メーカー直撃インタビュー:伊達淳一の技術のフカボリ!

オリンパスM.ZUIKO DIGITAL ED 300mm F4.0 IS PRO

レンズ内ISはなぜ必要? オリンパス流の設計思想に迫る

オリンパスM.ZUIKO DIGITAL ED 300mm F4.0 IS PRO
発売予定日:2016年2月26日/予想実勢価格:32万円前後
レンズ構成:10群17枚(スーパーEDレンズ3枚、HRレンズ3枚、E-HRレンズ1枚)/画角:4.1度/開放絞り:F4/最小絞り:F22/最短撮影距離:1.4m/最大撮影倍率:0.24倍/手ブレ補正性能:5軸シンクロ手ブレ補正時6段、レンズ手ブレ補正時4段/絞り羽根枚数:9枚(円形絞り)/フィルター径:77mm/大きさ:約92.5×227mm/重さ:約1,475g

35mm判フルサイズ換算600mm相当の超望遠レンズで、M.ZUIKO DIGITAL初の手ブレ補正機構を搭載。OM-D E-M1/E-M5 Mark IIなど、5軸シンクロ手ブレ補正に対応したボディと組み合わせれば、ボディISとレンズISの協調動作により、6段という世界最強の補正段数が得られるのが特徴だ。

また、スーパーEDレンズなど特殊硝材を贅沢に使った光学設計で、オリンパス史上最高の画質性能を実現。開放絞りから最高の解像性能が得られ、周辺光量落ちもほとんどない。最短撮影距離も1.4mと短く、テレマクロ的な撮影にも対応。専用設計の1.4倍テレコンと組み合わせ、840mm相当の超望遠撮影も可能だ。PROレンズならではの防塵・防滴、耐低温設計となっている。

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本インタビューは「デジタルカメラマガジン2016年3月号」(2月20日発売、インプレス刊)に掲載されたものに、誌面の都合で掲載できなかった内容を加筆して収録したものです。(聞き手:伊達淳一、本文中敬称略)


小型ボディを維持するためにレンズ内手ブレ補正を新規開発

(写真左から)
吉井学氏
オリンパス株式会社 技術開発部門 光学システム開発本部 光学システム開発3部 2グループ 課長

原健人氏
オリンパス株式会社 技術開発部門 光学システム開発本部 光学システム開発3部 1グループ 課長代理

小野憲司氏
オリンパス株式会社 映像事業ユニット 映像商品企画本部 映像商品戦略部 商品企画グループ 課長代理

末岡良章氏
オリンパス株式会社 技術開発部門 画像システム開発本部 メカ制御技術部 開発2グループ チームリーダー 課長代理

――これまでオリンパスはボディ内手ブレ補正を採用してきましたが、今回の「M.ZUIKO DIGITAL ED 300mm F4.0 IS PRO」では、M.ZUIKOレンズ初の“レンズ内手ブレ補正”を搭載しているのが特徴です。ボディ内手ブレ補正で5段の補正効果が得られ、ファインダー像のブレも補正できるのであれば、ボディ内手ブレ補正だけで十分ではないかと思いますが、なぜこのレンズにはレンズ内手ブレ補正を組み込んだのでしょうか?

小野:“35mm判換算600mm相当の超望遠を手持ちで撮影できる”。このような新しい価値を切り開くというのが、M.ZUIKO DIGITAL ED 300mm F4.0 IS PROのコンセプトです。

すでに、OM-D E-M5で5軸ボディ内手ブレ補正を実現し、手ブレ補正がお客さまにとって非常に有用だということを実感していましたので、超望遠レンズを出すにあたり、これまで以上に手ブレ補正を強化し、今まで撮れなかったシーンを撮れるようにしようというのが、我々に課せられたミッションでした。

末岡:決してこれまでのボディ内手ブレ補正の効果が不十分というわけではありません。ただ、ボディ内手ブレ補正に加え、レンズ内手ブレ補正も同時に動作させることができれば、より高い手ブレ補正効果が得られるのではないかと考えました。

2つのIS(手ブレ補正)を同時に制御するのは非常に難しい技術ですが、それだけにこの難題をクリアして新たな価値を創出したい、という技術者としてのチャレンジ魂に火が付きました。単純に、ボディ内手ブレ補正の能力を高めるという選択肢もありますが、レンズにもISを搭載し、ボディISとレンズISを同時に動かした方がはるかに高い手ブレ補正効果が得られるという確信がありました。

