特別企画

液晶がないデジカメ「ライカM Edition 60」を使ってみて

制約があるからこそ生まれる感覚…“不便なカメラ”の意義を考える

ライカM Edition 60(以下ライカM60)は、その名の通りM型ライカ登場60周年を記念して、昨年のフォトキナ2014で発表されたモデル。全世界600台の限定生産で、日本でも12月20日から発売が開始された。気になる価格はボディと同一仕上げのズミルックスM 35mm f1.4 ASPH.レンズとのセット販売で税込232万2,000円というプライス。

個人的には「欲しいっ!」と思ったが、日本への割り当て台数も限られているだろうし、そもそも残念ながら価格的にも無理そう…。せめてちょっとだけでも使ってみたいなぁと思ったが、モノがモノだけにそう簡単には使わせてもらえなさそうな雰囲気。

もはや指をくわえて見ているしかないのかと悶々としていたところ、幸運にも「ライカM60を数日間試用してみませんか?」というお話が!もちろん喜んで承らせていただいた。ライカ好きにとってはまさに棚ボタというか、ヒョウタンからコマ?的な展開。断る理由は何もない。

ちなみにライカM60の基本知識については、本誌のフォトキナ2014ライカブースレポートや、ライカカメラ社主のカウフマン氏インタビューに詳しい。

というわけで、年も押し迫った2014年12月のある日。有楽町のライカカメラジャパンにてライカM60を受け取った。通常、レビューに使うカメラは編集部から宅配便などで送られてくることがほとんどなのだが、さすがにライカ様ではそういうわけにはいかず、直接馳せ参じての受け渡しとなる。

ライカM60についてはフォトキナ2014の取材時にも手にしたことはあるが、こうして改めて見てもやはり美しいカメラだ。通常モデルのライカMにアウディのデザインチームが手を加えたボディ外観は、可能な限りシンプルネスを追求しており、撮影に必要な最小限の操作部材しか配置されていない。個人的にはこうしたミニマル系デザインが大好きなので、触れば触るほど物欲が何度もムクムクともたげてくるのだが、そのつど価格を思い出して萎えるということを繰り返した。

デジカメなのに液晶モニターを廃したことが大きな話題となったライカM60だが、ボディ背面にはフィルムのM型ライカと同様にISO感度ダイヤルが鎮座している。何の予備知識もなしにこのカメラを手にしたらフィルムカメラと勘違いしそうなほど、「デジタル臭さ」がない。

デザイン関係でやや残念なのは、ボディの厚みが通常のライカMと同じくらいあること。液晶モニターを外したのであれば、フィルムのM型ライカ並みとはいかないまでも、その分ボディを薄くして欲しかったところだ。ライカ社主のカウフマン氏によると「薄くしたかったけれど、撮像素子周辺部の廃熱処理の関係でできなかった」ということだが、ライカ好きとしては「そこを何とか」と思ってしまう。

ライカM60の外装素材は、通常のライカMと異なるステンレススチール製。マットでグレーっぽい色味はちょっとチタンのような感じだが、軽量なチタンとは逆に、手にするとどっしりとした重量感が心地良い。おそらくこの重量感もライカならではの演出だろう。

最近のカメラは金属外装といってもマグネシウム合金製がほとんどで、軽いヤツばっかりだから、こうしたヘビーメタルはむしろ新鮮。数量限定モデルだからこその「特別感」を重さから感じ取ることができる。

アクセサリーシューにはカバーが備わっているが、このカバーも金属製なのはさすがだ。シャッターを切ってみると、外装素材が違うせいかノーマルのライカMとは明らかに異なる、低く締まったシャッター音がした。

ところで、ライカM60のミニマル化は徹底しており、ストラップを取り付けるアイレットさえも省略されている。ストラップは付属の専用ボトムケース側に取り付けて携行する仕組みなのだ。

