メーカー直撃インタビュー:伊達淳一の技術のフカボリ!

SP 15-30mm F/2.8 Di VC USD

タムロンの技術革新をひも解く

高倍率ズームやマクロレンズで定評のあるタムロンが、いわゆる大三元レンズでも注目を集めそうだ。今回の広角ズームの登場で3本がそろい、しかもすべて手ブレ補正(VC)付きだ。SP 15-30mm F/2.8 Di VC USD、その光学技術やVC、鏡筒設計の進化の核心に迫った。(聞き手:伊達淳一、本文中敬称略)

SP 15-30mm F/2.8 Di VC USDって何?

開放F2.8の明るさで手ブレ補正機構も搭載したフルサイズ対応超広角ズームで、タムロン最大の57.9mm径のガラスモールド両面非球面レンズを採用し、クラス最高画質を追求。前玉が大きく突出した形状のため、フィルターは装着できないが、15mmという超広角にもかかわらず、絞り開放から非常に高い周辺画質を実現。手ブレ補正も超広角に最適化したチューニングが施されている。

 伊達淳一的SP 15-30mm F/2.8 Di VC USDの気になるポイント
  • ・開放F2.8&手ブレ補正機構搭載フルサイズ対応超広角ズーム
  • ・タムロン最大の非球面レンズを採用し、周辺画質を大幅に向上
  • ・絞り開放から極めて高い解像性能と安定した周辺画質
  • ・レンズ重量は1.1Kg、フィルター装着も不可だが画質を最重視
本インタビューは「デジタルカメラマガジン2015年5月号」(4月20日発売、インプレス刊)に掲載されたものに、誌面の都合で掲載できなかった内容を加筆して収録したものです。
安藤 稔氏
株式会社タムロン 光学開発本部 本部長
「前群を緩やかな角度で光を導く形状にし、2枚目にガラスモールド両面非球面レンズを配置したことが高画質化ポイントです」
古川麻衣子氏
株式会社タムロン 基礎開発本部 基礎開発一部 開発二課
「VCユニットのマグネットをダブルにして、コイルを挟む形にすることで、小さくても十分な推力が得られるように工夫しています」
熊谷興一氏
株式会社タムロン基礎開発本部 基礎開発一部 開発二課
「USDの減速カーブを見直し、焦点深度内に限りなく収まるようにフォーカスレンズを制御してピント精度の向上を図っています」
戸谷 聰氏
株式会社タムロン 映像事業本部 設計技術部 技監
「レンズ間隔が密な光学系の最適な位置に手ブレ補正機構を組み込み、かつズーム機構を成立させることが一番の開発テーマでした」
佐藤浩司氏
株式会社タムロン 映像事業本部 商品企画部 部長
「高画素化に対応できる高画質な超広角ズームを実現するため、タムロンの最新技術を投入し光学性能の良さを追求しました」

 ◇           ◇

大型XGMレンズの生産技術確立がブレイクスルーに

――開発コンセプトを教えてください。

佐藤:本レンズの特徴として、最も力を入れているのが“光学性能の良さ”です。今後、加速していくと予測されるイメージセンサーの高画素化に対応できる高画質な超広角ズームを実現するために、タムロンの最新技術を投入しました。

例えば、光学系の2番目には、口径57.9mmというガラスモールド両面非球面レンズを採用していますが、これは当社では最大サイズのガラスモールド両面非球面レンズです。このサイズのガラスモールド両面非球面レンズを量産できる生産技術を確立できたからこそ、このレンズの高い光学性能を実現できたといっても過言ではありません。

そこで、これほど大口径のガラスモールド両面非球面レンズを量産できるようになったということで「XGM(eXpanded Glass Molded Aspherical)」という特別な名称を付けさせていただいたくらい、光学(開発者)にとって思い入れのあるレンズです。

また、もう1つの大きな特徴としては、手ブレ補正機構(VC)を搭載しているという点です。企画当初は、F2.8の大口径超広角ズームに手ブレ補正の必要性はそれほど高くないのでは、という意見や、手ブレ補正を搭載することでサイズが大きくなってしまうことを危惧する声がありました。

