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【写真展リアルタイムレポート】
東京都写真美術館「コラージュとフォトモンタージュ展」

~実は歴史が古くてデジタルにぴったりの表現
Reported by 市井 康延

精緻に写真を組み合わせることで、現実と想像の世界を融合させている
ジュリー・N・ユルズマン「無題」1976年
 デジタル写真において画像合成は邪道なのか。これが今回のテーマだ。デジタルカメラが一般に普及し始めた当初は、デジタル写真ならではの特徴として「画像合成が手軽に楽しめる」ことが必ず示されていた。

 そこで作例として、人物を切り抜いて月面と合わせてみたり、空を飛ばせたりと、かなり安直な画像が出回っていたものだ。現在の「デジタル画像合成排斥」への機運は、そのころの苦い記憶にひとつ起因することは間違いないだろう。

 が、歴史を振り返ると、写真が誕生した直後から画像合成は始まっており、ダダイズム、シュルレアリスム運動とともに活発に作品が制作され、現在までつながっている。フィルムやプリントを切り貼りし、何重の手間をかけてでも表現したかった世界があるのだ。デジタル技術で、その表現がより手軽に、豊かにできるようになった。これを使わない手はないだろう。その前に、まず歴史を学ぼう。つい先ごろ犯した過ちを繰り返さないためにも!

 その先人たちの歩みが東京都写真美術館で開催中の「コラージュとフォトモンタージュ展」で展示されている。会期は12月17日(金)までで月曜休館。開場時間は10時~18時、木・金曜は20時まで(入館は閉館の30分前まで)。入場料は一般500円、学生400円、中高生・65歳以上250円。


始まりは現実を忠実に写し出すためだった

 銀板に写真を感光させるダゲレオタイプが発表されたのが1839年で、「その直後から合成は行なわれていました」と同美術館専門調査員で、この企画を担当した藤村里美さんは説明する。その1枚がギュスターヴ・グレイの手による「海景」だ。1856~1859年ころのものという。

 一見、何の変哲もない海の風景写真だが、実際は水平線を境に空と海を別々に撮影して合成している。当時の感光材料の感度では、空と海が同時に撮影できなかったためだ。別々に撮影したネガをプリントし、空と海を切り貼りし、再度、そのプリントを撮影した。


本展を企画した同館の藤村里美さん
HOLGAファンが喜びそうな味わいも。ギュスターヴ・ル・グレイ「海景」1856~1859年

 こうしてありのままの光景を写真にするために始められた合成だが、すぐに作者の意図が表現に入り込んでくる。1885年にヘンリー・ピーチ・ロビンソンが制作した1枚だ。暖炉の前で赤子を抱いた母と、居眠りする老人が椅子に座っている。それでタイトルが「夜明けと日没」。実に分かりやすい作品だ。ここでは窓を背にした母親と赤子の顔も明るく写され、部屋の奥にいる老人にも光が届いている。


1893年に早くも広告に活用

 展示は日本の状況へと移る。上野彦馬が日本初の写真館を開いたのが1862年。1873年頃には小島柳蛙が「小島柳蛙と家族像」という写真を作っている。赤子と幼児をそれぞれ抱いた女性が2人座っていて、それを男の人が横で立って見ている図だ。女性は同一人物で、柳蛙の息子の嫁だという。

 「この写真にどういう意味があったのかは分かっていません。制作年が類推できたのは、子孫の証言が得られたからです」と藤村さん。「意味不明」な作品はその後も数多く登場することになる。フォトモンタージュは、過剰なまでの空想力の刺激故に発露してしまう超現実世界の具現化であり、意味はあってないような場合が多いのだろう。

 1893年には江崎写真館を経営する江崎礼二が、写真館の宣伝のために生後15カ月以下の子どもの顔をコラージュした写真を作っている。判別しづらい小ささの顔が居並ぶ様は、横尾忠則ばりのポップアート風で、「当時はかなり話題になった」そうだ。ただその顔は1,700人分という記述があるらしいが、その数字は眉唾らしい。


現実を超えた新しい空間表現へ

 フォトモンタージュがアートとして花開いたのは、ダダイズム、シュルレアリスムの作家たちによってだ。フォトモンタージュという言葉を使い始めたのもダダイズムの作家からだという。そのなかでも著名な一人がマン・レイだ。彼はフォトモンタージュのほか、カメラを使わず印画紙に直接、被写体を載せて感光させてしまうフォトグラムや、ソラリゼーションといった手法も積極的に使い、数多くの作品を残している。

 一方で彼はアーティストたちのポートレートを撮影したほか、ファッションカメラマンとしても成功を収めている。写真表現の可能性に貪欲だった写真家の1人ということだろう。

