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【プリンタ特集2007年冬】エプソン「カラリオ PM-T960」

~上位機種並みの性能と使い勝手

オープンプライス(店頭価格:3万3,300円前後)

 一昨年ぐらいまでのエプソンには、コンシューマプリンタの商品を企画する上で、多少の迷いがあったように思う。かつては画質が向上しては売れ、速度が上がっては売れと、猛烈に画質と性能が進歩する中でインクジェットプリンタを用いた写真印刷の楽しみをユーザーに提案、提供し、それがユーザーにとってもメーカーにとってもプラス方向のスパイラルを描いていた。その中心はエプソンだった。

 フォトプリンタの改善ニーズも一段落し始めた頃は、フォトに特化した新しい機能提案を多数盛り込み、プリンタ部だけでなくスキャナ部や操作用液晶パネルの品質までこだわったフォト中心のインクジェット複合機を提案することで、ここでもトップランナーとしての存在感を示した。

 しかしインクジェット複合機が成熟した製品になりはじめると、そのノウハウを低価格機にも展開しようとしたのだが、ここではキヤノンとの明白な差別化が見えづらくなってきた。それにはいくつかの要因があると思うが、結論から言えばエプソンは最上位モデルで、思い切りの良い製品を作る必要があったのだ。以前よりも最上位機種の販売割合は減っているが、それでもエプソン製インクジェット複合機のイメージを引っ張るのは、最上位モデルだ。

 そして昨年のPM-T990は、吹っ切れたかのように新しい機能を取り入れ、かつてのエプソン製ハイエンドプリンタと同じように、新しい提案に満ちた製品に仕上がっていた。得意の大型高精細な液晶ディスプレイは非常に美しく、また有線はもちろん無線LANにも対応。メモリカードのデータを光ディスクに書き込んでライブラリ化するDVD記録機能まで搭載してきた。

 そして今年、吹っ切れたT990の技術と機能を継承したモデルとして投入されたのがPM-T960である。プリントヘッド部分はT990とT960で共通であり、違いはインクタンクの位置や給紙メカなど、T960には従来はA800系に与えられていた筐体と共通性の高いローコストなボディになっていること。とはいえ、機能的には前面、背面、両方からの給紙がサポートされており、インク供給システムの違い以外、ユーザーは上位機種との違いをあまり感じないと思う。


最上位機並みの性能

メモリカードはCF、Microdrive、メモリースティック、メモリースティックPRO、SDHC/SDメモリーカード、MMC、xDピクチャーカードに対応。高速赤外線通信規格のIrSimpleにも対応する
 その特徴は驚くほど高速なフォトプリントだ。5種類のサイズを打ち分けるAdvanced MSDTにより、1.5pl(ピコリットル)の最小インク滴を用いた高い階調性を維持しながらLサイズ1枚が約20秒という高速印刷できる点は高く評価したいポイントである。

 有線、無線の両方に対応するLANインターフェイス内蔵も非常に便利。複合機にレビューでは必ず言及しているが、複合機を置く場所はPCのすぐ近くとは限らない。コピーやメモリカードからのダイレクトプリント、スキャン画像のメモリカードへの保存など、PCレスでの使い勝手や機能性は毎年、どんどん向上している。メーカー側もそうした点に配慮し、添付される説明書などもPC前提の記述から単体の家電品として使うことを意識したものに変わってきているのが現状だ。

 インクジェット複合機は使いやすい位置に置き、PCからの印刷がしたい場合は、それをネットワークで利用する。そんな使い方の方が、家庭の中でもしっくり来る製品になってきた。今年はバッファローの無線LAN自動設定機能AOSSに対応したため、バッファロー製の無線LANルータなどと併用する際には、さらに簡単にネットワーク印刷環境を構築することが可能だ。

 またT990よりも進んでいる部分もある。それが自動両面印刷機能だ。自動両面印刷ユニットは背面の用紙トレイ下に取り付けるため、数値上の奥行きは従来機よりも大きくなった。しかし、用紙トレイをサポートするフィンの真下に位置するため、用紙を入れた状態であれば自動両面印刷ユニットがじゃまになることは少ないと思われる。

 それでも取り外したいということであれば、ユニットを外して代わりに付属のパネルを取り付ければ、本体の奥行きは5~6cmほど小さくなる。見た目には存在を感じさせるデザインだが、実際には意外にもコンパクトな仕上がりだ。

 一方、スキャナに関してはCCDセンサーを用いた透過原稿対応ながら、解像度は3,200dpi。もっとも、超高解像度のスキャナが必要になるのは、写真フィルムを読み取る場合のみ。昨今、フィルムカメラを知らない世代も増えていることを考えれば、スキャナの解像度には拘らないという向きも多いはずだ。