そうしてレンズ側にも手ブレ補正を搭載し、ボディ内手ブレ補正と協調動作させる5軸シンクロ手ブレ補正(以下、シンクロIS)という方式を選択するに至りました。

5軸シンクロ手ブレ補正の仕組み
レンズISでピッチとヨーの2軸、ボディISでピッチとヨー、シフトブレ、回転ブレの5軸を補正。レンズISとボディISをそれぞれイーブンの割合で動かすことで、最大限の手ブレ補正効果を引き出している

――このレンズの開発スタート時からレンズ内補正を採用すると決めていたのでしょうか?

末岡:開発スタート時には、レンズISを搭載するかどうかは正式に決まってはいませんでした。ただ、ISの開発チームの中では、レンズISとボディISを組み合わせることで、もっと補正段数を伸ばすことができるのではないか、という意見が常にありました。

とはいえ、シンクロISというアイディアはあっても、それを実証しないことには製品に搭載できませんが、これまで我々はボディISを選択してきたので、IS搭載レンズの開発はこれが初めてです。

そのため、M.ZUIKO DIGITAL ED 300mm F4.0 IS PROの開発以前に、レンズISの要素技術開発から着手する必要がありました。既存のキットレンズを改造してレンズISを組み込み、ボディISと協調動作させてみて、1つ1つ検証を重ねながら課題を解決していきました。

そこで、シンクロISで6段分の補正効果が得られることが実証された時点で、M.ZUIKO DIGITAL ED 300mm F4.0 IS PROにレンズISを搭載することが正式に決まりました。

――2014年のCP+に参考出品として300mm F4のモックアップが展示されていましたが、その時点ではまだレンズ内手ブレ補正の採用は決まっていなかったのですか?

小野:レンズ内ISを入れて、ボディ内ISと協調動作させれば効果がある、ということは分かっていましたが、2014年のCP+の時点では課題が山積みで、どうやってレンズISを組み込めば良いんだ? という状況でした。

――300mm F4にレンズ内手ブレ補正が搭載されるという話を聞いて思ったのは、ボディ内手ブレ補正では超望遠レンズのブレを補正しきれないのかな、ということでした。実際、オリンパスのボディ内手ブレ補正は、35mm判換算600mm相当である300mmの超望遠でも、5段分の補正効果が得られるのでしょうか?

末岡:確かに、焦点距離が長くなればなるほど補正は厳しくなっていきます。

小野:当初、超望遠レンズの開発と手ブレ補正の要素技術の開発は別々に進められていました。焦点距離が長くなるほどボディ内手ブレ補正の効果も厳しくなってくるので、ボディ側で何ができるのかを検討していたのですが、ボディ内手ブレ補正の補正段数を増やすなど精度を高めようとすると、より大きなブレに対応できる補正ユニットやセンサーを搭載する必要があり、ボディサイズが大きくなってしまいます。

やはり、マイクロフォーサーズは小型・軽量というのが強みであり、我々が提供したい価値の1つです。さまざまな検討を重ねた結果、ボディISとレンズISを協調動作させるシンクロISにオリンパスならではの最適解を見出しました。

300mm F4.0 IS PROのカットモデル
断面で白く見えているのがアルミ素材、黒く見えているのがエンジニアリングプラスチック素材だ。小型・軽量化には配慮しつつ、600mm相当のPROレンズとしての精度と堅牢性を保つために必要な個所には、肉厚のアルミ素材をしっかり採用している

――もし、シンクロISの技術が確立できなかった場合でも、300mm F4に手ブレ補正を搭載していたのでしょうか?