実際、それなりにサイズが大きくなってしまいましたが、最初に申し上げましたように、これから先、イメージセンサーの高画素化が進んでくると、超広角であってもわずかなブレも目立ってくる恐れがあります。

最近は三脚撮影禁止の場所も増えてきていますので、どんな状況でもカメラとレンズの画質性能をできるだけ引き出せるようにするには、多少レンズが大きくなったとしても手ブレ補正機構を入れなければダメだろうと判断しました。

とにかく“高画質にこだわる”というのが、このレンズのメインコンセプトです。

――手ブレ補正機構を外せば、もう少し小型・軽量化を図ることができたのですか?

佐藤:そうですね。VCユニットのスペースや、手ブレ補正のためにイメージサークルの余裕をとる必要がなくなるぶん、小型・軽量化が図れたと思います。

前玉のサイズはほとんど変わりませんが、鏡筒のマウント寄りの部分が太くなってしまいました。それでも、高画質で撮れなければ意味がないと考え、手ブレ補正機構搭載にこだわりました。

レンズ構成図
第2レンズに57.9mmのガラスモールド両面非球面レンズを採用。緩やかに光を曲げる光学系と、非球面レンズやLDレンズを採用することで、クラス最高画質を追求している
MTF曲線図
ワイド端で、30本/mmの値が画面周辺でも高い数値を維持しているのは驚異的だ。周辺でも極めて高い解像性能を実現していることを示している。サイズよりも画質を優先した結果だ

――ところで、フルサイズ対応超広角ズームといえば、16-35mmズームというのが一般的だと思いますが、なぜ15-30mmという焦点距離域を選択したのでしょうか?

佐藤:このレンズを企画した際、開発陣への要求仕様として優先順位順に提示したのは、

  1. クラス最高画質を目指すこと
  2. 開放F2.8通しで手ブレ補正機構を搭載すること
  3. 極力ワイド寄りにすること
  4. 手ブレ補正機構搭載でもサイズを抑制すること
  5. ズーム比を2倍以上にすること
  6. 現実的な量産性を持つこと
  7. フィルター装着はマストとしない

の7項目でした。

このレンズのスペックや価格を考えると、ユーザーターゲットはアドバンストアマチュアやプロカメラマンです。想定された被写体は超広角ならではの強烈なパースペクティブを生かし、風景や建築物、インテリアなどの撮影に、そして、最近撮る人が増えていると感じている天体写真や星景写真です。

特に星景写真は、画角の広さはいうまでもなく、開放F値の明るさや周辺まで収差の少ない光学性能が求められます。そういう意味でも、高画素カメラでも周辺まできれいに写せる性能を持たなければダメだろう、ということで、こうした要求仕様を開発陣に提示し、その難題を見事にクリアしたのがこのレンズです。

焦点距離に関しても、当初はワイド側13mmスタートということも検討したのですが、いろいろシミュレーションを重ねた結果、1)から7)までの要求仕様を満たすことができるのが15-30mmという焦点距離域だったのです。

本音をいえば、14mmまでワイド端を広げたかったのですが、F2.8の明るさで手ブレ補正機構も搭載するとなると、このレンズよりもさらに大きく重くなってしまいます。さすがに、これ以上のサイズアップは厳しいと判断し、性能とサイズのバランスを考え、15-30mmという焦点距離にしました。

――前玉が突出している“出目金タイプ”の超広角レンズは、フィルターを装着できないというデメリットがあります。

自然風景の撮影では、青空の青さを強調したり、水面や葉の反射を低減して被写体本来の色を出すために、PLフィルターを使用するケースも多いと思われますし、星景写真でも明るい星を強調するためにソフトフィルターを併用するのが定番です。

さすがに、15mm域の超広角でPLフィルターを使うと偏光ムラを生じる恐れが高くなりますが、もう少しテレ側の18mm以降の焦点距離であれば、PLフィルターが有効なシチュエーションも多いと思います。

そうしたフィルターを使いたい、というニーズがあるのは十分ご承知のこととは思いますが、それでもあえて“フィルター装着はマストとしない”という割り切った決断をしたのはどうしてですか?

