キヤノンIXY 50Sの「屈曲沈胴プリズム退避鏡筒」とは


 コンパクトデジタルカメラの世界では、小型ボディに10倍超の高倍率ズームレンズを搭載するトレンドが続いている。そんな中、小型スタイリッシュボディの先駆けともいえるキヤノンIXYブランドに、10倍ズームレンズを搭載した「IXY 50S」が登場した。光学10倍ズームレンズ搭載モデルとして世界最薄という。

IXY 50S。本体色はブラウン。ほかにピンクとシルバーもラインナップ

 10倍ズームレンズの搭載を可能にしたのは、レンズ部に新機構の「屈曲沈胴プリズム退避鏡筒」を採用したためとのこと。沈胴式と屈曲光学系を組み合わせ、中間にプリズムを置いて光軸を折り曲げる手法は、これまでにもパナソニックのLUMIX DMC-TZ1で採用例が見られる。その上でIXY 50Sのユニークなところは、沈胴時にプリズムが光軸からずれて移動すること。これによりレンズ収納時の本体の厚みを抑えることができ、薄型化につながるという。

 ありそうでなかったそのコンセプトと仕組みについて、開発者に聞いてみた。話をうかがったのは、イメージコミュニケーション事業本部の高橋賢司氏、市野一滋氏、関田誠氏、小笠原努氏。そのインタビューをもとに本稿を再構成した。

 なお、IXY 50Sの屈曲沈胴プリズム退避鏡筒については、こちらのスペシャルサイトで丁寧な説明があるので参照いただきたい。

IXY 30S/50Sスペシャルサイト
http://cweb.canon.jp/camera/ixyd/special/brand/50s/


フルフラットのIXYに10倍ズームレンズを

 比較的小柄なボディに10倍超のズームレンズを搭載した高倍率ズーム機は、キヤノンではPowerShotシリーズ(PowerShot SX130 ISなど)ですでに実現している。そんな中、フルフラットボディを特徴とするIXYシリーズにおいても、10倍ズームレンズをぜひ採用した機種を出したという意向が出てきた。それが、屈曲沈胴プリズム退避鏡筒の開発意図だという。

 沈胴式レンズを採用するボディの奥行きは、沈胴時のレンズの総厚みが影響する。沈胴式ではなく、屈曲光学式を採用すれば、薄型ボディのまま高倍率化できるが、それではレンズがボディの端にくる。IXYなので真ん中にレンズを置きたい。IXYが持っているカメラらしいスタイリングは損ないたくない……そんな想いから、屈曲沈胴プリズム退避鏡筒の採用が決まった。沈胴式に屈曲光学式を組み合わせる。さらに収納時にプリズムを退避させ、総厚みを減らす。この複雑な機構は、IXYが持つイメージを損なわず、さらに高倍率化するための切り札だったのだ。

屈曲沈胴プリズム退避鏡筒のイメージ。上が撮影時。下が収納時

 開発期間は、一般的なものと比べて倍以上かかったそうだ。初めての試みだったこともあり、最終的な機構に至るまで、何通りかの試作機を作ったという。駆動するシステム自体の試作を何度もオーダーする必要があった。

 しかもキヤノンとして、コンパクトデジタルカメラにおける屈曲光学系の採用そのものが初めてだった。今となっては笑い話だが、プリズムの反射で画像が左右反転することに人間の頭がついていけず、途中で気づくことがいくつかあったという。今回の技術のために、専用の検査システムや工具も開発したそうだ。

 ちなみに、ズームはプリズムの後ろの群を移動させて変倍するのに加え、プリズムの前の群も移動させることにより、10倍ズームを実現している。また、プリズムの後ろの群で手ブレ補正およびフォーカスを行なっている。

 レンズを動かすモーターも凝っている。通常コンパクトデジタルカメラは、ズーム用のカム環を回すモーターと、AF用のモーターの2つを搭載している。IXY 50Sではそれらに加えて、カム環に2つのモーターを直結。ひとつは起動用のDCモーター、もうひとつはズーム用のステッピングモーターだ。ズーム用のステッピングモーターはDCモーターより静かなので、動画記録にも優れた適性を持つことになる。

 またIXY 50Sは機構上、従来バッテリーが入っていた位置(撮影者の左手側)をレンズなどが占有している。そこでバッテリー室を反対側に移している。電池そのものも新型となり、形状も縦長に変えるなど工夫を凝らした。