今回は汚してしまっても困るのでボトムケース(こちらももちろん本革製で高そう)はあえて借りなかったが、小心者なのでこの高価なカメラをストラップなしで使うのはコワすぎる。そこで、試用期間中はカメラバッグ(ビリンガムのハドレー)に入れて携行し、撮影するたびにバッグから出して使うことにした。万が一にも傷を付けてしまわないよう、トップカバーに保護目的の黒いパーマセルテープを貼り付けたりもした(ああ、小市民)。

試用中の筆者

カメラとしての基本的なハードウェアは通常に販売されているライカM(Typ240)と同一だが、液晶モニターがないこともあって、細かい設定は一切できない。いや、このカメラの場合、できないと言うよりも、しなくてすむと言うべきか。

画質や画像サイズの設定はなく、撮れるのはDNG(RAW)のみ。ホワイトバランス設定もなく、細かい調整はすべてRAW現像時に行う仕組みだ。SDカードのフォーマットも行えないので、ライカM60で使うSDカードはあらかじめ別のカメラかパソコンで初期化しておく必要がある。

デジカメなのにフォーマットが行えないというのはなかなか衝撃的だが、それ以外は意外と普通で、たとえば電池の残容量やSDカードの残り撮影可能枚数については必要に応じてファインダー内に表示可能。カメラ内の時計も合わせることが可能で、Exif情報として画像データに記録される。

というわけで、撮影前に設定しておくのはISO感度くらい。あとはレンズ側の絞りリングを操作して絞りを決め、レンジファインダーでピントを合わせたらシャッターを切るだけ。絞り優先AEは付いているが、露出補正機構はないので、露出値を調整したいときはシャッター半押しでかかるAEロックを使うか、シャッター速度ダイヤルを回してマニュアルにすればいい。

ISO200 / F1.4 / 1/2,000秒。以下の作品はいずれもLightroomで編集・TIFF保存したものをJPEGで掲載しています
ISO200 / F5.6 / 1/500秒
ISO200 / F11 / 1/1,000秒

実際に使ってみた印象は「実に楽しい」ということ。デジカメは、その場で撮影結果を液晶モニターで確認できることが大きなメリットだが、液晶モニターがないライカM60では撮影結果は家に帰ってパソコンで開くまで分からない。これが面白いのだ。なーんて書くと「バカじゃね?」と言われそうだが、フィルムカメラのように「結果は後のお楽しみ」と達観できれば、これほど面白いカメラはない。

ISO200 / F8 / 1/500秒
ISO200 / F8 / 1/1,000秒

ライカカメラAG社主のカウフマン氏や、CEOのショプフ氏によると、そもそも、ライカが液晶モニターのないデジカメを考えついたのは、「撮った画像をその場で確認することは本当にいいことなのか?」という疑問を持ったからだという。液晶モニターで画像を再生して確認している間は、そちらへ集中してしまうため、被写体への意識がおろそかになってしまう。それで本当にいいの?ということだ。

個人的には、シャッターを切った後にすぐモニターをのぞくという行為は、撮影の所作としてあまり美しくないなぁと思っていたので(と、思いつつも結構のぞいてますけど)、この考え方には大いに賛同できる。

ISO200 / F8 / 1/125秒
ISO200 / F1.4 / 1/250秒
ISO200 / F5.6 / 1/350秒
ISO200 / F2 / 1/4,000秒

ライカというカメラに何を求めるかは人それぞれだろうが、ボクの場合は少なくともM型ライカに過度な「利便性」はまったく求めていない。

M型ライカはレンジファインダーによるマニュアルフォーカス機で、レンジファインダーという機能的制約から、ほとんどの交換レンズは最短撮影距離が70cmまでと遠い。レンズを交換してもファインダー倍率は常に一定なので、望遠になるほどファインダーが使いにくくなるなど、一般的なレンズ交換式カメラに比べるといろいろな制約がある。

