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【写真展リアルタイムレポート】石橋睦美写真展「神々の杜」

~デジタルだから描き出せた神の存在
Reported by 市井 康延

偶然の出会いで撮影できた出雲大社の1枚を前に
 石橋さんは1970年代から、日本の風景を撮影してきた風景写真家だ。1989年頃からはブナ林をテーマに据え、大判カメラを使い、じっくりと対象をフィルムに焼き付けてきた。2003年、写真集「森林日本」を刊行して、森林の撮影にひと区切りをつけた作者が、次のテーマに選んだのは“神を祀る場”だった。

 新しいテーマになってから2年ほど、フィルムカメラで撮ってきたが、どうもしっくりこなかったという。思い悩んだ挙句、EOS-1Dsでテスト撮影をしたところ、予想以上によい映像が撮れた。早速、撮影機材をデジタルカメラに切り替え、いちから撮影をし直し、およそ2年半でまとめたのがこの「神々の杜」だ。

 石橋睦美写真展「神々の杜」は、東京 品川のキヤノンギャラリーSで開催される。会期は2008年1月7日(月)~2月12日(火)。日曜、祝日休館。開館時間は10時から17時半。入場無料。


会場のキヤノンギャラリーS

記紀に出てくる神々の社を中心に

 石橋さんは長年、日本の森林美を記録するため全国を歩いてきた。そのテーマを追う過程で見えてきたのが、自然の中に神の存在を見つけてきた祖先たちの姿だ。「陽光、水流、木霊する木、苔むす岩など万物に祖先は神を見い出し、社を祀ってきた。神域の底流には自然があり、その視点から全国の神社を見つめなおしてみたいと思った」と作者は言う。「神社には興味があったので、かつて森林を撮影しているときにも、足を運んでいました。ただ“神々の杜”というテーマを据えて見ると、まったく違った光景が見えてきます」。

 日本書紀に登場する場を中心に、旅する途中で知った神社や、民間信仰の神なども撮影している。「民間信仰では、東北でみられるオシラサマや、沖縄の御嶽(うたき)と呼ばれる祈りの場などがあります。布を一片被せただけの桑の木や、小さな石や貝に向かって祈る。そこには神社建築が生まれる前の信仰の姿が見えます」。写真集では約40カ所を掲載しているが、実際は100カ所以上を回ったという。


フィルムカメラで約2年間撮ってきたが……

作品の配置は色、形、季節を考えて決めていく
 これまで森林の撮影では4×5のフィルムカメラを使っていた。描写力を重視していたことと、撮影に時間がかけられたからだ。しかし、今回のテーマでは大判が使えなかった。「森林と違い、今回の撮影は短い時間の中で表情、雰囲気が変わってしまう。大判カメラでは三脚を立てて、撮影できる状態にするまでに10分程度はかかる。即写性のないカメラでは、うまく取材が進みませんでした」。

 そこで、35mm判のフィルム一眼レフを使ってみたが、質感描写が劣ってしまう。苦肉の策として、デジタルカメラをテストしてみた。「グラデーションの再現が予想以上に良かった。あと細かい部分がシャープに描写できる。たとえば神社の柱にある木目ひとつひとつがくっきりと描ける。今回のように被写体が100%自然ではなく、建物や道具などが入ったものには、デジタルカメラがすぐれていると思いました」。

 逆にデジタルは写りすぎてしまうことで、自然を撮影する場合はフィルムのほうが好ましいという。「とくに緑の深い色はまだフィルムでないと出ない。フィルムのほうが柔らかい表現ができるっていうのかな。要は被写体によって、使い分ければいいことです」。


出雲大社本殿で眼にした一瞬の雪景色。レンズはEF 70-200mm F4L USM。望遠側で撮影した。絞りはF8、シャッタースピードは1/100秒 ハイライトからシャドーまで、さまざまな朱色が存在する。このグラデーションの再現はデジタルだからできた。撮影地は日光・滝尾神社

40年をはさんで偶然、同じ場所で撮影

 伊勢神宮に初めて訪れたのは10代後半のころ。趣味で写真を楽しんでいた時期で、神楽殿と参道を配した1枚を撮影した記憶があるという。「今回、撮影したカットを整理していて、そのときと同じ場所から撮った1枚があることに気づいた。撮影していたときはまったく思い出しもしなかったんだけどね。最初に撮ってから40年間、その空間が変わらずにあることに驚くとともに、伊勢神宮の素晴らしさを実感しました」。

