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【写真展リアルタイムレポート】
梅佳代「シャッターチャンス祭り」

~カメラを家に置いていくと、おっかしなことがあるねん
Reported by 市井 康延

上野駅のコインロッカーでの出来事。本人たちの狼狽ぶりが大きいほど、傍から見たおかしさは募る。「けど、誰一人見る人も手助けする人もおらんかった。都会やわと思う」
 写真のおもしろさをストレートに感じさせてくれる写真展がいま、東京 原宿のリトルモア地下で開催中だ。題して「シャッターチャンス祭り/梅佳代写真展」。日常生活のなかで起きている不可思議な小事件、出来事。それを見逃さず写真に記録して見せてくれる。彼女の写真を見たとたん、思わず口から笑いが飛び出してしまったりするのだが、そのあと、不思議な余韻が眼の奥に残り、もっと見たいと眼が訴えかけてくる。

 嘘だと思うならば、リトルモア地下に足を運ぶか、作者の初めての写真集「うめめ」が発売されているので、書店で確認すべし。ギャラリーに行った人は写真集が見たくなるし、写真集を見た人は写真展が見たくなるはずだ。

 「シャッターチャンス祭り」の会期は2006年8月22日~9月24日まで。入場料200円。開館時間は12時~19時。月曜休館(9月18日敬老の日は営業し、翌日休館)。場所はJR山手線 原宿駅 竹下口出口から新宿方向に歩いて約5分。東京都渋谷区千駄ヶ谷3-56-6。問い合わせはリトルモア(Tel.03-3401-1042)。


つねにカメラを携帯し、シャッターチャンスに備えよ!

 梅佳代さんの撮影方法は、至ってシンプルだ。おもしろいシーン、ハッとした瞬間があったら逃さずカメラを向けてシャッターを切る。それだけ。

 ね。シンプルでしょう? それでこれだけの作品が撮れてしまうのだから、フィルムカメラユーザーだろうが、デジカメユーザーだろうが、これは早速導入すべき撮影技法だと思う。ただ簡潔明快な真理こそ、奥が深く理解は難い。その奥義にふれるためにもこの写真展は行くべし、写真集は見る(買う)べしなのだ。


写真1
モデルは梅佳代さんの友だちの子ども。大好物のじゃがりこを抱えて座っていたとき、突然、ゆるやかに仰向けに倒れていったという
写真2
梅佳代さんの実家の飼い犬。彼女は動物が苦手であり、専門学校に通うため大阪で暮らし始めて、帰郷すると彼がいたという。「怖くて家に帰ってこれんが~」と家族に訴えると、「犬のが可愛かけん、帰ってこんでいいが」といわれたそうだ。じつに愛のある会話だ

 言葉でいくら説明しても梅佳代世界は分かりづらいと思うので、何点か、作品を紹介していこう。写真1は写真集「うめめ」の表紙に使われたもの。この1枚を見た人は、まずは「子どもが倒れて、持っていたお菓子をこぼしてしまったこと」をおかしく思うだろう。

 が、次に、子どもの表情や仕草に違和感を感じないだろうか。倒れてお菓子をこぼしたのに、子どもの視線は遠くを見つめている。身体全体の力が抜けているようなのに、右手はなにかをつかもうとしている……。

 かと思うと、写真2のようにシンプルに笑える写真もある。それでも犬の表情から、彼の心境やら、いまにも口に出しそうな独り言なんかを想像してしまうのだが。


写真3
猫のあわてぶりに笑い、次に思いつく。どうやって猫はネットのなかに入ったのか。虚と実のはざ間にある楽しい戸惑いに入り込む
写真4
写真にデートが入っているのも梅佳代写真の特長のひとつ。「いつ撮ったか記録しておきたいから」入れるのだが、時折、デートのないものもある。理由を聞くと「入れ忘れた」からだそうだ

 写真3は、写真展のDM(案内ハガキ)に使われたカットだ。これも一見して笑いがこみ上げてくる1枚だが、次に「本当に猫が勝手に入ったのか」と、ふと疑問が浮かんでくる。

 「梅ちゃん、あんた、入れたんじゃない? って、友だちにも言われるんやけど、そんな鬼のようなこと、私ができるわけないよ」。

 梅佳代さんの写真の魅力のもうひとつが、その虚と実の入り混じり方だ。作者はどの写真も眼の前で起こった事実であり、作者の演出はないという。もちろん、その言葉に嘘はないだろう。

 『真面目な顔で目的地に急ぐ会社員の横で、突然、前転をする小学生』や、『夜、石碑の横で、濡れた髪を顔にたらし、幽霊の真似をする少女』……その写真を見て、笑っていると、ふと心の片隅に「もしかしたらこれは作者の企みか?」との疑念が顔をもたげる。写真4の犬のように、突然、無邪気に、ぽっかりと。そして、見る者はその虚と実のはざ間にある楽しい戸惑いのなかに投げ出されるのだ。


