ミラーレスカメラ・テクノロジー

(その2)ミラーレスカメラのシャッター

フォーカルプレンシャッターの例

レンズシャッターとフォーカルプレンシャッター

銀塩のレンズ交換カメラは、フォーカルプレンシャッターを用いたものが多かった。レンズシャッターを使うと、レンズを外した時にシャッターも一緒に外れてしまい、フィルムが感光してしまうからである。それでもコストダウンや小型化、またストロボを高速シャッターで使いたいというような理由から、なんとかレンズ交換可能なレンズシャッター機を実現したいという要求があり、フォクトレンダー・ベッサマチックやトプコン・ユニのようにビハインドシャッターにしたり、ハッセルブラッドVシリーズのように遮光板を別に設けたりの工夫がなされた。

ところがレンズ設計に制約があったり機構が複雑になったりして、なかなかフォーカルプレンシャッター機のようにスマートなものにならなかったのが現実である。特に一眼レフカメラではレフレックスミラーをクイックリターン式とするのが機構的に難しく、何とか実現しても故障が多いなどの問題があり、そのためハッセルブラッドVシリーズなどはクイックリターンミラーが当たり前の時代になっても頑なに採用していない。

では、ミラーレスカメラではどうだろうか? フィルムと違いデジタルカメラの撮像素子は一度感光してもリセットして再利用ができる。だからレンズを外したときにシャッターが一緒に外れても一向にかまわないのだ。だからレンズシャッター式のミラーレスカメラは容易に実現でき、現実にハッセルブラッドX1DやペンタックスのQシリーズなどの例がある。

ただ、今のところレンズシャッターはマイナーな存在で、ミラーレスカメラの多くはフォーカルプレンシャッターを用いている。交換レンズごとにシャッターを内蔵しなくてはいけないとか、高速シャッターが得意でないというようなところがその理由だろう。

ユーザー側からみると、オールドレンズをマウントアダプター経由で装着する「レンズ遊び」がレンズシャッター式では大きく制限されるので、そういうユーザーにとってはフォーカルプレンシャッターの方が有利となる。

撮像素子シャッター

デジタルカメラの場合には第三の選択肢として「撮像素子シャッター」がある。これは従来のシャッターのように光を遮る部材を撮影光路中で動かしてシャッターの役目をするのではなく、撮像素子を電気的に制御して、画像信号を形成する電荷の蓄積時間をコントロールするものだ。

撮像素子では各画素のフォトダイオードに光が当たると、その強さに応じた電荷(電子のように電気を帯びた粒子)を発生する。それをその画素に設けられた「バケツ」に貯め、貯まった量をその画素の画像信号とするのだ。シャッターが開いて光が当たると電荷が発生しはじめ、シャッターを閉じると止まる。光が強いと電荷が大量に発生するので貯まる速度が速く、その分シャッター速度(露出時間)を短くしなければ適正露出とならないわけだ。それならば撮像素子に光が当たる時間ではなく、電荷を蓄積する時間をコントロールすればシャッターと同じ効果が得られるわけで、それが撮像素子シャッターの原理となる。

図1にその動作を図解する。これは撮像素子の1つの画素を抜き出して説明している。画素のフォトダイオードには被写体からの光が当たり続けているので、常に電荷が発生している。それがその画素の「バケツ」に貯まっていくのだが、撮像素子シャッターの動作は、まずそれまでに貯まった電荷を捨ててリセットするところからスタートする(図1a)。それが露出時間の始まりとなる。リセット後に光の強さに応じた速度で電荷がたまっていくのだが(図1b)、ある時間が経過したら、それまでに貯まった電荷を別のところに移し、電荷の量を読み出す(図1c)。この読み出した電荷の量がその画素の画像信号に相当し、リセットから読み出しまでの時間が露出時間、すなわちシャッター速度ということになる。

