今年も多数のラインナップを用意したキヤノンのインクジェット複合機だが、一点集中と言ってもいいほど圧倒的に売れているのが、PIXUS MP600だ。単一機種での台数シェアは圧倒的で、キヤノンのシェア拡大に大きく寄与している。
ではなぜMP600がこれほど受けているのか? 上位機種にも匹敵する画質や高速性、それに写真印刷時の経済性や充実した給紙メカ、両面印刷機能、顔料黒インク採用など、全方位的にあらゆる要素が詰め込まれた万能機でありつつ、価格は売れ筋3万円以下のミドルレンジに置かれている。
ひとつひとつを取り上げるとナンバーワンではないが、不満の数は少ない。そんな製品像が浮かび上がってくる。
■ 薄いインクなしで写真画質を実現する1plヘッド
MP600が採用するプリンタヘッドとメカは、昨年まで上位機種MP800に採用されていたものに近い1pl(ピコリットル)と5plのノズルを交互に千鳥足配置したもの。インク数は染料4色に顔料黒を加えた5インク構成で、全インク、両サイズノズルを合計すると、3,584ノズルに達する。
今年はMP810が3サイズ打ち分けなどで写真印刷速度の大幅な向上を果たしているが、後述するように本機も十分に速い。MP810との具体的な違いは、マゼンタとシアンに加えられた2plインクのみ。MP810が1個の2plインク滴で表現するところをMP600では1plインク滴2個で表現する必要があるため、その分、印刷速度が落ちているわけだ。
薄いインクなしでも粒状性や階調性を改善する1plインク滴のため、ランニングコストの面で有利。普通紙印刷において、文字印刷用に顔料黒インクを活用できるという側面もあり、普段のWebページや必要書類の印刷から写真印刷、年賀状印刷まで得手不得手なくこなす。
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スキャナ部を持ち上げるとインクカートリッジにアクセスできる
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インクカートリッジはBCI-7eシリーズとBCI-9bk
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L判フチなし写真の印刷速度はMP810の1枚18秒に対し、本機は24秒。しかし、この数値はハイエンドの6色インク機であるMP960の29秒よりも高速だ。
インクカートリッジはアルバム保存100年の保存性を誇るクロマライフ100シリーズ(BCI-7eシリーズとBCI-9bk)。インク残量の光学検出が可能な透明カートリッジと、スポンジに残存したインクを使い切るドットカウントの併用方式は従来と同じ。ヘッドノズル位置のキャリブレートを自動で行なうセンサーを内蔵している。
■ SuperPhoto Boxシリーズ共通の多彩な用紙ハンドリング
キヤノンが2年前に開発したSuperPhoto Boxシリーズのメカ。これが本機でも継承されており、良好な用紙ハンドリングを実現している。
前面給紙カセットと背面給紙ホッパーの2ウェイ給紙で、前面・背面ともに普通紙で150枚をセットする容量がある。前面給紙トレイはA4をセットしても前面にトレイが飛び出ず、単機能機に比べてスッキリと収まるのも長所だ。
加えて自動両面印刷機能や、前面排紙トレイの自動オープン機能なども装備している。
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前面給紙カセット
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背面給紙ホッパー
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前面排紙トレイは自動オープンする
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自動両面印刷機構も標準装備する
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これらの多彩な用紙ハンドリングメカを使いこなせば、普通紙中心に日常的に印刷を利用するユーザーから、写真印刷中心のユーザー、その両方をバランス良く使い分けているという人まで、幅広いユーザーに利便性の高い機能を提供する。これらの機能はもちろん上位機種にも採用されているが、2万円台前半でも購入できる価格帯で、ここまでのメカを実現している点がMP600の最大の魅力だ。
■ PCプリンタとしてのMP600
普通紙印刷はカラー印刷部のコントラストがもう少し欲しい(やや薄め)が、顔料黒インクの効果もあって良好。顔料黒インクノズルはカラーよりも数が多いため、文字中心の印刷では快調に印刷してくれる。
ただし顔料のマット系インクではあるが、あまり期待値が高いとさほど濃度感は得られないかもしれない。よくある“レーザープリンタ並の文字品質”とまでは行かない。一般的なフォト印刷用の黒よりはキレイだが、若干のにじみや濃度不足を感じる人もいるかもしれない。よって“必要十分な黒品質”という表現にとどめておきたい。
用紙ハンドリングの多彩さもあり、普通紙印刷中心での常用PCプリンタとしては、もはや大きな不満を感じる余地はないと感じた。特にモノクロ印刷は、内容にもよるが速いモードで4~5秒、標準モードでも5~6秒ほどでA4文書の印刷が完了する。速度面も、この価格でここまで速ければ文句はない。吟味すべきは、普通紙よりも遅くなる写真印刷時の速度だろう。
