デジカメ Watch

【写真展リアルタイムレポート】
本城直季「small planet」、「クリテリオム67」

~4年かけて作り上げた、人間の眼にはできない表現
Reported by 市井 康延

本城直季「small planet」より。さてこの人と、プールは模型か現実か。「逆にこれが模型だったとしたら、ここまで精巧に作り上げたことに対して驚きますよね」と野崎さん
 今回、紹介する本城直季さんは、実際の風景をミニチュア模型のように撮影する「small planet」シリーズで注目されている写真家だ。リトルモアより同名の写真集(B5変型ヨコ/ソフトカバー/144ページ/定価2,625円)が発売されたほか、以下の2会場で写真展を開催している。写真表現の可能性は身近なところに隠れているのだ。その真実を知りたければ、まずこのレポートを読むべし。デジタルカメラ遣いにこそ、有益な情報が詰まっているぞ。

 「small planet」写真展は(g)代官山good design company併設ギャラリーで12日(水)~5月12日(金)まで、「クリテリオム67 本城直季」展は水戸芸術館で1日(土)~5月7日(日)まで開催中。

 冒頭の写真が、あなたにはどう見えるだろう。「なるほどミニチュア模型みたいに撮れているな。だけどどうやって撮ったんだろう」か、「これはミニチュア模型を撮ったんだ」。もしくは「大型カメラのアオリを使えば、こう撮れるんだ」か。

 事実は大型カメラのアオリを使って、現実の風景を撮ったものだ。デジカメWatchの田中デスクはアオリを指摘したけど、私は2番目の答えを信じ、出版社に電話しました。「現実の風景を撮っていると言っているが間違いではないか」と。「恥の上塗り」という人もいるかもしれませんが、この行動力は賞賛に値すると思っています。

 閑話休題。さて最後の答えが正解のように見えまるけど、完全な正答ではない。そこに写真表現の新しい可能性の入り口が開いていたのだ。さて、田中デスクも一緒によく聞いてください。


この階段を上がった2階が(g)代官山good design company併設ギャラリー
ギャラリーは代官山駅から徒歩3分ほど。瀟洒な住宅街のなかにある

4年がかりで作り上げた技法

会場で本城直季さん。この日も平日の昼過ぎに関わらず、若い来場者が多く、写真集も着実に売れていました
 アオリは大型カメラの蛇腹部分を動かすことで、被写界深度をコントロールして撮影画面全体にピントを合わせたり、高い建物のゆがみを直して撮影するときなどに使う。たとえば普通のカメラで高い建物を撮ると、建物は上階にいくほどすぼまって写るが、アオリを使うと建物を垂直に撮影することができるのだ。また、遠くまで広がる花畑全体にピントを合わせることもできる。

 「昔からある手法ですし、この効果もわかっていましたど、これまでこのように撮る人はいなかったと思います。一部分をぼかしたような写真は見た記憶があるんですが」と本城さんはいう。

 大学(東京工芸大学写真学科)では都市のランドスケープをテーマに撮影していた。あるとき、大型カメラの蛇腹をいじりながら「そういえば最初のころ、授業でアオリって習ったな」と思い出しながら、遊び始めたのがきっかけだったという。

 このシリーズは、すべて光景を俯瞰して撮影している。高い位置から撮ることで、「現実の模型化」が強調されるからだ。だが、最初からそのことがわかっていたわけではないから、それまで撮っていた都市のランドスケープの延長でアオリを使っていた。

 「最初はゆがみすぎたり、ヘンテコな映像になってしまうこともあった。あるとき、高いところから撮ることで、ゆがみが気にならなくなり、ミニチュアらしさが強調されることに気づいた」。

 現在、本城さんのマネージャー的役割を担っているsuperstore Inc.の野崎武夫さんは、初めて本城さんの作品を見たとき、その新しい可能性を感じたという。ちなみに野崎さんは現代美術系の雑誌の編集者でもある。

 「アオリは被写体のゆがみを直したり、ピントをより広い範囲で合わせるための技術であり、技術者であるカメラマンとしては、その範囲を逸脱する使い方は、自らの技術が劣っていることを露呈する結果にしかならないとして、まったく取り上げてきませんでした」。


右から4人目のひげを蓄えた方が野崎武夫さん。こうした理解者の存在がアーティストには欠かせない
 さらに表現としての面白さも野崎さんは指摘する。高台から遠くの被写体を捉えて、焦点を合わせていく。これは人間の眼にはできない神の視点であり、それをこれまで試みる人がいなかったアオリの技術を使って実現しているのだ。フォーカスは神の視点だが、その表現は見抜こう、告発しようという意思はまったくなく、逆に現実を虚構に転じさせる不思議な異化を起こしている。

 それでも本城さん自身、最初はこの表現に対する迷いもあったし、技術的な確信も得られていなかった。それを4年間かけて一歩ずつ解決していた結果が、ここに並んでいるシリーズなのだ。