図1:撮像素子シャッターの動作原理。電荷のリセットで露出が始まり、貯まった電荷を読み出すと露出が終わる。

これが撮像素子シャッターの基本原理で、機械的に動かすものがないので動作音やショックがなく、高速シャッターが可能となるというメリットがある。なお、一般にはこの撮像素子シャッターのことを「電子シャッター」とか「エレクトロニックシャッター」と読んでいるが、機械的なレンズシャッターやフォーカルプレンシャッターでも、その開いている時間をマグネットを使って電気的に制御する「電子制御シャッター」のことを長い間「電子シャッター」と呼んでいた。現在では電気的な秒時制御は当たり前になったのでこの意味での「電子シャッター」は使わなくなったが、それでも紛らわしいので、筆者はあえて「撮像素子シャッター」と呼ぶようにしている。

ローリングシャッター

撮像素子シャッターの場合は露出の始まりはリセットで、終了が読み出しということになる。このうちリセットについては、比較的タイミングを自由にできる。しかし、読み出しの方はそうは行かないのだ。

CMOS撮像素子の場合、読み出しは水平のラインごとに行い、1つのラインについて読み出しが終わらないと次のラインの読み出しができないという事情がある。つまり、あるラインの露出は、その1つ前のラインの読み出しが終了した時点で初めて終わることができるということになる。従って、露出時間の終了はラインごとに少しずつズレることになり、そのズレ量は1ライン分の読み出し時間なのだ。ラインごとの露出時間を一定にするために、露出を開始するリセットのタイミングも、それに合わせてズレるようにする。つまり、露出が行われるタイミングが画面上の上端から下端に向かって少しずつ遅れて行くのだ(図2)。このような形式の撮像素子シャッターを「ローリングシャッター」と呼んでいる。

図2:ローリングシャッターでは、このようにラインごとに(つまり画面の上下方向の位置で)露出のタイミングが少しずつズレる。最後のラインの露出が始まった時点で最初のラインの露出がまだ終わっていないようなシャッター速度でないと、ストロボが使えない。

露出が行われている間、被写体が動くとこのタイミングのズレの影響が撮像された被写体像の歪みとなって現れる。例えば走っている電車を撮影すると、長方形の電車が平行四辺形となってしまう(写真1)。また、ゴルフのスイングを撮影するとゴルフクラブがしなったような形に撮影される。これを「ローリングシャッター歪み」と呼んでいる。

写真1:ローリング歪みの例。走る電車をニコンD850の静音モードで撮影。

また、この影響はストロボ撮影にも現れる。最後のラインの露出が始まった直後にストロボを光らせるのだが、そのときすべてのラインが露出中でないと、画面の一部が欠けてしまうことになる。つまり、ある速度以上のシャッター速度では最後のラインの露出が始まったときには、すでに最初の方のラインは露出が終わっているので、ストロボの光が及ばないわけだ。

まてよ、同じような話はどこかで聞いたことがあるって? そう、フォーカルプレンシャッターと同じなのだ。ただ、フォーカルプレンシャッターの場合は技術革新の結果として幕速が非常に速くなって、シンクロ同調速度も1/250~1/300秒と実用上十分なレベルになっているのに対し、ローリングシャッターではまだ1/10秒程度でしかストロボが使えず、そのため多くのカメラではローリングシャッターを用いた静音モードではストロボの使用が限られる。

つまり画面上の位置によって露出されるタイミングが少しずつ違うのが、フォーカルプレンシャッターとローリングシャッターに共通する問題点なのだが、フォーカルプレンシャッターでは幕速が十分に速いためそれほど大きな問題ではなく、それに対してローリングシャッターでは幕速に相当する読み出し時間がまだ十分でないので問題点が残っているということだ。

フォーカルプレンシャッターでも幕速が遅ければローリング歪みは起こる。その例を写真2に示す。

写真2:フォーカルプレンシャッターでも幕速が遅ければローリング歪が発生する。この写真は走る電車をライカIIIgで撮影した。横走りのフォーカルプレンシャッターなので、動体を縦位置で撮影すると歪みが発生する。

グローバルシャッター

ローリングシャッターは画面の端から順に露出を実行していくもので、そのため画面の位置によって露出のタイミングが少しずつズレて行くのだが、逆に全画面同時に露出が始まって同時に露出が終わる形式のシャッターを「グローバルシャッター」と呼んでいる。機械的に開閉するシャッターでは、レンズシャッターがこれに相当する。

