赤城耕一の「アカギカメラ」

第27回:Leitz Phone 1があると人は幸せになれるのか?

エルンスト・ライツ創業者のエルンスト・ライツ1世の言葉「ユーザーと共に、ユーザーのために」は、現在のライカカメラ社の企業方針の礎になっているそうです。 またライカの生みの親であるオスカー・バルナックは、1914年に小型軽量な35mmカメラの始祖的な存在(後にライカと命名される)を開発しますが、これは“常に自分とカメラは共にありたい”と考えたことも理由のひとつとしてあるのかもしれません。ライカは常にユーザーと共にあれば、ユーザーにもライカカメラ社にも幸せをもたらすと考えているのでしょうか。

もっとも現代人は、特別に意識しなくても「常にカメラと共にあります」。なぜならとても多くの人がスマートフォンを使用しているからです。スマホには内蔵カメラが欠かせない存在ですので、私たちは常にどころか、肌身離さずカメラと共にあるわけです。たまにスマホを忘れて出かけたりすると、電車にも乗れず、ラーメンも喉を通りません。

スマホ写真ですから飯テロはマストな行為です。「台湾まぜそば」を撮影しました。正直、最短撮影距離はもうちょい頑張りたいですね。この条件だと被写界深度が浅いです。昨今流行の料理写真みたいで少しイヤ。合焦したゆで卵の質感描写はかなりいいです。
Leitz Phone 1(F1.9・1/100秒)ISO 83

コンパクトカメラを駆逐したのはスマホではないかと言われているくらいですし、なんだか筆者自身の仕事が減ったのもスマホの台頭が原因とひとつにあるのではないかと思い始めています。皆さんも経験があると思いますが、カメラを使ってあれこれ悩んで撮影したのに、軽くスマホで撮影した写真が一番良かったなどという恐ろしい状況を体験したりすると、背中にイヤな汗が流れます。

と、今回は珍しく堅い論評から始めてみましたが、こんにちは。毎日暑い日が続きますが、元気でお過ごしですか。ナビゲーターのアカギです。

さっそく今回も始めたいと思いますが、ついに出てしまいましたね、Leitz Phone 1が。そうですライカのスマートフォンの登場です。

これまでのように、“ファーウェイのスマホにライカブランドのレンズを搭載した”とかいうような話とは大きく違います。今回はライカカメラ社がトータルで監修した初のスマホの登場ということになります。カメラメーカーがスマホを総監修したということは特筆に値するでしょう。それがなんとライカということで、かなりの話題です。ええ。ニコンでもキヤノンでも話題になると思いますけど、とにかくライカなわけです。

Leitz Phone 1は「電話」より「カメラ」側に比重が置かれた設計思想であるという考え方で良いのかもしれませんが、スマホをインターネット回線に繋がずに使うということはもはや考えられず、撮影した写真は世界中に即発表・共有できる時代となったわけです。オスカー・バルナックもさすがにこの未来は想像できなかったでしょうねえ。今ごろ天国で驚いているんじゃないですかねえ。

ちなみにLeitz Phone 1はソフトバンクの独占販売であり、日本国内でしか買えないようです。ベースモデルはシャープ製のスマホ「AQUOS R6」なのですが、こちらではライカはカメラ機能のみを監修しているそうです。きちんと両者を差別化していますねえ。両者の価格差も1.5倍くらいの開きがありますが、ここでそのことを突っ込むのは野暮というものでしょう。

これはデジカメ Watchの連載ですから、「Leitz Phone 1」のカメラ的な魅力を重視して話を進めてみます。

まずは外観の特徴ですが、なかなかに渋めで落ち着いたオトナの仕上がりですねえ。背面側のカラーはグレーで、かっちょいいです。ツメで擦ったらキズが付きそうだなあと思ったら、ここはマットブラックに仕上げられたガラスなんだそうです。

生身のLeitz Phone 1です。セーム革とかを用意して磨きましょう。

本体外周にはアルミ削り出しによる細かなローレット加工が施されていて、本体にもLeicaの赤丸マークがプリントされていて、同梱の保護カバーにはライカM10やM10-Rと同様の立体的なLeica赤バッヂが存在します。

フォーカスリングをイメージしたというローレット加工。滑りにくいようにデザインされています。指の腹も心地よい感じです。ええ、もちろん本体をケースに入れると何の役にも立ちません。
本体のLeica赤マークはプリントですね。ケースには立体的なバッヂがついています。ライカM10とかM10-Rを持っている人は自分のものと比べてください。