末岡:レンズISのみという選択はありませんでした。あくまでシンクロISによって、ボディISと協調動作させることを前提にレンズISを搭載しました。そのレンズISですが、補正レンズの移動量が大きくなるほど高い手ブレ補正効果が得られますので、光学とメカの担当者には無理をいって、ISユニットのストロークを大きく確保してもらっています。

ただ、こうしたレンズの一部を動かすというのは、光学設計者だけでなく、メカ担当者にとっても部品が大きくなるので設計難易度が上がります。しかし、シンクロISで6段を達成するために、幾度も試行錯誤を重ねた末に、ISユニットをこのサイズに収めることができました。

――ボディ内手ブレ補正で5段、レンズ内手ブレ補正で4段の補正効果が得られるのなら、両方を最大限に活用すれば6段といわず、もっと強力な手ブレ補正効果が期待できそうな気もしますが……。

末岡:「ボディISの5段+レンズISの4段で9段の手ブレ補正にならないの?」とよく言われます(笑)。ただ、単純に補正段数を足し算すれば良いというものではなく、実際に手ブレ補正効果を1段向上させるには、手ブレ補正ユニットの駆動性能やブレの検出精度などの全体のデバイスの性能をすべて2倍以上に引き上げる必要があります。

現状使用しているデバイスの制約等を考えると、6段分の補正効果というのは、システムとして最大限の性能を引き出せていると思っていますが、今後のデバイスや制御技術の進化により、いずれはもっと高い補正段数が得られるよう、引き続き、IS技術を磨いていくつもりです。

――ファインダーのライブビュー表示は、シンクロISが効いた状態ですか?

末岡:シンクロISが効いています。ただ、厳密には、ライブビュー表示時と露光時には、手ブレ補正の制御を変えています。ライブビュー表示時には、フレーミングしやすいようにファインダー像の揺れを抑えつつ、できるだけ画面の中心から光軸が外れないような制御に変えています。

――現時点でレンズ内手ブレ補正を搭載しているM.ZUIKOレンズはこの300mm F4だけですが、この1本のレンズのためだけにシンクロISという技術を開発したわけではありませんよね? シンクロISが有効なのは超望遠レンズだけですか? もっと広めの画角のレンズにもシンクロISは有効なのでしょうか?

小野:今回、300mm F4を発売して望遠側でのシンクロISの効果が高いことが実証できましたが、やはりこの技術を超望遠だけに留めておくのはもったいない、ということを実感しています。さらなる超望遠や広角寄りのレンズにもレンズISを搭載して、もっと多くのレンズでシンクロISの効果を有効に引き出せないか、開発、研究グループと検討を進めているところです。

――パナソニックLUMIX GX8に搭載されている“Dual I.S.”もボディ内ISとレンズ内ISを協調動作させることで補正段数を高める技術ですが、オリンパスのシンクロISとパナソニックのDual I.S.は原理的にどこが違うのでしょう? 回転ブレを補正できない以外、素人目には同じような技術に見えるのですが……。

末岡:オリンパスのシンクロISは、レンズISとボディISの両方を常に協調動作させていて、どちらかが主となってブレ補正を行っているわけではありません。例えば、10のブレを補正する場合には、レンズISで5、ボディISで5のブレ補正を行います。

要素技術の開発で、レンズISとボディISをそれぞれどのように動かせば最大の補正段数が得られるかを検討した結果、1つのブレをレンズISとボディISに分けて一緒に補正する、という方式がベストだという結論に至りました。

Dual I.S.:ボディISとレンズISを協調動作させる手ブレ補正で、パナソニックLUMIX GX8に搭載。ボディISをアシスト的に使用することで、レンズISで対応しきれない大きなブレにも対応できる

――ブレを検出するジャイロセンサーは、ボディとレンズそれぞれに搭載されていますが、ジャイロセンサーの取り付け位置が違うと検出されるブレも微妙に食い違ってきて、協調動作させるのが難しくなりませんか?

末岡:そこが制御を担当する技術者の腕の見せどころで、さまざまなアイディアが詰め込まれています。ブレ検出には、レンズ側とボディ側の両方のジャイロセンサーを使っていて、レンズISはレンズ側のジャイロセンサー、ボディISはボディ側のジャイロセンサーの情報を使っています。

ご指摘のように、2つのジャイロセンサーからの情報にズレがあると、正しくブレを補正できませんので、2つのジャイロセンサーからの情報に食い違いがないか、定期的に確認しています。もし食い違いがあった場合にはお互いのジャイロセンサーの情報を補正し合うという仕組みが入っており、こうすることで、別々のジャイロを使っても問題なくブレを補正できるようにしています。

ジャイロセンサー:物体がどれくらいの速度で回転(円運動)しているかを測定する角速度センサー。カメラやレンズでは、複数のジャイロセンサーでブレの量や方向を検知し、ブレを打ち消す方向に補正レンズやセンサーを動かし、ブレを補正する

