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【写真展リアルタイムレポート】
竹内敏信写真展「デジスケープ『日本列島』」

~デジタルカメラで描く風景写真の醍醐味
Reported by 市井 康延

この1枚はロケ先で、親しい友人が亡くなったことを聞き、その追悼の気持を込めて撮ったもの。竹内さんにとって思い入れの深い1点だ
 第一線で活躍する写真家の中で、長年、トップクラスの人気を保ち続けている数少ない写真家の1人が竹内敏信さんだ。雑誌のグラビアはもちろん、写真集、写真展でコンスタントに作品を発表し続けている。特に個展は1996年以来、毎年欠かさず数展ずつ開催しているからすごい。

 今年の年初はさらにその勢いを増し、このキヤノンギャラリーSをはじめ5本の個展が同時期に開催されている(本写真展以外の個展については末尾に関連ULRを掲載した)。「デジスケープ『日本列島』」がデジタル一眼レフで撮影した作品で、あとはフィルムの作品だ。同じ竹内さんの作品で、デジタルとフィルムによる風景写真表現の違いが見比べられるチャンスでもある。

 「本格的にデジタル一眼レフで撮り始めておよそ3年目。デジタルカメラならではの表現はまだ確実につかみきれていないが、ひとつの到達点には達した」と、今回の写真展に対する思いを披瀝する。写真界をリードする氏に、写真について、デジタル表現の手ごたえなどを聞いた。

 「デジスケープ『日本列島』」は1月5日(金)から2月19日(月)まで。会場は東京 品川のキヤノンギャラリーS。日曜、祝日休館。開場時間は10時~17時30分。入場無料。


竹内さんのスタートはドキュメンタリー写真家なのだ

 風景を撮影する写真家は、プロアマ問わず数多くいる。だがその中で、多くの人が竹内作品に惹かれてしまうのは何故なのだろうか。

 竹内さんが写真家を志して撮り始めたときのテーマは、環境問題。ルポルタージュ写真を撮っていたのだ。「時代の流れがそうだったからね」と竹内さんは言う。そのうち公害で汚された自然、開発で失われた後の姿を撮ることに空しさと疑問を抱き始め、まだ残されている美しい自然に目が向くようになったのだ。

 モチーフは変わったものの、大前提となる撮影テーマは以前と同じ「環境と人間」に変わりはない。さらにそうした美しい日本の自然を見つめていくうちに、その背後にこれまで生きてきた人々の存在があることにも気づき始めた。「自然を凝視していると、日本人の原風景が垣間見えてくる」と竹内さんは表現する。

 竹内さんが自然を見つめる時は、ただ表面的な美しさや自然のダイナミズムだけに捉われずに、歴史に思いを馳せ、その長い時間軸の中での今ここにある風景を見つめているのだ。そこには写真を始めた頃のドキュメンタリーの視点がある。


被写体が撮り方を教えてくれる

 竹内さんはロケ地に着くと、ある一点に迷うことなく三脚を置く。そして使うレンズの焦点距離を口にすると、アシスタントがフィルムとデジタルの35mm一眼レフと、67、645の中判カメラを用意する。アシスタントの種清豊さんも証言する。「1度、置いた三脚の位置を変えたことはありません」。

 なぜ、そんなに明確に撮影ポイントがわかるのかを尋ねると、笑いながら「被写体がこう撮ってくれって言ってくるんだよ」という。そして「古の人がここに立った時、どのような思いでこの自然を見つめていたかを問いかけると、撮るべき風景がわかる」と教えてくれた。それは風景を撮り始めた最初から、見えていたことだとも言う。


写真展の企画は昨年春から

 今回の写真展の企画は、2006年春頃いに持ち込まれた。それ以前には、デジタルカメラで撮った作品による個展は2回開いている。2002年10月にキヤノンサロン(現キヤノンギャラリー)で行なった「水の惑星」と、2004年10月にエプソンニューフォトフォーラムで展示した「アイスランド」だ。

 ただキヤノンギャラリーSでの展示になると、100点以上の作品が必要になる。デジタル一眼レフを使い始めて3年目に入り、まとまった作品を発表する頃合いではある。

 「デジタルカメラによるランドスケープ(風景写真)をデジスケープという呼称をつけ、登録商標までとられた。そのデジスケープの世界を見せてもらいたいと思いました」と、キヤノンマーケティングジャパン・カスタマーコミュニケーション本部主席の川名さんは言う。

 その依頼を受け、竹内さんは追求し続けているテーマである「日本列島」で見せようと決めた。四季の流れで構成するため、それぞれの季節で50枚ずつ計200点を選び出し、最終的に約120点にまで絞り込む。

