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第6回 川鍋はるな
「写真は死んだメディアだと語られてきましたが、Webは生きたメディアだという気がします」


「テトラグラマトン」より

 川鍋はるなさんはずっと謎の人だった。モノクロ写真によるインスタレーション「テトラグラマトン」や、「ヒエログリフ」、夜の闇を写したほぼ黒一色の「犬目」シリーズなどは、写真としての質の高さは一目瞭然で、実際それらの展覧会は高く評価されている。

 ただ、噂だけは聞こえてくるものの、実際のところどういう人なのか、今何をやっているのか、というようなことはよくわからずじまいだった。単に面識が無いからだと言ってしまえばそれまでなのだけど……。

 2004年の初頭に川鍋さんのWebサイトが公開され、それを見たぼくは驚いた。そこには「テトラグラマトン」とはまったく違った世界が繰り広げられているように見えたからだ。ていねいな自家プリントによってトーンとディテールを追求した「テトラグラマトン」は、こういってよければ「内面的」という言葉を誘われる。ところがWebサイトには極端に彩度の高いJPEGの圧縮ノイズやピクセルに起因するジャギーが乱舞する原色の世界だった。

 正確に言うと、Blogにアップロードされた画像の中にはモノクロ写真も含まれていたし、ペイントソフトで描かれた落書きやFLASHやQTムービーも手書きのノートをスキャンしたものやパソコンのデスクトップをキャプチャーしたものなど、コンピュータが扱えるあらゆるイメージが等しく混在していた。それらはキッチュでありユーモラスでありガーリー(少女的)でもあり、そのエネルギーに引きつけられた。しかし、川鍋はるなという作家に対する興味と謎はさらに深まった。

 今回はじめてお会いしてインタビューするとすぐさまそれらの謎が解消していくのが感じられた。川鍋さんの言葉のひとつひとつが、モノを作る人間として納得し共感できるものだった。

川鍋はるな
1978年 東京生れ
2002年 東京造形大学デザイン科卒業

2000年 「玄関展」(グループ展)スタジオアース ノヴァ
2002年 「ヒエログリフ -ゲノム2-」(個展)東京都写真美術館
2002年~2003年「日本現代写真ブラックアウト展」(グループ展)国際交流基金ローマ館、パリ館、国際交流基金フォーラム(東京)

「genom4」
http://homepage.mac.com/harunakawanabe/


川鍋はるなさん(撮影:内原恭彦)
genom4

※特記したもの以外、文中の写真はすべて川鍋はるなさんによる作品です。

--川鍋さんのWebは、genom4という名前ですね。genom(ゲノム)というのはどういう意味ですか?

川鍋はるな ゲノムというのは、遺伝子の総和というような意味です。Webにおけるひとつの生命体というような意味で名づけました。

--ポートフォリオページを見てみるとgenom1からgenom6というタイトルが並んでいますが、これはそれぞれアーカイブとしてまとめられた作品群と考えていいんでしょうか?

川鍋はるな そうです。ただgenom4というのは、わたしのホームページ全体の名前でもあると同時に、現在進行形で毎日続けているフォトblogの名前でもあります。



--genom1からgenom6までそれぞれの作品について説明していただけますか?

川鍋はるな genom1「テトラグラマトン」( http://homepage.mac.com/harunakawanabe/portfilio/genom1/main.html )というのは写真新世紀展で発表した写真作品です。身のまわりのものをモノクロ写真に撮ってインスタレーションしました。

 テトラグラマトンというのは旧約聖書において「神の名前」を示す4つのヘブライ文字で、いわゆる「神聖四文字」という意味です。特に宗教的な作品ではないんですけど、マリリン・マンソンの自伝で知ったこの言葉の魔術的な響きが、「魂の収集活動」としてのわたしの写真にぴったりだと思ってつけました。

