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【写真展リアルタイムレポート】「六本木クロッシング2007:未来への脈動」

~写真家を含め、36組のアーティストが集結
Reported by 市井 康延

国立新美術館から見た森美術館(六本木ヒルズ53階)。サントリー美術館とともに、3館では六本木アートトライアングルを提唱する
 この展覧会は、4人のキュレーターがさまざまなアートのジャンルから「いま見せるべきアーティスト」として選んだ36組の作品を展示した。写真家では内原恭彦さん、内山英明さん、春木麻衣子さんの3名が出品しているほか、インスタレーション作家の中西信洋さんが写真を使った作品を制作している。

 テーマに掲げたクロッシング(交差)は、「単に複数のジャンルを集めただけではありません」とキュレーターの1人である荒木夏実さん(森美術館学芸部)はいう。

 「ほかの人と違った視点を抱え、そのジャンルに収まりきらない表現を試みているか、を重視しました。ここでは個々の作品世界と、それらが1つの空間で交差したときに生まれる何かが楽しめると思います」。

 ここには写真家だけのグループ展では味わえない、アートとの出会いがあるのだ。また参加作家の世代の違いも構成要素の1つで、ちなみに写真家では内山さんが50代、内原さんが40代、春木さんが30代となっている。

 「六本木クロッシング」は2007年10月13日~2008年1月14日まで、東京 六本木の森美術館で開催される。会期中無休。開館時間は10時~22時。火曜のみ17時までで、いずれも最終入館時間は閉館30分前まで。入館料は一般1,500円、高校・大学生1,000円、子供(4歳以上~中学生)500円。

 会期中、さまざまなイベントが行なわれるので、ぜひ美術館のホームページをチェックしてみよう。


「綿密に計画しても、その通りにいく展示会はありません」とキュレーターの荒木夏実さん。その予想外のハプニングがライブとしての展示の面白さでもある 森美術館の誕生で、美術館鑑賞の楽しみがよりファッショナブルになった。

アートは気軽に楽しめばいい

 アートと聞くと、やや敷居を高く感じる人がいるかもしれない。かくいう筆者もその1人だ。その単語に「現代」なんて付いたもんなら、なにやら高尚なものに対する気負いが全身に染みわたり、見る前から理解しようと構えてしまう。力んでしまって、どうしても楽しむまでに至らない。

 さらに今回は会場が森美術館。場所は六本木ヒルズ 森タワーの53階だ。緊張しつつ入口に向かうと、なかなかの賑わい。来場者の顔ぶれも老若男女、実にクロッシングな様相だ。

 展示の最初に置かれた作品が彫刻家・吉野辰海氏の手になる巨大な犬の顔。可愛らしくもあり、ユーモラスでもあり、少々、不気味さも入り混じる。どこかをデフォルメしているわけでなく、ほぼ忠実に犬の顔を再現しながら、巨大に創ることで違う見え方が生じるのだ。思わず笑いがこみ上げてきて、肩の力が抜ける。

 その隣のスペースが、写真家の内原恭彦さんの空間。およそ2×3mのスティッチングを使った2点のプリントが飾られている。


展示のレイアウト構成は綿密に計画されたうえでのこと。内原さんは入口から2番目の場所にスペースが置かれた この作品から何を感じるかは、実際のプリントを眼にしないとわからない
「山田大輔」((c)Y.uchihara 2007年・インクジェットプリント・186×300cm)
展示風景:「六本木クロッシング2007:未来への脈動」2007年 撮影:木奥恵三 写真提供:森美術館

スティッチングの自己批判を含めて制作

本誌連載「Web写真界隈」でおなじみの写真家・内原恭彦さん。この展示に合わせ、写真集「Son of a BIT」を出版した
 今回、内原さんが出品した作品は2点ともスティッチングによる作品だ。1点が風景で、もう1点は写真家の山田大輔さんの部屋を写した作品だ。部屋の写真は、ところどころ空白があったり、部分的に撮ったカットをつなぎあわせているのが明らかになっている。

 「今までやってきたスティッチングの自己批判も込めています」と内原さんはいう。その思いは、東京都写真美術館で2004年に開催した、写真新世紀のグランプリ受賞者個展から端を発していた。

 「大きな解像度があるにも関わらず、実際のプリントを見たときに期待したような迫力を感じなかった。写真が日常の視覚に近づいてしまい、驚き、違和感がないから、普通に見えてしまうのかもしれない」。

 それでいて、スティッチングした映像は足りない部分を補完したり、ありえないパースペクティブを持つ「騙し絵」的な要素もある。「ただデータ量を増やすだけでは驚きはない。破綻しているほうが面白いのではないか」と考えて、制作途中のイメージを完成形の作品として展示したのだ。


再びスナップへ回帰

 貼り付けられた1点ずつの画像は鮮明で、部屋に置かれている本の背表紙、CDやDVDのタイトルまで読み取れる。ただ画像がズレているため、CG画像を見ているような印象も受け、この映像が現実なのか、架空なのか、見る人によって受け取り方は違うはずだ。山田大輔さんは内原さんの友だちであり、実際の彼の部屋を撮影したものだという。

 「彼の部屋は実に魅力的で、何度も撮らせてもらっています。逆に、そこまで魅力的な被写体でないと、スティッチングで作品を作ろうとは思えないんですよ。作業は1点で2カ月くらいかかるので、相当モチベーションが高くないと取り組めません」と笑う。

 作品の面白さ、手応えは実際のところは、作者自身、展示するまでわからないという。今回はこの展示と同時に、写真集「Son of a BIT」(青幻舎刊)を制作した。

 「一時、自分の表現の志向がアートの領域に入り始めたとき、スナップに魅力を感じなくなった。けれど再び、写真が撮りたくなった。出発点は写真。その領域を1歩でもはみ出すものを作っていきたいと改めて思っています」。


