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タイ



※4月~6月の最終木曜日は、「Web写真界隈」に代わって、内原恭彦氏による特別企画「アジア輪行写真」をお届けします。


4年ぶりのバンコク

 バンコクに滞在してそろそろ3週間になる。4年ぶりに訪れたバンコクはずいぶんと印象が変わっていた。ひと言で言うなら、以前よりもあか抜けて小ぎれいになった。都心部には新たな商業コンプレックスやショッピングモールがいくつも建ち並び、道行く人たちの服装や髪型も以前よりはお洒落な感じだ。コンビニやスーパーは倍増し、そこに並ぶ商品は質量ともにいっそう豊かになった。その一方で都心部のスラムは開発の中に飲み込まれそうになっている。

 順調に経済的な成長を続ける大都市は、4年も経つと景観を一変させるのは当然のことかもしれない。そこに暮らしている住人にはさほど意識されない変化が、数年ぶりに訪れる旅行者のほうにかえってはっきりと見えるということもあるだろう。この4年の間に、タイでは国際的な会議が行なわれ、スワンナプーム新国際空港が開港し、国王の在位60周年が国を挙げて盛大に祝われ、バンコクでは数度の爆弾テロが死傷者を出し、クーデターとそれにともなう戒厳令が敷かれ、元首相は海外に事実上の亡命状態である。多くの市民が国王を祝う黄色(王室のシンボルカラー)のポロシャツを着て、コンビニの酒類販売は時間帯によって自粛され、警察による検問が多くなりはしたが、市民生活自体は平穏であるように感じられる。



自分にとってバンコクとは

 ぼくは4年前に、ニコンD100を手に3カ月半ほどバンコクに滞在して、写真を撮った。バンコクを撮りつくしたとは言えないにしても、その時はもうこれ以上は撮れないというくらいに撮った。今回の旅行にあたって、バンコクを撮るのはもう充分じゃないかと思わないでもなかった。限られた日数の旅なのだから、どうせなら未見の場所に足をのばしたほうがいいのではないかと。にもかかわらずバンコクを再訪したのは、どうしても撮りたい場所があったからだ。

 具体的に言うと鉄道沿いの集落や高速道路の下の廃品回収業者の集落、マリーゴールドの花輪で飾られたプーム(祠・ほこら)などである。それらを1,000万画素のキヤノンEOS Kiss Digital Xで、スティッチングによって高解像度のデータとして撮影しようと思った。ありていに言えば、今秋に予定している写真集のために撮り直したかった。

 ところが記憶をたよりにそれらの場所を訪れると、それらの景観は変貌していた。廃品回収業者の集落は廃材で作られたバラックが新たに増えていて、見た目も変わっていたし高速道路からこぼれるナトリウムライトをさえぎっており、夜景はとても撮影できなかった。鉄道沿いの集落は、家並みが微妙に変化していて、まったく同じ絵柄は撮れなかった。プームに供えられた花や飾りは取り去られていた。その他にも撮り直そうとした場所のほとんどは変化していて、前回訪れた時のようには撮れなかった。場所自体が無くなっていたり、古びた建物がきれいにペンキで塗りなおされていたり、新しい建物によって覆い隠されてしまっていたり……。

 こうした変化は4年も経てば当然のことだし、あらかじめ想定しておくべき事柄だった。東京でも気に入った場所や風景を撮り直しに出かけると、ほんの数日で変化したり無くなっていたりということを散々経験してきているのだから。「一期一会」という言葉は好きではないが、その時撮れなかったものは後日出なおしても撮れない、というのはぼくの経験則のはずだった。それでも、今回バンコクにいくつかの場所を最撮影しにやってきたのは、それらの場所に対する強い思い入れがあったからだ。「もう一度この場所を撮りたい。新しいカメラと手法で。現時点での限界の解像度で」という思いが強すぎたのだ。

 撮りたかった場所が無くなっていたり変化していたことには、がっかりしたし、後悔をともなう喪失感を感じた。しかし、より良い写真を撮りたいという目的があったにせよ、同じものを撮り直そうとした自分のやり方が間違っていると思った。ぼくはこれまで、目的に即して計画立てて写真を撮ったことはほとんどない。気に入った写真はすべて、不意打ちのように偶然に出会った風景を瞬間的に撮ったものだ。いい悪いはともかく、これがぼくの撮り方なのだから、過去の写真をなぞるような再撮影を試みてもうまくいくわけはない。過去に撮った場所はひとまず忘れて、新たな光景に出会うべく、足を使ってもういちどバンコクおよび近郊をうろつくしかない。


バンコク界隈


1.ヤワラー(中華街)で見かけたべスパ
エンブレムや模型などで飾りたてられている。乗っていたのは中国系のおじいさん。チャルン・クルン通りですれ違いざまにこのスクーターを見て、アッと思い全力で自転車をこいで追いかけ、停車したところを撮らせてもらった。残念ながら手ブレしている。