 このころのフォトモンタージュの制作技法としては、プリントを切り貼りしたり、1枚の印画紙に複数のネガを露光させたり、撮影時の多重露光などがある。が、個々の作品でどのように作られたかについては、あまり検証が行われていないという。


日本では表現の面白さが主体に

時代系列で作品を展示
 日本では1937年に東京、京都、大阪、名古屋と巡回展示された「海外超現実主義作品展」により、フォトモンタージュを使ったシュールな作品が制作されるようになった。特に関西でこの動きは盛んで、当時、活発に活動していたアマチュア写真団体である芦屋カメラクラブ、浪華写真倶楽部などを中心に作品が作られた。

 「日本には写真理論や思想的なものはあまり入らず、表現の面白さを追及する人が多かった」という。その代表が芦屋カメラクラブを創立した一人であるハナヤ勘兵衛の「ナンデェ!!」(1937年)だ。これはたたらを踏む人物を多重露光で写した作品だが、写真の中の人物がいかにも「なんでえ!」と啖呵を切っているように見えるし、こちらも「なんでえとはなんでえ」と言い返したくなる。

 関東では木村伊兵衛、土門拳らが活躍しはじめ、リアリズム写真が中心になっていった時期だ。ただ皮肉にも合成写真は、ソ連などでもそうだったが、軍の対外宣伝雑誌で大いに使われることになる。その一例が日本陸軍が制作した雑誌「FRONT」で、1両の戦車から何十両にも増やして、軍備を水増しした写真を掲載しているのだ。


技術だけじゃ続かない

思想性、メッセージ性の強い作品も多く制作されている。嶋田美子「お茶と同情」1995年
 戦後になると、ドイツから主観主義写真という新しい流れが輸入される。「作者の思想や人生観を画面に打ち出す」ことを主眼に置いた考え方で、1956年には日本主観主義写真連盟が発足している。ここには奈良原一高、石元泰博、川田喜久治、植田正治らも参加していた。

 ただこの主観主義写真はすぐに衰退してしまう。それは「形の上の奇抜さを追う形式主義、暗室における特殊操作を重んじる技術主義に終わった」ためと、「戦後写真史」でカメラ毎日の元編集長・岸哲男さんは指摘している。なるほど、テクニックだけじゃつまらない。やはりハートや、モチベーションがなくちゃ続かないのだ。

 が、その流れは完全に途絶えたわけではなく、個々の作家のなかで醸成され、川田さんは写真集「地図」(1959-1965)でフォトモンタージュの手法を使った作品を使っている。この作品は写真集という形式で表現される世界のため、数点をピックアップして展示することを「最後まで悩んだ」と学芸員の藤村さんは言うが、その是非は会場で見て判断してほしい。


デジタル表現におけるリアリティが鍵か

 この展覧会では、最後に展示された木村恒久の5点を除いて、コンピュータ処理された作品は入れていない。「コンピュータ上で創られる作品の発展については未知数」と学芸員が判断したからか、それも見た人の判断に委ねらる。

 木村はダダイズムの創始者の一人であるジョン・ハートフィールドに影響を受け、1960年代からフォトモンタージュの制作を手がけてきた。初めは精緻な画像を写真の切り貼りという完全な手仕事で行ない、その後、コンピュータ作業に移った。

 1975年に制作した「都市はさわやかな朝を迎える」は、同様のイメージがパイオニアの広告に使われたことで物議をかもした作品だ。高層ビル群に、大量の水が流れ込み川と滝が現出するイメージで、「パイオニア側が木村さんに広告制作を依頼したところ、『こんなイメージを作るのは簡単だから、自分でおつくりなさい』と制作方法を教えられたそうです。それを知らない人が広告が出たあと、『盗作だ』って。作品として発表した以上、そのイメージも制作方法も公共性を持つというのが木村さんの考えのようです」という。

 藤村さんはこの展示に寄せた一文で「写真の持つ物質感が(現実と空想という)その意味を繋ぐ綱」だったと説き、「私たちはこれからコンピューターで作り出される合成された仮想空間からどんなメッセージを読みとればいいのだろうか」と問いかけている。ツールとしてデジタル技術は「フォトモンタージュ」に最適であることは間違いない。温故知新。まずはこの展覧会で、イマジネーションを刺激してみよう。



URL
  東京都写真美術館
  http://www.syabi.com/



市井 康延
(いちいやすのぶ)1963年東京生まれ。最近、気になる街の風景をデジタルカメラで撮り始めた。突然、街が変わっていることが多く、なくなってしまった光景がもったいないと思うようになったからだ。撮り始めると、これまでと街が少し違う表情に感じられる。写真展めぐりの前には東京フォト散歩( http://photosanpo.hp.infoseek.co.jp )のチェックを忘れずに。開催情報もお気軽にお寄せください。

2006/11/22 17:43
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