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8zm//Work in Progress──前田一
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前田一(まえだ・はじめ)さんがやっている写真をどのように紹介すればいいだろうか……。伝統的な技術にもとづいたファインプリントを目指すものではないし、商業的な写真でもない。かといって、ホビー(趣味)としてやっているわけではもちろんない。なんらかのジャンルとして分類することの難しい写真である。
前田さんのWebサイト「8zm//Work in Progress」に載せられた写真に対して、ぼく自身はとても共感できるし質が高い写真だと思うが、それらについて言葉でわかりやすく説明することは難しい。つまり「わかりにくい写真」であり、かならずしも多くの人に理解されるものではないと思っていた。
ところが、最近ネット上で前田さんの写真がまったく見知らぬ人たちの間で注目されていることに気づいた。tumblrという画像やテキストを非常に簡単に投稿できるブログサービスがあって、そのユーザーの間で前田さんの写真が相互に引用され頻繁に投稿・表示されているのだ(tumblrというサービスはネット上での写真の扱いという観点から興味深いので、いずれ機会があれば取り上げてみたいと思う)。現時点でtumblrをアクティブに利用しているのはプログラマやITエンジニアといった人たちが多いような気がする。写真を含めたアートやカルチャー全般に興味を持っている人たちではあるが、「写真の専門家」というわけではない。そうした人たちが前田さんの写真に関心を示すことが面白いと思った。
つまり、前田さんの写真は、かならずしも「わかりにくい」わけではなくて、伝統的な写真文化とは異なった視点で写真を見る人の興味を喚起するということがあるのかもしれない。前田さんの写真に対してやや通俗的なキャッチフレーズをつけるとするなら「オルタナティブな写真」というのはどうだろう、とふと思った。
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8zm//Work in Progress
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前田一氏
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──写真に関する経歴をお願いします。
大阪芸術大学の環境デザイン学科を卒業してから1年間働いてお金を貯めて、東京綜合写真専門学校の夜間に通いました。大学時代に東松照明の「長崎〈11:02〉1945年8月9日」という写真集や、岩波書店の「日本の写真家」シリーズを何度も繰り返し見たことが写真を始めるきっかけとなりました。
東京綜合写真専門学校では山田大輔( http://www1.odn.ne.jp/~caa31720/ )さんのゼミを受講して大きな影響を受けました。また、専門学校に所蔵されている写真集を片っ端から見ることで、写真を撮るうえでさまざまなきっかけを得ています。
──どういうカメラを使われていますか?
今使っているのはオリンパスのE-300とED 40-150mm F4-5.6です。学生時代は35mm判のマニュアル一眼レフに50mmのレンズといった写真学生らしいものや、中判の6×6も一時期使っていました。
──望遠よりの画角が印象的なんですが……
そうですね。フィルム時代には主に標準レンズを使っていたのですが、一時期ズームレンズのついたコンパクトデジカメを使ってみて、やや長めの焦点距離が面白いと思うようになりました。E-300では最初は標準ズームレンズを使っていたのですが、もっと望遠よりで撮ってみたくなって現在のレンズを使うようになりました。最初はすごい長い刀を振り回しているような違和感もあったけど、それでも面白いものが撮れるのでこればかり使うようになりました。
──E-300というカメラはどうですか?
最初に見たとき、見た目の面白さというか「だめだろ、これ」と思わせるデザインにひかれました。店頭でポップアップストロボを作動させた時とか笑っちゃいました。独特のデザインなんだけど、ぼくはカッコいいと思います。
E-300の色再現はちょっと面白いです。かなりおかしな色が撮れたりします。それはオートホワイトバランスが一定していないということかもしれないけど、ぼくは満足しています。
E-1の後継機種が出たら買おうかなと思っています。
──普段はどのようなペースで写真を撮っていますか?
月曜日から金曜日まで働いているので、写真を撮るのは休日である土曜日と日曜日の2日だけです。1日に6時間から8時間かけて、800枚から1,000枚くらいの写真を撮ります。
撮影場所はおもに都内。移動手段は徒歩、電車、バスです。目的地を定めずに、とりあえず「ここの駅で降りてみよう」ということから撮影が始まったりします。たとえば両国あたりで降りて自宅のある西新宿まで歩きながら撮影したりといった具合です。
──前田さんのブログを見るとけっこう音楽が好きで聴いていらっしゃるようなんですが、撮影中に音楽を聴いたりしますか?
撮影中は聴きません。というか、写真を撮っていない時でも、普段歩きながら音楽は聴けないですね。街の雑音と光景がリンクしてないと気持ち悪いんで。ちなみに最近よく聴いているのは、Cabaret Voltaire「The Voice Of America」、「Three Mantras」、Moebius-Plank-Neumeier「Zero Set」です。
──1日に1,000枚というのはかなりの枚数ですね。
1枚1枚じっくりとかまえて撮っているわけではありませんから。かなりオートマティック(自動的)に撮っていると言えるかもしれません。E-300はファインダー像も小さいし、一応ファインダーはのぞいたとしても気配を確かめるだけだったり、完全にノーファインダーで撮ることもあります。撮影した段階で「終わる」のではなく、撮影後に選ぶことによって写真が「始まる」ことのほうが自分にとって重要です。
──1,000枚撮ったうちの写真から何枚くらいが選ばれますか?
1枚あるかないかですね。
──撮影したあとの画像はどうしていますか?
