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【写真展リアルタイムレポート】Jui写真展「カフカラス」

~コンパクトデジカメだから撮れた「日常の隙間」
Reported by 市井 康延

A3サイズ90点のイメージが日常にひそむ何かを刺激する
 多くの写真家が「フィルムカメラはどうしても構えて撮ってしまうが、デジタルカメラは気軽に撮れる」と言う。その特性を活かして制作したのが、この写真展だ。

 作者は、毎日の生活の中で時折、謎めいた一瞬を感じている。それは、つかまえようとすると跡形もなく消えてしまう。「フィルムカメラではこぼれ落ちてしまう光景が、デジカメだとうまく切り取れる」と作者のJuiさんは話す。会場には、リコー GR DIGITALで捉えた、不思議な日常の光景が並ぶ。

 Jui写真展「カフカラス」は7月17日(火)~30日(月)まで、開場は東京の新宿ニコンサロン。期間中無休。開場時間は10~19時(最終日は16時まで)。入場無料。


撮影をカメラ本来の力に委ねる

これが初めての個展となるJuiさん。これからが気になる写真家の1人だ
 ギャラリーの3つの壁面には、2段に組まれたA3サイズのモノクロームプリントが90点飾られている。プラットホームで電車を待つ女性の後姿、街を歩く人、コンビニエンスストアで人形を手に買い物をする外国人少女……さまざまな日々の断片が切り取られている。

 写されたものは見慣れた日常なのだが、見る人によっては、どこかに微妙な違和感を覚えるかもしれない。それは場所と、そこに居る人のチグハグさや、その空間が持つ危うさだったり。作者はここで捉えた瞬間を「日常の隙間」、もしくは「写真と写真を撮っている隙間」と表現する。

 写真を撮るとき、写真家はどこかで写真として成立させようという意識を働かせる。作者の場合、これまでコンセプトを決めて撮影することが多く、とくにその思いが強かった。「カメラは表現者のイメージを作るための道具だった。それは写真本来の力を利用していないんじゃないかと思った。撮影者の意図とは無関係に、撮ることをカメラに任せて、目の前の空間を記録してみようと考えました」。


ボール紙で制作した展示レイアウト。当初は「アクリル板で作ろうと思った」とJuiさん。展示にかける意気込みが感じられる
作者の展示レイアウトに合わせるため、作業前の打ち合わせ(右はニコンサロン事務局の田中氏)

 Juiさんは1970年、中国抗州市生まれ。1995年から日本在住。

 日本に住み始めて、高校時代から好きだった写真を本格的に勉強しようと、写真学校に通い始めた。当初は報道写真に興味があったのだが、学ぶうちに芸術的表現に関心が移っていった。社会的な事実を写真で人に伝えることよりも、自分が感じているもの、考えていることを伝えたくなったのだ。

 「抗州市には国立の中国美術学院があったので、身近に現代美術に触れる環境があった。それでもともと美術は好きだったんです」。写真を学ぶことで、その素地が表面化したのだろう。コンセプトを決め、次々と作品を創り始めた。フィギュアを使ったインスタレーションや、最近ではピンホールカメラを手にレンズを開いたまま、街を歩く作品シリーズを制作している。その作品では、一定の時間と空間の中での光の記憶が印画紙に焼き付けられているのだ。

 ある程度制作が進み、発表しようかと思い始めるのだが、これまでは最後の踏ん切りがつかないでいた。自分で作品を創ってみると、似たようなコンセプトで発表されている作品が目に付いてしまい、気がそがれてしまうのだ。


A3サイズは自宅にあるPX-5500で出力。この90点から1点と、違う1点を選びA0サイズに伸ばした。同じ1点を選んだのは「サイズが異なると見え方が変わることを示したかった」からだ ピンホールカメラで撮ったシリーズ。街と時間の記憶が光の軌跡で記録されている

写真を楽しんで撮っていた頃に戻る

 そうした撮影を続けてきた結果、偏った形でしか写真を使っていなかったのではないかという疑問が彼女の中に浮かんできたのだ。そこでカメラ任せで撮るスナップを思いつき、昨年10月から今年1月まで撮影を行なった。「最初は明確な確信があったわけではないのですが、面白い感じはあった。あと写真を撮り始めた頃、何も考えずに撮ることを楽しんでいた気持に戻ってみたかった気持もありましたね」。