――オリンパスには、レンズ内手ブレ補正を搭載したレンズはまだ1本しかありませんが、パナソニックにはO.I.S.搭載レンズがたくさんありますよね。同じマイクロフォーサーズ規格同士、パナソニックのO.I.S.搭載レンズでもシンクロISが動作し、オリンパスのIS搭載レンズでもDual I.S.が効くように、両社で技術協力するなど、メーカーが異なっていても互いに協調し合うことはできないのでしょうか? それこそユーザーにとって理想的な状況ですし、マイクロフォーサーズというプラットフォームをより拡大するチャンスだと思うのですが……。

小野:現時点ではそこまで至っていませんが、マイクロフォーサーズを盛り上げるためにも、最終的に規格として実現することが理想ではあると考えています。


特殊硝材をふんだんに使ったぜいたくな光学設計の核心

――ファームウェアアップデートは、メーカーの垣根を越えて、マイクロフォーサーズという共通のプラットフォームで相互に実現できていますし、少しずつでも良いので、相互に使える機能やギミックが増えて、マイクロフォーサーズのバリエーションやユーザーの選択肢が充実していくことに期待しています。ところで、300mm F4が出るということで、非常に楽しみにしていたのですが、実際に製品が発表されてみると、フルサイズ対応の300mm F4よりも大きく重く、そして値段も想像していたよりも高いことに驚きました。

小野:焦点距離や開放F値から期待される大きさ、重さ、価格よりも大きく、重く、値段も高いという指摘だと思いますが、我々が目指したのはやはり“換算600mmのPROレンズ”だったので、同じ焦点距離300mmでも、既存のM.ZUIKO DIGITAL ED 75-300mm F4.8-6.7 IIとはまったく次元の違う性能を目指しました。

換算600mmのPROレンズにふさわしい妥協のない画質性能を実現するため、スーパーEDレンズ3枚、E-HR(特殊高屈折率)レンズ1枚、HR(高屈折率)レンズ3枚という特殊硝材をふんだんに使った非常に贅沢な光学系になっています。

300mm F4.0 IS PROのレンズ構成図
一番前のレンズを1枚玉にして、フロントヘビーにならないよう重量バランスを配慮。2群にスーパーEDレンズ2枚を使用し、色収差を徹底的に抑えつつ、光束が最も狭くなる位置にフォーカス群を配置し、フォーカス群の軽量化→高速化を図っている
EDレンズ:一般的な光学ガラスよりも、光の波長による屈折率の変化が少ない素材(特殊低分散ガラス)を使用したレンズで、色にじみ(軸上色収差)の低減に役立つ。EDレンズの特性をさらに向上させたのがスーパーEDレンズ
軸上色収差・倍率色収差:軸上色収差は光軸方向の色収差で、色にじみやボケの色付きとなって現れる。倍率色収差は光の波長によって像の大きさが異なることで生じる色収差で、画面周辺ほど色のズレが大きくなる

マイクロフォーサーズのフォーマットで高い描写性能を得るには、フルサイズの300mm F4と比べると、設計周波数を約2倍と高くする必要がありますし、製造難易度的にも倍になります。そうした性能を持たせようとすると、レンズ構成的にはフルサイズの600mm F4と同じようなスタイルになってしまうので、そこをできるだけ性能を落とさずサイズダウンを図ったのが、今回のM.ZUIKO DIGITAL ED 300mm F4.0 IS PROです。

確かに、フルサイズ用の300mm F4に比べ、焦点距離や開放F値は同じなのに、大きく重くて高いという話が出てくるかもしれませんが、比べていただきたいのはやはりフルサイズの600mm F4です。フルサイズの600mm F4と描写性能や手ブレ補正の効き、そして、手に持ったときのサイズ感を比べていただければ、我々が提供したかったこのレンズの価値をわかっていただけると思います。

――フォーサーズ規格のZUIKO DIGITAL ED 300mm F2.8を1段絞って撮影するよりも、今回の300mm F4の開放の方が解像性能が高いということですが、従来の300mm F2.8もSHGなのでかなり画質性能にこだわった設計ですよね。その300mm F2.8を1段絞ったよりも解像性能を高められたのは、どのような技術的ポイントがあるのでしょうか?

