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異星人が撮った住宅街−−坂口トモユキ


撮影:坂口トモユキ

 写真家の坂口トモユキさん(http://tsaka.jp/)の撮影に同行して、坂口さんが写真を撮っているところを撮らせてもらった。

 先ごろ坂口さんは、ガーディアンガーデン(銀座にあるギャラリー)で「HOME」という個展を開催した。夜の住宅街を長時間露光で撮影した連作である。この個展には多くの観客が訪れ、ネットやプレスでの反応も良好だったようだ。ぼくも「HOME」を見に行ったが、力作であり評価を受けるのはもっともなことだと思った。それらの写真は昼間とは異なった色調や陰影がつややかに表現されており魅力的だった。「HOME」を見ているうちに、写真自体もさることながら写真を撮っている坂口さん自身に興味を感じた。夜の住宅街を三脚を持って歩きながら写真を撮ってまわる坂口さんは、被写体としても面白いんじゃないかと(失礼ながら)思ったわけだ。

 以前から、ぼくは他人の創作現場に興味を持っていて、映画のメーキングや音楽のデモテープや絵画のラフスケッチなどを見聴きするのを好む。完成作よりも未完成の制作段階のほうが面白いと言ったら言いすぎかもしれないが……。自身の創作過程を見せたがらないアーティストのほうが多いのだけど、坂口さんに「写真を撮っているところを撮らせてもらえませんか?」とお願いしたら、その場で快諾を得た。ぼく自身は写真を撮っているとき、誰かがそばにいるのはわずらわしくてごめんなんだけど、物事にこだわらない坂口さんには感謝したい。


撮影:内原恭彦

中河原

 坂口さんとは深夜0時に京王線中河原駅で待ち合わせた。荷台に三脚をくくりつけた自転車の前でペットボトル入りのお茶を飲みながら坂口さんは待ってくれていた。「撮影の邪魔にならないように気をつけますのでよろしく」と挨拶したら、「いや、2人連れのほうがかえって警察から職務質問されないと思うので好都合です」と言われた(そうかな〜?)。撮影をしていると、職質を受けることはしょっちゅうだそうだ。坂口さんはGoogleマップをプリントアウトしたものを手に「今日はこの辺に行ってみようと思います」と説明してくれた。中央高速と多摩川の間に位置する府中市四谷あたりだ。ぼくは以前、府中市に住んでいたし、今でもこの辺は時々写真を撮りに来るので土地カンはある。

 自転車に乗って出発する。深夜0時を過ぎてから撮影するのは、交通量や人通りが減る時間帯を狙ってのことだそうだが、それでも深夜の住宅街は人通りがけっこうある。中河原周辺は多摩川流域の低地で、もともとの水田や畑地が宅地化されたり工場や流通倉庫が点在する場所である。

 坂口さんは、光を読みながら路地を自転車で進んで行く。暑さはさほどではないが湿気に包まれカエルの鳴き声がやかましい。いかにも初夏の夜でビール片手に散歩したくなる雰囲気だが、ぼく自身はこの辺で写真が撮れそうには感じない。坂口さんの夜の撮影には奥さんも何度か同行したことがあるそうだ。「つまんないって文句言われましたけど……」。


撮影:坂口トモユキ

 やがて鍵の手に曲がる路地で、坂口さんは自転車を止めた。街灯に照らされた駐車場とやや古びた民家に囲まれたその辻を歩きながら、坂口さんは観察している様子だ。

 「被写体への光の当たり具合を見て、立体感が出ているか、光の回りがいいかなどを確認しています。スタジオのように自分で照明を操作できないので、光を観察してみて、撮れそうにないときはあきらめるしかないですね。自分で照明はコントロールできないけれど、場所を選択することで映画のようなトップライトにも、レンブラントの絵画のようにも、あるいはドリフのコントのライティングのようにも作品を仕上げることができるのです」。

 撮影することに決定すると、手ばやく三脚を立てて構図を決めはじめた。急いでいる様子ではないけれど迷いや逡巡はない。ぼくもさっそく三脚を立てて坂口さんを撮る。

 坂口さんはだいたい週末の土日に撮影に出かけて、一晩に2〜10カ所ほどを撮影するそうだ。ひとつの場所でピントを少しづつずらして、何カットか撮る。使用しているカメラはキヤノンEOS 20Dで、レンズは35mm単焦点1本。露光時間は30秒に固定して、絞りを変えて露出を決めている。ノイズリダクションはONにしている。