 ……と、簡単に言うが、これが並大抵のことでないことは、少し写真を知っている人にはおわかりのはず。が、竹内さんに言わせると「いい写真をざっと選んで、会場のレイアウトを考えながら流れを考えてセレクトしていけばいいんだ」となる。

 作品のクオリティはもちろんだが、テーマをつねに考えた撮影を行ない、自らの作品を熟知しているからできる技だろう。次には竹内さんの撮影に対する姿勢、考え方の一端を紹介する。


日本列島は岬、谷、山、滝、森といった細やかな自然が重なり合って成り立っている。その自然が日本人の繊細なものを愛でる心を育てた
撮影者の気持を自然に託して表現する。それが日本の風景を撮る喜びのひとつだ

撮影は無駄を切り取るのではなく、良い部分を引き出す作業だ

現在、取り組む被写体は桜と滝、そして富士山だ。写真集にまとめるまで、もう少し時間がかかりそうだ
 撮影技法の解説で、「風景を切りとる」という表現をよく聞く。無駄な部分を省き、見せたいものを強調することで写真を作っていくという理屈だ。

 これを竹内さんは間違いだと真っ向から否定する。「フレーミングは切り取って作る作業ではなく、良い部分をいかに引き出すかを考えて作るものだ」。だからイメージを想定して撮影に望むことを竹内さんは嫌う。撮影は目の前にある風景を見て、感じることから始まるからだ。

 これは言葉にすると簡単だが、実践は難しい。美しい風景があると、自分の感性でそれを演出するよりも、これまでに見たイメージにひきづられ、それになぞらえてしまいがちだ。また逆に天候が悪かったり、撮りたい花が咲いていなかった時も同じだ。「どんな時でも風景をじっくり観察すれば、撮りたいもの、撮るべきものは必ずある」。

 さらに「風景をそうしたパターンに当てはめて撮っていると、すぐに行き詰ってしまう。それでは風景に対する意識の次元が低いといわざるを得ない」と手厳しい。

 竹内さんは現在、「自然と人間」という大テーマの上で、桜、滝、富士山という3つの被写体を追っている。昔から日本人の心を捉えてきた風景であるが故に、手垢にまみれ最も俗な景色でもある。この素材を通して新たな美を発見するには、自らの感性を鋭敏にしてこの風景に向き合うしかないのだ。

 この3つは当然、今回の写真展「日本列島」でも多く登場する被写体だ。桜は数十年前から撮り続け、「日本で一番桜を見続けている人間」を自認する。

 滝は千カ所の撮影を目標に、現在およそ800を数えるにいたっている。「日本に落差5m以上の滝は環境庁の調査で2,488カ所あると報告されているが、実際は3,000カ所以上あるといわれている。その1/3を撮れば滝の神様も納得してくれるだろうと思って1,000カ所を目標にしたんだよ」。

 富士山は2001年新春に個展「21世紀富士」を開いているが、写真集としてはまだまとめていない。プロ、アマ含め最も多くの写真家がテーマにする被写体で、さすがの竹内さんでも「まだまだ通う回数が少なすぎる」と漏らす。

 ここ数年、講演会や業界団体など公的な仕事に時間がとられ、撮影に使える日数は月に2~3日ほどしかないという。「もっと撮影に行きたいんだけどね。本当に時間が足りないんだ」と、このときは厳しい表情になっていた。


デジタルならではの表現の発見にはもう少し時間がかかる

 これも意外と知られていないことだろうが、竹内さんは風景写真を35mm一眼レフで撮り始めた第一人者でもあるのだ。それまでは大判カメラを使うのが当たり前だった中で、35mmカメラの機動性を生かして、風景写真に新境地を開いていった。

 当然、デジタルカメラについても積極的に取り組んできた。キヤノンEOS D60、EOS-1Ds、EOS 5Dを使ってきて「5Dでカメラとして満足できるレベルになった」という。

 ただ「この表現がフィルムカメラの置き換えになるのではつまらない。デジタルカメラならではの表現があるはずだ。少しずつデジタルにあった被写体や良さが見えてきているが、まだ研究中の段階だね。これももう少し時間がかかる」と話す。

 竹内さんは撮影でデジタルとフィルムの35mm一眼レフと、中判カメラの67、645を使う。フィルムは適正露出で2カットずつ撮影し、デジタルは-1/3からひと絞りの間で2カット露出を変えて撮る。露出決定に不安のあるビギナーは別にして、フィルムカメラでの段階露光は撮影の真剣さを殺ぐのでやらないほうがいいと断言する。