佐藤:企画当初にフィルター装着の可否をいろいろと議論しましたが、周辺まで高画質を実現するためには、前玉に深い曲率のレンズを使う必要があり、フロントにフィルターを装着できないことは最初から割り切っていました。

せめてリアにフィルターホルダーを設けることができないかと検討しましたが、マウントの形状によってはフィルターホルダーを設置する余裕がありませんでした。

――確かに、ズームワイド端では、少しでもバックフォーカスを短くするため、ニコンFマウントでは、後玉がマウント面よりも後ろに出てきますね。シートフィルターをカットして貼り付けて撮影するのもダメですか?

佐藤:シートフィルターが外れてミラーやシャッターを傷つけてしまうリスクも考えられますので、メーカーとしては推奨していません。ただし、今後はお客さまのご意見を伺って改善を図って参りたいと思います。

――リアへのシートフィルター装着は、あくまで自己責任でということですね。ちなみに、開放F4にしてもっと小型化するという方向性もあったかと思いますが、その選択肢は最初からなかったのですか?

佐藤:いえ、国内市場からは、開放をF4に抑えて、もっと小型・軽量で高性能な超広角ズームを出してほしいという声はありました。

ただ、SP 24-70mm F/2.8 Di VC USDとSP 70-200mm F/2.8 Di VC USDという開放F2.8の大口径ズームを発売していますので、いわゆる“大三元”を完成するためにも、超広角ズームも開放F2.8にそろえたかったという部分はありますね。

それと海外市場では開放F2.8という明るさにすごいこだわりを持つお客さまが多いんですね。

――確かに、カメラメーカー純正と同じ16-35mm F4というスペックでは、どんなに性能が良くても純正が強いですから、純正にない際立ったスペックと画質性能を持たせるというのは、レンズメーカーにとって重要なポイントですね。

佐藤:おっしゃるとおりです。やっぱりレンズ専門メーカーならではの特徴あるレンズを出さないと、という思いは強いです。よって、ワイド端は15mmと広く、開放F2.8の明るさで手ブレ補正機能も搭載、そして、周辺まで高い画質性能、という点に徹底的にこだわりました。

光を緩やかに曲げて周辺まで高画質に

――その画質性能の高さですが、これほど超広角にもかかわらず、周辺まで極めて高い画質を実現できた技術的なポイントとは何でしょうか?

安藤:光を急激に曲げると収差が発生しやすくなります。そこで、このレンズでは、対物側に4枚のレンズを重ね、できるだけ光を緩やかに曲げるようにして、後ろの光学系に導くような設計にしています。

もし、フィルターを装着できるような前玉の形状にすると、光を急激に曲げる必要があり、特に周辺部の画質を確保するのが難しくなります。広い画角で光を緩やかな角度で取り込むには、このように前玉を突出した形状にする必要があります。

さらに、2番目にガラスモールド両面非球面レンズを配置することで、周辺画質向上やディストーション低減を図っています。この前群が高画質実現の大きなポイントです。

また、光学系の前後に配置したLD(異常低分散)レンズで倍率色収差を、絞りの付近に配置したLDレンズで軸上色収差を抑えています。

――なるほど。超広角ズームとしては全長が長めなのも、光を緩やかに曲げているからなんですね。

このレンズを使ってみて感じたのが、周辺画質が実に安定している点です。一般的な超広角ズームだと、わずかなピント位置の違いで周辺像が嫌な乱れ方をすることがありますが、このレンズは本当に素直な描写特性ですね。

安藤:光学系の前後に配置した非球面レンズにより、像面湾曲や非点収差、コマ収差を徹底的に抑えたことで、開放絞りから極めて安定した周辺画質を実現しています。

――一番前のレンズが非球面レンズかと思っていました。

安藤:本当は1番目を非球面にできればもっと効果が高まるのですが、当時の技術ではこのサイズのガラスモールド非球面レンズは量産化できませんでしたし、研削非球面レンズでは価格が極めて高くなってしまいます。