 「ISO200で絞り値はだいたいF5.6です。明暗に応じてF4からF9まで変えることはあります。暗い場所なのでピントの確認が難しいので、目測によってマニュアルで合わせたピントを前後にずらして複数カット撮影して、PCのディスプレイで確認して狙いどおりのピントのものを選ぶことにしています」。

 実際の撮影現場に居合わせてみると、思ったより薄暗いところを撮るんだなと感じた。ぼくも同じ場所を坂口さんを含めて撮影したのだけど、そちらのほうが肉眼の印象には近いと思う。

 「Photoshop CSでの現像時にトーンを明るくすることはあります。ほとんどレタッチはしませんが、明るすぎて画面構成上じゃまになる部分を焼きこんだりすることはあります。極端に白飛びした部分がある場合は、RAWを露出を変えて現像して、アンダーな画像とノーマルな画像をPhotoshopのレイヤーを使って合成することもあります」。


撮影:内原恭彦

 その場所での撮影を終えて、ふたたび自転車に乗って移動する。「調子が乗らない晩は1枚も撮れないこともあります。何時間も延々と自転車に乗ってその辺を走り回っているだけで……」。坂口さんは週末は昼に仮眠をとって、夜中の撮影に備える。平日の昼は仕事があるので、一晩中撮影することはできないのだ。このような撮影スタイルを4年近く続けている。

 「中河原を撮影場所に選んだのはなぜなんですか?」

 「できるだけ普通の住宅地で撮りたいからです。普通の人々が住んでいて、エキセントリックな物はないけれど、どこかおかしみのある場所です。たとえば地方の漁村や農村でも規格化されたツーバイフォー工法の住宅が建ちならんでいて、そこだけ見るなら日本全国共通ですし、電柱やカーブミラーやアスファルト舗装なども同様です。住宅街というのはそういった規格化された量産品で組み立てられた場所だと思うんですよ。日本中どこに行っても同じような場所なので、わざわざ遠出せずに自宅から近い場所で撮っちゃいます。交通費もかかりませんし、よし、今晩撮ろう、と思えばすぐに撮影に行けますしね」。

 坂口さんといっしょに自転車で夜道を徘徊していると、ぼく自身は「ちょっといいな」と思う場所を素通りしたり、逆にぼくにはピンと来ない場所で撮影したりといった具合だった。興味の持ちどころが人それぞれ異なるのだから当然のことではある。しかし「あ、ここは撮るんじゃないかな」という予想が当たる場所もあった。

 露光時間30秒に加えて、ノイズリダクションの処理にも30秒を要する。薄暗い路上で三脚を前にたたずんでいると、背後のやぶでカサッという物音がした。「あれ、今何か聞こえませんでした?」と言うと、坂口さんはまったく意に介さない様子で「夜はけっこう物音がしますよ。特に古い木造建築なんかは、気温の変化によって木材がきしんで、驚くほど大きな音を立てたりするものなんですよ」と答える(でも、さっきの音は違うと思うんだけど……)。「霊感とかありますか?」と言うと「いやー、ぼくはまったくないです。霊とか超常現象とかの種明かしをした本が大好きですね。アーサー・C・クラークが書いた本とかが面白いですよ」とのことだった。まあ、坂口さんの写真を見れば予想のつく答ではある。ぼくもオカルトとかおどろおどろしいことには関心はないのだけど、それでも場所の力とか、夜の独特の雰囲気が写真を撮る時の気持に反映したりはするのだけど、坂口さんはむしろそういうことを排除したいのではないだろうか。


撮影:内原恭彦

異星人が撮った写真

 夜道を自転車で並走しながらいろいろ雑談したのだけど(撮影の邪魔になってしまってすみません)、蚊が多くて閉口したり、ぼくのほうが眠くなってしまって夜明け前には解散した。聞き逃したことなどをあとでメールでやり取りしてインタビューっぽくしてみた。

内原 以前坂口さんは“Rebuild”というシリーズの作品を作っていましたね? 都心の繁華街でビルに登って、4×5で雑居ビルなどを撮影して自家プリントした連作です。それがなぜ今のような住宅街を撮るシリーズへと変化していったのでしょうか?