原:企画担当者からフルサイズ600mm F4のあれだけ大きな超望遠レンズ(と同等の描写)を手持ちで撮影できるようにしたい、という要望を提示されて、光学設計担当としては、どうやってその要望を実現するかを初めに検討します。まず、600mm F4の画質をマイクロフォーサーズの300mm F4で実現するためにはどういった性能を目標にしなければいけないかを考えました。

そもそもフルサイズの600mmというレンズで、このレンズを使ってくださる方がどんな被写体を撮影しているのかを調べたところ、予想はしていましたが、やはり野鳥を撮影される方が過半数でした。そして、鳥の羽根の細かな模様までしっかり再現でき、羽根や毛並みの質感まで伝わってくるような画質が求められていることが分かりました。

それを実現するために、どの部分の性能を向上させていけば良いか、相当数の項目をリストアップし、1つ1つ課題をクリアしていきました。中でも特にこだわったポイントを2つ挙げると、1つは一般的によく知られているMTFです。マイクロフォーサーズには、マイクロフォーサーズに適した設計周波数があります。

フルサイズ用レンズでは10本/mmと30本/mmが一般的なのに対し、オリンパスのマイクロフォーサーズは20本/mmと60本/mmと、ちょうど2倍厳しい空間周波数になっています。さらに、PROレンズになると3桁の高周波までしっかり見ていて、光学設計としてはかなりの難易度で設計を進めています。同じ300mm F4でも、マイクロフォーサーズに合った空間周波数で設計を行うことで、より微細な部分まで高コントラストと高解像が得られるようになりました。

もう1つは“色にじみ”です。この部分はMTFに表れにくいのですが、ほかのPROレンズ以上に色にじみの低減に注力しています。ピントが合っている部分の色にじみを補正しているのはもちろん、アウトフォーカスでぼけている部分の色にじみも徹底して抑え込んでいます。

空間周波数:被写体の絵柄の細かさ。写真の分野では、ミリメートルあたりの線数が用いられ、線数が多くなるほど、収差の影響を大きく受け、解像が不鮮明になり、コントラストが低下しやすくなる。これをグラフ化したのがMTFだ

――ピント面ではきちんと軸上色収差が補正されていても、アウトフォーカス部分では軸上色収差が残っていて、前ボケにマゼンタ、後ボケにグリーンの縁取りが出てしまうレンズも結構ありますが、アウトフォーカスまで色にじみの低減を徹底しているのはすごいですね。野鳥撮影では、逆光気味の木の枝が入るシーンも多いのですが、そうしたシーンでもパープルフリンジの心配はありませんか?

原:ほぼ出ないです。撮った写真に目で見たのと違う色が浮いているのはすごく気になりますよね。なので、アウトフォーカスの部分まで徹底的に色にじみを抑え込みました。光学設計者として自信を持っておすすめできます。

――スーパーEDレンズというのは、いわゆる“蛍石(フローライト)”に近い特性を持ったレンズのことですか?

原:蛍石に近い、色収差を抑える効果がある特殊低分散ガラスです。

――やっぱり高いんですか?

原:ほかのレンズに比べると価格は高いですが、それよりも軟らかな硝材のため、研磨の際にキズが付きやすかったり、摩耗の際に面精度を出すのが難しかったりと、取り扱いが大変で、加工に手間のかかるレンズです。

ちなみに、ZUIKO DIGITAL ED 300mm F2.8にはまだスーパーEDレンズを使っていませんでしたが、その後、徐々に加工技術も向上してきて、現在では我々が求める面精度でスーパーEDレンズを研磨できるようになりました。

――かつては加工が難しかったスーパーEDレンズを3枚も使えたことで、ZUIKO DIGITAL ED 300mm F2.8を上回る性能をこのレンズで実現できたんですね。

原:もう1つ挙げると、HRレンズを3枚使っていて、ここで倍率色収差などの補正を行っています。高屈折率の硝材は色味の黄色っぽいものがほとんどで、レンズのカラーバランスに悪影響がありますが、最近は色づきの少ない高屈折率の硝材が出てきており、光学設計としては使える硝材の選択肢が増えてきているので、そうした自由度の高さを生かし、画質向上に注力しました。

――解像性能のピークは開放ですか?