そのため、2番目に、タムロンでは最大となる57.9mm径のガラスモールド両面非球面レンズを採用し、性能と価格のバランスを図っています。

大型化できたガラスモールド非球面レンズ
生産技術向上&新しい成形技術の開発により、従来(直径47mm/写真左)よりも大型のガラスモールド両面非球面レンズ(XGMレンズ/直径57.9mm/写真右)の量産が可能となり、このレンズの高い画質性能を実現できた

――これまでのガラスモールド非球面レンズで最大のものは、どのくらいの大きさだったんですか?

安藤:SP AF10-24mm F3.5-4.5 Di IIに採用されている47mm径のガラスモールド非球面レンズが、これまでの最大サイズでした。

――だいぶ違いますね。このサイズのガラスモールド非球面レンズの量産を実現できていなければ、このレンズも存在しなかったわけですね。これほど大きなサイズのガラスモールド非球面レンズを作れるようになったのはなぜですか?

安藤:弊社の研究部門で、以前より大サイズのガラスモールド非球面レンズの生産技術開発を行っていました。

この技術確立ができたことに加え、ガラスモールド非球面レンズの製造で最も重要な各工程の温度管理や温度の均一性を向上させた新しい成形技術を開発したことで、より大サイズのガラスモールド非球面レンズを製造できるようになりました。

――大サイズのガラスモールド非球面レンズの製造で、難しいのはどのような部分でしょうか?

安藤:ガラスモールド非球面レンズの製造は、プリフォームと呼ばれる、完成品に近い形状のガラス材を形にはめ込み、高温でプレスして成形後、冷却します。レンズが大きくなるほど、レンズの厚みの違いも大きく、冷却の進み具合に差が生じて歪みが生じやすくなりますから、適切な圧力と温度管理が極めて重要になります。

また、冷却時に凹レンズが縮むことで型に食いついてしまい、取り出すのに苦労するといったこともありました。そういった問題に対し、最適解を得られるまで試行錯誤の連続でした。

――ガラスモールド非球面レンズを製造する際、設計どおりのレンズ形状に仕上がる率はどのくらいなのでしょうか?

安藤:製造時にレンズに傷が入るなどの不良はありますが、レンズ形状に関してはほぼ100%です。というより、確実に設計どおりのレンズ形状、精度に仕上がるような最適解を得てから、レンズの量産に入ります。

――その最適解を得るまでが大変なのですね。ところで、光学系を支える機構設計側のこのレンズに対する取り組みを教えてください。

戸谷:このレンズの機構設計で最も苦労したのは、手ブレ補正機構(VCユニット)を搭載しつつ、できるだけレンズの大きさを抑えることでした。

手ブレ補正ユニットの仕組み
VCレンズの周りに駆動コイル、それを挟み込むシャーシ側にマグネットを配置し、磁力を利用して補正光学系を駆動。マグネットをダブルにして駆動力アップを図っている

望遠レンズに比べると、焦点距離が短い超広角ズームなので、超広角ズームとしては大きめではありますが、光学系を構成するレンズがギュッと凝縮されています。しかも、ワイド時には前群と後群は最も離れていますが、テレ側にズームするにつれ、前群と後群が互いに寄ってきてさらにレンズの間隔が密になってきます。

そのため、VCユニットを理想的な位置に配置できるのか、VCユニットを組み込んだ上でズーム機構が成り立つのか、開発当初は悩みました。これまで開放F2.8の超広角ズームは、手ブレ補正機構を搭載していませんでしたので、AFのアクチュエーターさえ搭載できれば後はなんとかなるのですが、今回はVCユニットも適切な位置に配置する必要があり、それをいかに成立させるかが、このレンズの機構設計における一番の開発テーマでした。

リング型の超音波モーター
静粛で高速なレンズ駆動を可能にする超音波モーターを採用。リング式の超音波モーターは、径が限られているため、その内径にVCユニットをいかに収めるかが課題だったという