写真展と写真集では「写真の見え方」が違う

 リトルモア地下の写真展会場は、その梅佳代さんの感性とサービス精神がフルに発揮された空間になっている。会場の一角には、畳敷きの和室風スペースが設けられ、その壁には梅候補の選挙ポスターが貼られていた。

 これはまったくの作り物なのか、偶然、同姓の候補がいて、依頼されたものなのか。またここでも虚実のはざ間に、突然落とされてしまった。


写真に勢いがあるから、こうしたにぎやかな展示方法がマッチする
奥のテレビの右上、あれが梅候補の選挙ポスターだ

 「だいたい梅佳代っていう名前だって、嘘やろっていうひとがいるんですけど、本名です」。

 展示はサイズの異なるプリントでアクセントをつけながら、壁面ごとに見せる構成を行なっている。要所に、ひとつのシーンを3枚以上の連続カットで見せる作品(もちろん写真集には掲載されていない)を置いていて、『一瞬芸』を見てきた眼に新鮮に映る。なおこの連続写真については、2004年6月に大阪のギャラリー、アウラクロスで個展「うれしい連続」を開いている。

 「写真展の作品セレクトは自分でやりましたが、写真集はデザイナーの山下リサさんにお任せしました」。

 写真展は壁面と空間で表現するのに対し、写真集は基本的に見開きページという制限のなかで見せていく。写真集では写真2や写真4のような犬をところどころ、アクセントのように挟み込み、唇にご飯粒をつけた子どもと、カニのアップを並べたり(なんか似てるんだ。梅佳代さんは「カニって超コワイ顔をしている」から撮ったカットだそうだが)、深夜、地下鉄のプラットフォームで壁に向かって手をつく会社員と、足を踏ん張ってコンパクトデジカメを構えるオバサンなど、対比によって生まれるおもしろさをだしている。

 写真展と写真集は共通の写真が多いが、それぞれを見ると違った見え方とおかしさが発見できるはずだ。写真展で作品を見てから、会場の椅子に座って写真集を眺め、再度、写真展を見る。それが今回、オススメの鑑賞法だと思う。


梅佳代のできるまで

撮られるのが苦手というのがカメラマンという人種の常。梅佳代さんもカメラを向けると、カメラを構えたり、水を飲んだりと落ち着かない
 おもしろいシーンを逃さず撮る。この撮影姿勢は専門学校時代から一貫して変わらない。そんな彼女が写真を撮り始めたのは高校生の頃から。美人の友だちが写真をやっていたのを見て、かっこいいと憧れ、撮ってみたら友だちに「上手!」と褒められたので、余計好きになった。進路決定の理由について、略歴にこう書いている。

 「早く(生まれ育った石川県)柳田村からでたくて、カメラマンになればイチローとか芸能人と結婚できると思って、日本写真映像専門学校に入学」。

 写真専門学校への進路を決めた娘に対し、家族会議での結論は「東京は危ないから、とりあえず大阪で都会に慣れてから」というものだったそうだ。

 「ほんと、それでよかったと思います。大阪の2年間はしゃれたカフェも入れなくて、学校と家の往復だけ。大阪を満喫できたのは3年目、研究生になってからです」。

 専門学校2年生の時、フリー編集者の都築響一さんが写真集「賃貸宇宙」を制作していて、ユニークな部屋に住んでいる人を探していた。その時、梅佳代さんが彼のアンテナに引っかかった。その時の梅佳代邸(専門学校の寮)は、入り口に実物より大きなタモリのプリント(看板を撮影し、全紙に引き伸ばした)が貼られ、さらにご丁寧にタモリの目の部分はドアののぞき窓にあわせて、くりぬかれていたという。

 部屋の壁にはなぜかファンでもない阪神タイガースの田淵選手のポスターが貼られ、生活の中心は、秘密基地と称する押入れのなかに置いていた。

 「この時、自分が撮っていた写真を見てもらったんですけど、翌年、私が研究生になってから、あの写真を発表させてもらっていいかと連絡がきました」。

 その本とは都築さんが澤文也さんらと共同編集していた「REFLEX」(Trolley Books, UK)。日本の有望なプロ、アマチュア作家をピックアップしたもので、トップバッターがホンマタカシさん、2番目に梅佳代さんがきて、次が奈良美智さんだ。高校時代の友だち、専門学校の先生、そして都築さんと澤さん。どんどんスケールアップする理解者を得て、梅さんは加速度的に梅佳代化していったのだ。

 梅佳代さんの基本姿勢はフィルムカメラのキヤノンEOS 5をつねに首から下げ、おもしろいシーンとの遭遇に備える。これは専門学校2年生(およそ5年前ですね)からの習慣だ。