坂口 見た目にインパクトがあって、写真的に見栄えのする繁華街の雑居ビルを撮りに行くのが、だんだん嫌になってきたんですよ。それよりも自分が住んでる住宅街って実は奇妙で面白い場所なんじゃないか、わざわざ都心に撮りに行かなくても、自分の家の周り自体が面白いじゃないかという気がしてきたんです。一度気になりだすと、どんどん気になってしまい、ビルの撮影はやめちゃって深夜に近所を徘徊するようになりました。

内原 そもそも、なぜ“夜”に撮るのでしょうか?

坂口 昼間の光で撮るとどうしてもフラットな風景写真になって、物の形などがくっきりと写らないからです。夜の街灯の人工的な照明だけで、スタジオで“ブツ撮り”をするように住宅街を撮りたいのです。住宅地を構成している物の細部をくっきりさせて、こまごまと観察したいんです。

内原 異星人が初めて住宅街を見たような写真とおっしゃっていましたね。

坂口 もちろん異星人というのは喩えですけど、住宅街という日常的な場所を生まれて初めて見たかのように客観的な視点で撮りたいんです。だれでもが馴染みの場所なので、はじめて地球にやってきたくらいな新鮮な気持ちで、という思いです。


内原 夜景を撮る人というのはTodd Hido(http://www.toddhido.com/todd.html)や、中里和人さんや、福居伸宏さん(http://www.nobuhiro-fukui.com/)をはじめとして数多くいると思うのですが、それらの人たちとの坂口さんの作品の違いはどこにあるのでしょうか?

坂口 私には、「夜に建物を撮る」という共通項以外は全て違うとしか言えないですね。他の人にとっても同じなんじゃないでしょうか。実際のところ「夜」というのは非常に強いので、写真を見る人からすると同じに見えるのはしょうがないですね。それはこの作品を始める前から承知していたことです。

 あえて違いを言えば、私の作品はドキュメンタリーの一種であり、自分自身が属する社会システムを内側から観察して、自分たちのおかしさを笑うようなところかな、と思います。それは皮肉でも、批評でもなく、単純な面白さなんです。

 昔の写真学生がこぞってやったように、自分と関係のない興味もないニュータウンを作品のために撮りに行くというのは、あまり好きではないですね。そんなことをしても人工的で不気味だね、というステレオタイプな社会批評の挿し絵になってしまいますし。

 私が関心を持つのは、そこ(住宅街)で楽しく暮らしてしまっている自分たちのおかしさや、それに気づいて驚くプロセスです。それが私にとってのドキュメンタリーなんです。私はこれからもドキュメンタリー作品を撮る写真家でいるつもりです。


撮影:坂口トモユキ

ロングテールの写真サイト

内原 坂口さんは今回の個展に際して「写真展キャンペーン」と銘打ったBlog(http://tsaka.exblog.jp/)を立ち上げましたよね。個展の準備の経過をリアルタイムで記していたのが面白かったのですが、Blogについて話してください。

坂口 私は今まで宣伝や売り込みといったものが好きではなく、どっちかというと避けてきたのですが、ガーディアンガーデンの企画展ということもあり、あんまり来場者数が少ないと悪いなあと思いました。これもいいきっかけなので、積極的に、しかも嫌々じゃなく、自分も楽しみながら宣伝しようと思いました。

 以前にBlogをやっていたときに、本家の写真サイトよりもBlogのほうがずっとアクセスが多かったんです。そのときは「Blogよりも写真の方を見てよ」なんて思いましたが、これを利用して個展の広報をしようと考えました。宣伝ということを隠さずに開き直ってあからさまな自己宣伝をしてみたいと思いました。個展の準備は他人の目に触れないのが普通なのですが、そういうブラックボックスを全部ガラス張りにして書いちゃえば、書く私もいろいろアイデアが出て面白いし、読む人も一緒にドキドキできるんじゃないかと思いました。「人がほんとに来るのかなー」という本音の不安もそのまま書いてます。毎日Blogを書くというのはかなり大変でしたけど楽しかった。やり始めると後に引けないので「このまま走るしかない」という感じでした。

内原 結果的には個展の来場者数は増えましたか?

