特別企画

「PENTAX K-1アップグレードサービス」の作業を覗いてきた

Mark II基板に交換+新品同様の再調整で、採算が心配に

PENTAX K-1には、デジタル一眼レフで世界初といわれる「メイン基板の交換」という"改造"でPENTAX K-1 Mark IIにアップグレードするサービスが提供される。ソフトウェア的なアップデートとは違い、2016年発売のPENTAX K-1が、2018年4月に発売されたばかりのPENTAX K-1 Mark IIに生まれ変わる。

このアップグレードサービスの料金は5万4,000円。金額だけを見ると決して安くないが、果たしてどんな作業が行われるのだろう? そこで5月21日からスタートするサービス受付を前に、私の所有するPENTAX K-1をリコーイメージングの修理サービスセンター(東京・浮間舟渡)に持参。特別に作業工程を見学してきたので、その模様をレポートする。

作業前の準備

ユーザーから届いたカメラは、最初に付属品をチェック。バッテリーをはじめ、アイカップやホットシューカバー、シンクロ接点キャップなど、カメラボディにはさまざまな付属品が付いているが、返却時に間違いなく返すための大切な作業だ。

次いで故障の有無をチェック。もし故障が発見された場合、ユーザー負担で修理してから改造する必要があるので、所有者に連絡して承諾を得る。

作業を始める前に、特別なメンテナンスソフトをインストールしたパソコンに、カメラをUSBケーブルで接続。シャッターを切った回数を確認し、耐用保証回数の30万回をオーバーしている場合はシャッターユニットの交換とオーバーホールが必須になる。

この際に確認した具体的なショット数はユーザーには知らされないが、20万回越えを目安として、シャッター周りのオーバーホールを持ち主に勧めるという。どちらの場合も追加料金となるが、カメラを安心して使い続けるには致し方ないことだ。ちなみに私のK-1のシャッター回数は意外と少なめで、なんの問題もなく改造できることになった。

これと同時に、カメラに保存されたカスタムファンクションやユーザーポジションなどの情報をパソコンに転送して保存。このデータは、返却時にカメラを元の状態に戻す際に利用される。

いざ基板交換

アップグレード作業は「メイン基板の交換」と基板交換後の「カメラの調整」の2つに大きく分けられるが、いよいよ、ここからが本格的な改造のスタートだ。写真を交えて手順を紹介しよう。

ネジを緩め、底面と背面のボディカバーを外す。
背面液晶モニターや各操作部から伸びるフレキシブルケーブルのコネクターを外し、メイン基板交換の準備が完了。右上は、交換用の基板。
基板に半田付けされているリード線を外す。半田付けの箇所は20以上。丁寧に半田を溶かし、ピンセットで線を外す。
フレキシブルケーブルのコネクターを外し、メイン基板を取り外す。
メイン基板をボディから外した状態。銀色の枠がイメージセンサーの載るSRユニット。
K-1から取り外したメイン基板(左)と、これから取り付けるメイン基板。新しい基板に搭載されるアクセラレーターユニット(PENTAXと書かれたPRIME IVチップの下。ノイズ対策用シールに隠れている)はリコー製だ。
取り外しと逆の順番で交換用のメイン基板を取り付ける。
元通りに半田付けしたあと、フレキシブルケーブルをコネクターに差し込み、初期状態と同じようにノイズ対策用の特殊シートを貼る。
上下と背面のカバーを仮組みし、安定化電源に接続したテスト用のバッテリーをカメラに装填。内部回路のショートがないことを確認する。
通電に問題がなければ、仮組みしてあった上下と背面のカバーを本組みして調整作業に移る。

工程が多く時間もかかる調整作業

カメラの調整には特別なテストチャートやK-1 Mark II用に開発された専用ソフトウェアを使用するが、これらは社外秘なので写真撮影はNG(特に、テストチャートからは各社のノウハウや設計思想が読み取れるため)。ここから先は文章のみのレポートになる。

最初はAFセンサーの検査。専用設備を使ってAFセンサーの物理的な位置を調整する。加えて、ソフトウェアによるAF精度の調整も行われる。工場の製造ラインでも行われる作業だが、メイン基板を交換するとこの調整内容のメモリーが初期化されてしまうため、最初から調整をしなおす必要がある。

このときAFセンサー上にゴミなどがあるとエラーが出て、清掃→再検査となる(AF機能の不調はAFセンサー上のゴミに起因することも少なくない)。この結果、AF精度が新品同様に戻るというわけだ。このAF調整にはパターンが異なる複数のテストチャートを使用する。

続いて測光センサーの位置調整には、専用設備と測光センサーの位置が正しく調整されたマスターボディを使用。マスターボディを基準として調整するカメラを同じ位置に固定し、専用ソフトウェアを使ってセンターを出す。

このほか、専用設備を使ってノイズリダクションの機能と、イメージセンサー上のホットピクセルおよびデッドピクセル、ホワイトバランスなどを調整する。

手ブレ補正(SR)やデジタル水準器で向きを検出する加速度センサーは、カメラの向きを変えながら調整。電源の電圧を変えてバッテリー残量表示を調整するほか、シャッタースピードなどもチェックする。

