デジカメ Watch

【写真展リアルタイムレポート】
大西みつぐほか、『Tokyo East Perspective「墨東写真」、「すみだ職人列伝」』

~倉庫で開催される“ご当地写真展”
Reported by 市井 康延

会場の鈴木興産倉庫
 写真展には、被写体となった場所で作品を展示する「ご当地写真展」という手法がある。ギャラリーではない場所を借りて実施するゲリラ的なライブ感覚が加わり、また違った写真の楽しさが味わえるのだ。今回、墨田区の倉庫に、この地区を撮影してきた13名の写真家による作品が集められた。それは1950年代から現在までに撮られた作品で、下町の戦後60年を俯瞰する試みだ。

 『Tokyo East Perspective「墨東写真」、「すみだ職人列伝」』は6月17日(土)~7月1日(土)まで墨田区横川・鈴木興産1号M倉庫で開かれている。開館時間は11時~19時。会期中の土日には、各種イベントを予定している。主催はNPO法人The Darkroom International。写真展の入場は無料。イベントは一部有料。


会場の入口では、弊誌でもおなじみの写真家・中里和人さんによる小屋のインスタレーションが出迎える 会場の様子。初日から「大入り」が出るほどの大盛況

「ご当地写真展」はと美術館の違い

大西みつぐさん
 「ご当地写真展」とは、写真家の大西みつぐさんのネーミングだ。深川生まれの大西さんにとって、下町はお気に入りのモチーフのひとつであり、これまでも京島の民家や北千住の銭湯でご当地を撮った作品による写真展を開いてきた。今回の企画も当初は、そんな気軽なノリだったのだが、結果的には、長野重一さん、春日昌昭さん、須田一政さんといった写真を少しかじっている人なら、耳目をそばだてる作家の作品が並ぶ、規模の大きな展示になってしまった。

 「もともと写真家の飯田鉄さんと、下町を撮っている写真家で手作りの写真展がやりたいね、とは話していたんです」と、大西さんはいう。そこに今回会場となった墨田区の鈴木興産から「倉庫を使って写真展をやらないか」という話が、主催のダークルームを通じて舞い込んできたのだ。

 大西さんがその相談を受けたのが、2年ほど前のこと。墨東といえば東京大空襲の被害が都内でもっともひどかった場所であり、昨年が「戦後60年」という節目にあたっていたことから、このテーマはすんなりと浮かんできた。頭を悩ませたのは、作家のセレクトだ。

 「下町といえば木村伊兵衛、土門拳、桑原甲子雄といった大御所を筆頭に、たくさんの写真家の名前が浮かんでくる。木村惠一さんや荒木経惟さんだってそうですしね。ただ、そうなると作品を借りるだけでも大変ですから」。

 ビッグネームを入れ始めたら、きりがなくなり、美術館で開かれる写真展と差がなくなってしまう。敷居の低さと奥の深さが身上の「ご当地写真展」なのだから、そうした常識は横に置き、戦後60年という時間軸で作品を素朴に並べることを基本に、大西さんが近しい写真家のなかから、これと思った写真家に依頼することにした。

 その結果、1950年代は長野重一さん、60年代は46歳で亡くなった伝説の写真家である春日昌昭さん、70年代は須田一政さん、80年代は飯田鉄さんで構成し、夜の光景として中里和人さんの作品を加えた。展示作品は、大西さんが長野さん、須田さん、春日さんのもとに行き、セレクトしたという。


春日昌昭さんの作品。会場には荒川銀星館という映画館を撮影した作品もあるが、この映画館の情報がないようなので、知っている人がいたらぜひ会場に行って教えてあげてください 長野重一さんの作品

 「長野さんは私が木村伊兵衛賞を受賞したときの選考委員でもあり、その方の眼の前で作品を選ぶなんて、非常に畏れ多いことだったんですけどね。自分が見たい写真、自分が見てトクする写真展にしたいと思っていたので、選ばせてもらいました。

 春日さんは東京オリンピックの前後に、集中して下町のスナップを撮影された写真家です。その視点はニュートラルで、作為がなく街歩きの基本形だと僕は思いますね。写真家の金村修は、春日さんの作品を見て触発されたって言っていましたよ」。

 散逸しかけていた作品を集め、故人の自宅で膨大な作品の中から選び出した。そして90年代以降は若手写真家をと考えたが、意外と思い当たる作家がいない。結果、思いついたのが東京綜合写真専門学校での教え子の存在。都内の俯瞰した夜景を撮る佐藤信太郎さん(今年度の木村伊兵衛賞で最終選考まで残った)と、清砂通り同潤会アパートに住み着いて、そのアパートの解体までを記録した兼平雄樹さんだ。


