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【写真展リアルタイムレポート】久保田功写真展「夜景/或いは、私という名の透明人間。」

~コンパクトデジカメで切り取る夜景スナップの愉しみ
Reported by 市井 康延

 作者は1940年生まれ。1959年、「ヒッチコック・マガジン」の創刊号を書店で手にして、その世界にしびれ、今日に至る。写真はその数年後の62年頃から本格的に取り組み始め、途中の中断期を経て、やはり今日に至る。

 ミステリーと特にSF小説、そして写真。40年以上、それらの世界が作者の中でブレンドされ、形になったのがこの写真展だ。2年前、同じこの会場で開いた初個展「SF/或いは、ブックカヴァーの私的な愉しみ」とともに、熟成の過程が見受けられる。作者がこれらの作品に込めた思いは「洒落と遊び心」。ひとつのイメージが作者の繰り出す言葉で、突然、違う表情をのぞかせる。ありそうであまり見かけない写真世界だ。

 「夜景/或いは、私という名の透明人間。」の会期は2007年11月7日~19日、会場は東京 新宿のペンタックスフォーラム。火曜休館。開館時間は10時30分~18時30分。最終日は16時で終了。


久保田功さん。今回の作品を象徴する1枚「ばね式記念日」の前で
最初と最後の1枚を除き、作品の順番は見栄えで決めるという

ブックカヴァーをイメージした写真

 久保田さんの略歴を見ると、4つの事実だけが記されている。生年、本格的に写真を始めた年、前回の初個展の開催と、もうひとつは「1968年。ペンタックスファミリー入会」だ。そして、同年はそのペンタックスのユーザー組織が発足した年でもある。その辺の経緯は作者は黙して語らないのだが、真面目な写真時代を送っていたのではないかと思う。

 あるときから、作者はふつふつと写真で自らの想像力を開花させた世界を作りたいと思うようになった。それが10年ほど前。それでパソコンを購入し、フィルムで撮った写真をスキャナで読み込み、イメージを作り上げ始めた。その集大成が前回の個展「SF/或いは、ブックカヴァーの私的な愉しみ」だ。

 想像力を開放するといっても、何の制約も目的もなければ、ただただ自己満足の爆発にしかならない。そこで作者は好きなSF小説を選び、そのブックカヴァー(カバーとしないところに作者のこだわりを感じる)をイメージして作品を作っていった。


アルフレッド・ベスター著「虎よ、虎よ!」のブックカヴァー
39歳で亡くなったボリス・ヴィアン最後の小説「心臓抜き」に捧げる

デジカメの夜景撮影にはまる

 そうこうしているうちに、3年ほど前、デジタルカメラを使ってみようと思い立ち、コンパクトデジカメを購入した。ペンタックスの「Optio 430 RS」だ。「ペンタックスの人に、『夜景を撮ると面白いですよ』とアドバイスを受けたので、試してみたらはまってしまった」という。

 フィルムカメラでは写らなかった暗部が撮影できる。Optio 430 RSは感度がISO200までしかなかったため、絞りを開いても、ときにはシャッタースピードが1/4秒とか1/2秒となる。「一脚を使うこともあったけど、ブレもいい味になることがある。液晶モニターで確認できるからできることだね」。

 それからは夜、Optio 430 RSを手に街を撮り歩くことが楽しみになった。少しでも気にかかったシーンはシャッターを押す。それまでとは違う撮影方法だ。「夜景を撮っていると不思議とバッテリーの消耗が早い。1~2時間でへたってしまうから、いつも予備のバッテリーを持って歩いていたよ」。

 そこで撮っていた写真に、作者の内に眠っていた遊び心、パロディ精神が刺激され、写真に新たな意味を見出し始めたのだ。


1点1点じっくりと想像をふくらませよう
連続するイメージを並べてみた。「渋滞は退屈だあ」という連作(!?)もあり、この辺のノリがSFファンっぽい

前回の個展の反省を踏まえ

 今回の展示は、ガラスに自らの足が映り込んだ1枚から始まる。ガラスの向こう側には機械室が見え、大きなバネ状の装置がある。このタイトルは「メ月メ日、私の中に“ばね”を発見したので今日は『ばね式記念日』」だ。