 「カメラマンっていうのはいつもカメラを持ってるもんやと思うとったけど、すぐにみんな違うんやいうことに気づいた。たま~にちょっとコンビニに行くだけだからとカメラを家に置いていくと、おっかしなことがあるねん。そんなときは、悔しくてしょうがない」。

 作品のテーマは、撮りためた作品を時折、見直すなかで、自分のいまの関心事を発見して決める。2000年から2001年のキヤノン写真新世紀(21期と23期)に応募した「男子」と「女子中学生」は、日々の撮影のなかで友だちになった子どもたちの日常を記録したものだ。

 「女子中学生は撮らしてもらって知り合い、仲良くなって、その子の友だちを含めて家に遊びにくるようになったんよ。うちでは人形を使って、出産シーンの真似事をしたり、風呂場で6人が並んで、バナナを食べたりして遊んどった。そんなとこ撮って、学校でプリントしてたら、それを見た男子学生に『オマエ、そこまでやるか』って、どんびきされた記憶がある」。

 被写体と同化しつつ、客観的な他者として存在できる能力が梅佳代さんにはあるのだ。それは写真家として、重要な能力といえるだろう。


撮影場所は近所で、被写体は通りすがりの人。ありそうなシーンだけど、実際、自分で見たことがあるかというと、ない。きっと人が通り過ぎても、そこまで注視していないから発見できていないのだ これは梅佳代マジックに操られてしまった少女。彼女の前に行くと、ピースサインではなく素の顔を出させられてしまうのだ

私が撮り続ける限り、じいちゃんは死なない

 もうひとつ、梅佳代さんの作品で注目されるのが祖父を撮った「じいちゃん様」だ。写真展会場にブックがあるので、ぜひ、見てほしい。彼女のおじいちゃんは頭にきゅうりを乗せたり、砂を運ぶ一輪車にいい孫(もちろん梅佳代さん)の遊び道具になっているような気もしたが、写真からは演出では得られない確かな家族の双方向の絆が感じられた。

 「パパは小さい頃から、毎日、私たち子どもに『お前たちは宝物だ』『大好きだ』と言ってました。ママはパパの悪口を決して言わんかったし、私たちにもそんなことを言わせんかった。そんときは、当たり前と思うっていたけど、自分が大人になって素敵なことやとつくづく思った。けど、じいちゃんはそれより愛の大きい人なんです。

 じいちゃんはいま90歳で、友だちもよぼよぼで、じいちゃんはいま90歳で、友だちもよぼよぼで、私が写真撮っとると、おじいちゃんやその友だちがいっつも『遺影を撮ってくれ』っていう。それはいやでいやでしょうがないんです」。

 私はおじいちゃんに死んでほしくない。けど私が撮り続けている限り、おじいちゃんは死なんと思うので、私はずっと撮り続けようと思う。先日のトークショーで彼女は、こう発言した。古くて新しい日本の家族の結びつきと愛情を、ぎりぎりの距離感で表現する彼女の作品はもっと注目されていいと思う。


梅佳代写真の秘密は50mmレンズにある

ブレたなかでも一番ましな1枚。マニュアルでシャッタースピードが1/10になっていたんだから、手ブレと被写体ブレのダブルだろう
 インタビューの日、EOS 5に装着していたレンズは20-35mm。通常はほとんど50mmを使っているという。ズームレンズは使わない。

 「被写体と自分との距離感が大切だから。ズームレンズはずるい感じがする」という説明してくれた。被写体に気づかれるにせよ、気づかれないにせよ、同じ空間のなかでシャッターを切る。それが写真のなかに虚を遊ばせられるリアリティを持つ秘密なのだろう。

 「いつもP(プログラム)でしか撮らないです。へんにM(マニュアル)を使って失敗したらいやなので。雑誌の仕事でも最初に言います」。

 その仕事でも、ほかのカメラマンには撮れない自然な表情や、雰囲気が捉えられてるとクライアントからは評価が高い。このインタビューが終わって、私が梅佳代さんのポートレートを撮影すると、何度撮ってもブレてしまう。ふとカメラを確認すると、いつも私もPで撮っていたカメラのモードがMになっていた。こうして梅佳代さんの周りにいる人間は、梅佳代写真の世界に取り込まれていくのだ。



URL
  リトルモア地下
  http://www.littlemore.co.jp/chika.html



市井 康延
(いちいやすのぶ)1963年東京生まれ。灯台下暗しを実感する今日この頃。なぜって、新宿のブランドショップBEAMS JAPANをご存知ですよね。この6階にギャラリーがあり、コンスタントに写真展を開いているのです。それもオープンは8年前。ということで情報のチェックは大切です。写真展めぐりの前には東京フォト散歩( http://photosanpo.hp.infoseek.co.jp/ )をご覧ください。開催情報もお気軽にお寄せください。

2006/09/12 02:01
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