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【写真展リアルタイムレポート】
五十嵐公一×川本史織「表裏一体」

~現代美術でもデジタルプリントがあたり前に
Reported by 市井 康延

ギャラリーエスではこの1月に、写真関連のイベントを集めた「写真月間」を行なっている。スペースが2つあり、隣では土岐小百合氏と鈴木理策氏による「ときたま」という写真展を開催中
 画廊といえば絵画や彫刻、リトグラフが通り相場だが、2000年頃から写真展を開く画廊がぽつぽつと目に付き始めてきた。写真を表現手法に使う現代美術系のアーティストが増えてきたことと、写真プリントが売買する美術品として見られるようになってきたからだ。とはいえ、一般の写真愛好家にとって、画廊で開かれる写真展は馴染みが薄く、敷居が高く思っている人が多いだろう。

 だが、その先入観さえ取り払えば新たな写真表現の世界に遭遇できるかもしれない。なにより、現代美術の中でも、デジタルカメラやデジタルプリントを扱うアーティストがかなり増えているという。

 そこで今回は表参道にある「ギャラリーエス」で開催中の2人展「表裏一体」から、出展者の1人である写真家の川本史織氏に話を聞いた。会期は1月28日(日)まで。11時~19時。最終日は17時まで。入場無料。

 現代美術というと、広~い会場の中にぽつんぽつんと作品が置かれているイメージを思い浮かべる方も多いのではないか。展示作品を見ても、きれいなわけでもなく、意味ありげな何かが写って(描かれて)いるわけでもない。会場に入ってしまった手前、目は作品を向いているが、心はここにない。ただただ途方にくれていくだけ。

 わかります。私も経験があります。だからといって「現代美術はわからん」と切り捨ててしまうには忍びない。そこに何かがあるような気がする。いまはあいにくわからないけど、そのうち天啓のごとく理解してしまうかもしれない。

 川本氏も最初はごく普通の写真好きから始まり、写真による現代美術の世界を発見したのだそうだ。今回、彼がこの写真展にいたる足跡を眺めることで、「現代美術の世界」の一端が見えてくるかもしれない。



自宅に暗室を作り写真三昧

ハードロック好きの川本氏。この指は魔除けのサイン
 川本氏は1973年生まれ。高校は石川県立工業高校でデザインを学び、動画によるビジュアルコミュニケーションに興味があって京都精華大学に進んだ。

 「その頃、ビデオは機材がプロとアマでは画質に雲泥の差があった。その点、写真はプロもアマも機材面の差がないことから、写真のほうに興味が向いていきました」。その下地には高校時代、写真好きなデッサンの先生の影響を受けていたり、「美大に進むなら写真ぐらい撮れるようになっておけ」という父親のアドバイスもあったようだ。大学3年になると自宅に暗室を作り、本格的に写真に取り組み始めた。

 では、この頃は何を撮影していたのか。「最初は普通にネイチャーでした。HIROMIXが登場する以前で、写真といえば花鳥風月を撮る以外、僕の中で知識がなかったんです」。HIROMIXが写真新世紀展でグランプリを獲ったのが1995年で、川本氏はその前年の94年にこの公募展の存在を知った。花鳥風月でない写真の世界に触れ、その頃からギャラリーも見て回るようになっていったという。

 「まったく違う写真表現の世界があったんです。近くにちょうどプリンツ(京都市左京区にある複合的なアートギャラリー)があり、足繁く通うようになりました」。ギャラリーを併設した書店の恵文社も、新しい刺激を与えてくれた場所のひとつだ。

 荒木経惟氏の影響で、毎日写真を撮るようになり、公募展にも積極的に参加していった。大学3年から7年間、継続して応募し続けたという。大学時代には、プリンツで販売用のプリントを置いてもらったこともある。


写真の他力本願的な良さを引き出す

群れというキーワードを与えられることで、見方が多少変わるのを感じる
 毎日、撮り始めた理由は「どうなるかわからないが、やってみて損はないだろう」という考えから。そうして撮り始めてみると、そのプリントから発見することが何度もあった。「最初はイメージを想定して、狙って撮ることが表現だと思っていました。けれども、コンパクトカメラで意図せずに撮った1枚が、頭で想像して作ったイメージを超えてしまうことがしばしばあった。それでいつしか、目的を作って撮らない方が良いかも、と思うようになりました」。頭にあるイメージを形にするのは、絵画がやっている。写真は良い意味での他力本願的なメディアで、その無責任さが思わぬイメージを作り上げてくれることに気づいたのだ。

 金沢から京都に移り、広告写真の仕事をしながら、自分の撮りたい写真をためていった。スタジオでも、ロケでも、休憩には現場の様子や、近くの場所をスナップして歩く。「学生時代のほとんどの友人たちは仕事を始めると、作品を作ることをやめてしまった。けど僕はやめようとは思わなかった」。

 カメラは以前、コニカのヘキサーとマキナ67、フジGS645の3台で、いまはこれにニコンD200が加わった。ヘキサーにカラーフィルムを入れ、ほかのカメラはモノクロフィルムで同じシーンを撮影するのだ。

 「いまはハンドリングの良さで、最終的な作品にする時、デジタルを選んでしまうことがほとんどなんですけどね。それでもフィルムで撮るのは、撮った写真を残しておきたい気持があるからです」。理屈ではデジタルデータが半永久的に残ることはわかっているが、将来的な互換性の問題と、目に見えないことによる不安感が拭いきれないのだ。このことは川本氏のみならず、仕事以外に作品を制作している写真家が共通して口にしている。30代の写真家にもそういう不安があることは、この問題がアーティストにとって感覚的に大きな障壁になっているのかもしれない。