PC用ドライバにおける写真用紙(プロフォトペーパー)への品質設定は、「標準」、「きれい」の2種類があり、さらに詳細設定で品位を「1」に設定することで最高品質となる。各モードの違いは主にパス数で、パス数が増えることで1plノズルの活躍する範囲が広がり、階調性や粒状感に良い影響を及ぼすようだ。
ただし「品位1」と「きれい」の差は些少で、通常は「品位1」を意図的に選択する必要はないと思われる。ここでは一般的な「標準」と「きれい」のL判フチなし写真の印刷速度をプロフォトペーパーで計測してみた。
結果は標準で、おおよそ25秒前後、きれいで41秒前後。計測によるバラツキがあるが、結果はほぼ安定している。計測時間は用紙を吸い込んでから排紙するまでのトータルの時間だ。ほぼカタログスペック通りの性能が実際にも確認できた。
■ メモリカードダイレクトプリンタとしてのMP600
MP600の内蔵コントローラは、キヤノンによると昨年から引き続き採用しているものとのこと。元々、キヤノン製複合機は高画素カメラ対応でコントローラを昨年から強化していたこともあって、今年はソフトウェア面でのチューニングのみとなっているようだ。
メモリカードからのダイレクトプリントでは、詳細な品位設定は行なえないため、「標準」と「きれい」からの選択となる。両者の違いはPCからの出力と同じ。出力品位も見た目に大きな差はない(全く同じではないようだが)。
こうした機能において従来問題となってきたのは、処理速度と印刷品位。どうしてもPCからの印刷には劣っていたのだが、品位の面はほぼクリアといっていい。では印刷速度はどうか?
PCで利用したものと同じ画像(820万画素)をサンディスクのCF「Ultra II 1GB」に収め、L判フチなしで印刷したが、標準で40秒前後、きれいでも55秒前後とかなりの好成績。PCでの計測は紙送りからの時間だが、こちらは印刷指示を出してからの計測であり、画像処理の時間を考えれば、800万画素オーバーの画像に対しても問題なく快適に使える高速性を備えていると言えそうだ。
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メモリカードスロット
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液晶モニターでのダイレクトプリント指定画面
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サムネール表示やフルスクリーン表示、拡大、スライドショーなども可能
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液晶モニター上でトリミングなどの指定もできる
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フォトナビシートをスキャナで読み込ませてダイレクトプリントの設定をすることもできる
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メニュー画面でのフォトナビシートの説明
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■ PCスキャナとしてのMP600
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MP600のスキャナ部
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次にMP600をスキャナとして利用する場合の性能と機能を見ていこう。
MP600のスキャナは2,400×4,800dpi対応のCISタイプ。このため、立体物のスキャンや本の綴じ部などガラス面に密着できない被写体はフォーカスが合わず、光量も不足するためうまくスキャンできない。また原理的にフィルムスキャンも不可能だ。
しかしCISスキャナはガラス面に密着できる被写体に対する精細度は高く、ローコストで薄型化が容易という特徴があり、特に文書のスキャンには向いている。フィルムスキャンはともかく、被写界深度や光量といった面はコピー時に使い勝手の差となって現れることもある。
もっとも、低価格複合機のほとんどはCISスキャナであるため、この部分を気にするならば上位モデルを選ぶほかない。
さて、MP600の2,400dpiスキャナだが、解像度の面から言えば、ここまでの高精細スペックは不要と考えていい。フィルムスキャンが行なえないこともあり、小さくとも名刺サイズぐらいの被写体をスキャンすることが多いと考えられ、600dpiあるいは1,200dpiあればほとんどの用途に足りる。
色深度は各色最大16bitでスキャン可能で、階調性に問題は見られない。ただ、やや露出アンダーになる傾向が強く、彩度も低めに出る。また、青がやや強く全体に乗り、緑の発色が抑えめのバランス。スキャナユーティリティで微調整をかければ改善できる範囲だが、本機の製品的な性格から言えば、デフォルトの設定でもう少し見栄えの良い絵にする方向のセッティングの方が受けはいいだろう。
ただし前述したように階調性は良好なので、16bitで読み取った上で後処理でレタッチするという使い方であれば問題はない。
問題は速度が、同クラスの価格帯のライバルと比べやや遅いこと。特にプレビューの読み込みは10秒以上かかり、最近のプレビューが高速になってきたスキャナの基準から言えば、少々ストレスがたまるかもしれない。
■ カラーコピー機としてのMP600
本機のカラーコピーは、白が真っ白く、黒が真っ黒く出るのが特徴。当たり前のようだが、余裕を持って暗部とハイライトの階調を描こうと思うと、やや上下のコントラスト幅を余らせて使うことの方が多い。