ごく普通の感覚だと「そんな制約だらけのカメラは使いにくいはず」と思うだろうが、制約があるからこそ撮るべきモノが見えてくることもあるし、スタイルが決まっているからこそ撮影に集中できるという利点がある。

写真撮影という行為においては、必ずしも「制約」はネガティブな要素ではないのだ。

ISO200 / F1.4 / 1/4,000秒
ISO200 / F8 / 1/350秒
ISO200 / F1.4 / 1/2,000秒

その意味では、現行M型ライカの中心機種であるライカM(Typ240)は、ボクにとっては「ちょっと利便性方向へ振りすぎでは?」と思える機種で、発売当初はその存在をなかなか理解することが出来なかった。

ライカM(Typ240)は前々回のフォトキナ2012で発表され、ボクも某誌の取材でフォトキナでの発表会に駆けつけたのだが、ライブビューとか動画機能がM型ライカに搭載されてしまったことを受け入れられず、すっかりブルーに…。会場からホテルへの帰り道、ボクがあまりに落胆しているので、同行編集者が「河田さん、大丈夫ですか?」と声を掛けてくれるほどガックリしていたのを思い出す。

誤解されないよう付け加えるならば、ボクはライブビューや動画機能を否定しているわけでは決してない。それどころかパナソニックがいま展開中の4Kフォトにも大いに関心があるし、そうした先に新しい写真のスタイルが必ずあると信じているほどだ。ただ、M型ライカにそういう機能が付くことに対しては懐疑的というか、そっち方向に走るとM型ライカのいいところ(特殊性と置き換えてもいい)が薄れてしまい、その他大勢と一緒のカメラになってしまうのが怖いのだ。

利便性を求めるならピント合わせはMFよりAFだし、デジタルカメラとしての相性という点では光学ファインダーよりもライブビューの方がいい。ついでに動画も撮れれば便利だよねという具合になってしまうと、それはもはやM型ライカではなくなってしまうんじゃないか?という危惧があるのだ。何よりも、そういうカメラはもう市場に溢れているし、ライカ自身にもライカTシリーズがあるわけで、そこへM型ライカの機能を近づける必要が本当にあるのだろうか。

ISO200 / F5.6 / 1/250秒
ISO200 / F5.6 / 1/1,500秒

ところがライカM(Typ240)は発売後「M型ライカとしては最も好調なセールス」(ライカカメラ社の開発責任者ステファン・ダニエル氏談)を記録したという。そう、世間はこういうライカを求めていたわけで、自分は相当ズレているのだと改めて思い知った。M型ライカに対して偏屈な考えを持っている人はほとんどいないのかと、なかばあきらめの境地で2年間を過ごした。

そうして迎えた2014年のフォトキナで登場したのがライカM60である。自分が求めていたのはまさにコレだ!と叫びたくなるほど心の中で喝采しまくったのは言うまでもない。カメラに利便性を求めるのは正常な反応だと思うけど、そういう便利なカメラは世の中にいくらでもある。こういうちょっとベクトルが異なる選択肢があってもいいではないか。

ISO200 / F1.4 / 1/4,000秒

おそらくライカM60のような(ある意味)不便なカメラに目を輝かせる人は数として圧倒的に少数だと思われるが、そうした偏屈なマイノリティにも希望を与えてくれるという意味でライカM60の意義は限りなく大きい。

何よりもライカカメラ社がこうした少数派向けのコンセプトを大切にしていて、実際に商品化したことが素晴らしいと思う。将来的にはぜひともレギュラーモデルにもこの考え方を反映して欲しい。

河田一規

(かわだ かずのり)1961年、神奈川県横浜市生まれ。結婚式場のスタッフカメラマン、写真家助手を経て1997年よりフリー。雑誌等での人物撮影の他、写真雑誌にハウツー記事、カメラ・レンズのレビュー記事を執筆中。クラカメからデジタルまでカメラなら何でも好き。ライカは80年代後半から愛用し、現在も銀塩・デジタルを問わず撮影に持ち出している。