 この方式のデメリットとしては、起動時にタイムラグが生じることが挙げられる。数値上では約2.8秒。そう聞くと長くかかるように思えるが、実際に触ってみるとそれほど気にならない。プリズムの退避時間を含め、起動時に作動感が伝わってくるためだろう。また、液晶モニターの点灯と同時に、撮影が可能になるためでもある。

 残念なのは、現状では36mm相当からのズームレンズとなっていること。35mm近辺での撮影が好きな人や、より望遠での撮影を求める人にはうってつけだが、24mmや28mm前後の広角好きには、少々もの足りないものがある。この点を聞くと、「将来製品のお話はできませんが」との前置きはあったものの、「確かに広角へのニーズの強さは感じている」とのことだ。

 また、見た目がさりげないためもあり、このサイズに10倍ズームレンズという特性が、店頭で伝わりにくいとの危惧も覚える。鏡筒もあまり伸びない。しかも国内ではデザインを優先して、本体に10倍である旨を表示していないのだ。しかし、内覧会では(少し大きめのためか)「これIXY?」と聞かれることがあるものの、10倍ズームだと説明すると「えっ、10倍なの?」と驚かれたという。手にとってもらい10倍ズームであることを伝えると、一様に反応は良いとのことだ。


「HS SYSTEM」で高感度対応をアピール

 IXY 50Sのもうひとつのポイントが、「HS SYSYTEM」だ。高感度画質の向上もトレンドのひとつだが、キヤノンでは撮像素子と画像処理エンジンDIGICとの組み合わせによる高感度対応をHS SYSTEMという名称で訴求。5月発売のIXY 30Sから大々的にアピールしているのは周知の通りだ。「HS」とは、High Sensitivityの略になる。

 センサーでノイズを抑えて、かつDIGICで、高感度時における美しい映像を作り上げるのがHS SYSTEMだが、それだけでなく、ダイナミックレンジの拡大も大きな役目になる。低ノイズ化がはかれることで、正しい信号とノイズを切り分けることが可能になり、この効果によって、よりハイライト側の階調に信号を割り振れるようになり、ダイナミックレンジの拡大が実現したという。

IXY 30S

 実はHS SYSTEMという名称は、昨年までデュアルクリアシステムや、すっきりクリアフォトという名前で訴求してた。これは国内の話で、海外では「ハイセンシティビティシステム」や、「デュアルアンチノイズシステム」など、名称がまちまちだったという。それを全世界で統一したのがHS SYSTEMだ。2009年10月発売のPowerShot G11やPowerShot S90などでは、1,000万画素程度での画素数据え置きについても高感度の一因として挙げていた。その流れはIXY 50Sにも受け継がれ、約1,000万画素の裏面照射型CMOSセンサーを採用している。

 裏面照射型CMOSセンサーとHS SYSTEMの組み合わせといえば、キヤノンにはIXY 50Sのほかに、IXY 30Sという高級機が存在する。良く似たコンセプトの2機種に思えるが、最大の違いはレンズだ。IXY 30Sは、開放F値2.0の明るいレンズを搭載し、本体デザインもスポーツカーをイメージした尖ったものになっている。一方IXY 50Sはこれまでのイメージを大切にしたボディに、10倍ズームレンズを内蔵。「優雅で洗練された印象を与えるコンパクトデザインに、10倍ズームレンズを搭載したモデル」とのことだ。

 また、強力な動画機能もIXY 50Sの特徴。IXYで初めてフルHDに対応し、動画記録中のズームやAFが可能になっている。ムービーボタンもIXY初の装備という。

 さらにPowerShotシリーズには、Power Shot S95という高機能コンパクトデジカメも存在する。マニュアル露出を備えたPowerShot S95に対し、IXY 50Sはこだわりオートでの撮影がメイン。その立ち位置は異なる。

 しかもIXY 50Sは、静止画の「こだわりオート」だけでなく、動画向けの「こだわりムービー」を搭載。IXY 50S、PowerShot S95ともフルHD対応を果たしていないことを考えると、10倍ズームレンズで望遠に強く、動画を含めてオート主体で撮影が可能、といった点がIXY 50Sの特徴といえそうだ。


【2010年10月14日】「おまかせオート」との誤記を「こだわりオート」に修正しました。



(本誌:折本幸治)

2010/10/13 15:36