このレンズは4群ズームで、すべてのレンズ群がズームで動きますが、一番後ろの第4群にVCユニットを搭載しています。大きいVCユニットごとズームで移動させなければいけないので、そのスペースを確保する必要があります。

――それがマウント部分の径が一般的な超広角ズームよりも太くなった理由ですね。

戸谷:また、このレンズのAFアクチュエーターは、リング式の超音波モーター(USD)を採用していますが、この超音波モーターはレンズに応じて適当なサイズで作れるというものではないので、超音波モーターの限られた内径に、VCユニットを最適な位置にうまく収める必要があります。そのため、なんとか超音波モーターの内径に収まるVCユニットを開発しました。

古川:VCユニットのマグネットをダブルにして、コイルを挟む形にすることで、小さくても十分な推力が得られるようにしています。

――(カットモデルを見ながら)確かに複数の鏡筒で多層的に光学系を支えているのがよく分かります。VCユニットも本当に超音波モーターの内径とほとんど一緒ですね。ちなみに、この鏡筒はエンジニアリングプラスチックでできているんですか?

高密度に構成された内部構造
レンズ光学系を支える鏡筒を多層構造にし、できるだけ多くの面で支えるようにすることで、ガタツキを抑えつつ、スムーズでなめらかな動きを両立させ、精度も確保している

戸谷:金属です。これだけ前玉が重いと前玉が倒れ、光学性能を維持できなくなるので、金属を使って強度を持たせる必要がありました。

――これだけ重い光学系にもかかわらず、ズームの動きが滑らかで、しかも鏡筒のガタツキも少ないですね。この相反する要素を両立させる工夫を取り入れているのでしょうか?

戸谷:基本的には高倍率ズームと同じような素材を使っていて、ズームとフォーカス系の駆動を支えている筒関係は、基本はみんなアルミ素材でできていますが、ガタツキがあると操作の感触が悪くなるだけでなく、光学性能の低下にダイレクトにつながります。

といって、ガタツキをなくしつつ、スムーズな動きを実現するには、極めて高い部品の精度が求められますが、個々の部品の精度をそれぞれ追求しても、なかなかうまくいきません。そこで、このレンズでは6つの筒を重ね合わせ、6つの筒全体でガタツキを抑えるようにし、スムーズな摺動性を両立させています。

ガタツキの少ない金属製の鏡筒
鏡筒はアルミ素材を採用。大きく重い前玉を精度良く支持するため、鏡筒が多層に重なっているのが分かる。また、前群のレンズ間にホコリが混入しにくい構造にもなっている

――1つの部分に負荷が集中するのではなく、重い光学系を複数の筒全体でうまく分散して受け止めているわけですね。

戸谷:筒の真円度合いであるとか、上下の部品との隙間を理想的な幅に管理して、ようやく成立できました。

――フードも二重構造になっていますが、これも重量の前玉を安定して支え、倒れを防ぐ工夫ですか?

戸谷:それもありますが、一番の理由はレンズを落下させてしまった場合に、前玉よりも先にフードが当たるようにして、レンズを保護しようというのが目的です。

――ということは、このフードは弾性があって、うまく衝撃を逃がせるようになっているわけですね。

戸谷:フードが割れてしまっても修理で直せますが、レンズが傷ついてしまうとかなり修理代も高額になりますから……。

――このレンズで一番高価なパーツはやはり前玉ですか?

戸谷:大きさでは前玉ですが、大口径の両面非球面ということもあって第2レンズのXGMレンズが最も高価ですね。

――これだけ画角が広く、前玉が突出していると、どうしても光が直接レンズに当たるケースが多くなりますが、実際に撮影してみるとフレアが少なく、ゴーストも淡く小さいのでそれほど気になりませんでした。

コーティングについては後ほどお伺いするとして、それ以外にもゴーストやフレア対策が施されているのでしょうか?