すべてRAWで撮影していて、SILKYPIX Developer Studio 3.0を使って現像しています。RAW現像は、銀塩フィルムでモノクロプリントをしていた時のような厳密なプロセスがまだ見つからないままです。定番と言えるRAW現像ソフトがまだ無いということもあって、ころころソフトを変えたりいろいろ試したりしています。自分の中のある程度の基準に照らし合わせて調整していますが、「こんなんでいいんかな」というのがどっかにありますね。
──後だしジャンケン(笑)みたいですが、前田さんの写真はSILKYPIXっぽいな、と思ったことがあります。もちろんリサイズしてJPEGで圧縮したWeb上の写真を見て、どのRAW現像ソフトを使ったか見分けることなどできるわけはないので、あくまで色の印象からそう感じたのですが。前田さんの写真は、白トビや黒ツブレを避ける方向でRAWが持っているダイナミックレンジを活かしきる、とてもていねいな調整がされていると感じます。
Webとのかかわりについて教えてください。
2004年に自分のWebサイトを始めました。ドメインを取ったりサーバーを借りたりMovable type(ブログを作成するためのスクリプト)をインストールしたり、試行錯誤しながら自分の写真サイトを作りました。何度かリニューアルしたり長期間更新しないまま放置したりしながら現在に至っています。
自分がWebを始めたころは他の写真サイトをよく見たりしていましたが、最近は以前ほどは見なくなりました。以前のほうが「写真界隈」のようなものは狭く、今のほうが裾野が広がった気がします。
撮影とWebの更新が連動しなくなってきたのは、ぼくが生活する上で写真が「仕事」のようになって来たせいもあると思います。仕事といっても金銭的な報酬を得る仕事じゃなくて、写真を撮影したり写真のことを考えたりすることが生きることと等質であるというような意味での「仕事」です。要するに以前よりもまじめに写真をやるようになりました。以前はもうちょっと散漫なところがあって、「こんなものでいいだろう」、「こんなの見せたら人が喜ぶだろう」っていうような他人の目を意識した写真をWebに載せていたところもあるのですが、最近はそういう風ではなくなってきています。
ただ、最近tumblrなどに自分の写真がリンクされたり参照されたりしていることは面白いです。「今まで居なかった人が現れて、ぼくの写真を見始めた!」という意外な感じ。それに刺激されて、最近また写真の更新が再開されたりということはありますね。
──展覧会はやらないのですか?
そういう気持ちはあまりないですね。たとえば貸しギャラリーで何十万円も出して展覧会をやりたいとは思いません。どうせ知り合いしか来ないし。こういう考えは山田大輔さんの影響かもしれないけど。貸しギャラリーというシステムは無くなってほしいです。
──前田さんの写真は「わかりにくい」写真だと思いますか?
それは単純に自覚しています。自分でも意味がわからないことをやっているんで、他人が見たらなおさらそうだろうと思う。自分が撮った写真を見ながら「何でこんなんがイイと思うんだろう?」というところでやっています。いつも手探りでやっている感じで、多少の不安がないと言うとウソで……。むしろ、誰か他人に自分の写真について教えてもらいたいとすら思います。
──前田さんの写真は、たとえば中平卓馬とかヴォルフガング・ティルマンスに類縁を感じるのですが……
中平卓馬がアルコール中毒で倒れて、記憶や言葉に障害を生じた以降のカラーポジで撮っている写真のことはよく知らなかったのです。写真専門学校の山田ゼミで「原点復帰」(横浜美術館で2003年に行なわれた中平卓馬の回顧展)を見に行って、面白いと思いました。最近復刊された「アデュー・ア・X」というモノクロの写真集にはとても興味をそそられます。あんな“こわい”写真集は無いと思う。
ティルマンスに関しては、そんなに興味はありません。こういう作家が人気があるんだな、勉強しとこうかなっていうくらいで……。オペラシティでやった展覧会(フライシュヴィマー)は見に行きました。展示はけっこう面白くて写真集や雑誌よりよかった。ティルマンスの写真集でインデックスプリントのような小さなサムネイルがカタログ状にレイアウトされたものを一冊持っています。それなんかを見ると、自分とちょっと似ているのかなと思うことはあります。メランコリックでやや自閉的な感じが……。
──前田さんは本をよく読んでいて、それに関する文章をブログに書いたりもしていましたね。
これは山田大輔さんのゼミの影響かもしれません。山田さんはその時々に読んでいる本を教室の机の上に何気なく置いてあったりするんです。そういう「先生的ふるまい」がちょっとかわいいじゃないですか(笑) そういう本を見たり、ゼミで授業を受けていく中で自然に、「ちょっと勉強したほうがいいんじゃないか」と思うようになりました。
ただ、本を読んだからといってハウツーのように写真に役立つわけじゃないし、そういう即効性は求めていません。写真論みたいな言葉が先にあって、それを元に写真を撮ったりしてもつまらないものにしかならないと思いますし。そうではなくて、自分が撮った写真をあとから見返したり、写真のことを考えたりしているときに、100年前の本で誰かが言っていることに思い当たったりする、そういう発見が面白いのです。
■ URL
バックナンバー
http://dc.watch.impress.co.jp/cda/webphoto_backnumber/
内原 恭彦 (うちはら やすひこ)1965年生。東京造形大学デザイン科中退。絵画やCGの制作を経て、1999年から写真を撮り始める。
2002年エプソンカラーイメージングコンテストグランプリ受賞、2003年個展「BitPhoto1999-2002」開催、2003年写真新世紀展年間グランプリ受賞、2004年個展「うて、うて、考えるな」開催
http://uchihara.info/ |
2007/08/30 00:27
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