 「フィルムカメラとデジタルカメラで起きる表現上の差は、プリントにおいてはすでにそう大きなものではなくなっていると僕は思っています。ただし、大きなプリントを作る場合、周囲まで歪みがなく出力できることで、ラムダを使う現代美術の作家が増えてはいますね」。銀塩プリントと、インクジェットやラムダプリントを並べてみても、その違いを判別できる人は少ないだろうという。実際、今回の展示で8点のうち、銀塩プリントが1点、ラムダが4点、インクジェットが3点ある。そのうち、カメラもデジタルを使っているのは2点だ。実際にこの展示を見れば、どのメディアを使っているかが、そう大きな意味を持たないと感じるに違いない。


デジカメの有効性は液晶モニターにある

右がメインビジュアル。手前の緑に1点赤い色が入っている。その赤に意識を向ける人が多いという
 デジタルカメラを作品制作に使い始めたのは、2つの偶然が重なったからだ。ひとつは、友人からある撮影の仕事を紹介されたこと。その条件はデジタルカメラで撮影することで、報酬はデジタルカメラを買えるぐらいのものだった。

 「ならば先に買ってしまおうと、親にお金を借りてニコンD100を手に入れた。するとその数日後に友人から『あの仕事がなくなった』って告げられたんです」。今でこそ笑い話だが、そのときはかなり深刻だったようだ。

 その後、別の仕事でロケ先へ車で移動したときのこと。外は台風並みの豪雨で、助手席にいた川本氏は暇つぶしにフロントグラスにできる雨粒を、その時買ったデジタルカメラで撮影し始めた。「ワイパーが撥ねた水を撮った1枚があって、液晶モニターで見た時に『面白い模様だ』とぴんときた。それはずっとシリーズとして撮り続けています」。

 撮ったその場でモニターで画像を確認できる。写した画像を重視する川本氏にとって、この機能は何より有効だった。その後、モニターで発見した面白さから、水、雪など継続して撮り始めたモチーフがいくつも生まれている。

 2001年、アーティストの村上隆氏が主宰した「芸術道場グランプリ」に参加したことが、川本氏が現代美術に開眼するきっかけだった。「会場は東京都現代美術館で、出品料を払えば誰でも作品を展示できた。場所の興味があって、友人と参加しました」。

 その会場で行われていたトークショウで、アートマーケットの話を初めて聞いた。京都では「作品を積極的に売るのはちょっと……」という風潮があったらしく、「自分の作品を売って生活する道がある」ことを知って大いに勇気づけられたという。「仕事で写真を撮っていくことは、一生続けていくには難しいかと思っていました。体力的にも、感覚的にも長くやる自信がなかった。それが自分の作品を作っていけるなら、やれるって思ったんです」。


現代美術の扉を開いた後には

猫も長く撮り続けているモチーフのひとつ
 さて、現代美術の世界に入った川本氏だが、入る前と後では何が変わったのだろうか。「自分の中では、何も変わっていません。自分の作品世界を作っていくだけです。制作の意図、プロセスも前のままです」。

 現在、川本さんのマネージメントを行なう「yukari-art,Inc.」のみつまゆかりさんはこう語っている。

 「川本さんの写真に対するスタンスは、本人が言うように“スナップショットを撮る”感覚だと思いますし、それこそが私が彼の作品に惹かれた点です。現代美術はコンセプチュアルになる一方で、作品そのものの基本的な良さが忘れられ、ビジュアルや印象が強ければいい、目新しければいいという風潮が生まれてきている。

 けれど、どの時代でも人の心を打つ作品は基本的な作品そのものの良さと、プラスαがあるものだと思います。プラスαとは、現代美術では“時代の匂い”です。そう考えると、奇をてらわずに誰もが知っているような日常風景をパチパチと捉えた彼のような作品にこそ、普遍的な名作が生まれる素地がある。

 またそのスナップショット的感覚とスピード感は時代をよく表しているし、そうして撮られた写真群の中に、何か時代を表しているものや一貫したテーマが必ず含まれてくるはずです。その部分をうまく引き出して、世の中にわかりやすく見せていくことが、私たちマネージメントサイドの仕事のひとつなのです」。

 今回のメインビジュアルとして展示している、鹿が公園にいるカットは、この写真展の前に開かれた別のアートフェアで売れた作品だ。「僕の作品の中で『群れの存在が気になる』というアドバイスをもらったので、複数が写っている作品をピックアップしました」。

 この展示の中に、作者からのメッセージはないという。ただ1点1点は作者の感興を刺激したイメージであり、何らかの芸術的必然性があって選び抜かれたものなのだ。「手触りではなく、“目触り”で選んだ」と川本氏は表現する。そして「わからないというのも、作品を見て得る判断のひとつで、それもひとつの感想だと思います」という。

 相対する壁面では、五十嵐公一氏がモノクロームで静止した空間を描き出している。呼応するイメージのなかで、何かが浮かび上がってくるか。それとも1点ずつの対話の中で、何かを感じるか。それは来場者に委ねられているのだ。



URL
  ギャラリーエス
  http://www.galleryes.com/
  川本史織
  http://www.shiorikawamoto.com/
  yukari-art inc.
  http://www.yukariart-contemporary.com/
  バックナンバー
  http://dc.watch.impress.co.jp/cda/exib_backnumber/



市井 康延
(いちいやすのぶ)1963年東京生まれ。灯台下暗しを実感する今日この頃。なぜって、新宿のブランドショップBEAMS JAPANをご存知ですよね。この6階にギャラリーがあり、コンスタントに写真展を開いているのです。それもオープンは8年前。ということで情報のチェックは大切です。写真展めぐりの前には東京フォト散歩( http://photosanpo.hp.infoseek.co.jp/ )をご覧ください。開催情報もお気軽にお寄せください。

2007/01/24 18:29
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