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【写真展リアルタイムレポート】石川直樹「POLAR」

~“極北の世界"で感じる写真を見る楽しみ
Reported by 市井 康延

グリーンランドでそりを引く犬たちと飼い主。ほのぼのとした一瞬でもある
 地球上に未踏の地はなくなったといわれる。そして多くの人がアフリカの原生林やチョモランマの頂上、極圏の映像を目にしているはずだ。

 石川直樹さんは高校時代から海外の1人旅を始め、29歳の若さで世界7大陸の最高峰に登っている。この「POLAR」は、その石川さんが10年前から訪れている北極圏の写真を展示している。

 この写真展はコニカミノルタプラザのシリーズ企画展として開催された3回目。地球規模の自然を舞台に撮影活動を続ける3人の写真家を、ピックアップした。会期は4月2日(月)まで。会期中無休。開場時間は10時30分~19時。最終日のみ15時まで。入場無料。

 写真展会場に入り、写真を見始めたとき、戸惑いを覚えるかもしれない。作者は入口に掲げたメッセージで、地球の温暖化による環境の変化などが北極圏にも起こっており、そのようなこともふまえて「現在の極北の姿を見てもらいたい」と考え、この写真展を開いたと語っている。

 が、会場にはひとつの説明もなく、極北の光景を写した写真が並べられているだけだ。テレビならばそれぞれの場面に対して、詳細な解説を加え、正しいであろう見方を教えてくれるのに……戸惑いは、どう判断したらいいか分からない落ち着かなさからくるのかもしれない。

 「最初はキャプション(写真の説明)も用意しましたが、会場で付けてみて、これはいらないと思い、すぐに外しました」と石川さんは言う。

 たとえば、コップを知らない人に、ただコップを渡したら、受け取った人はじっくり見て、触り、観察するはずだ。それがコップであることを伝えて渡したら、受け取った人の意識はコップを理解することにしか向かわない。キャプションなしのこの空間は、そんな作者の意図が込められている。


大学時代、写真専門学校に通ったことも

グリーンランド・イルサリットの漁港を撮った1枚の前に立つ石川さん。会期中は少なくとも1日に1回は会場に顔を出すそうだ
 石川さんは1977年、東京生まれ。高校時代にインド、ネパールを1人で旅したことをきっかけに、自然への旅に興味をもち、20歳の時にはアラスカのユーコン川をカヌーで下った。ホワイトホースからドーソン間の約900kmだ。その後、北極から南極までを人力で踏破したほか、マッキンリーをはじめ世界7大陸の最高峰に登頂している。この登頂は世界最年少での達成でもある。

 写真は最初のインド旅行から撮り始め、大学在学中は写真の専門学校にも通った。カメラはその頃から中判カメラのマキナ670、マミヤ7を使い始めた。

 石川さんにとって写真は旅の記録であると同時に、新たな発見をもたらす道具でもあるようだ。旅から戻り、撮ってきた写真を見直すことで、再び新しい世界と出会うことになる。「写真には、人間が見ている世界そのものを超えて写ってしまう“無意識”がたくさんある。そういったものに興味があります」。

 ニュージーランドの原生林をテーマにした写真集「THE VOID」(2005年出版)は、太平洋の航海カヌー文化を探っていく中で、カヌーが生まれる場所であると同時に、還る場所でもある先住民マオリ族の聖地の森に興味を持ったことが、制作を始めるきっかけになったという。この作品はニコンサロンで写真展として発表し、2006年の三木淳賞、さがみはら写真新人奨励賞を受賞している。


キーワードは“身体感覚”

コニカミノルタプラザで最も広いスペースであるGallery Cで開催
 石川さんが旅の目的地に選ぶ場所は、「自分の身体が一番頼りになる場所」であり「野性の知恵が残されている場所」だという。人間が生きていくために必要な優れた知恵をもつ人々に惹かれて、旅をしてきた。

 その好例が、スターナビゲーションという航海術を習うため、ミクロネシアの離島に滞在したことがあげられる。その航海術は、計器など一切使わず、星や海の状態、海上の生物など自然現象を観察することで、船の位置と目的地への方向を高い精度で割り出す。

 こういった身体感覚、能力は、本来、自然の中で生きる動物であれば等しく持っていたはずだ。「写真は反応だと思う。当然ですが、ぼくは自分が何かを感じた時、いいなと思った時にシャッターを切る。ただそれだけですよ。作品を撮ろうなどと意識するとロクな写真にならないでしょ」。

 北極圏はアラスカ、カナダ、グリーンランド、シベリア、スカンジナビアの北緯66度33分以北の場所を呼ぶ。石川さんは97年のユーコン川下りで足を踏み入れて以来、しばしばこの地を訪れてきた。