安藤:メカ(機構)設計の情報を光学の方にもフィードバックしてもらって、部品に当たったものがゴーストの原因になるかどうかをシミュレーションして、必要に応じていろいろな部分の角度を最適化しています。

――もう1つ気になるのが、レンズ内に混入するゴミやホコリです。どんなにコーティングや内面反射防止対策が優れていても、レンズにゴミやホコリが付着していると、逆光時や夜景撮影時にゴーストの原因となってしまいます。

表面のゴミやホコリは容易にクリーニングできますが、レンズの内部に混入してしまったゴミやホコリは、ユーザーサイドではどうしようもありません。

このレンズは、フード一体型の鏡筒内で前群が伸縮するので、ズーミングの際にゴミやホコリをレンズ内に吸い込んでしまわないか心配です。

戸谷:鏡筒に植毛紙のように空気のみを通す素材を前後2段に貼り付けることで、ゴミやホコリの侵入を防いでいます。また、1番目から5番目のレンズ群までは密閉構造になっているので、その間にゴミが侵入する恐れはまずありません。

超広角ズームに最適な手ブレ補正にチューニング

――コーティングについては、何か進化していますか?

佐藤:このレンズはフィルターを取り付けることができないので、弊社としては初となる防汚コートを最前面に施していて、レンズ面に付着した汚れを拭き取りやすくしています。

このレンズの最短撮影距離は28cmですが、レンズ長が長く、ワーキングディスタンス(レンズ先端から被写体までの距離)は約15cmほどです。そのため、花の撮影などでうっかり近寄りすぎて、レンズに花粉などが付着しても、レンズクロスなどで容易にクリーニングできます。

安藤:SP 90mm F/2.8 Di MACRO 1:1 VC USDから採用している“eBANDコーティング”も施しています。可視光の波長よりも小さいナノレベルの微細な構造体をマルチコートされたレンズ表面に形成したもので、光が入射する角度の依存性が少ないのが特徴です。

――ということは、このレンズのように曲率の強いレンズ面で効果を発揮するわけですか?

安藤:eBANDコーティングは、曲率の強い面には適用できませんが、ゴーストを抑えるのに有効な面に施しています。曲率の強い部分には、特に名称は付けていませんが、コーティングを工夫して、画面の中心と周辺で色味が変わらないように工夫しています。

――超広角ズームと超望遠ズームとでは、手ブレ補正のチューニングも異なるのでしょうか?

古川:超広角の場合、望遠よりも遅いシャッター速度で撮影するケースが多くなるので、よりスローシャッターに適した制御が求められます。このレンズの場合、暗めのシーンでも手持ちで撮れることを目標にしていましたので、シャッター速度が1/2秒、あわよくば1秒でも手持ちで止めたい、という意気込みで開発に取り組みました。

手ブレを補正するために、補正レンズをどこにどのように動かすかを1秒間に数千回というオーダーで計算を繰り返しているのですが、露光時間が長くなるほどちょっとした誤差が積み重なって、一見すごく手ブレ補正が効いているように見えるのに、実際にシャッターを切ると止まっていない、というケースが出てくるんですね。そのため、その誤差が出ないように計算手順を見直すなど、これまでとは違ったアプローチが必要でした。

また、通常だと露光時に最大の手ブレ補正効果を発揮させたいので、シャッターボタン半押し時にはあまり積極的に手ブレ補正を効かせられないことがあるのですが、このレンズの場合、光学設計と機構設計の方で非常に防振制御を考慮した設計にしたので、シャッターボタン半押し状態でもVCを十分に効かせることができました。

シャッターボタン半押し時にファインダー像が安定しないと、よりしっかりカメラを保持しようと力んでしまって、かえってその力みがシャッターを切ったときに手ブレの原因となってしまうことがあります。

しかし、このレンズはシャッターボタン半押し時からファインダー像が安定しているので、不必要に力むことなくリラックスした状態でシャッターボタンを押せ、長時間露出でも手ブレしにくくなっています。

――三脚撮影時には、手ブレ補正はオフにする必要があるのでしょうか?

古川:三脚撮影時には手ブレ補正オフを推奨しています。

――このほかに、このレンズでこだわっている点はありますか?