 「ねじ式」は、ご存知漫画家つげ義春の名作であり、これはそれをパロディにしたもの。このことを知らない人のために、キャプションで補足しているだ。「メ月メ日の表記は、つげ義春の作品にメメくらげというのが出てくるから。つげは『××くらげ』と原稿に書いたのですが、編集者がメメくらげと読んでしまったんですね」と話し、実に嬉しそうに笑う。

 前回の個展では、写真にイメージした小説のタイトルのみしか記さなかった。それではあまりにも見る人に手がかりが少なすぎたとの反省があった。フォトギャラリーに足を運ぶ人は写真ファンが圧倒的に多く、SFファンは限られているからだ。「知り合いの美容室に作品を展示したときも、タイトルだけだと反響は今ひとつだった。それに小説の内容や、自分なりの言葉を添えたら面白がられた」。

 そんな経緯から誕生したのがこのシリーズだ。


キャプションが先に生まれることも……

 「写真をなぞって説明するキャプションは意味がないと思う」と作者は言う。月を写した1枚がその好例だ。作者は喫茶店で明星大学の学生に出会ったことで、月と星の違いに想像を膨らませる。星と月の扱いの違いに思いをはせつつ、この1枚を改めて見ると、なにやら先ほどと佇まいが変わったようにも思える。

 また、桜の花見スポットになっている、とある池のヒトコマ。ここではSFファンが大好きな落語のひとつ「あたま山」を引用する。さくらんぼの種を飲んでしまった男の頭に桜の木が生え……という話だ。「撮影しながら、また撮ってきた写真を見ながら、想像力を膨らませていくのはとても楽しい。ときどきは先にキャプションのほうができてしまい、それに合わせて写真を撮ることもある」。

 その1枚が紅白幕を撮った写真。朝のNHKテレビで、メジャーリーグに入団した松坂選手が紅白戦に登板したニュースを見ていたときに思いついたという。ほんの身近な日常のなかに面白いネタは転がっていて、それを意識するだけで毎日はちょっぴり刺激的になる。


キャプションと写真が呼応し、違うイメージが見えてくる
先にキャプションが思い浮かび、それにあわせて撮った1枚

 「パソコンを使う前からコラージュに興味があった。ただやっていくうちにわかったのは、コラージュは最終的に人の作品を使わないと作品に広がりが生まれないことでした。想像力が飛躍しないのです」。

 自分の創造性をいかした作品を作りたいと思い、コラージュに向かい、いまはスナップの中にそれを見出している。久保田さんはそれを、好きなSF小説や落語などを原典としたパロディにする、という視点で発見したのだ。スナップ写真の魅力のひとつが、写真でしか見えない現実の断片を切り取ることであれば、久保田さんのアプローチはスナップの王道ともいえる。

 「同じイメージを並べる見せ方はあまり受けが良くないんだよね。あと同じタイトルで違うイメージを集めたシリーズなども、これからは作っていきたい」という。

 この写真展の作品はすべてOptio 430 RSで撮影したが、最近、Optio A30に買い換えたそうだ。一眼レフでデジタルを使う予定は今のところないという。「一眼はずっと15mmレンズを愛用している。フルサイズじゃないとこの画角で撮れないからね」。

 「写真にキャプションは必要ない」と頑迷に言い立てる人にこそ、足を運んでほしい写真展だ。


キャプションと写真はPhotoshopでデザインして、1枚の画像として出力している
展示の最後の1枚(写真手前)は、前回の個展とリンクさせ再度「アルフレッド・ヒッチコック・ミステリー・マガジン」をとり上げた


URL
  ペンタックスフォーラム
  http://www.pentax.co.jp/forum/gallery/20071107/



市井 康延
(いちいやすのぶ)1963年東京生まれ。灯台下暗しを実感する今日この頃。なぜって、新宿のブランドショップBEAMS JAPANをご存知ですよね。この6階にギャラリーがあり、コンスタントに写真展を開いているのです。それもオープンは8年前。ということで情報のチェックは大切です。写真展めぐりの前には東京フォト散歩( http://photosanpo.hp.infoseek.co.jp/ )をご覧ください。開催情報もお気軽にお寄せください。

2007/11/07 18:43
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