CMOS撮像素子でグローバルシャッターを実現するには、画素ごとにアナログのメモリーを設け、その画素に蓄積された電荷を全画面同時にメモリーに移すようにすればよい。そうすることで露出を終了し、その後順にメモリーから画像信号を読みだしてくればよいのだ。しかし、現在のところノイズなどの問題があって、スチルのデジタルカメラではCMOS撮像素子のグローバルシャッターは実用化されていない。

ソニーのα9などに採り入れられている積層型CMOS撮像素子では、別チップとした処理回路を撮像チップに貼り付けることにより、実質的な読み出し速度を上げてローリングシャッター時の歪みを軽減している。

では、CCD撮像素子の場合はどうか? CCDではCMOSのようにラインごとに読み出しタイミングがズレるようなことはなく、プログレッシブスキャンタイプのインターラインCCD撮像素子でグローバルシャッターが可能である。現実にニコンのデジタル一眼レフなどでこの種のシャッター機能を組み込み、最高速1/16,000秒、シンクロ同調速度1/500秒というようなスペックを実現したこともあったが、スミア発生などの問題点があり、2007年ごろには姿を消した。

電子先幕シャッター

CMOS撮像素子で撮像素子シャッターがローリングシャッターになってしまうというのは、露出の「終了」がズレてしまうからで、フォーカルプレンシャッターでいえば後幕の走行に時間がかかってしまうことを意味する。一方で露出の始まりであるリセット動作は、比較的自由になる。そこでフォーカルプレンシャッターで露出の始まりを担当する先幕の機能だけを電子的なリセット動作で置き換えたものが、電子先幕シャッターである。

図3に示すように、後幕の走行より露出時間に相当する時間だけ先行してリセットラインを走行させる。このリセットラインが露出を開始しながら走っていくことになるので、電子的に先幕の機能を実現しているわけだ。露出の終了は後幕の走行で行うので、読み出し時間に関係なく速い幕速で走ればローリング歪みの心配はなくなる。

図3:電子先幕シャッターの原理。後幕の動きに先行して電気的なリセットのラインを動かして露出をスタートさせて行く。

実はこの電子先幕シャッターは、ミラーレスカメラと非常に相性が良いのだ。一眼レフカメラの場合、ファインダーで被写体をねらっているときはシャッターは閉じた状態で、シャッターボタンを押して撮影するときに初めて先幕が走ってシャッターが開く。ところがミラーレスカメラではファインダーで被写体をねらうときにもライブビューのためにシャッターが開いていなくてはならない。だから普段は先幕が走り終わった位置にあるのだ。

そこで撮影のためにシャッターボタンを押すとまず先幕がスタート位置に戻されて撮像面を覆う。その状態で全画素の電荷をリセットしてから先幕が走り、後幕が走って露出が行われる。露出が終了して画像信号の読み出しが終わると、今度は後幕がスタート位置に戻って撮像面に光が当たるようにしてライブビューを再開する。

このように複雑な動きをしなくてはならないのだが、特にここで問題なのは撮影直前に先幕をスタート位置に戻す動作だ。この動作がレリーズタイムラグとなる。

その点、電子先幕シャッターなら撮像素子に被写体光を当てたままの状態で露出を始めることができ、動作を大幅に簡略化できるのだ(図4)。先幕戻しに伴うレリーズタイムラグもない。そこで、多くのミラーレスカメラが電子先幕モードを設けており、それを初期設定としたり中には機械的な先幕をもたない、電子先幕専用とした機種もある。

図4:ミラーレスカメラの撮影時のシーケンス。従来型フォーカルプレンシャッターでは複雑な動きをしなくてはならないが、電子先幕シャッターではかなり簡略化される。

電子先幕シャッターの問題点

ただ、電子先幕シャッターには2つの問題点がある。その1は露出ムラだ。フォーカルプレンシャッターの幕は撮像面に密着して走るのが理想的なのだが、実際には撮像面からすこし離れたところを走行する。特にデジタルカメラの撮像素子の場合は撮像面の前にカラーフィルターやカバーガラス、光学ローパスフィルターなどを設けるためどうしても撮像面とシャッター幕との隙間が大きくなる。一方で電子先幕の方は実質的には撮像面に密着して走行していると考えてよい。つまり先幕は撮像面との隙間ゼロで走り、後幕はある程度の隙間を置いて離れたところを走行するわけで、この食い違いが問題となるのだ。