原:開放絞りから安心して使っていただける性能、というのが開発の狙いで、多少絞りを絞っても解像力はあまり変わらないです。周辺減光に関しても絞り開放からまったくない、というレベルを目指しました。

野鳥や飛行機の撮影では、空をバックにしたシーンも多く、開放で撮りたいものの周辺減光があるので1段絞って撮影しているという、カメラマンの方々の声をたくさん聞いていました。それを受け、このレンズは開放絞りから周辺減光を気にせず撮影できるよう、周辺光量にもこだわっています。

――M.ZUIKO DIGITAL ED 300mm F4.0 IS PRO の光学設計で特徴的なことはありますか?

原:フォーカススピードが速く、動画にも対応できるよう静音で像倍率変動が少なく、しかも、最短で1.4mまで寄れて画質性能を維持できる超望遠レンズ、という非常に難しい課題を突きつけられました。

そこで、絞りの後ろにフォーカスユニットを配置しました。これにより、その前の正レンズでギュッと光束を収束させ、一番光束が細くなった場所にフォーカス群を置くことで、フォーカスレンズを小さく軽く設計することができます。また、フォーカス群の硝材も非常に比重の軽いものを使っています。

さらに、フォーカス群の負レンズに注目してほしいのですが、レンズの中心が非常に薄くなっています。“薄肉ガラス研磨レンズ”と呼んでいるのですが、この薄さに加工するのが非常に難しく、加工担当者と何度も話し合い、頼み込んでなんとか新しい加工技術を開発してもらいました。この薄肉ガラス研磨レンズの採用で、これだけの超望遠レンズとしては考えられないほど軽いフォーカス群にすることができ、静音ですばやいAF駆動を実現できました。

像倍率変動:フォーカス位置を動かすと画角が変化し、被写体像の大きさが変わって見える現象。コントラストAFでは、フォーカス位置を前後に微動させながら被写体の動きを掴むため、像倍率変動が大きいと像がフワフワして見える

――フォーカスレンズのアクチュエーターは何を使っているんですか?

吉井:リードスクリュータイプのステッピングモーターです。

――最近は、直進方向に動かせるモーターも出てきていますが、ステッピングモーターのほうが信頼性が高いのでしょうか?

吉井:信頼性もありますが、軽さですね。少しでもレンズを軽くするには、ステッピングモーターが適しています。ちなみに、今回のレンズが(300mm F4としては)重いといわれますが、レンズの性能、ISの性能というのが、我々が提供したい価値そのものですので、それらの性能を担保するのに必要な部分には剛性のある部材をしっかり使っています。

このレンズのカットモデルの断面で、黒く見えるのがエンジニアリングプラスチック、白っぽく見えるのがアルミです。PROレンズに求められる堅牢性や精度、耐環境性能を維持するのに必要な部分にアルミを使っていて、レンズとこのアルミで重量の大半を占めています。

これ以上、鏡筒などメカ機構を軽くする方向に走ってしまうと、PROレンズとしての性能や信頼性、耐久性が保てなくなってしまいます。

原:単純にレンズの重量だけでなく、重心をどこに持ってくるかもレンズを構えたときの感触を大きく左右します。レンズの先端に重いものが来ると、レンズの取り回しの際に重さを感じてしまいます。

光学設計側でもそういう部分に配慮していて、本来であれば一番前玉に接合レンズを配置した方が収差の補正に有利となりますが、一番径の大きなレンズが複数枚、一番前にあると重量バランスが前方に大きく偏ってしまいます。

そのため、今回は、一番前に正レンズを配置しています。正レンズ1枚だけなので接合レンズよりも軽く、しかも光束をギュッと絞ることができ、後ろに配置するレンズとの距離を最適にすることで、後ろのレンズ径を小さくできます。

こうして、レンズの重心をなるべく後ろに持っていく光学設計を心がけることで、構成レンズの総重量を減らしつつ、手に持ったときの重量バランスが良くなるようにしています。

――最短撮影距離が1.4mと短いのも特徴ですが、近接撮影時の画質性能はどれくらいのレベルに達しているのでしょう?