 魂の収集活動というのは、生命を一瞬切り取って死に持っていき、標本として手元に集め、それが聖なるイコンとして刻まれていく……写真とはそういう魔術的とも化学的ともいえる変化だと、このころ考えていたんです。

 genom2「ヒエログリフ」( http://homepage.mac.com/harunakawanabe/portfilio/genom2/1.htm )というのは古代エジプトで石に刻まれていた象形文字で、「聖なる刻み」という意味です。この作品は被写体としての文字に注目して撮った写真によって構成されています。

 genom3「犬目」( http://homepage.mac.com/harunakawanabe/portfilio/genom3/top.htm )は、夜に犬を散歩させながら撮った真っ暗な写真で、ほとんど黒一色の画面にうっすらと山の稜線や庭の柵や犬の姿が浮き上がっています。ヨーロッパと日本を巡回した「日本現代写真写真“ブラックアウト”」というグループ展で発表したものです。

 これはコンパクトデジカメで撮って自分でインクジェットプリンターでプリントしたものなんですが、1回の展示期間が数カ月にわたるので褪色してしまうんですよ。ですから展示会場ごとに新たにプリントし直して、展示にも毎回立ち会ってその都度異なった展示を行いました。


「犬目」より

 genom4「I am recording(記録中)」は先ほど説明したように現在進行形のフォトblogです。

 genom5「我虫少女」( http://homepage.mac.com/harunakawanabe/portfilio/Moth-Girl/index.htm )というのは、「蛾」という文字を分解すると「我」と「虫」という文字になるという発見から名づけています。

 この作品はほとんど自分の部屋の中だけで撮ったものです。私はもともと蛾が大きらいで、鱗粉を撒き散らすところやそれに触れると体にブツブツができるところなんかがたまらなく嫌だったんですが、自分にブツブツができてしまって、自分が蛾になってしまったという思いから発想しています。

 genom6「ツインクルハード」( http://homepage.mac.com/harunakawanabe/portfilio/twinkle-hard/index.htm )は、ロンドンの自然史博物館の鉱物標本を撮った写真です。もともと博物館や標本が好きなんですが、イギリスの博物館はスタッフの数も多く展示内容もすばらしいです。わたしは単純に鉱物標本の美しさに魅力を感じて撮ろうと思いました。

--それらはすでに美術館などで発表した基本的に過去の作品なんですが、genom4「I am recording (記録中)」は、blogツールによって毎日のように写真や絵が更新されている現在進行形の作品ですよね。ぼくは個人的には、genom4はとても面白いと思います。

川鍋はるな ありがとうございます。genom4は特にWebにおける生命体としての作品と思っています。もともと写真というのは「死のメディア」として語られることが多かったと思うんですよ。でもWebというのは、「生きているもの」、「生命体」という気がします。Webって更新されることで、アクセスするたびに違う写真があったり、1枚の写真をクリックすると次々に別の写真に切り替わったり、ページをスクロールすることで見え方が変わったり、FLASHや動画も見せる事ができるし、静止していない、今現在生きて動いているものだと思います。

--genom4には、写真以外にもさまざまな種類のデータが載せられていますね。ペイントツールで描いた絵や、MAYAのような3DCGソフトのスクリーンショットや、動画や、手描きアニメーションや、日記のようなテキスト、ハードディスク修復レポートの長大なログなどが載せられています。

川鍋はるな genom4はほんとうになんでもありですね。でも、今一緒に作品を作っているtenGtoo(テングトウ)の中島弘至君(写真新世紀2002年度優秀賞)は、「これはどうしようもないクズ写真の溜まり場だ」って言うんですよ(笑)。わたし自身も昔アップしたヘンなドット絵とか落書きを見て、なんでこんなもののっけちゃったんだろ、って思うこともあるし、わたしのWebサイトは冗談半分というか気晴らしでやっているという面もあります。


--でも、ひどい作品を載せるというのは勇気がいるから、逆にすごいことだと思うんですけど。単なる気晴らしとは思えません。

川鍋はるな 気晴らしというかセラピーかもしれません。箱庭療法という心理療法があるらしいんですけど、わたしにとってWebというのはそれに近いところもあって、好きなものを集めて並べたりアップロードすることで自分を楽しませることで精神衛生を保っているところはあるかもしれません。

