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沖縄ネコ歩き



 あらためて言うことでもないが、ぼくは旅行が好きではない。その理由をひとことで言うなら「めんどうくさい」ということにつきる。スケジュールを立て、チケットや宿を手配し、(外国旅行の場合は)慣れない言葉で外国人とさまざまな交渉をし、時間どおりに行動する……。旅行に必要なこれら全ての行為は、ぼくがもっとも苦手とすることである。わずらわしさを感じつつ、それでも時々旅行に出かけるのは、やはり見知らぬ場所を写真に撮りたいという単純な好奇心に衝き動かされるからだ。

 沖縄に来るのは初めてだが、出発前はバタバタして沖縄についてほとんど何も調べることはできなかった。人々が沖縄に関心を持つとき、その対象はさまざまだろう。リーフでのダイビングやマリンスポーツ、やんばる(沖縄本島北部の原生林)の自然、豊穣かつ活発な伝統音楽、米軍基地問題、沖縄固有の宗教、離島、沖縄の食や酒、さらにはそれら全部をひっくるめた沖縄独自の生活全般が多くの人々の関心を集めている。ぼく自身も沖縄に関心がなくはないものの、沖縄に関する何事も相当に奥が深く、首をつっこむのをためらってしまう。むしろ半端な知識や情報はシャットアウトしたまま沖縄に行こうと思っていた。



 沖縄という言葉を耳にするとき、ぼくは沖縄を撮った写真を思い浮かべてしまう。沖縄を撮った写真と言っても数え切れぬほどあるだろうが、ぼくにとって特に印象的なのは、石川真生( http://w1.nirai.ne.jp/mao-i/ )、中平卓馬、野村恵子という3人の写真家である。今ここで彼らの仕事について述べる紙幅も能力もないのだけど、簡単にコメントするなら、石川真生さんは自身が“沖縄そのもの”とすら言いいうるほどに、あらゆるレベルで沖縄と一体化したような生き方をしている写真家である。

 中平卓馬さんも沖縄にあるこだわりを持った写真家である。彼が撮った沖縄の数点の写真を「原点回帰−横浜」という写真集で見ることができる。異様な色彩と光をまとった海辺の高波や墓地の写真は、まったく言葉をよせつけない異郷のイメージとしての写真だと思った。

 野村恵子さんの「DEEP SOUTH」という主に那覇を撮ったと思われる写真集は「都市としての沖縄」というそれまでなかった視点が魅力的である。

 ある意味、ぼくは彼らの写真によって沖縄のイメージに出会ったわけだが、先行するこれらのすぐれた写真を見てしまった以上「ぼく自身はどう沖縄を撮ればいいのか?」と自問せざるを得ない。まあ、沖縄に限らずたいていのモノはすでに写真に撮られているのだし、考えても仕方のないことではある。いつものように、頭を空っぽにして本能のおもむくままに路上を歩いてシャッターを押すしかないだろう。



 前置きが長くなったが、初めて訪れた那覇の最初の印象は、やはり光の質が違うということだった。陽射しが強いのはもちろんのこと、太陽の高度や空の色や空気の透明度などすべてが東京と異なる。ぼくがこれまで訪れた都市の中で、手洗いした洗濯物がもっとも早く乾いたのは那覇だった。

 もっともこうした私的な“洗濯指数”は何の参考にもならない。透明で強い光の中を歩きながら撮った写真をPCで見てみると、独特であると感じた光はまったくとらえられていなかった。光の質や手触りといった感覚的なものは個人的な思い込みにすぎず、厳密な測光システムと露出優先オートプログラムの前では、単にきわめて良好な晴天の光として数値化して処理されてしまうのは、当然のことかもしれなかった。

 それにしても強い光だ。数日歩いただけで二の腕は真っ黒になり水ぶくれを生じて皮がはがれ落ちた。こんなことはバンコクに3カ月滞在したときにもなかったことだ。沖縄県の人口が集中する那覇ですら、これほど空気が澄んでいることは特筆すべきことで、さえぎるもののない紫外線が存分に地上にまで降り注いでいるのではないかと想像した。



 那覇市牧志には「桜坂」というさびれた歓楽街がある。簡単に言ってしまうと新宿のゴールデン街をさらに古びさせ、人気(ひとけ)を少なくしたような街である。数十年前に建てられたままのバラックと言っていいような建物が立ち並び、開発によってところどころ櫛の歯が抜けるように空き地を生じている。かつては「蟻がたかるように」客を集めた那覇有数の歓楽街だったそうだが、海側の松山町(新宿で言うと歌舞伎町のようなものか)に人が流れ、ここ数十年は那覇の人にとっては桜坂という地名は場末と同義語ですらあったらしい。ところがここ数年、新宿ゴールデン街と同様に家賃の安さに目をつけた若者たちが飲み屋やクラブを開いたり、さらに桜坂を活性化させようという運動を行なっている人たちもいるようだ。