このライカ赤バッヂの存在は人によって好みがわかれますが、2年後に登場予定の「Leitz Phone 1-P」では赤バッヂはマイナスネジに置き換わるかもしれません。はい、嘘です。筆者の単純な妄想ですから、どうかお気にされませんように。

搭載レンズはズミクロン19mm F1.9 ASPH.と記されています。おいおいズミクロンといえば開放値はF2だろと、突っ込むのはヤメた方がいいと思います。融通の効かないジジイと思われる可能性があるので、私も今のところは静かにしています。F2.4のズマリットとかもあるし。あ、なんのことだかわからない人は正常な人生を歩んでいますから心配ありません。

レンズ名は「ズミクロン19mm F1.9 ASPH.」です。非球面レンズの表記があるだけで、グラっときているあなた。今では珍しくないし。それにしてもズミクロンってF2のレンズのことではな……以下自粛。

センサーは有効2,020万画素。手ブレ補正は電子式ですね。レンズに似せた円形の出っ張りの中に撮影レンズがポツンとあります。ギミックとはいえ、カメラとしてのなかなか良いデザイン処理だと思います。本機には1型のCMOSが搭載されています。もうこれだけでも十分に“コンパクトカメラ”なわけです 。1インチのセンサーと聞くとすぐにソニーの「RX100」シリーズを想起してしまいます。

驚かされるのは、このレンズ部分のデザインに合わせて金属製のかぶせ式レンズキャップが用意されていることです。ええ「Leica」なんだから当たり前ですね。大事なズミクロンに線キズなんかつけたら眠れなくなりますから、重要です。

付属の金属キャップはマグネット方式で装着。径を測り忘れてしまいましたが、Mレンズとかに応用できないでしょうか。

キャップにはみなさんの大好きな「Leica」の筆記体文字が大きめにエングレーブされています。レンズの周りには磁石があり、これで金属キャップは固定され、装着するとそう簡単には外れないようにできています。キャップと本体のそれぞれに磁石を埋め込むことで、装着時にはライカのロゴが正対するように工夫されているところなど、落涙寸前の工夫を感じさせます。このキャップの装着感は、あのクラシックなライカにある、レンズキャップをかぶせると空気が抜けてゆくようなしっとりとした感覚に似ています。わかる人にはわかると思いますが、わかる人はかなり病的ですね。気をつけましょう。

キャップを装着しました。キャップだけでネタとして使えるのはライカだけでしょうね。Leicaの筆記体文字が真っ直ぐになるように磁石の配置が考えらえています。キライですね、こういう細かい工夫は。

ちなみに筆者はキャップ紛失の名人で、過去、レンズ購入から15分でキャップを紛失した世界記録を保持しています。今回はキャップはダイジダイジにして、自宅に置いて撮影に出かけました。怖いので、パーマセルテープで防御したりして。

が、居酒屋でカメラクラスタの集いがある場合はLeitz Phone 1を見せびらかす絶好の機会ですから、忘れずにキャップを装着してゆく必要があります。居酒屋で刺身醤油をかけて汚すとか、紛失には十分に注意してください。あ、集会はコロナ収束後にお願いしますよ念のため。

底面。左からスピーカー、マイク、USB Type-C端子、3.5mmヘッドフォンジャックと並んでいます。
ケースをつけたLeitz Phone 1です。この姿もなかなかかっちょいいすねえ。やはりキャップはした方がいいかなあ。撮り忘れたぜ。

カメラ機能を立ち上げると、6.6インチのディスプレイにライカMシリーズのブライトフレームのような枠線が現れます。フレームの四隅は少し切れており、このあたりのマニアックなデザインにリアリティを感じてしまうのが自分でもイヤになります。このフレームの外までを見ることで、“写らない”範囲に何があるかを知ることができるわけですが、ライカユーザーはこういう理屈にグラっときて、注文ボタンをポチすることになると思います。気をつけねばなりません。

カメラ機能を起動したところ

ただし、ディスプレイの表示は美しいですが、長辺方向の画面端が外側に向かってカーブしていて、表示画像がこれに伴い曲がって表示されるので、せっかくのズミクロンの描写が損なわれる感じがします。最近のスマホ業界のトレンドだそうですが、これは問題ですね。

搭載されているズミクロン19mm F1.9 ASPH.の19mmとは、35mm判の換算時の画角の焦点距離ですね。実焦点距離6.9mmですので、F1.9とはいえ被写界深度はそれなりに深いです。絞りはありませんからF1.9の絞り開放で全ての撮影を押し通します。