ところが自動レベル補正をかけたように、きっちりと上下の明度レンジを使い切るようにコピーされる。白飛び感はあまりないが、黒側はやや潰れ気味で階調の見通しが悪くなる。
と、明度に関してはかなり積極的に補正をかけるようだが、色はかなり控えめ。彩度方向の階調が失われないように配慮しているのか、全体に渋めの発色となる。またスキャナ自身の特性なのか、コピー結果に関しても若干、青よりで色温度が高くなったような結果だった。しかし、その分、彩度が飽和して立体感が失われるようなことはなく“程々”という言葉がよく合う結果。地味だが強調感がないため、不自然と感じるところがない。
文字部分は個別に認識しているようで、写真、イラスト、文字が混在している原稿をコピーした場合、文字部分の輪郭がキレイに補正された上で顔料黒インクを用いて印刷された。文字資料のコピーを取る際の品位はいい。
■ 使い勝手
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ホイールを中心とした操作部
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本機だけでなく、キヤノン製インクジェット複合機の使いやすさは、新たに導入されたホイールを用いたユーザーインターフェイスが、気に入るか、気に入らないかで決まると言っていい。
今年、キヤノンは複合機の操作ボタンを大胆に減らし、その代わりに真ん中にOKボタンを配置し、周囲に十字キーを置いたホイールを取り付けた。ホイールの上には2つのボタンがある。このボタンの機能が液晶パネルの表示と連動し、その場に応じて機能が切り替わるようになっている。さらにコピー枚数設定専用にボタンを配しているのも、キヤノンなりの心配りだろう。
さらに大きな丸いボタンで「ホーム」と「ナビ」というボタンが目立つように配置されている。ホームボタンは各機能を呼び出すためのボタンで、まずはホームからスタートし、ホイールで機能アイコンを選択し、OKを押すという手順を繰り返していくことで、目的の処理を行なう。その途中の説明が液晶に表示されるので簡単、というのがキヤノンの主張だ。
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ホイール状にメニューが配置されたホーム画面。機能の説明も表示される
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目的の機能をOKボタンで選択すると、さらにホイール状のメニューが表示されていく
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さらにナビボタンを押すと、液晶画面に目的別の目次が現れ、オンラインマニュアルをたどって作業手順を知ることができる。ナビ機能を進んでいくと最終的には目的の作業を行なう機能の画面まで自動的にジャンプする仕組みだ。
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ナビ画面
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ナビ画面からは、まず選んだ機能の説明が表示され、その後はやはりホイールで操作を進めていく
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このように、手取り足取り、なるべくマニュアルレスで初心者でも機能を使いこなせるように配慮されているMP600だが、あまりに丁寧な手順、あまりにシンプルな操作パネル故に、慣れた操作を行なう際には逆に煩雑に感じることもある。
たとえば特定機能にダイレクトに切り替えたい場合(コピーしたい! など)も、いちいちホーム画面に行き、ホイールで機能アイコンを選んでOKを押して……と手順を踏む必要がある。
コピーやメモリカードからの印刷など、頻繁に使う機能に関しては、そのモードを呼び出すための専用ボタンが欲しくなる。複合機は家族全員で使うことも少なくないため、操作を丁寧に教えてくれるというコンセプトは素晴らしいが、そのために操作に慣れた人も同じ手順を履行しなければならないというのは面倒だ。ここはひとつ、あらゆるユーザー層に対する使い勝手を追求して欲しいところだ。
さて、操作パネル以外の部分だが、その操作パネルがスキャナの圧板部に配置されているため、本などの手前にダラリと不要部分が垂れてしまう素材をコピーする際にも、操作パネルにアクセスしやすいという点は、他社製品にはないポイントとして評価しておきたい。
■ まとめ
一言で言えば“さすがベストセラー”といったところだろうか。FAX機能も欲しい、写真印刷はやはり薄いインクを使った最高のものじゃないと! といった特別な希望がないならば、誰に勧めても不満がない。どういう使い方をするのかわからない他人にも勧めやすい。とりあえず何の不満も出ないインクジェット複合機と言える。
機能面もフィルムスキャン機能を除けば、できないことはほとんどなく、誰にでも使えるようにユーザーインターフェイスを工夫した。両面印刷もできれば、普通紙での文字品質も高い。写真もそこそこ。グッと来ることもなければ、拒否する理由もない。
主体的に特定の性能を求める気持ちがないのであれば、誰が選んでも不満を感じることはないはずだ。
■ URL
キヤノン
http://canon.jp/
製品情報
http://cweb.canon.jp/pixus/lineup/mp600/
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2006/12/26 17:23
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