低さだ。本機の性能を発揮させたいなら、純正のプレミアムフォト用紙を使うことを勧める。通常の多孔式写真用紙でも写真印刷は行なえるが、やや品質は落ちる。
しかし膨潤型のプレミアムフォト用紙は、表面のインク受容部が水に溶ける。このため、汗ばんだ手で表面を触ると手の跡が付いたり、水滴を落としてからこすると像が消えてしまう。プレミアムフォト用紙は特に暗部の階調が優れているだけにやや残念だ。
額縁保存やアルバム保存するだけならば、こうした問題は気にしなくてもよいが、写真を裸のままで扱う場合にはやや気を遣うだろう。一方で本機の絵作りや素直な発色は魅力でもあり、ネットワークプリントなど機能面での充実も光る。価格面では59,800円の予想価格が現時点で出ており、店頭ではさらに低い価格が提示されるかもしれない。
写真画質そのものの完成度は高いだけに、はたして本機の持つ素直な発色、絵作りのやりやすさといった要素が、市場でどのように判断されるのかが本機を評価する上でのポイントになるだろう。
■ 画質評価
●印刷結果の掲載について
印刷結果は純正の写真用紙に印刷後、1日間乾燥させ、その結果をカラーキャリブレータで作成したICCプロファイルを用いてイメージスキャナで取り込み。さらに、色の微調整を目視で行なった後、Photoshopの色空間変換機能でsRGBに変換、掲載している。
インクジェットプリンタは、限られた数のインクドットを組み合わせることで色を作っているため、インクの色材やCCDセンサーのカラーフィルターなどとの相性により、同じ色に見える印刷結果でもスキャナを通して読み取ると異なる色になる場合がある。
微調整を加えているのは、そうしたインクの違いによる色味の違いを標準光源(D65)における観察結果に近く仕上げるためだ。各プリンタの相対的な違いを意識して補正を加えている。ディスプレイなどの表示環境によっても色は異なるため、あくまで相対評価用と考えていただきたい。
【ブルックリン橋】
sRGBの元画像をそのままデフォルトで印刷。データはややマゼンタが被っているが、出力はニュートラルになり、彩度が若干持ち上がるなど好ましい方向で絵が変化している。あからさまな記憶色再現処理は行なわれない本機だが、濃い青だけは多少誇張気味に出る傾向が強い。
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元画像
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印刷結果
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【本を読む女性】
Webで掲載しているのはディスプレイに適したsRGBに変換しているが、印刷時はAdobe RGBを利用している。印刷モードはプリンタドライバのAdobe RGBモード。トーンカーブがやや浅くなり、彩度も控えめの印刷となる。カラーマッチングの観点からするとやや不満もあるが、写真っぽい描写と評す人もいる。
4,800dpiでスキャンした拡大部も掲載した。インク滴は拡大すると見えるものの、実際の鑑賞距離ではさほど目立たない。グレーインクやドット配置の最適化が効いているのかもしれない。
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印刷結果
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【豚のコックさん】
こちらも掲載はsRGB画像だが印刷時にはAdobe RGBデータを用いている。ただしドライバのAdobe RGBモードを利用するのではなく、Photoshop CSのカラーエンジンを用いてICCプロファイルを基に変換、出力している。ドライバのAdobe RGBのようにトーンカーブが浅くなる傾向は見られず、色のマッチもなかなか良い。暗部のディテールがやや失われがちな点がやや気になるが、総じて満足度の高い出力結果となった。
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【モノクロ写真】
カラー写真のデータをモノクロ印刷モードで出力。手軽にニュートラルトーンの印刷結果を得られる。
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印刷結果
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■ URL
日本HP
http://welcome.hp.com/country/jp/ja/
製品情報
http://h50146.www5.hp.com/products/printers/inkjet/ps8753/
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2005/04/14 17:54
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