原:他の光学設計者がこのレンズの至近のMTFを見たら「これ、本当に至近のデータなの?」と驚くくらい、かなり高い性能が出ています。

M.ZUIKO DIGITAL ED 40-150mm F2.8 PROは、最短撮影距離が70cmと短く、近接撮影時の画質にも定評がありますが、このレンズもその性能を絶対下回らないことを目標に開発を進めてきました。今回は単焦点レンズということもあり、近接撮影時の画質もM.ZUIKO DIGITAL ED 40-150mm F2.8 PROを大きく超えることができました。

新旧300mmのMTF比較
フォーサーズ規格のZUIKO DIGITAL ED 300mm F2.8を1段絞ったよりも、M.ZUIKO DIGITAL ED 300mm F4.0 IS PROの開放絞りの方が、60mm/本のMTFが高く、周辺部の落ち込みも少ない。それだけ収差が少なく、周辺まで高い解像が得られることを示している

――近接撮影時でも画質低下を極めて少なくできたのは、特殊硝材を贅沢に使っているからですか?

原:それもありますが、フォーカス群を絞りの後ろに配置するといった光学デザインによると思います。

――望遠レンズでは珍しい配置なんですか?

原:そうですね、一般的なレンズタイプとは異なります。今回、この300mm F4 IS PROのために特別に設計しました。


レンズと並行して開発することで最適化できたテレコンの性能

――テレコンバーターMC-14を装着した場合、画質、AFスピードにどの程度影響がありますか?

原:MC-14の設計をしているときに、並行して300mm F4 IS PROの設計も始まっていました。そのため、MC-14は、40-150mm F2.8 PROと300mm F4 IS PROの両方と組み合わせたときのバランスを見ながら設計されており、300mm F4 IS PROとの組み合わせでも、非常に高い光学性能を発揮できます。

MC-14を装着した場合には、ボディ側で違うレンズとして認識され、フォーカスの制御方法もテレコン併用時の条件にチューニングされたものを読み込んで最適化されます。基本的には、最近のモデルのボディを使っていただければ、テレコン装着時でもほとんど体感的に変わらないAFスピードで撮影できます。

――MTFを見ると、MC-14を装着すると60本/mmの特性が80%から70%に低下して、特にメリジオナル方向の低下が顕著です。この特性の変化は実写でどの程度感じられるものでしょう?

原:MTFが低下している以上、高周波を見ていけば若干の差が感じられるかもしれませんが、840mm相当の超望遠レンズとしては安心して使っていただける画質性能を維持しています。

テレコンバーター装着時のMTF比較
1.4倍テレコンバーター装着時でも、ZUIKO DIGITAL ED 300mm F2.8を1段絞って撮影するのと同等以上の解像性能を誇る。レンズ単体と比べると、メリジオナル(放射方向)の解像低下があるが、星でも撮らない限り、実写ではほとんど気にならない

――Z Coating Nanoとはどのようなコーティングですか? 従来のZEROコーティングに対し、どういうケースに強いのでしょうか?

原:中心に空気の層を持つナノサイズの粒子をレンズ表面に敷き詰めることで、境界面を空気に近い屈折率にして表面反射を抑えています。斜めから入射する光のみではなく、レンズに対し、さまざまな角度から入射する光の反射を抑えることに特化したコーティングです。

従来のZEROコーティングも、通常のマルチコートに比べ、反射率を半減以下にする効果を得られますが、今回のZ Coating Nanoは、ZEROコーティングを大きく上回る低反射率を実現していて、太陽など強い光源を画面内に入れても、ゴーストやフレアが極めて生じにくくなっています。

Z Coating Nanoのイメージ図
光の反射を抑えるには、レンズと空気の境界面(界面)の屈折率をできるだけ近づけるのが基本。そこで、中心に空気の層を持つナノサイズの粒子をレンズ表面に敷き詰めた新コーティング技術が“Z Coating Nano”だ

――どの部分にZ Coating Nanoが施されているんですか?

原:申し訳ありませんが、公開していません。

――大きいレンズですか、小さいレンズですか?

原:一番効果のある部分に選択的に採用していますので…。

――やっぱり正反射しやすい部分に入れたいですよね。となると、比較的直線的なレンズ形状の部分でしょうか?

原:攻めますねぇ(笑)。設計時に何をするかというと、シミュレーションでゴーストが発生する場合には、レンズの曲面を少しずつ変えてゴーストを避ける、という微調整を行うのですが、そうするとまた違う個所にゴーストが出たり、光学性能に影響が出たりすることもあります。

そういったさまざまな制約に縛られながら最適解を試行錯誤しますが、Z Coating Nanoのような技術が使えるようになると、制約も緩くなり、設計の自由度も増しますので、そのぶん、光学性能を高めることができるようになります。

――フードを組み込み式にしたのはなぜですか?