調整終了〜完成

厳しい検査と調整を終えると、ボディ底部のK-1認証マークシールを剥がし、K-1 Mark II用に貼り替える。シリアルナンバーは変更されない。
正面のSRバッジを、K-1からアップグレードしたK-1 Mark IIとわかるように専用バッジに貼り替える。
元々のSRバッジは返却される。

仕上げに、カメラの外装やイメージセンサーの表面などをクリーニング。一般点検と呼ばれる一通りの機能をチェックした後、最後に実写でピントを確認。OKなら最初に保存したカスタムファンクションの設定データをカメラに戻し、アップグレードサービスが完了する。

カメラ返却の際には、K-1 Mark IIの取扱説明書と最新のソフトウェアが入ったCD-ROMが添付される。

改造後の仕様はK-1 Mark IIと同じになるので、バッテリーの撮影枚数が760枚から670枚に減るが、これは新た追加されたアクセラレーターユニットがより多くの電力を消費するため。またクロップ時のコマ速が最高6.5コマ/秒から6.4コマ/秒に下がっているのも、アクセラレータユニットから出力されたデータを扱うために、従来よりわずかに時間がかかるため。実際には35mmフルサイズの撮影時でもコマ速は変わっているが、数字に違いが出るほどの差となるのがAPS-Cクロップ時のコマ速のみだからだ。

PENTAX K-1 Mark IIの新要素としては、アクセラレーターユニットによる最高感度ISO819200の設定や、手持ち撮影に対応した「リアル・レゾリューション・システムII」なども気になるが、ほかにもアルゴリズムの最適化によりシングルAFの高速化、コンティニュアスAFの動体予測性能の向上が図られている。一般撮影においてもメリットのあるアップグレードと言えるだろう。

K-1 Mark IIにアップグレードされた筆者のK-1。上カバーの商品名はK-1だが、中身は完全にK-1 Mark IIだ。古い基板と認証シールはリコー側で処分される。なお私のK-1には、以前のCP+で配布されたAOCO(旧旭光学の英語表記であるAsahi Optical Coの略称。通称アオコマーク)のシールが貼ってあったが、上カバーにはまったく手を加えないため無傷で残った。背面モニターに保護シールが貼られていても、基本的にそのままの状態で戻るという。

ここまで作業量が多いとは、採算が心配になるレベル

このアップグレードサービスについて、リコーイメージングのWebサイトには「PENTAX K-1のメイン基板を交換し、PENTAX K-1 Mark IIと同等の機能にアップグレード」と記されている。作業の様子を目の当たりにするまで「メイン基板を交換するだけで5万4,000円も掛かるのか——」と思っていたが、まさか交換後の調整作業にこれほどの労力と時間が費やされていたとは!!

メイン基板の交換作業だけなら20〜30分ほどで終わるが、実は、それより断然手間の掛かる調整作業が待ち受けていたのだ。1人のスタッフが1日にアップグレードできるのは3台程度だというが、一連の作業を見学して「ここまでやって採算が取れるのだろうか?」と心配になってしまったほどだ。

5月21日からスタートするこのサービスは、今回お邪魔したリコーイメージング修理サービスセンターをはじめ、リコーイメージングスクエア新宿、リコーイメージングスクエア大阪の窓口で直接受け付けるほか、宅配便を利用したピックアップリペアサービスも利用可能。

リコーイメージング修理サービスセンターの窓口。

納期は10〜15営業日とのこと(5月11日時点)。混み具合はリコーイメージングのWebサイトに随時掲載されるというので、これを参考に依頼すれば良いだろう。5月21日10時からはWebで予約受付も実施し、先着で各ユーザーが希望する時期にカメラを預けられるような対応も行われることが決まった。いずれの場合も、カメラがサービスセンターに到着した時点で具体的な完成予定日を連絡してくれるそうだ(通常の修理サービスでは行われない対応)。

このサービスの受付は2018年9月30日までの期間限定。だが初めて実施するサービスのため、リコーイメージングとしても果たしてどれほどの依頼があるかが予測できないという。そのため、締め切り間近に依頼が殺到した場合などは、延長となる可能性もあるらしい。

同社によると、今年のCP+でアンケートを実施したところK-1ユーザーの過半数がアップグレードサービスを受けたいと回答。3月から4月にかけて主要都市で開催されたK-1 Mark IIのお披露目イベント「Why PENTAX?」でも、来場者のほぼ全員からサービスを受けたいとの意思表示があったという。どちらも濃いめのペンタックスファンが集まったであろう場所での調査結果だが、全世界のK-1ユーザーが、ペンタックスを選んで良かったと感じていることは紛れもない事実。私もその1人としてエールを贈りたい。

中村文夫

(なかむら ふみお)1959年生まれ。学習院大学法学部卒業。カメラメーカー勤務を経て1996年にフォトグラファーとして独立。カメラ専門誌のハウツーやメカニズム記事の執筆を中心に、写真教室など、幅広い分野で活躍中。クラシックカメラに関する造詣も深く、所有するカメラは300台を超える。