操作パネルは手順を追って左から右へとレイアウトされている
 さて、機能や画質、印刷速度の面ではT990にきわめて近いT960だが、これは操作性の面にも現れている。使いたい機能をボタンで選択し、十字キーを中心にした操作パネルで画面を操作。あとはスタートボタンを押すだけ。

 必要な機能をダイレクトに選択でき、その先の操作も液晶画面を見ながら簡単に勧められる。キヤノンほど操作説明は潤沢に埋め込まれていないが、必要十分で特に操作感が悪いと感じることはないはずだ。ひとつだけ不満を挙げるとするなら、T990のVGA液晶に対して解像度が落ちたディスプレイだろうか。本機には写真の自動補正結果を画面上で確認する「仕上がりビュー」という機能が実装されているが、機能は同じでも仕上がり具合の見やすさはやや落ちる。このあたりは、低価格版という位置付けを考えれば致し方のないところである


合成シートで手書き文字を写真に書き込むことができる 設定を確認しながら印刷する写真を選べる

精度が向上したオートフォトファイン! EX

 さて、では肝心の写真印刷機能について触れていきたい。ここ数年、エプソンはEPSON Colorの名称で写真データの自動補正印刷機能を、色再現から写真修正までトータルで提案してきた。その中で顔検出機能を実装し、人物に適した補正をかけるといったことも行なってきたが、その考え方を一歩進めた「ナチュラルフェイス」という機能がT960に搭載されている。

 ナチュラルフェイスは単に人物の人肌をきれいに……といった機能からさらに踏み込み、人物写真に“小顔”と“美白”効果を与える機能だ。付属のEPSON Easy Photo Printを用いてPCから利用できるだけでなく、「フェイスシート」という仕上がりチェック用のサムネイルシートを印刷。好みの補正効果で印刷されたコマを指定すると、望みの効果を選ぶことができる(フェイスシートなしで、手動選択も可能)。

 実際に使ってみると、確かに効果的。フェイストーンが明るくレフ板を上手に当てたように印刷され、顔の輪郭がスッキリと細身になる。ただし、顔検出の精度は昨年よりも高まっているとのことだが、実際に使ってみると今ひとつピンと来ない。基本的にはカメラに向かって正対している顔のみしか検出できないと考えた方が良さそうだ。横顔などは認識できない。

 一方のオートフォトファイン! EXによる補正精度は、今年になってさらに向上しているようだ。特に晴天時に旅行先で撮影した記念写真など、コントラストが強すぎる写真でも、背景のコントラスト感と人物の美しさのバランスを上手に取ってくれる。蛍光灯下、白熱灯化の色かぶりなども、従来より精度良く補正する。


ナチュラルフェイスを装備 フェイスシートで仕上がりをチェックできる

安定した好ましい絵作り

 なお、画質そのものは昨年から大きく変化していない。写真の自動補正による絵の印象は明確に変化しているものの、階調性や色再現範囲、粒状性とった基本要素に変化はなく、プリンタ部の基本性能向上に期待している向きはやや肩すかしを食らうかもしれない。とはいえ、毎年のように大きな進化を果たして買い換えが発生していた時代はすでに終わっている。むしろ、自動補正や同じ印刷ヘッド性能でありながら、絵作り、ドライバの完成度といった面で実用性能が上がっていく方が、長い目で見ればユーザーのためになる。

 そうした意味では着実な進歩を感じる部分もある。どうしてもライバルのキヤノンと比較されがちだが、キヤノンの絵が理知的で常に“清く正しい写真印刷”であることをマジメに追求しているとするなら、エプソンの絵は官能的で常に“見る人にとってより良く見える写真印刷”であることを自由な発想で追求した絵だと感じる。

 写真印刷の品質で他社に一歩以上先んじていたエプソンが、家庭向けプリンタで最高峰と言える絵を出したのは、もう何年も前の話だ。その後、プロ向け、コンシューマ向けで目指す方向が分かれ、現在は異なるポリシーで絵が作られている。そのうちのコンシューマ向け絵作りを地道に積み重ねてきた成果が、やっと安定して“好ましい絵”を出せるようになってきたとも言える。

 カメラが好きな本誌の読者は、エプソン製プリンタと言えばPX-5500などプロ向けの素直な特性を持つプリンタを好むことが多いかもしれない。しかし、一歩引いて俯瞰してみれば、DPE的に何でも自動で良い写真を出そうという本機も、別の角度から評価できるに違いない。



URL
  エプソン
  http://www.epson.jp/
  製品情報
  http://www.epson.jp/products/colorio/printer_multi/pmt960/

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エプソン、ヘッドを一新して高速化した複合機3機種(2007/09/20)


URL
  プリンタ特集2007年冬
  http://dc.watch.impress.co.jp/cda/special2/2007/12/21/7635.html



本田 雅一

2007/12/21 00:11
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