2.軍鶏
鉄道沿いの集落で見かけた軍鶏(シャモ)。軍鶏はよく飼われているし、軍鶏専門の雑誌も売られている。闘鶏が目的なのだろうが、公式には賭博が禁じられているタイでは闘鶏場自体が減っているらしくて、ぼくは闘鶏を見たことは無い。軍鶏は美しい鶏だが、この軍鶏は羽毛が抜けてちょっと不気味だ。

3.クロン・タン運河の船
かつて東洋のベニスと呼ばれたバンコクの運河は都心部ではほとんど埋め立てられてしまっているが、郊外ではこのように荷物を運ぶのに使われているところもあるようだ。

4.高速道路のマッカサン・ランプ近辺の犬
夜のバンコクは野犬が群をなしており恐怖を感じるのだが、最近は少し野犬の数が減っているような気がする。当局の取り締まりがされているのだろうか。この辺の野犬はさほど攻撃的ではない。

5.チャトチャック・ウィークエンドマーケットの古本屋
ウィークエンドマーケットは非常に有名だが、写真を撮るよりも買い物目的でブラブラするほうが面白い。小物や雑貨にもその時々の流行が見てとれる。

6.ステッカー
タイ人はとにかくステッカーが好きだ。建物の壁や自動車のボディなど、フラットで無地の平面があればかならずステッカーを貼りたくなってしまう習性がある。商品の宣伝用ノベルティや、選挙の立候補者のステッカーや、「I love king」、「Long Live the King」といった国王を讃えるもの、映画「セルピコ」(腐敗した警察で孤立する刑事セルピコのストーリー。タイの警察官への皮肉を込めた抵抗の意思表示らしい)のアル・パチーノのステッカーなど、なんでもアリで脈絡なくパッチワークやコラージュのように重ね貼りしていく。まるで画家大竹伸朗のコラージュのようだ。

7.ヤワラーの蚤の市
週末に路地を埋め尽くして開かれている通称「泥棒市場」。リモコンやプレステのコントローラやむき出しのHDDなど、使いみちのありそうにないガラクタが大量に売られている。かつてのほうがゴミ同然の無用のガラクタが並んでいたような気がする。タイの古本や映画パンフレットやカセットテープなどはデザインが面白くて物欲をそそられる。


8.ヤワラーの一郭
どこの国でも中華街は独特の雰囲気がある。街全体がある意味で中国的であるバンコクにおいても、ヤワラーは激しい開発にさらされず、古びた街並みが残っており、同時に人々のにぎわいがある。

9.装飾過剰な長距離バス
スプレーペイントやカッティングシートによって、ボディ全体が派手に飾りたてられたバスはタイ特有のもので、他の国ではここまで装飾過剰なバスはお目にかかったことがない。その中でもこのバスはあきらかにやりすぎで、運転席の窓の大半がカッティングシートで覆われてしまっている。これでまともに運転できるのだろうか。

10.高速道路の下で廃品回収を行なっている人々
ゴミの収集車の基地のそばで、使えそうなゴミを拾い集めている人々がいる。こうした場所も4年間でずいぶん減って、高速道路の下の空間は駐車場や公園に作りかえられてしまった。

11.鉄道沿いの集落
バンコク中央駅であるファランポーンから伸びる鉄道線路ぎわはほとんど、バラックが建ち並んでスラムになっている。この場所はクロン・トゥーイ港への貨物線路で、1日に数本しか列車が通らない。

12.王宮広場の近くで見かけた犬おばさん
リアカーに犬を乗せて押している女性を見かけた。リアカーにはタイ語と英語でステートメントが書かれている。英文では、「この親切な婦人は捨てられた犬を拾って世話しています。食べ物や薬にお金がかかります。寄付をお願いします」などと書かれている。たしかに昨今のバンコク犬事情は悪化しているような気がした。路上の半ノラ犬たちは以前ほど世話されておらず病気の犬が目立つし頭数も減っている。ぼくは単なる好奇心で写真を撮らせてもらい、少しのお金を寄付しただけだが、それにしてもこうした捨てられた動物を世話する人たちというのは国籍を越えて似たところがある。


13.路上のアイスコーヒー屋
布で煮出したコーヒーにシロップとコンデンストミルクを大量に入れた甘いコーヒーを、クラッシュドアイスの入ったビニール袋に入れたものが10バーツくらいで売られている。どうやら、どれだけ甘味が強いかがウリのひとつらしく、これ見よがしにコンデンストミルクの缶が積み上げられていたりする。糖分に引き寄せられたミツバチの群も、宣伝になるらしくて追い払うことをしない。このコーヒー屋はそれが度を越しており、おぼれて死んだミツバチの死骸を皿に山盛りにしていた。

14.マハーチャイという港町の漁船
バンコクから25kmほど南の河口の漁村である。沖合いに出て網を使って漁をするらしく、若い漁師たちが準備に余念が無い。何層にも重なった船室で寝起きするようだが、その船室の床が弓なりに弧を描いているのが珍しかった。波にゆられる洋上では床が弧状のほうが都合がよいのだろうか?