制作技法はオーソドックスだが……

さまざまなジャンルのアートを見た後で、内山英明さんのスペースに踏み込むと、メディアとしての写真の強さを実感する
 内山英明さんの展示スペースは、スクエアな空間を使い、4つの壁と中央の柱に東京の地下空間を撮った「JAPAN UNDERGROUND」シリーズ、東京の夜が見せる不思議な視角を捉えた「東京デーモン」からの作品で埋め尽くした。写真そのものはオーソドックスに、フィルムカメラで三脚を立て、長時間露光で撮影したものだが、そのイメージはスタンダードな写真の枠を超えて見るものに迫ってくる。

 「ただ写真を見せるのではなく、モノと交差できるようなインスタレーション的な展示を試みました」と荒木さんは言う。そこに現代社会の混沌を見るか、物質文明の豊饒を感じるか、ハイテク社会の静謐さを受け止めるかは人それぞれだろう。


光と影をテーマに作品を制作

春木さんの希望で後姿を撮影。彼女のこの日のいでたちはジャケット、パンツすべて裏返しにまとい、足元は地下足袋。それが不思議と違和感なくコーディネートされていました
 春木麻衣子さんは、展示にあたって「暗い小部屋を用意して欲しい」と依頼したという。部屋の中央に弱くスポットライトが当たり、入口を入った正面に1点、左右の壁に2点ずつのプリントが飾られている。

 6×7の中判カメラで撮ったネガカラー作品だが、一見するとモノクローム作品のように見える。橋のような場所を渡る人たちがシルエットのように見えるが、画面の大半は黒くつぶれた橋桁らしき部分で占められている。

 「日常生活の中で、人はいろいろな光景が眼に入っているはずなのに、見たいものだけを見ている。写真も見たいものだけに露出をあわせると、それだけが写る。そうして写った映像は見る人によって、それぞれのイメージで被写体を想像させられるんですよね」と春木さんはいう。数々の作品シリーズを制作してきているが、春木さんが一貫して持っているのは光と影による表現だ。

 一見したところ、真っ黒にしか見えないイメージの作品シリーズ「yell」は、普通に撮影したネガを通常の7~8倍の露光時間をかけてプリントしたものだ。周囲の数cmの部分を、最初の露光ではイーゼルで隠し、その部分だけは適正露光で仕上げる。

 「プリントに近寄って、しっかりと見ようとすると像が浮き上がってくる。意識的に見ようとすることで、普通のプリントでは見えない何かが感じられるようになります」。

 色の3原色をモチーフのひとつに据え、イエローは土、シアンは川(水)、マゼンタは朝焼けを撮影している。情報の欠落部分を補うのは、個々人の感性であり、春木さんの作品は、その人によって違う部分を刺激しようというのだ。


約4年かけてたどり着いた、群集というポートレート

 人に関心があり、ポートレートが撮りたいと思い始めたが、個人と向き合うことは今はしたくないという。そこで選んだモチーフは、群衆というポートレートだ。今回、発表したものは2003年から撮り続け、去年ぐらいからコンセプトが定まってきたという。

 橋を通行する人々を、逆光の状態で、露光を空の部分にあわせて撮影する。橋は暗い闇になり、人はシルエットにしか写らない。が、ひとりひとりを見ていると、その人の疲れた気分が伝わってきたり、軽やかな足取りが感じられたりする。

 「人と人との間隔も等間隔だったり、ばらけていたり。その配置の面白さがあって、撮影のときに狙ってシャッターを切っています。思わぬときに自動車が現れたり、なかなかうまくいかなかったですが。1日に撮影できる時間は4時間程度で、フィルム10本以上は撮っていましたね。この展覧会の作品は1カ月ぐらいかけて撮ったもので選びました」。

 春木さんは、写真というメディアに固執しながら、その表現するものはまったく従来の枠組みから逸脱している。この作品は「わからない」と拒絶する前に、1度じっくりと見つめてみると、これまで感じたことのない何かが気持ちの中に残るはずだ。

 もし時間があれば、その足でプレーンな写真展を見に行ってみるといいだろう。ほっと落ち着く気持ちと同時に、物足りなさも感じるはず。それこそがアートが持つ魅力なのだ。


春木さんの作品。似たような絵柄だが、内包するメッセージはそれぞれ異なる
(掲載写真左より「either portrait or landscape 2」、「either portrait or landscape 3」、「either portlait or landscape 4」。すべて2007年。courtesy:TARO NASU)
インスタレーションによる(c)中西信洋作品を制作してきた中西信洋さんの展示のひとつ。森タワーから撮影した日の出の光景の連続写真を透明フィルムに出力して展示している
「レイヤー・ドローイング/日の出」((c)N.Nakanishi 2007年・透明フィルムにレーザープリント、アクリル、テグス・100×100cm×50枚)
展示風景:「六本木クロッシング2007:未来への脈動」2007年 撮影:木奥恵三 写真提供:森美術館


URL
  森美術館
  http://www.mori.art.museum/
  六本木クロッシング2007:未来への脈動
  http://www.mori.art.museum/contents/roppongix02/



市井 康延
(いちいやすのぶ)1963年東京生まれ。灯台下暗しを実感する今日この頃。なぜって、新宿のブランドショップBEAMS JAPANをご存知ですよね。この6階にギャラリーがあり、コンスタントに写真展を開いているのです。それもオープンは8年前。ということで情報のチェックは大切です。写真展めぐりの前には東京フォト散歩( http://photosanpo.hp.infoseek.co.jp/ )をご覧ください。開催情報もお気軽にお寄せください。

2007/10/25 01:14
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