「Photoshopの伝道師」が教える“スーパーテクニック”とTouchアプリ活用術

〜Adobe Systemsラッセル・ブラウン氏に聞く

 米Adobe Systemsのシニアクリエイティブディレクターであるラッセル・ブラウン氏が来日、インタビューに応じた。ブラウン氏は、Photoshopの開発に携わり、現在ではiOS向けのアプリ開発ツール「Photoshop Touch SDK」の開発にも参加しているほか、世界各地でPhotoshopの魅力を伝えるセミナーなども開催している「Photoshopの伝道師」だ。

ラッセル・ブラウン氏

 今回、ブラウン氏が注力するTouchアプリとともに、「伝道師」ブラウン氏がPhotoshopの“スーパーテクニック”を披露してくれたので、それを紹介してみよう。

ブレンドモードで“芝生に水やり”

 まず挨拶代わりに「誰にも見せたことのないエクストラチュートリアル」として紹介してくれたのが、レイヤーとマスクを使った画像の修正テクニック。使われた画像はハワイ・マウイ島で撮影した教会の写真で、前面の芝生が枯れて茶色くなってしまっているものだ。

元画像。芝生の大部分が枯れてしまっているブレンドモードを使って塗りつぶす

 修正するためには、まず新規レイヤーを作成し、ブレンドモードを「カラー」にする。続いてブラシツールを使い、わずかに残った芝生の緑からスポイトツールでカラーを取得し、それで枯れた草の上をなぞって緑色に塗りつぶしていく。ブレンドモードのカラーを使っているため、ほかのパラメータには影響を与えず、芝生の色だけが変更できる。「これで芝生に水をやる必要がなくなった!」とブラウン氏は笑う。

好ましい見た目になった

 さらに、新しいレイヤーを作成し、「中性色で塗りつぶす」を選択し、中間色(50%グレー)でレイヤーを塗りつぶす。ここで「焼き込みツール」(露光量50%)を使って芝生の部分を修正する。これによってトーンが抑えられ、芝生がたくさん生えているような仕上がりになっていく。空の雲に使えば、よりドラマチックな雲に修正もできる。逆に「覆い焼きツール」を使うことで、色味を明るくでき、一部の場所に使えば、まるで光が当たっている感じも出せて、「光をドラマチックに使える」という。

さらに雲をドラマチックな雰囲気に

 このテクニックの特徴は、レイヤーを使って修正していくため、画像を壊さない非破壊編集である点だ。マスクを使ったり、トーンカーブを調整したりといった編集方法もあるが、ブラウン氏は「非常に強力だけど簡単なテクニック」と話す。

 さらにブラウン氏はもう1つ、「今までどこでも紹介したことのないテクニック」も教えてくれた。コンセプトは「使うレイヤー数が少ないのがベストな方法。シンプルでなおかつパワフル」だという。

 ブラウン氏が紹介した画像は赤茶けた大地に暗い雲がかかるという景色だが、これに「HDR的な効果をもたらす」というテクニックを紹介してくれた。まずはじめにオリジナル画像のレイヤーを複製し、次に白黒調整レイヤーを選択する。続いてOption(Alt)キーを押しながらレイヤーを選択してクリッピンググループを作成する。この時点では、一番上のレイヤーだけ白黒になっていてほかのレイヤーには影響はない。

元画像クリッピンググループを作成

 さらに描画モードでオーバーレイを選択し、カラーの調整を使う。RGB/CMYの3種の色調を調整することで、ほかの色には影響を与えず、色調をコントロールできるようになる。赤を強調するれば、大地が「さび付いた、グランジのような感じになる」とブラウン氏は表現し、スライダーを動かしながら「グランジコントロールと言えるかも」と笑う。

スライダーで色調をコントロール。HDR風の効果が得られた

 このテクニックのポイントは、スライダーを動かすだけでカラーが変わり、「ほかとはなにか違う効果が得られる」点だ。マスクを作るなどの細かな作業もいらず、「パンチのある画像に仕上げられる」テクニックだ。

Photoshop CS5連携の“Touchアプリ”

 現在、ブラウン氏が注力しているPhotoshop Touch SDKを使ってAdobeが開発したTouchアプリを使ったデモでも、ブラウン氏独特のテクニックが披露された。

Adobe Color Lavaを紹介するブラウン氏内蔵カメラを使い、被写体の色を抽出できるようになった

 Touchアプリは、Photoshopと連携してさまざまな機能を実現できるiOS用アプリだが、Adobeは「Adobe Nav」「Adobe Color Lava」「Adobe Eazel」の3種類をApp Storeでリリース。その後のアップデートで機能追加もされている。

 TouchアプリとPhotoshopを連携させるには、最新のPhotoshop 5.1(バージョン12.0.4)を利用する必要があり、Photoshopの「リモート接続」機能を利用する。Adobe Navは、PhotoshopのツールをiOSから操作できるようになる。Adobe Color Lavaは、iOS上のパレット上で絵の具を混ぜるように色を作り、それをカラーパレットとして登録し、Photoshop上で活用できる。Adobe Eazelは、iOSをカンバスとして水彩画をペイントできる。