 今回、展示した作品はアラスカのコッツビューと、シシュマレフ村、グリーンランドのイルリサットで最近、撮影したものだ。シシュマレフ村は飛行機だけが唯一のアクセス方法で、海が凍らないのは1年間で3カ月間しかない。石川さんが写した1枚は、砂浜にある倒壊した家を写したものだ。「これは温暖化で、これまで陸地だったところにまで海が押し寄せてきてしまったんです。土地が侵食され、土台を失ったことで、倒壊してしまった家です」。

 シシュマレフ村はベーリング海の北側に位置する砂州でできた小さな島だ。ここも毎年、数mのスピードで侵食され、数十年後には海に沈んでしまうといわれている。石川さんのカメラは、村の人々が食料として捕獲したアザラシやモスコックス(ジャコウ牛)の姿を写す。

 解体途中のアザラシは鮮血にまみれ、衝撃的な映像ではあるが、美しさも見て取れる。村人はこうやって今まで生活してきたし、アザラシなどの野生動物は貴重な食糧になるのだ。石川さんはいう。「残酷とかそういうレベルの問題ではまったくないですよね」。

 ある家の前には、鯨のあご骨と、カヤックが打ち捨てられており、カヤックの骨組みはその家に住む男のお父さんが長年狩猟のために使ってきたものだという。いつか直して使いたいと言っていたそうだが、家の前に放置してあった。隣にあるクジラの骨からは昔の狩猟の痕跡がみてとれる。


-40度の世界の中で

「グリーンランド/イルリサット」。石川さんの作品には、抒情に流されない透明感のある美しさが共通して存在する
 グリーンランドの冬は-40度に達する。展示された写真は、その環境の中で写されたものだ。丘の中腹から街を見下ろした写真では、凍りついた入り江と、雪に覆われた市街地が写されている。

 ここまでの寒さになると、カメラの扱いは大変だ。「寒いとカメラよりもフィルムが凍ってしまうんですよ。撮影済みフィルムに結晶みたいなものが写り込んでしまったりしますし。35mmフィルムはほとんど凍りませんが、ブローニーは厳しいです。4×5以上になると、よっぽど気をつけないと使えないでしょうね」。

 寒さだけでなく、重装備で、厚い手袋をはめ、カメラの裏ぶたを開けてフィルムを取り替えるのはかなり厄介だ。「エベレストなどの高所に行った時にもあったのですが、フィルム交換の時、指でカメラの内部を突いてしまい、何台か壊しています」。

 以前、デジタルカメラを極地で使っていたときにもいろいろ苦労があったようだ。液晶が凍ったり、なによりバッテリーの問題もある。「バッテリーはぎりぎりまで脇の下などに挟み、保温して、撮る時だけカメラに装填します。そのままにしていたらバッテリーはすぐに使えなくなってしまいますから」。


石川さんの作品はいわゆるドキュメンタリー写真とは異なる、アート的なたくらみと発見が内在している
 グリーンランドでは犬ぞりも重要な輸送手段になっている。しかし、その犬たちにも温暖化の影響が及んでいる。「海流が変化して魚の回遊ルートが変わり、漁獲高が減って、犬用の餌になる魚が不足したために、飼い主が犬たちを殺さざるをえない状況も目の当たりにしました」。空腹の犬は鳴き続け、ほかの犬へ悪影響もある。石川さんは飼い主が、魚ではなく、アザラシの肉を犬に食べさせているシーンも撮影している。

 その後は雪の上に残った動物の足跡、犬ぞりの上から牽引する犬たち、犬を追う飼い主……と、コマはつながる。「シークエンス(物語上のつながりのある一連の断片)を意識しています。最後の方の写真は、犬ぞりに乗せてもらいながら撮影しました。マッシャーが犬を追いかけている写真は、1匹の犬の足に紐が巻き付いてしまったから、彼が慌ててはずしにいっている場面です」。


最後に並べられた3枚は、会場でプリントを見る至福を感じさせてくれるはずだ
 この一連の最後のカットには、ある動物が写されていて、それはこの地で共通して語られている創世神話に登場する。彼は世界を作ったとされるトリックスターなのだ。そして最後に3枚の美しい風景が並ぶ。以前に比べて、海に張った氷は薄く、温暖化の影響もあるのかもしれないが、この光景はそうした言葉を想起させない。

 石川さんの世界は、見る人の身体感覚に応じた世界を感じさせてくれるはずだ。そして自由にものを見る楽しさ(不確かさ)も、味わわせてくれるに違いない。多分、それが石川さんが伝えたい一番のメッセージなのだと思う。



URL
  コニカミノルタプラザ
  http://konicaminolta.jp/about/plaza/



市井 康延
(いちいやすのぶ)1963年東京生まれ。灯台下暗しを実感する今日この頃。なぜって、新宿のブランドショップBEAMS JAPANをご存知ですよね。この6階にギャラリーがあり、コンスタントに写真展を開いているのです。それもオープンは8年前。ということで情報のチェックは大切です。写真展めぐりの前には東京フォト散歩( http://photosanpo.hp.infoseek.co.jp/ )をご覧ください。開催情報もお気軽にお寄せください。

2007/03/26 03:48
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