吉井:一般的な着脱式フードは、収納のためフードを逆付けした状態からフードを装着し直す必要があり、(フードを有効にした状態で)すぐに撮れません。野鳥撮影などでは不意にシャッターチャンスが訪れますので、すばやくフードを伸ばせるスライド式を最初から考えていました。

40-150mm F2.8 PROのような機構も検討しましたが、できるだけ径を細くしたかったんですね。径を細くした方がフードの遮光効果も高まりますし、収納性も向上します。そこで、ロック機構付きのスライド式内蔵フードを採用しました。また、フードの内側も反射防止塗装や溝加工ではなく、植毛処理を施し、フードの内面反射も徹底的に抑えています。

――三脚座の底面にアルカタイプの溝が刻まれているのも画期的ですね。個人的には、手持ちの雲台のほとんどをアルカタイプで統一しているので、レンズにプレートを装着しなくても、そのまま雲台に装着できるのは感激です。

吉井:加工には正直なところ苦労しました。試作品では溝の部分のエッジが少し立っていて、手に持ったときに感触が悪くなるので、加工の手間は増えますが、エッジを丸める処理を加えました。

小野:喜んでいただいている声の印象が大きく、採用して良かったと思います。

――アルカタイプって何? という人にとっても、別にこの溝があることで不便になるわけでもないし、デザイン的にも溝があった方がアクセントになって引き締まって見えますよね。

吉井:私も設計していて、線(溝)を入れた瞬間、雰囲気が変わったな、と思いました。

――そもそもカメラブラケットや三脚座にアルカタイプの溝を入れるキッカケはなんですか? 僕もアルカタイプ大好きなので要望はしましたが、僕の意見だけで採用されたわけじゃありませんよね(笑)。

小野:もちろん伊達先生のご意見も参考にさせていただいているのですが、国内外のカメラマンやライターさんからの要望はありましたし、社内でも原が所属する部署の部長もクイックシュータイプの雲台を使っていたりします。より使いやすいというエッセンスを1つでも増やしたいという思いからですね。

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【実写ミニレビュー】開放絞りから高い解像力を誇り、ボケの色付きがない秀逸な画質

すでに、デジカメ Watchのレビューで数多くの実写サンプルを公開しているので、それをご覧いただければ、もはや言葉は不要だろう。M.ZUIKO DIGITAL ED 300mm F4.0 IS PROは、開放絞りから周辺まで高い解像が得られ、周辺光量低下もほとんどないので、青空バックの飛行機や野鳥も安心して撮影できる。前後のボケに色付きが生じることもないので、非常にスッキリとしたボケが得られるのも魅力だ。

成田さくらの山から着陸機を狙ってみた。滑走路に進入してくる機体をC-AFで連写しつつ、上空を通過したら振り向きざまに着陸シーンを狙う。AFスピードも速く、E-M1の像面位相差AFの追従も安定していて好結果を得ることができた

シンクロISも強力で、600mm相当の手持ち撮影でも安定したファインダー像で被写体をとらえられ、低速シャッターでもかなり手ブレしにくい。止まりモノの撮影にはシンクロISが絶大な効果を発揮する。

ただ、いくら手ブレ補正が強力でも、被写体ブレまでは抑えられない。動く被写体をぶれないように写し止めるには、少しでも速いシャッター速度で切るしかないが、高感度という点ではフルサイズに比べ、センサーサイズが小さなマイクロフォーサーズにはまだ課題もある。

また、動体撮影には、像面位相差AFを搭載している方が有利だが、像面位相差AFを搭載しているのはOM-D E-M1だけ。そのE-M1は、タッチパッドAF操作には非対応なので、フォーカスポイントの移動やAFエリアの変更時に冗長な操作を強いられる。このレンズの性能をもっと引き出せるAFや操作性を備えたボディの登場に期待したい。

デジタルカメラマガジン
2016年3月号

伊達淳一

(だてじゅんいち):1962年広島県生まれ。千葉大学工学部画像工学科卒。写真誌などでカメラマンとして活動する一方、専門知識を活かしてライターとしても活躍。黎明期からデジカメに強く、カメラマンよりライター業が多くなる。