なんちゃってビックベンです。実焦点距離6.9mmですからパンフォーカスになると思いましたが、そこは開放F値がF1.9です。被写界深度は手前に浅く、奥に深い法則がちゃんと成り立っておりますね。
Leitz Phone 1(F1.9・1/6,000秒)ISO 52
錆びた配管も必ず撮影せねばならない被写体です。ここでは2倍のデジタルズームとなる48mm相当で撮影しているため、なんとなくユルいですが、これはこれでアリではないかと。
Leitz Phone 1(F1.9・1/4,400秒)ISO 52

画角変更は指二本を使ったピンチ操作のほか、画面上のズームボタンをタップすることで1倍、2倍、0.7倍の3段階の画角を選んで使うことができます。単焦点レンズですからデジタルズームを使用します。このため光学的な理屈で言えば、0.7倍の設定が最も純粋な画質(フル画角)です。ところがカメラを起動した時には1倍(24mm相当)画角が基本になるので、常にフル画素で撮影したいという人には少々面倒でしょうが、ライカとしてはこのフレームを見せたかったんだろうなと想像します。

2倍(48mm相当。デジタルズーム)
0.7倍(19mm相当。フル画角)

ただこれならばいっそのこと、広角、標準、望遠とレンズを3つ搭載し、エルマリート、ズミクロン、ズマリットとすればさらに魅力的になったかもしれませんねえ。これだと想定売価は45万円というところで次回いかがでしょうか。

今回は試していませんが、マニュアル撮影モードではRAWの同時保存も可能だそうです。ま、じっくり後処理をするならライカM10-Rとか買った方がいいような気がするのですが、これだと話の意味が違ってきますね(笑)。

東京の粋なところは写真ギャラリーに行かなくても森山大道さんの写真を鑑賞できたりすることです。しかも工事現場のフェンスで。露出精度いいですね。
Leitz Phone 1(F1.9・1/3,300秒)ISO 52

ズミクロン19mm F1.9 ASPH.は超広角レンズだからでしょうか、周辺部は少し乱れますね。とくに至近距離での乱れは、フローティング機構が搭載されていないオールドな広角レンズみたいで興味深いですね。

最短撮影距離で背景のボケを見ました。カメラが被写体に近づきすぎると「離れて撮影してください」というアラートが出て、イラつかせてくれます。ボケはなかなか暴れます。ですがこうしたグチャグチャっとしたボケも個人的には嫌いではありません。
Leitz Phone 1(F1.9・1/2,200秒)ISO 50
「コンクリートジャングル」って死語ですね。すみませんが、街中を歩いていると、語彙に乏しい私はそのくらいの言葉しか浮かびません。建築中の建物に向かい、けっこう強めの太陽のリフレクションを入れたら、お待ちかねのゴーストが出ました。
Leitz Phone 1(F1.9・1/12,800秒)ISO 53

周辺光量の低下も若干ありますし、光源が画面外にあっても割と派手なゴーストが発生することがあります。ところが、こうしたレンズの欠点が、さほど気にならないのは、ライカのスマホというひいき目だけではなく、画像処理を含めた全体の写真完成度の高さかもしれないですねえ。この仕上がりですごく得をしています。

また、「Leitz Looks」という撮影モードに切り替えて撮影すると、独自の雰囲気のモノクロ写真に仕上げることができます。ライカM10モノクロームの仕上がりとは比べることはできないでしょうし、うまく言えませんが、雰囲気があるわけです。

Leitz Looksモード
好物の水門です。某所のロケで車移動している時に遭遇。こうした撮影はいつもはフィルムライカで撮るんだけど、急いでいたので本日はLeitz Phone 1で撮りました。モノクロのLeitz Looksの再現は雲のディテールにオリジナリティを感じます。素晴らしくよく写りますね。
Leitz Phone 1(F1.9・1/2,300秒)ISO 50
Leitz Looksモードのモノクロはなかなかやりますね。こうした明暗差がわりと大きめな条件でも階調をうまく繋いでくれます。舌を巻くほどですよ。銀塩モノクロでこの階調出すのはかなり大変ですぜ。
Leitz Phone 1(F1.9・1/4,500秒)ISO 51

ディープシャドウからハイエストライトまでの階調の繋がりがなかなか秀逸で、いずれも品位の高い完成度の高いモノクロ写真に仕上げてくれました。もっとも、撮影後にユーザーが行える調整が少ないのは惜しいところです。画像調整や加工を施したい場合はアプリでお願いします、ということなのでしょう。

青色好きは、空もブルーシートも変わらないので撮影します。デフォルトの色再現は華美に走らず好感が持てます。落ち着きがあります。ディテール再現も素晴らしいですね。
Leitz Phone 1(F1.9・1/5,700秒)ISO 53
午前中の光なんですが、人工的な色づけという感じはしなくはありません。温調ですしね。でも写真は嘘つきなんでこれでOKです。嫌なら調整すりゃいいんですから。
Leitz Phone 1(F1.9・1/4,200秒)ISO 50