 それぞれ新バージョンでは、Adobe NavはPhotoshop上の画像をiOS端末のカメラロールに保存できるようになり、iOS上で撮影した画像をPhotoshopに送信できる。Adobe Color Lavaでは、iPad 2などのカメラを使って撮影したものの色をパレットで使えるようになる、といった機能追加が行われている。

Adobe Navはカスタマイズ可能なツールパレットとして機能Adobe NavでPhotoshopのタブ切り換えを行なっているところ

 ブラウン氏は、これらを組み合わせることで、「いろんなアイデアをすぐに実現できる」ようになると指摘する。

 例えば、Adobe Eazelで95%程度のグレーを使って全面を塗りつぶし、Photoshopに転送。それをレベル補正でコントラストを調整し、アンシャープマスクをかけると、ペイント時のブラシストロークが浮かび上がってくる。これを別の画像にオーバーレイで合成すると、「ユニークなテクスチャの質感をブレンドできる」(ブラウン氏)。これによって「アンティーク的な、少し古びたようなイメージが出せる」という。ブラウン氏は、一般的な画像は「クリーンなイメージが強いが、(こうした使い方で)破れたり引きちぎられたりしたような質感」になると話す。

「iPad上で完結できるような環境が欲しい」(ブラウン氏)

 ブラウン氏は、こうしたTouchアプリが「Adobeが努力している無数の可能性の入り口の導入部分でしかない」と指摘。開発者には「Touch SDKを駆使して新しいものを作ってもらいたい」とコメントする。

 Touchアプリについてブラウン氏は、「Adobeは常に次の世界と、みんなを驚かせるような世界を作ろうとしている」と、その方向性を語る。同社タブレット担当のJohn Nack氏のブログではさまざまな技術が紹介されており、「(公式発表よりも)先行してAdobeがやっていることを載せていることもある」そうだ。

John Nack氏のブログ「John Nack on Adobe」

 スマートフォン向けに同社はPhotoshop Expressをリリースしているが、その狙いは「撮りっぱなしにしない」ことをユーザーに知ってもらいたいからだという。同社にとっては、デジカメで写真を撮影したあとにPhotoshop Elementsなり、Lightroomなり、Photoshopなりで後編集をしてもらうことが必要であり、スマートフォンのカメラ機能で撮影した画像も、補正や編集をすることの楽しみを知ってもらい、それをPC上でも処理してもらえるようにしていきたい考えだ。

 それであれば、Photoshop Expressの機能向上はどこまで進化するだろうか。単体でPhotoshop並みの作業ができるようになるのだろうか。この質問にブラウン氏は、「タブレット端末は、あと2倍はパワーが欲しい」と指摘する。それだけのハードウェアのスピードがあれば、より快適に、素早く作業ができるようになるとし、「あと1年もすれば、PCと同じ速度がタブレット上で実現できると思う」との見込みを示す。

シンプルな編集機能を備えたPhotoshop Express(iPadでの使用時)Photoshop.comのクラウドにある画像の閲覧もできる

 現状では「タブレット端末だけで仕事が完結できるレベルまでは達していない」状態だが、より描画の精度が高く、Photoshopと連携できるような機能が実現できるような状況になることに期待を示し、「会社(Adobe)としての方向性は私からは言えないが、個人としてはiPad上で(画像編集の作業が)完結できるような環境が欲しい」とブラウン氏。

 iPadのようなタブレット端末の登場で、Adobeも市場動向をじっくりと見て、今後の開発の方向性を見極めていきたい考えだ。Touchアプリの登場で、特にiPad 2は強力なPhotoshopのコンパニオン端末としても活用できるようになってきたが、ブラウン氏の言うようにタブレットで完結する方向に進めるのか、クリエイティブ業界のユーザー達がそれを使うようになるのか、そしてどう使うようになるのか。そういった点を考えていくことが重要だという。

 Photoshop ExpressやTouchアプリのようなスマートフォン向けのアプリは、アップデートがしやすく、流通網も不要なので、今後もさらに機能強化を続けていきたい考え。Touchアプリに関しても、Android OSなどへの対応拡大など、市場の反響を見ながら判断していくそうだ。

 蛇足だが、最後にブラウン氏には、米Lytroが開発を発表した撮影後に焦点を自由に変えられる「Light Field Camera」について聞いてみた。Adobeでは以前からLytroと同様に複数のレンズを組み合わせて焦点位置を後処理で変更できる技術を開発していたからだ。ブラウン氏は、「私もこの企業については先週に知った。Adobeが(同様の技術を)研究中と聞いていたので驚いた」と話し、帰国したら「隣の席に座っている」というR&D担当者に話を聞くつもり、ということで、まだ具体的な意見までは聞けなかった。

ブラウン氏はインタビューの場でもサービス満点。彼のスーパーテクニック紹介は、各種セミナーなどで一度体感したい


(小山安博)

2011/7/14 00:00