写真を巡る、今日の読書

第58回:写真を言葉で表現したいときに…“言葉に出会うための本”

写真家 大和田良が、写真にまつわる書籍を紹介する本連載。写真集、小説、エッセイ、写真論から、一見写真と関係が無さそうな雑学系まで、隔週で3冊ずつピックアップします。

言葉に出会うための本

写真制作をしていると、作品や制作態度に関して説明するための言葉が必要となる場面に時折出会います。ステートメント執筆や講演、あるいは何らかの助成を申請するためのプレゼンテーションなど、様々な場で作品を言葉によって表す必要があるわけです。

私がまだ学生の頃には、「写真に言葉など必要ない」「言葉にできないから写真に撮るんだ」といった態度の写真家も多く見られましたが、現代ではそういった考え方を鵜呑みにするのはあまり薦められるものではありません。

もちろん、写真は言葉で言い表せない様々な表現を含みますし、多くの場合写真は言葉に先行して生み出されます。言葉が追いつかないことも多くあるでしょう。それを踏まえた上で考えても、写真にはやはり言葉が必要になります。

ただ、言葉を見つけるのはとても難しい。それは私も同じです。そんな時、私はいくつかの方法で手掛かりとなる単語をまずは見つけようとします。

ひとつは、辞書にあたることです。自分の作品を前に、日本語でも英語でも思いつく様々な単語を挙げ、その言葉が含む内容や類語を探します。そうやってたどり着いた単語が、例えばタイトルの一部になったり、あるいはステートメントなどで用いる重要な言葉の一部になったりするわけです。

もうひとつは、様々な文学作品。小説であったり、詩であったり、あるいは音楽の歌詞などです。今日は、そんなときに手に取る本の中からいくつかをご紹介したいと思います。言葉に出会うための本といったところです。

『パウル・ツェラン詩文集』パウル・ツェラン 著(白水社・2012年)

1冊目は、『パウル・ツェラン詩文集』。ツェランは1920年生まれ、旧ルーマニアで、現在はウクライナに属するチェルニウツィー出身の、ドイツ系ユダヤ人の詩人です。ナチス・ドイツによる迫害を受けた後、文学を学び、シュルレアリスムの影響を継いだ具象的な詩作に取り組みました。

本書は、詩の他、ゲオルク・ビューヒナー賞受賞時の記念講演「子午線」や、残されている様々な散文を含め、代表的なツェランの業績を俯瞰できる構成になっています。冬の光のような透明さと、幾重にも紡がれた控えめな色彩が感じられるその言葉には、写真表現に通じる静かな映像が描き出されるように思います。

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『ディラン・トマス全詩集』ディラン・トマス 著(青土社・2005年)

2冊目は、『ディラン・トマス全詩集』。1914年、イギリスのウェールズ南部、スウォンジーで生まれたトマスは、幼い頃から英文学を学び、1934年には最初の詩集『18 Poems』(本書では「18篇の詩」として収録)を出版しています。

早くから注目されたトマスは、アングロ・ウェールズ文学の第一人者として、また英文による詩作において最も偉大な詩人の一人としても知られています。

トマスの描く詩からは、豊かな色彩とリズムが感じられるでしょう。しばしば難解だとも言われる詩人ですが、渦巻くような言葉の羅列に身を任せてみると、混濁しつつもどこかはっきりとした映像と音が、ところどころから噴き現れてくるように思います。原詩は掲載されておりませんが、訳註や解説が充実しており、トマスの詩の世界を眺めるには良い1冊だと思います。

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『シュルレアリスム宣言 溶ける魚』アンドレ・ブルトン 著(岩波書店・1992年)

最後は、『シュルレアリスム宣言 溶ける魚』。意識に降りてきた言葉を先入観なく連ねていく自動筆記(オートマティスム)という手法で書かれた文学作品「溶ける魚」と、その序文となる「シュルレアリスム宣言」が収められた1冊です。

シュルレアリスム芸術における最も重要な文学作品のひとつとして知られており、文学者だけでなく、多くの画家や芸術家に影響を与えた作品として、美術や芸術の歴史に残されています。私自身、初めてそのテキストに触れたときには、意味が剥ぎ取られた言葉の色鮮やかさや豊かさに非常に驚かされたことを思い出します。

自らの記憶や精神の解放に関して、芸術がどのような役割を果たすのか、またその作品がどう作用するのかと考えるきっかけにもなった作品です。読もうとすると混乱すると思いますので、眺め、感じるように文字を追うといった形で体験してみてほしいと思います。

今回は詩人を中心に紹介しましたが、これはステートメントを詩的に書いた方が良い、ということではないことは覚えておいて頂きたいと思います。あくまで、自らの作品を説明するための、キーワードを探すためのものであると考えた方が良いと思います。

大和田良

(おおわだりょう):1978年仙台市生まれ、東京在住。東京工芸大学芸術学部写真学科卒業、同大学院メディアアート専攻修了。2005年、スイスエリゼ美術館による「ReGeneration.50Photographers of Tomorrow」に選出され、以降国内外で作品を多数発表。2011年日本写真協会新人賞受賞。著書に『prism』(2007年/青幻舎)、『五百羅漢』(2020年/天恩山五百羅漢寺)、『宣言下日誌』(2021年/kesa publishing)、『写真制作者のための写真技術の基礎と実践』(2022年/インプレス)等。最新刊に『Behind the Mask』(2023年/スローガン)。東京工芸大学芸術学部准教授。