15.プレイステーション2を修理する男
ヤワラーの先に、運河の上に板を敷き並べた商店街があって、主に玩具をあつかう小さな店が並んでいる。モデルガンやフィギュアなども売られているがプレステやWiiといった家庭用ゲーム機とソフトが主だ。ちょっと中野のブロードウェイを連想する場所である。半田ごてやルーペを使ってプレイステーション2をいじっている店が多く、なにやら違法な改造でもしているのだろうかと思い、遠慮がちに写真を撮らせてくれないかと頼むとあっけなく応じてくれた。どうやら単に中古品や故障した機種の修理をしていただけのようだ。

16.交通警察官
タイの警察官はとにかくかっこいい。体にぴったりとフィットしたわずかに茶色がかった黒の制服、風雨にさらされた木製の銃把のついた拳銃、個人的な趣味で鋲を打ったベルト。かつては腐敗していたて、現在では綱紀粛正がなされたとも言うが、旅行者には真偽は不明である。いかつい体つきで、日焼けした顔ににこりともしない目つき。交通誘導のしぐさもきわめて横柄だ。強烈に「プロ」であることを感じさせる。

17.屋外映画上映会
バンコク市からチャオプラヤー川を越えたトンブリー県は、のんびりとした郊外の雰囲気を感じる。地図もないままひたすら日が暮れてからも自転車で走っていくと、ちょっとした広場で映画の上映が行なわれていた。韓国かどこかで作られたインディーズ映画らしく、英語とタイ語の字幕が付いている。バンコク市内のシネマコンプレックスで上映されるハリウッド映画とはまるで異なった雰囲気だが、人々は神妙に鑑賞していた。

18.屋外映画上映会の映写機


19.プーム(祠・ほこら)に供えられたファンタ
プームには花や人形や線香が供えられ、さらに水や食べ物も供えられる。コップに入った水であったり、ジュースであったりもするのだが、必ずと言っていいほどそれがファンタなのだ。ふと気づいたのが、宗教における色の意味合いである。くわしいことはわからないが、黄色と赤は意味のある色であるらしい。最近は見かけないが、以前は人工着色料で毒々しいほど真っ赤なファンタが売られていた。その彩度の高い赤い液体が、宗教的な意味合いに合致していたのではないだろうか。まったくの想像だけど。

20.クロン・トゥーイ港沿いの集落
「東南アジア最大のスラム」という呼称をネットで見かけたのが、5年前にバンコクを訪れようと思ったきっかけのひとつだった。スラムについてはガイドブックに載っているわけではないし、当時はその場所が見つけられなかった。4年前のバンコク滞在で、クロン・トゥーイ・スラムにたどり着いたのだけど、思ったより小さいし、こぎれいに整備された街並みで、普通の住宅地のようだと思った。今回は自転車を使ってクロン・トゥーイ港の近くを走っていると、鉄道と高速道路の脇に数kmにわたって集落が存在することに気づいた。

21.バーン・レームのオートバイ少女
バンコク近郊を走るメークロン線という鉄道の駅バーン・レームの近く。ここは1日に4往復しか列車が通らないらしく、線路ぎわが集落になっている。海が近く、周辺はマングローブや養魚池が広がる緑の濃い田舎である。

22.バーン・レーム駅
メークロン線は、単線で2両だけの列車が往復している。スクラップが放置されているこの駅を見たときは、最初は廃線になってしまったのかと思った。

23.バーン・レーム駅の構内
構内といっても改札もなく出入り自由で、ホームをバイクが走っているのはタイの他の鉄道駅と同様だ。車両のスクラップの上には石楠花の鉢植えが並び、洗濯物やぬいぐるみが干されていた。

24.メークロン駅
ここはテレビその他でも紹介されてよく知られた駅だと思う。駅周辺の線路が市場になっていて、列車が通過するときだけ日除けのシートや商品を軌道上からどかし、列車が通りすぎるとふたたび日除けや商品を並べ、線路は市場の一部になる。スペースを有効に利用しているわけで、ある意味では合理的ともいえる。

25.メークロン線の列車内に運び込んだ折りたたみ自転車
ローカル線とは言え時間帯によっては通学の生徒によって混みあうので、自転車の持ち込みは要注意だ。運賃は10バーツだが、車内検札の際に自転車は10バーツの別料金を取られる。20バーツの紙幣を渡すとお釣をくれなかったり、逆に自転車の料金は取られないこともあって、車掌の裁量次第らしい。


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内原 恭彦
(うちはら やすひこ)1965年生。東京造形大学デザイン科中退。絵画やCGの制作を経て、1999年から写真を撮り始める。
2002年エプソンカラーイメージングコンテストグランプリ受賞、2003年個展「BitPhoto1999-2002」開催、2003年写真新世紀展年間グランプリ受賞、2004年個展「うて、うて、考えるな」開催
http://uchihara.info/

2007/05/31 01:09
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