 桜坂界隈は、ぼくにとって理屈抜きで撮りたくてたまらなくなる光景だった。昼夜を問わず何回も出向いて、かなりの枚数の写真を撮った。それを宿に帰ってPCで見返しセレクトしてみたが、これもまた思ったほどの写真が撮れていない。ちょっと気に入る写真は数百枚に1枚くらいだから、アベレージからするそんなものなのだけど、どうも盛り上がらない。今その理由に思いいたったのだが、もしかしたらそれはぼくが桜坂で飲んでいないからかもしれない。今夜中にこの原稿が書き終えられたら、この暗い町の酒場のドアを叩いてみるべきだろうか。



 沖縄県の最高峰ですらたしか海抜500mほどらしいが、那覇は意外と坂の多い街という印象である。さほど急坂というわけでもないが、街の中央を流れる久茂地川よりも山側には、完全に平坦な箇所はない。国際通りなどのメインストリートもゆるやかな傾斜を描いている。那覇市内でも比較的フラットな場所にはアーケードや商店が集まっているが、一歩路地裏に入ると複雑にアップダウンを繰り返す地形に、人がひとり通れるくらいの細い路地が入り組んでいる。東京で言うとちょっと谷中に感じが似ているが、那覇のほうが複雑さでははるかにまさっている。

 ぼくはこういう坂になった路地は好きで、勝手に「ネコ道」と呼んでいるのだが、実際に那覇の路地ではネコを多く見かける。それらの大半は野良ネコで誰かに飼われているわけではないようだ。商店街のゴミをあさったり、野良ネコにエサを与えるいわゆる「エサやりさん」のほどこしで生きのびているらしい。ネコの個体数は多いのだが、それは無秩序な繁殖によるもので、栄養不足があきらかなネコや、体格が小さなネコが目立った。弱って餓死した仔ネコも目にした。

 東京など大都市圏では野良ネコは地域社会において問題になっており、それなりに管理された結果数も減ってきているのだが、那覇は野良ネコにとっては自由を謳歌しているという意味で天国であり、死と隣り合わせという意味では地獄でもある。いずれにせよ、那覇のネコたちは、他の大都市ではあまり見られないような旺盛で自由な生活を誇示している。

 今回の旅行では日帰りで沖縄各地に足を伸ばしはしたものの、基本的には那覇に滞在して写真を撮っていた。那覇市街のほとんどの路地は踏破したと思う。前に述べたようにそれらの路地の大半は、細くくねる坂道の連続であり、自転車も利用できない。建物が密集する路地はいくぶん陽射しがさえぎられるものの、ぼくの両腕と顔と首はしっかり日焼けして、汗やシャワーがひりひりとしみた。暑さのせいか睡眠不足のせいか常に疲労を感じながらニコンのD200をぶらさげて那覇の路地を歩きまわった。暑さに耐えかねてコンビニでオリオンビール謹製の発泡酒『麦職人』を買って喉をうるおすものの、酔いがまわってかえって疲れてしまうこともしばしばだった。

 太陽がまぶしくて眼が開けていられず、ダラダラと汗をかきながらゆっくりと路地を歩いていると、いたるところにネコの姿を目にした。見慣れぬ熱帯の植物の生垣やプロパンガスのかげ、石垣やブロック塀から屋根に目をやると常にネコはそこにいた。熱暑を避けて夜に三脚を持って薄暗い路地を歩くと、昼間よりもさらにネコの密度は高まる。那覇は間違いなくネコ町であるとぼくは確信した。



 ぼくはネコのようにゆっくりと歩こうとする。熱暑の那覇を歩くにはネコ歩きにまさるものはないように思えた。というよりも、宵闇にまぎれてゆっくりと狭い路地を彷徨したり、空き地の瓦礫を踏み越えたり工事中の崖を上り下りしたり雑居ビルの屋上に登ったりといったぼくの行動は、すでにネコ歩きそのものだったかもしれない。

 街ごとに写真を撮るリズムのようなものがあるように思う。ぼくにとって、たとえば新宿とバンコクと那覇では同じリズムで写真を撮ることはできない。那覇をネコのようにゆっくりと無目的に歩くことで、ぼくはようやくリラックスして写真を撮れるようになった。



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内原 恭彦
(うちはら やすひこ)1965年生。東京造形大学デザイン科中退。絵画やCGの制作を経て、1999年から写真を撮り始める。
2002年エプソンカラーイメージングコンテストグランプリ受賞、2003年個展「BitPhoto1999-2002」開催、2003年写真新世紀展年間グランプリ受賞、2004年個展「うて、うて、考えるな」開催
http://uchihara.info/

2006/08/17 00:00
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