それにしても何故これは「Leitz Phone」という名前なんでしょうねえ。「ERNST LEITZ」社は存在していないわけですし、「LeitzのCamera」だから「Leica」になるんじゃねえのかよとずっと信じてきたジジイとしては細かいことにケチをつけられた印象です。ええ、長くライカユーザーをやっていると性格が歪んだりしますので注意せねばなりません。

“Leica Phone”にならなかったということは、ライカとしてもまだスマホを「Leica」の名前にするのは時期尚早と思ったからかもしれないですし、カメラの敵であるスマートフォンに「Leica」名を冠するのはどうよというブレーキが働いたのかもしれませんねえ。あ、これは筆者の単なる妄想ですので念のため。

短時間の試用ながら、あれこれと「Leitz Phone 1」をいじくりまわし、自分でも使う前は1mmも想定はしていなかった物欲モードがもたげてきました。しかし、現在に至るまでiPhoneをずっと使ってきたこともあり、Androidを使いこなすにはUIもまた勉強し直さねばなりません。設定とか移行とか面倒くさいし。

ただひとつ確実にいえることは、このLeitz Phone 1で撮影をするのは間違いなく楽しいということです。特別に優れたスペックを有しているというわけではないのに、これは謎ですね。もっともライカのカメラ全般にこれは言えることで、Leitz Phoneもライカの仲間なのですから当たり前のことです。ブランドの力がそうさせたのかと思うと、ライカの策略に見事にハマったようで、ちょっとだけ悔しいですけどね。

順光での条件、適度な撮影距離をとると、ズミクロンは暴れることなく、素敵な描写をします。このままアサインメントでも十分に使うことができる画質ですね。質感描写、コントラスト、色再現ともに満点です。
Leitz Phone 1(F1.9・1/22,000秒)ISO 54
街中の配管も好物の被写体です。路地裏で見つけて軽く撮影したら派手なゴーストが出ました。これを防ぐならば「IROOA」のようなカッコいいフードをライカは用意するべきではないでしょうか。
Leitz Phone 1(F1.9・1/6,900秒)ISO 54
手前のモニュメントもシャープに描写され、雲の再現も自然ですね。1インチセンサーの余裕という印象です。とにかく目についたものはなんでも撮りたくなる謎の意欲が湧きます。
Leitz Phone 1(F1.9・1/22,000秒)ISO 54

筆者のスマホのキャリアはソフトバンクではありませんので、Leitz Phone 1自体はSIMフリーとはいえ、物欲は現在沈静化しています。お借りしたLeitz Phone 1には当たり前ですがSIMは入っていませんでした。最近は電話することは滅多になくなりましたが、「今さ、Leitz Phone 1で電話しているんだぜ」って誰かと一度お話ししたかったですね。もちろん「だからどうした」と言われてそれでおしまいになると思いますけれど。でも「ライカで電話する」ことにも歴史的な意味があるわけです。ほとんど中学生の発想ですが。

MNPしちまうことも一瞬アタマをよぎりましたが、冷静に考えてみると、この価格だとフォーサーズセンサー搭載のライカD-LUX 7が買えてしまうのではないかと思いとどまりました。はい。それでも明日のことは誰にもわかりません。ご安全に。

連日の猛暑で、より白髪が増えた感じがしますが、色どりの良い建物を見つけたので撮影しました。ポイントとして手前に駐車しているクルマの窓ガラスのリフレクションをアクセントにしました。階調のつがなり、ばっちしです。
Leitz Phone 1(F1.9・1/8,000秒)ISO 51
うちは木造ボロ屋なんでグリーンカーテンを毎年造るんですが、朝、窓を開けたらゴーヤにセミがとまっていて、昆虫に弱含みな私としては気を失いそうになりました。しかし気を取り直し、Leitz Phone 1で昆虫を撮影しました。大逆光でも結構よく撮れます。
Leitz Phone 1(F1.9・1/100秒)ISO 50
赤城耕一

写真家。東京生まれ。エディトリアル、広告撮影では人物撮影がメイン。プライベートでは東京の路地裏を探検撮影中。カメラ雑誌各誌にて、最新デジタルカメラから戦前のライカまでを論評。ハウツー記事も執筆。著書に「定番カメラの名品レンズ」(小学館)、「レンズ至上主義!」(平凡社)など。最新刊は「フィルムカメラ放蕩記」(ホビージャパン)