佐藤信太郎さんの作品。この空間で見ると、下町独特の雰囲気が立ち上がってくるのを感じる 初日に開催された中里和人さんと中野純さんのスライドショウ。この後は、会場を出て両国まで夜の墨東を散策する「ウォークショウ」に

「墨東写真」では唯一デジタルで出品

大西みつぐさんの作品は45点プラス3点の展示だ
 大西さんにももちろん70年代、80年代の下町を撮影した「数々の名作(笑)があるけど、それは譲って現代を担当しました」。ニコン D200と、コンパクト機のCOOLPIX S1で撮影した下町の祭りを、エプソンのインクジェットプリンターで出力した大伸ばし3点と、横5列/縦9列に作品を敷き詰めた45点を展示している。

 「デジタルカメラはフレームに束縛されない自由度が魅力。デジタル一眼レフを使うと、それでもちゃんと撮ろうとしてしまうんだよね。45点を隙間なくレイアウトしたのは、ここからピックアップした作品を1点ずつ並べたら『ああ、いつもの大西のWonderlandの世界だね』って、受け取られてしまうのが癪だから、目を眩ませてやろうと思ったんだ」。

 デジタルカメラの自由度。それは今の時代のファインアート、今の写真表現をリアルタイムに探していくために、大西さんが選んだ表現ツールのひとつだ。大西さんはアップルコンピュータの30万画素機「QuickTake」から、デジタルカメラを始めた。小林のりおさんがデジカメ表現のパイオニアのように思われているが、「彼より早い」とやや自慢げに言う。

 「QuickTakeは選んだんじゃなくて、雑誌のモニター募集に当選してもらって、使い始めたんだけどね。フィルムカメラと違うカメラを使うことによる、良い意味でのお遊び感覚がよかったんだ」。

 デジタルコンパクトはノーファインダーで撮る。写るかどうかわからないが、手の感覚で撮る。シャッターを切って、モニターに映し出された映像を確認したとき、目の間にある空間とは違う視覚で切り取られている。その差が面白いし、そこに今を切り取る、今の表現の可能性が秘められていると大西さんは感じているのだ。


横浜のレンタル暗室「ダークルーム」に出入りする若手写真家が墨東の職人さんに挑んだ
大西みつぐさんの作品

 会場に展示された大西さんの作品は、原色がやけに印象深く目に飛び込んでくるカラフルな作品だ。ここでは大西さんと佐藤さんと兼平さんの作品以外、モノクロームの世界で占められているが、不思議と違和感がない。それどころか、この3つのカラー作品シリーズにも、ほかのモノクローム写真に通底するある種の懐かしさを感じさせる。そしてその感覚は、この空間だから発見できたものだろうとも思うのだ。

 会場にはこれから羽ばたく若い写真家5名が、下町の職人に2カ月ほど密着して撮影した「すみだ職人列伝」も併催。JR錦糸町駅から、変化の少ない下町を15分ほど歩いたところにある倉庫のなかには、意外な発見が詰まっているはずだ。



URL
  Tokyo East Perspective
  http://bokuto.onmitsu.jp/

関連記事
第5回 大西みつぐ
「下町というボーダー(境界)の無い場所に生まれ育って」(2006/05/11)




市井 康延
(いちいやすのぶ)1963年東京生まれ。久しぶりにギャラリーめぐりに1日を使った。これまでのように自由にギャラリーに足を運べないので、見たい写真展を効率よく回れる日を選ぶ。通常より早く終わる最終日は要チェックだ。良い写真展を見るには事前の情報収集が不可欠。ということで、写真展情報を掲載したホームページ( http://photosanpo.hp.infoseek.co.jp )を作りましたので、一度、ご覧ください。

2006/06/20 08:56
デジカメ Watch ホームページ
・記事の情報は執筆時または掲載時のものであり、現状では異なる可能性があります。
・記事の内容につき、個別にご回答することはいたしかねます。
・記事、写真、図表などの著作権は著作者に帰属します。無断転用・転載は著作権法違反となります。必要な場合はこのページ自身にリンクをお張りください。業務関係でご利用の場合は別途お問い合わせください。

Copyright (c) 2006 Impress Watch Corporation, an Impress Group company. All rights reserved.