 “神々の杜”との出会いは偶然性も強い。出雲大社には、雪の光景を撮りたいと思って何度か足を運んだ。雪景色が撮れず、撮影最終日に、出雲大社から50kmほど離れた皆生温泉に泊まった日のことだ。「朝、起きると一面の雪景色だったので、すぐに出雲大社に向かった。が、近づくうちに雪は減り、出雲大社につくと雪は消えていた。後で聞くと、大社のあたりは雪が積もることはほとんどないらしい。「(上に掲載した雪の出雲大社の写真は)突然、吹雪いたときに撮影した。ほんの10秒ほどの出来事で、撮れたのはこの1枚きりだったんだ。ほんと、やった! と思ったね」。

 一眼レフカメラの良さは、ズームレンズが使えることにもあるという。石橋さんは28-70mm、70-200mm、24-105mmの3本を常用レンズにしているそうだ。「被写体に対して、撮りたい位置がまず決まる。そこから切り取るフレーミングを微調整するのにズームを使う」という。ズームレンズを使うなら、それだけ被写体に近づいて撮ればいいという意見も聞くが、「場所を変えたら見える風景が変わってしまうから、そういうことではない」と石橋さんは言う。

 発表しなかった作品も含めて、撮影場所へは2回以上は足を運んでいるという。そこで森と神殿が一体になっている場所、時間を探す。「伊勢神宮や出雲大社など著名な場所には、やはり素晴らしい風景がある。けれども特別な神社を除くと、神域自体はかなり狭くなっているのを感じますね」。

 春日大社の楼門を撮った1枚がある。撮影時、神域の景観を損なう街路灯が森の中に見えた。石橋さんがこれと思う構図には、その街路灯が入ってしまうのだ。「街路灯が入らないように写すと、構図として成り立たない。これまでの作品で使ったことはなかったが、今回は画像処理で街路灯を消すことにした。折角、素晴らしい神社建築を目の前にして、とても違和感を感じたからです」と残念そうに語っていた。


画像処理で街路灯を消した1枚。景観に配慮がなさ過ぎる風潮に警鐘を鳴らす思いから、敢えて決断した 那智の滝を背景にした那智大社飛瀧神社。「何度も撮っているが、この1枚がベスト。滝の水が空から降り注いでいるような迫力がある」と言い、出雲大社の雪の風景とともに撮った瞬間、強烈な手応えを感じたワンショットだ

光と陰が神の存在を浮き彫りにする

神事に使われる御釜殿の火。つややかに黒光りする壁の質感と相まって、神域の張り詰めた空気感が伝わる。絞りはF18、シャッタースピードは5秒
 展示作品を見ていくと、光と陰の存在が神聖さをかもし出していることに気づく。「フィルムでは撮れなかった暗いシーンも捉えられるようになった」と、石橋さんはもうひとつ大きなデジタルの利点を指摘する。

 作者は今後のプランとして「デジタルカメラによるモノクロ撮影」を試みたいという。カラーでの撮影は被写体を色で追うが、モノクロはフォルム、形で捉える。「カラーで撮影して、モノクロに変換すればいいというものではない。モノクロの眼で被写体を見ないと、本物のモノクロ写真は撮れない。ただかなり本腰を入れないとやれないから、本当にできるかどうかはわからないけどね」と苦笑いした。

 作者に、モノクロ写真へ意欲を駆り立てたのは、デジタルの眼が見せた光と陰の世界があったからかもしれない。多分、ここにはデジタルカメラだから描き出せた神の姿があるのだ。



URL
  石橋睦美写真展「神々の杜」(キヤノンギャラリーS)
  http://cweb.canon.jp/s-tower/floor/1f/gallery/shinto-shrine/



市井 康延
(いちいやすのぶ)1963年東京生まれ。灯台下暗しを実感する今日この頃。なぜって、新宿のブランドショップBEAMS JAPANをご存知ですよね。この6階にギャラリーがあり、コンスタントに写真展を開いているのです。それもオープンは8年前。ということで情報のチェックは大切です。写真展めぐりの前には東京フォト散歩( http://photosanpo.hp.infoseek.co.jp/ )をご覧ください。開催情報もお気軽にお寄せください。

2008/01/16 00:25
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