--genom4にはスクラップブックがスキャンされて載っていますね。

川鍋はるな 小さいころからノートに絵や文字を書いたり、旅行の切符や紙片なんかを貼り付けたスクラップブックを作っていました。そういった大量のスクラップブックは母が保管してくれているんですが、たまにそれを見返すと「ああ小さいころはわたしはこういう絵を描いてたんだ」と不思議な気分になります。スクラップブックは今でも作り続けています。

--自分で撮った写真以外に、ネット上から見つけてきた写真や画像を載せたりもしていますね。

川鍋はるな はい。ネットで拾った画像を加工してblogにアップすることはあります。でも、これってイケナイことですよね(笑)「コピーライト川鍋はるな」なんてつけてますけど……。

--ネットにおいてはクリエイティブ・コモンズやパブリックドメインという考え方もあるし、アートとしては間違った事じゃないと思います。現実の風景やモノにカメラを向けてシャッターを切って写真を撮るのと、ネット上をブラウズして画像を見つけてコピーペーストすることは、イメージを採集するという意味では本質的には同じことだと思います。

川鍋はるな わたしもそう思ってます。著作権を侵害することは法的にはいけないことですけど。でもわたしはネット上のフリーウェアとか素材集のように、作品を無償で公開するということはすてきなことだと思うんですよ。現実の世界はなんでもビジネス化されていて、お金を出さないと何も手に入らないけど、はじめてフリーウェアというものを知ったときは、とても新鮮な印象を受けました。いろんな人が自分で作った壁紙を公開していて、それを自由にダウンロードして、誰かのパソコンのデスクトップとして使われるというのはすばらしい事だと思います。「見る事くらいは自由でありたい」という風に思います。

 でも、最近は性格悪くなって(笑) こういう作品を印画紙とかに焼いてギャラリーで展示すればお金になるかな、とか思ったりして……。

--両方やってけばいいんじゃないですか? 完全にフリーなWebの世界と、プリントの販売を前提にしたギャラリーでの展示と。


川鍋はるな そうですね。わたしが今一番注目しているdeviantART( http://genom4.deviantart.com/ )というサイトがあるんです。これは簡単に言ってしまうとアート版のmixiのようなもので、ユーザーIDを取得するとホームページが与えられて、そこに写真や絵といった画像をアップロードすることができます。そういったユーザーのページがたくさんあって、IDをもっていればそのページをat favorite(お気に入り)として登録したり、コメントをつけることもできます。つまり画像を介したソーシャルネットワーキングを行なう事ができるんですよ。このページはぜひ紹介してほしいんですけど、今のところ日本語に対応していないのであまり知られていないのが残念ですね。

--ところで、川鍋さんは肩書き的には写真家なんですかアーティストなんですか?

川鍋はるな 肩書きは特に名乗ってないんですけど写真家って言いたくないしアーティストっていうのも恥ずかしいし、なんなんでしょう。あ、今一番なりたいのは「アイコン作家」なんです!

--PCのアイコン、ですか?

川鍋はるな そうです。アイコンを自分で作るのも好きだし、ネットからダウンロードしてきてコレクションするのも好きで、たくさん持ってるんですよ。アイコン作成用ソフトや、ダウンロードしたアイコンをライブラリとして管理するソフトなんかも揃えてます。わたしが作るアイコンはまだまだしょぼくて、アイコン作家と名乗るのはおこがましいんですけど……。

--なんでアイコンが好きなんですか?