図5を見てもらいたい。先幕と後幕の走る面にギャップがあると、(a)のように幕のスタート位置近辺と(b)のように走り終わりの近辺とでは実効的なスリット幅が違ってくる。走り始めの方が実効的なスリット幅が大きく、幕速度を一定とすれば露出オーバー気味になり、逆に走り終わりの方は露出不足気味となる。その程度は図からわかる通り、画面の端で被写体光がどの程度斜めに入射するかに関係する。ということは、撮影レンズの射出ひとみの位置で違ってくる。従って、撮影レンズの射出ひとみの位置がわかれば電子先幕の走行プロファイルを調整することによってこの露出ムラは簡単に補正できる。

図5:電子先幕シャッターで露出ムラが発生する原理。画面の上端と下端で実質的なスリット幅が違ってくる。

この電子先幕による露出ムラが影響するのは高速シャッターでスリット幅が小さく、なおかつ射出ひとみの位置が極端である場合で、通常の撮影条件ではほとんど問題とならない。しかし、マウントアダプターを用いてオールドレンズで撮影する場合など、補正が効かず、最悪の場合は画面の端が欠けたりすることもあるので要注意だ。

問題点その2は「ボケの欠け」で、これも先幕と後幕の走行する面の食い違いによって生じる。図6(a)に示すように、点像を形成する被写体光は撮像面に向かって円錐形となり、焦点が合っていない場合にはこの円錐形を撮像面が横切ったところの円がボケの形となって、これを錯乱円と呼んでいるが、電子先幕シャッターのように撮像面との隙間に食い違いがあると、この錯乱円の下縁と上縁とで幕の横切り方が違ってくる。下縁では図6(a)のように電子先幕と後幕がほぼ同時に横切るのだが、上縁では図6(b)に示すように電子先幕が横切ってからある時間経過後に後幕が横切る。

つまり錯乱円の下縁では露出時間がほぼゼロになるのに対して、上縁ではある時間露出が行われる。極端な場合は錯乱円の下縁で後幕の方が先に横切ることになり、こうなると下縁近傍のある範囲は錯乱円の露出が全く行われなくなってしまう。これがボケの欠けなのだ。

図6:電子先幕シャッターでボケの欠けが発生する原理。電子先幕が走行する面と機械的な後幕が走行する面のギャップの影響で、錯乱円の上下で露出が違ってくる。

前述の露出ムラと違い、こちらの方は画像処理による補正は難しい。しかし、この現象も最高速に近いシャッター速度で、しかも大口径レンズを開放近辺で使う場合と、かなり極端な撮影条件で生じるもので、通常の撮影ではほとんど問題となることはない。以下にボケの欠けの実例を示す。

電子先幕シャッターによるボケの欠け

ソニーα6000にSMCタクマー50mm F1.4を装着し、絞り開放シャッター速度1/4,000秒で撮影。従来型フォーカルプレンシャッターでは上の(a)のようにきれいなボケとなるが、電子先幕をオンにすると下(b)のようにボケの下が暗くなって欠ける。

(a)
(b)

電子先幕シャッターは特にミラーレスカメラに大きなメリットがあるシャッターであるのに、多くのミラーレスカメラが先幕も機械的に動く形式の従来型フォーカルプレンシャッターを採用しているのは、このような問題点が残っているからなのだ。

今後の掲載予定

プロローグ:既視感(2019/1/9)
その1:EVFと一眼レフファインダー(2019/2/5)
・その2:ミラーレスカメラのシャッター
・その3:ミラーレスカメラのオートフォーカス
・その4:ミラーレスカメラの手ブレ補正
・その5:ミラーレスカメラのレンズマウント
・その6:まとめ。今後どうなるか?

豊田堅二

(とよだけんじ)元カメラメーカー勤務。現在は日本大学写真学科で教鞭をとる傍ら、カメラ雑誌などにカメラのメカニズムに関する記事を書いている。著書に「とよけん先生のカメラメカニズム講座」(日本カメラ社)、「カメラの雑学図鑑」(日本実業出版社)など。