 それまで作品制作はフィルムカメラ(ニコンF100、マミヤ67、ハッセルブラッドなど)を使ってきたが、今回、初めてデジタルカメラを選んだ。それでも「写真にしよう」という性は抜けないもので、「街を撮るのなら粗い調子がいいと思い、ISO1600で撮り始めた」という。それはすぐにつまらないことに気づいて、やめたそうだが。

 「GR DIGITALを選んだのは、写真を撮っている感じがしないからです。だからデジタルでも一眼レフタイプは使おうと思わなかった」。フィルムカメラにないデジタルカメラの特徴は、撮影した画像をすぐに見て消去できる。撮影枚数の制限がない。シャッター音がしない。数え上げれば、そんないくつかのことだが、撮影者の意識を解放する効果は測り知れないものがあるのだ。

 「フィルムカメラだと、どうしても『あと何枚』が気になる。その意識の中で、常に写真になるかどうかを考えてシャッターを切っていた」。日常で少し気になる瞬間があっても、「写真にならない」という判断で撮らないことは多い。デジタルカメラの気軽さは、その撮影者の歯止めを取り去ったのだ。

 「それでも最初は撮ってはみるものの、撮影後、液晶モニターで確認して、気に入らないカットは消してしまっていた。けれどそれは、撮るときの『写真になる、ならない』の選別と同じで、意外な発見を摘み取っていたことに気づいたんです」。

 それに気づいてからは、消さないことを意識的に守るようになった。ただ不思議なことに、写真に日付表示をさせると「消せなくなった」そうだ。


ただの人形のはずなのに、静かに存在感を主張するモノがいる
六本木ヒルズから東京タワーのない方角の光景


撮影枚数は約3カ月で6,000枚弱

最後の壁面には、撮影したすべてのカットを出力した。「空間を演出する飾りのようなもの。じっくり見てもらってもいいし、雰囲気を楽しんでもらえればいい」
 撮影したカットは時間があると常に確認をし、頭のなかでセレクトを行なうそうだ。「いつも写真のことを考えているんですよ」とJuiさんは言う。

 自宅に帰ると今度はパソコン上で使うカットと、そうでないカットを分ける。今回、総カット数は6,000カット近くに上り、そこから展示に使う91点を選んだのだが、「使うカット」のフォルダから選んだイメージの間に、それ以外のカットから、なんの変哲もないイメージを選んで挿入したという。「この選び方は感覚的なもので、その理由は言葉にできない。何度も並び替えていくうちに、あるとき、これ以外にないという順番が決まった。もうそうなったらまったく動かせないんです。不思議ですけどね」。

 最初の壁は「動きのあるイメージ」を基本に選び、2つ目の壁は「人物」をフィーチャーした。最後の壁面は「自分の内面」を想定して組んだ。その展示意図は、見る人へのヒントとなるようにセルフポートレートをもぐりこませている。だが、それは制作者側の一方的な考えであり、見方を制約するものではまったくない。

 タイトルにつけた「カフカラス」は、不条理をテーマに描いた作家のカフカと、カラスをつないだ言葉だ。なぜカラスか。チェコ語でkavka(カフカ)はカラスを意味しているそうだ。それ以外の言葉にできない意味合いは、作品空間に身を浸せば感じ取れるはずだ。


ミスプリントしたA0紙を利用して作った芳名帳。会場で配る名刺も、ミスプリントしたA3用紙を使った 芳名帳を開いておくために使う重石はカラス。アートは遊び心が大切なのだ


URL
  Jui展「カフカラス」
  http://www.nikon-image.com/jpn/activity/salon/exhibition/2007/07_shinjyuku-3.htm



市井 康延
(いちいやすのぶ)1963年東京生まれ。灯台下暗しを実感する今日この頃。なぜって、新宿のブランドショップBEAMS JAPANをご存知ですよね。この6階にギャラリーがあり、コンスタントに写真展を開いているのです。それもオープンは8年前。ということで情報のチェックは大切です。写真展めぐりの前には東京フォト散歩( http://photosanpo.hp.infoseek.co.jp/ )をご覧ください。開催情報もお気軽にお寄せください。

2007/07/19 01:11
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