川鍋はるな なんでなんでしょうね。これはもう性格としか言えないんで説明しにくいんですけど、フリーのアイコン作家の世界では、この世のたいていのものがアイコン化されてるんですよ。食べ物とかオモチャとか動物とか歴史上の偉大な作曲家のシリーズとか、とにかく考えられるかぎりのあらゆるものが……そういった膨大なアイコン群をカテゴリーで分類して、ライブラリにして所有するというのがたまらなく好きなんですよ。



--川鍋さんの写真は、キッドピックス(子供向けのペイントソフト)にプリセットで用意されているアイコンを、スタンプのようにペタペタ貼り付けたりしてますよね。レタッチというよりプリクラに絵や文字を描きくわえるのに近い気がします。ぼくはこういう作品は面白いと思うけど、写真をマジメにやってる頭の固い人は理解しないんじゃないかな……?

川鍋はるな あーそれはもう全然受け付けないでしょうね。でも、友だちとか若い子はみんな面白いって言ってくれますけどね。

--川鍋さんのWebを見ていると、そういった子どもっぽさというか少女っぽいイメージと、グロテスクなものや死や血のイメージが混在しています。最初見たときは「この人はどういう人なんだろう?」と混乱し謎を感じたりもしたのだけど、そういったイメージというかテイストのようなものについて説明してくれますか?

川鍋はるな わたしは子どものころ、昆虫の図鑑の蛾のページが大嫌いだったんですが、ついつい見てしまい、結局他のページよりも見ることが多くなってしまいました。子どもは特にそうだと思いますけど、怖いもの見たさというか、嫌悪したり恐怖を感じるものに惹きつけられるというのは、誰にでもあることじゃないでしょうか。

 「死」というのは「生」の対極なんですが、「生」と「死」のぎりぎりのはざまに身を置き「死」を覗き込むことでより強く「生」を実感できるという心理状態の時期がありました。

 「血」というのは、女の子は誰でも初潮や破瓜といった血にまつわる通過儀礼を経験するので、それ自体は特別な体験ではないかもしれません。ただわたしは子どものころ太ももにカッターで傷をつけて血を流したりしたこともあるんですが、それは別に自傷行為ではなくて「血を出したらどうなるんだろう?」という純粋な好奇心だったように思います。血というのは人間の生存にとってとても大切であるにもかかわらず、普段は目に見えなくて、しかも出血して人の目に触れるときは生命の危機があるためタブー視される、というような両義的なものですね。そういう関心もあります。

 「血」や「生」や「死」ということに対して、ある意味で子どもはくもりのない目で見て、純粋に捉えているのではないでしょうか。大人になると純粋さを失うとともに思考や先入観といったフィルターによってそれらから目をそむけてしまいます。わたしはアートの世界においては子どもの純粋さを失いたくないと思っています。

 「グロテスク」なイメージというのは、人の目を眩ませ、理性や常識的な思考を吹き飛ばす力があります。それによってイメージ(=図像)のみがただそこにあるという事態をもたらしてくれます。グロテスクなイメージによって「美」と「醜」を徹底的につきつめて再定義するために、わたしは写真を撮っているのです。



--今後の活動について教えてください。

川鍋はるな 中島弘至君とtenGtoo(テングトウ)という名義でいっしょに作品を作っています。写真を元にしたスライドショウや映像作品を作っています。これらの作品はまずギャラリーか美術館で発表したいですね。いずれはtenGtooのWebサイトも作りたいと思っていますが、中島君は「tenGtooのWebサイトはちゃんとしたかっこいいものにしたい。genomみたいな最低サイトはダメだ」って言うんですよ(笑)。

--まったく川鍋さんのWebの価値を認めてないんですね、コンビを組んでいるというのに、それもまた面白いんですけど(笑)。なんでいっしょにやっているんですか?

川鍋はるな なんでなんでしょう(笑)なんかフィーリングがあうとしかいいようがないですね。

--今日はどうもありがとうございました。




内原 恭彦
(うちはら やすひこ)1965年生。東京造形大学デザイン科中退。絵画やCGの制作を経て、1999年から写真を撮り始める。
2002年エプソンカラーイメージングコンテストグランプリ受賞、2003年個展「BitPhoto1999-2002」開催、2003年写真新世紀展年間グランプリ受賞、2004年個展「うて、うて、考えるな」開催
http://uchihara.info/

2006/05/18 01:07
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