 「それで露出が間違っていたら、撮影者がその風景に負けたんだ。反省して、あきらめなくてはいけない」と笑う。


デジタルはシャープさが良い

 デジタルカメラを使ってきてその良さとして実感しているのが、シャープさだ。花びらなど細かい被写体のひとつずつがくっきりと表現できるという。満開の桜の花のボリューム感を表現するために、竹内さんは500mm程度の望遠レンズで収めるが、そうした望遠撮影でも、クローズアップにしてもシャープに撮影できる。「水面に浮かんでいる花びらや、睡蓮などの描写はクリアでいい。また水の流れの透明感もデジタルがあっていると思う」。


水の透明感もデジタルが得意な被写体。「ここを追求すると面白い表現ができるかもしれない」と話す
背景までピントを合わせることで、来るべき冬の厳しさが表現できる

 描写のシャープさは、竹内さんが最も気にかけている点の一つなのだ。作品展のプリントは信頼できるラボに任せているが、日常、プリントチェックをしたい時はアシスタントの種清さんが出力を行なう。「カラー補正はしませんが、シャープネスはかけています。その数値は雑誌などで紹介されている調整値以上ですね」。

 デジタルカメラは竹内さんの感性に合ったカメラなのだ。


写真は後世に伝えることが大事だから

 デジタルが苦手な表現は、フィルムのようなふくよかさ、情緒的な雰囲気が出にくいことだと指摘する。シャープさの対極にあるものであり、それが化学変化によるフィルムでしか出せないものなのかは、まだ早計に判断する部分ではないだろう。

 もうひとつ、デジタルに竹内さんが懸念する点はデータの保存方法についてだ。ビデオカメラを見ているとフォーマットが次々と変わり、長く安心して記録再生していけるフォーマットが存在しないように思える。「写真の大事な役割は、後世に映像を残し、伝えていくことだ。デジタルシステムを開発している多くは電機メーカーさんで、彼らはそういうことを考えるのが苦手なようだからね」。

 竹内さんはフィルムでの作品数は25万点を超す。所蔵の名人でもあり、作品は緑、木、水という区分で分けられ、欲しいカットはすぐに取り出せる環境にある。

 デジタルデータも同じ区分で分け、CDに保存している。その内容はA4の紙にサムネールで出力してある。「この方法が最良とは思っていない。いい方法はないか考えてはいるんだけどね」。

 今しかない自然と人間の姿を記録し、それを次の世代に伝えていくこと。それが写真家の重要な役割であり、竹内敏信は、その本質に自覚的な写真家なのだ。

 最後に最新の竹内さん情報をふたつ。この写真展「日本列島」の作品が写真集としてソフトバンクパブリッシング(デジタルフォト)より発売予定という。竹内さんにとって初めてのデジタルカメラでの作品集となる。

 さらに6月には「天地」に続く豪華本「大ヨーロッパ」を刊行予定だ。欧州の風景を通し、彼の地で生きてきた人々の営為、歴史が見えてくるに違いない。どちらも乞うご期待。


早朝の代々木公園で。都内の身近な場所でも、被写体はいくらでも発見できる
1月7日にはキヤノンSタワーホールで講演会が開催された。キヤノンのホームページでの告知と申込だったこともあり、「いつも撮影会に来てくれる人とはまったく違う顔ぶれが集まってくれた」と竹内さん


URL
  キヤノンギャラリーS
  http://cweb.canon.jp/s-tower/floor/1f/index.html
  フォトギャラリーキタムラ「冬の欧羅巴」(1月4日~17日)
  http://www.kitamura.co.jp/gallery/index.html
  ギャラリー円月「天地」(1月5日~2月14日)
  http://www.g-engetu.com/
  快晴堂フォトサロン「一本櫻響宴」(1月5日~31日)
  http://www.ne.jp/asahi/kaiseido/photo/
  ビュー福島潟(新潟市)「龍の響」(1月1日~2月11日)
  http://www.pavc.ne.jp/~hishikui/park/view.html
  竹内敏信オフィシャルサイト
  http://www.takeuchitoshinobu.jp/



市井 康延
(いちいやすのぶ)1963年東京生まれ。最近、気になる街の風景をデジタルカメラで撮り始めた。突然、街が変わっていることが多く、なくなってしまった光景がもったいないと思うようになったからだ。撮り始めると、これまでと街が少し違う表情に感じられる。写真展めぐりの前には東京フォト散歩( http://photosanpo.hp.infoseek.co.jp/ )のチェックを忘れずに。開催情報もお気軽にお寄せください。

2007/01/12 15:17
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