坂口 自分の予想を上回る入場者数がありましたが、Blogがどの程度効果を上げたのかはちょっとわかりません。展覧会場で「Blogを読んでます」という人と会話する機会は多かったです。展覧会を見た後でBlogを読んでくれるようになった人もいます。展覧会が終わればぷっつりと関係が切れてしまうのが普通ですが、Blogが“ユーザーサポート・サイト”のようになってますね。

内原 「ロングテールの写真サイト」という言葉を書かれていて面白かったのですが、それについて説明してください。

坂口 Blogにも書いていることなんですけど、ロングテールというのはAmazon.comのような成功したオンライン書店において、売上の1/3は普通の書店には置いていないようなランキング4万位以下の本によっている、というビジネスモデルです。検索エンジンやデータベースによって、完全に機械化(自動化)されたオンラインショップだからこそ可能な方法ですね。写真サイトの世界においてもBlogや検索エンジンを使うことで、自分の嗜好にあったマイナーな作家サイトを見つけることができるようになってきていると思います。かつてのメジャーとマイナーという二極化が、崩れてきてるんですね。写真作品の場合、嗜好性が強いというか嗜好そのものなので、作者が「できるだけ多くの人に見せたい」と言ったところで決して「10億人に見せたい」わけじゃなく、この世界のどこかに散らばっている自分の作品に理解を示す人たちを1人でも多くキャッチしたいということですから、この手のテクノロジー進化は写真家の意識も変えていくんじゃないでしょうかね。


内原 他人の写真サイトを見ますか?

坂口 最近は以前ほど積極的には見なくなってしまいました。自分のものをふくめて、写真サイトは変化が乏しいので。最近ではライターや編集者のBlogを読むことが多くなりました。それらテキスト主体のBlogでは共通の話題をめぐってタイムリーにトラックバックの撃ち合いがあり、非常に活気があります。トラックバックやコメントで言及しあう事で「1対多」でなく「多対多」という関係が生じ、情報共有やディスカッションによって多くのことが学べるかもしれません。私はmixiをやっていないのですが、もしかしたらmixiではそういう状況になっているのかな……。

内原 坂口さんにとって写真サイトをやるということは、個展や写真集出版といった写真の活動とくらべてどういう意味があるんでしょうか?

坂口 私は全てをWebで済ませられたらいいな、と思っているくらいなので、写真サイトだけで写真活動が完結するならうれしいのですが、そんなに甘くないですね。まず、写真サイトを見る人の絶対数が少ないという現実があります。それになんだかんだいって印刷物というのは、非常に説得力がありますよね。写真サイトだけではその作者の評価に迷うことがありますが、同じ作者を雑誌で見かけると「この人ちゃんとした写真家だったんだ」と思ったりしてしまいます。それは錯覚かもしれないんですけど……。

 個展も写真集出版も写真をやっていく上で必要なことだと思います。一般論として「Webはできるだけあったほうがいい」という感覚かな……。知りたい写真家の名前を検索して「該当なし」だとかなりガックリきます。そういった意味では、すべての写真家は検索可能なWebサイトを持っていてほしいくらいです。

 現在撮影している「HOME」というシリーズは、Webとの親和性が高いと思います。自宅周辺でデジカメで撮影しているので、撮って帰ってきてすぐにWebにアップすることができるからです。Webの更新が作品制作のモチベーションにもなっているので、「HOME」は私の写真サイト「tsaka.jp」そのものだと言えるかもしれません。自室のブラウザで深夜の見知らぬ住宅地を覗く行為は、ギャラリーで展示されている写真を見るのとは違った不思議な体験ではないでしょうか。

 Webは写真集などと違って作品が更新されていきますから、住宅地探査がじわりじわりと進行していくような気味の悪い面白さがあるかもしれません。半年ぶりにtsaka.jpを見たら、随分進んでかなり遠いところまで行ってたり……。

 来年以降に予定している4×5(フィルム)で撮影するシリーズが始まったら、もしかしたらtsaka.jpは仮死状態になってしまうかもしれませんが……。


撮影:内原恭彦



内原 恭彦
(うちはら やすひこ)1965年生。東京造形大学デザイン科中退。絵画やCGの制作を経て、1999年から写真を撮り始める。
2002年エプソンカラーイメージングコンテストグランプリ受賞、2003年個展「BitPhoto1999-2002」開催、2003年写真新世紀展年間グランプリ受賞、2004年個展「うて、うて、考えるな」開催
http://uchihara.info/

2006/07/27 01:36
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