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【写真展リアルタイムレポート】寺崎誠三写真展「水の中の都市」

~現代社会での無国籍感
Reported by 市井 康延

高い天井をもった回廊。この空間がさらに写真の印象を際立てる
 会場に入ると、2点の写真が眼に飛び込んでくる。車の中からフロントガラス越しに見た風景を捉えたものと、乗り物に乗っているかのように思える人の横顔のアップだ。それは外国(外国人)のように思えるが、確証はない。

 この作品展のディレクションを行なった太田菜穂子さんは序文でこう記している。「寺崎は21世紀という現代社会のノマドな感覚(漂流感)を旅というシーンに重ねあわせ、ロードムービーのようなスタイルで淡々と描きだした」。

 キャプションなしで提示された約40点のイメージは、観る者に不思議な旅の叙情と余韻を与えてくれる。そしてこの空間は、写真家とディレクターが共同作業で作り上げたものなのだ。

 「水の中の都市」の会場は、東京 台場のホテルグランパシフィックメリディアン内「GALLERY21」。会期は2007年12月18日~2008年1月27日。開館時間は10時~20時。最終日は17時で終了。年末年始を含めて会期中無休。入場無料。


中央は吹き抜けで、この窓がもたらす開放感も良い
寺崎誠三さん(左)と、ディレクターの太田菜穂子さん

銀塩とデジタルプリントが混在

 この会場は回廊になっていて、外と内側の壁に作品が展示されている。天井は高く、中央の壁には縦長の窓が6カ所設けられ、吹き抜けでホテルのロビーにつながっている。広々としながら、静かな時間が流れる空間だ。

 そこに約40点のイメージが並ぶ。銀塩プリントと、フォトペーパーと、カンバス紙に大伸ばしされたインクジェットプリントだ。

 写し出されているのは匿名の国の心象風景。雨に濡れたクルマのガラス越しの街や、川、夜の海辺、ウイスキーグラスなど、タイトルに導かれ、水に関するイメージが印象深く眼に入る。そこで味わうのは見知らぬ街に降り立った旅人としての緊張感と不思議なノスタルジー、そしていくばくかの寂寥を感じた。


水にまつわるイメージで、共通して黒の存在感に心地良さを感じる

仕事では企業の経営者を中心に撮影

この日も写真展会場から場所を移したとき、斜めに一筋の光が差す外の光景を見つけ、早速、シャッターを切っていた
 寺崎さんは上場企業のIR広報誌に掲載する写真を撮影する仕事を、主に手がけている。経営者のポートレートはもちろん、表紙に使う写真は、その企業を1枚で表現したイメージを撮らなくてはならない。

 その撮影は5年前からすべてデジタルカメラに切り替えたが、普段は常にフィルムカメラのEOS 5。50mm F1.4のレンズとモノクロフィルムで、気になる一瞬をシューティングしてきた。「撮ることが好きなんだよね。移動中の車の中からも撮るから、ウインドウ越しの写真が結構多いよ」と笑う。今回の作品展でも3点が選ばれ、どれも印象的なカットになっている。

 その1枚は浜松町を通過中、地下鉄の入口を写したものだという。そのほかにも赤坂見附の交差点や、東京ミッドタウンのガラスに写りこんだ自分の姿など、国内で撮られたカットが何点か入っている。そう教えられれば国内の光景に見えてくるが、すぐに匿名の光景に戻る。「今回は太田さんと相談して、キャプションを一切つけないことにした。この写真にどこで撮られたかなどの情報は一切要らない。ただこの光景から感じ取って欲しいからなんだ」。


ディレクターとの共同作業

 この作品展のコンセプトと、展示作品を選んだのはディレクターの太田さんだ。2000年から寺崎さんは銀座の現代美術画廊「巷房」で作品を発表しており、そのギャラリーのオーナーの紹介で太田さんと知り合った。それが約1年半前だ。「大きなスペースで展示をさせたい作家がいるからと教えられたんです。見せてもらった写真はとても面白く、編集しなおしたらとてもよい展示ができると思いました」と太田さんはいう。

 その写真には「ここであってここでない」、「今であって今ではない」ような手触りがあった。それと水をモチーフにした写真が多い。そこから生まれたコンセプトが「水の中の都市」だ。「最初に見せてもらった写真を分類して、展示のコンセプトを寺崎さんと何度か話し合いました。その中で最終的に寺崎さんから約300点の作品を預かり、そこからこの約40点を選んだわけです」。


太田さんはディレクションの仕事を始めたころには、写真を大きくして見せる意味はあまりないと考えていたという。だが、そうすることでしか伝えられない表現があることに気づいたという
大きく伸ばして見せないと、このポスターの水に濡れた感じが伝わらない

 太田さんと寺崎さんの意見が違っていたことがある。雨に濡れていたポスターを撮った写真を、伸ばして展示するかどうかだ。「雨に濡れていることが重要なイメージで、そこが観る人への記憶を刺激する。その感じは大きくしないと読み込めなかったからです」と太田さん。対して寺崎さんは「僕はこの1枚を伸ばそうと思わなかったが、実際、会場で見てその判断が正しかったことがわかった」という。


アートには技術に加えて哲学がある

今回の展示で「1枚の写真を見せるのではなく、壁一面をから天井までの空間が作品だと思う感覚を学んだ」と寺崎さん
 ここに展示されているのは、基本的に都市の心象風景だ。1人の写真家の行為の結果が編集されて、現代アート空間として演出されている。では単なる心象風景と、アートとの違いはどこにあるのだろうか。「技術に加えて哲学があること。アーティストは感覚が研がれていくと、世界が近づいてくるのだと思う。ただ構図を作るだけでは決定的瞬間にはなりません」と太田さんは言う。

 そして何より大切なのは撮り続けることだそうだ。この年末年始、本物のアート空間を楽しみながら、自らの哲学の存在を確認してみてはいかがだろうか。



URL
  GALLERY21
  http://www.meridien-grandpacific.com/facilities/gallery.html
  寺崎誠三
  http://seizo.intense-inc.com/



市井 康延
(いちいやすのぶ)1963年東京生まれ。灯台下暗しを実感する今日この頃。なぜって、新宿のブランドショップBEAMS JAPANをご存知ですよね。この6階にギャラリーがあり、コンスタントに写真展を開いているのです。それもオープンは8年前。ということで情報のチェックは大切です。写真展めぐりの前には東京フォト散歩( http://photosanpo.hp.infoseek.co.jp/ )をご覧ください。開催情報もお気軽にお寄せください。

2007/12/25 17:49
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