被写体を広げて、さらなる発展を

本城直季「small planet」より。「こうした撮影は個人では撮れないですからね」と本城さん。さすが「ナンバー」だ
 右の競馬場の写真を見てほしい。これはスポーツ雑誌「ナンバー」の依頼で撮影したもので、監視台から馬場を狙ったものだ。撮影に際しては、ミニチュア感が強調される構図と色をイメージし、それを実現できる撮影場所を選び、その一瞬を待つ。あたかもセッティングしたようなこの1枚を撮るのに、見えないノウハウと待つことを含めた長い撮影時間がかかっているのだ。

 撮影カメラは4×5判のトヨフィールドで、レンズは標準から少し望遠系を使う。よく使うのがシュナイダー製のアポジンマー180mmだという。

 「広角だとゆがみすぎてしまうのと、アオリにより周囲がケラレてしまいます。高いレンズならば、そうした問題も起こりにくいのですが、まだ手が出ません」。

 大学時代に富士フォトサロン新人賞の奨励賞に選ばれ、それを見て雑誌「コマーシャルフォト」が作品を取り上げ、その雑誌を見たデザイン会社(good design company。このギャラリーの運営会社でもある)の水野学さんがラーメンズの広告ポスターを依頼してきた。わらしべ長者のような話です。

 それ以降、ハワイで撮影を行なったほか、イオンの広告撮影の依頼で、サティの新店舗を空撮するチャンスもめぐってきた。ハワイでは光と空気の違いで、写り方が国内とはまったく違っていた。ハワイでは色がより鮮やかに出て、コントラストがはっきり出る。

 「高い場所から撮影するので、ちょっとした天候、空気の違いが写真に大きく影響してきます」。

 最初はネガカラーで撮影して、銀塩プリントで作品を作っていたが、最近はネガをスキャニングして、デジタルプリントにしている。

 「プリントのために色の調子を整えるぐらいで、手の込んだ画像処理はしていません。デジタルプリントのほうがコントラストがはっきりして、ミニチュア感が出しやすい部分はあります」。

 が、個人的には銀塩プリントの質感を好んでいるようだ。(g)では国内で撮影したもので構成して、プリントはすべてラムダプリントを使った。一方、水戸芸術館ではハワイで撮影した作品を出品したので、そちらは銀塩プリントで制作したという。

 空撮では、撮影中はなにもいじれないので、飛び立つ前に、被写体の構図を想像して、アオリの調整などすべて終わらせないとならない。撮影中はファインダーを覗けないため、画角の確認はレンズの上に装着したレンジファインダーで行なう。結果、空撮での調整は、経験による蓄積以外に学ぶことはできないのだ。これまでに空撮は2度行ない、その手ごたえは満足いくもの。被写体を広げていくことで、まだまだこのシリーズは発展していきそうな予感を本城さんはつかんでいるようだ。

 撮影の技術ではまだこれから開拓の余地が広いデジタルカメラでは、自分だけの表現方法を発見できる可能性が高いといえるだろう。常識にとらわれないことと、何かを試みてみる好奇心があれば、きっと面白い世界が見えてくるはずだ。わくわくするじゃないか。そんな夢を抱いて、まずは会場で作品を見てみよう。


「small planet」
会場:(g) 代官山good design company 併設ギャラリー
   東京都渋谷区恵比寿西1-31-12-FLEG2F/Tel.03-5728-1711
会期:2006年4月12日(水)~5月12日(金)
開場時間:12時~19時

「クリテリオム67」展(「人間の未来へ -- ダークサイドからの逃走」と併催)
会場:水戸芸術館
   茨城県水戸市五軒町1-6-8/Tel.029-227-8111
会期:2006年4月1日(土)~5月7日(日)(月曜休館)
開場時間:9時半~18時
入場料:一般800円、前売・団体(20名以上)600円
    中学生以下・65歳以上・各種障害者手帳をお持ちの方は無料



URL
  (g)代官山good design company 併設ギャラリー
  http://www.gooddesigncompany.com/gallery_g/
  水戸芸術館
  http://www.arttowermito.or.jp/future/futurej.html
  StairAUG.(本城直季氏参加の写真集団)
  http://www.stairaug.com/ARTIST/honjo.shtml



市井 康延
(いちいやすのぶ)1963年東京生まれ。久しぶりにギャラリーめぐりに1日を使った。これまでのように自由にギャラリーに足を運べないので、見たい写真展を効率よく回れる日を選ぶ。通常より早く終わる最終日は要チェックだ。良い写真展を見るには事前の情報収集が不可欠。ということで、写真展情報を掲載したホームページ( http://photosanpo.hp.infoseek.co.jp )を作りましたので、一度、ご覧ください。

2006/04/21 16:30
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