熊谷:“高画質な超広角ズーム”というコンセプトを実現するには、レンズの光学性能や防振機能を追求するだけでなく、狙った被写体に確実にピントを合わせられる精度も不可欠です。

そこで、フォーカスレンズの停止位置のバラツキを極力抑えるため、超音波モーターの減速カーブを見直し、さらに、焦点深度内に限りなく収まるようにフォーカスレンズを制御することで、停止精度の向上を図っています。

また、最近は一眼レフでもライブビューAFを使った撮影が多くなっており、位相差AFだけでなく、ライブビューのコントラストAFにも適したAF制御が求められます。コントラストAFは、合焦位置を通り過ぎて戻す、という制御が必要ですので、最短撮影距離と無限遠の両端ではより外側の範囲までレンズを動かせる余裕をメカ的に確保してもらっています。

また、フォーカスレンズの敏感度を適度に抑え、コントラストAF特有の微小駆動の繰り返しにも制御しやすいようなカム構造にしています。

――これほど、高スペックで高画質なレンズにもかかわらず、なぜ、実勢価格12万円半ばという低価格を実現できたのでしょうか?

佐藤:タムロンのレンズ開発コンセプトは、より良いものをすべてのお客さまにご利用いただくことです。そのため、スペックの高さだけでなく、価格の手ごろさというのも重要なポイントだと考えています。

他社の16-35mm F4ズームとほぼ同じ価格帯で、ワンランク上のスペックや描写性能を実現する、という開発方針でないと、やはり勝負できないと考えています。

そのためには、戦略的な販売計画を立てること、目標原価を厳しく設定し、部品なども海外調達でコストを抑えるなど努力することで、リーズナブルな価格を実現しています。そのぶん、弊社の調達部門にはかなり無理をいってがんばってもらいました。

――本日はどうもありがとうございました。

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―取材を終えて― 高画質と低価格を両立できた大口径ガラスモールド両面非球面レンズとタムロンの強い意志

最近のタムロンSPシリーズは、従来以上に画質性能にこだわっているのが特徴だ。SP 24-70mm F/2.8 Di VC USDしかり、SP 150-600mm F/5-6.3 Di VC USDしかり、カメラメーカー製レンズを上回るスペックと画質性能を備えつつ、リーズナブルな価格を実現。とりわけ今回のSP 15-30mm F/2.8 Di VC USDは、ワイド端15mmスタートの超広角ズームでありながら、ズーム全域で開放F2.8の明るさを誇り、しかも、手ブレ補正機構まで搭載。開放絞りから驚くほど周辺画質が安定している。にもかかわらず、実売価格は12万円前後というスペックと実写性能を考えると、信じられないほどのバーゲンプライスだ。

これほどの高スペックと高画質、そしてハイコストパフォーマンスをどうやって実現できたのか? その鍵は大口径のガラスモールド両面非球面レンズの量産化と、画質最重視の揺るぎない設計コンセプトにあった。

そして、1.1kgというレンズ重量、フィルター装着ができない前玉形状というマイナスとなる仕様を採用してまでも、妥協のない画質を追求した企画と設計の強い意志こそが、これほど高性能な超広角ズームを実現できた最大のポイントだろう。

これでフルサイズ用のラインアップは、180mmマクロのリニューアルを残し、ほぼ完了した。次は、APS-Cフォーマットで画質を追求した標準ズーム、超広角ズームをぜひ開発してほしいと思う。なにしろ、APS-Cフォーマットの方が画素ピッチが狭く、より高いレンズ性能が要求される。

フルサイズやAPS-Cミラーレス用超広角ズームの画質性能がこれだけ向上してきた現在、APS-C一眼レフ用の超広角ズームだけが取り残された感がある。フルサイズSPシリーズで培った技術とノウハウを生かし、APS-CのSPシリーズをリニューアルしてほしい。

伊達淳一

(だてじゅんいち):1962年広島県生まれ。千葉大学工学部画像工学科卒。写真誌などでカメラマンとして活動する一方、専門知識を活かしてライターとしても活躍。黎明期からデジカメに強く、カメラマンよりライター業が多くなる。