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“高精度自由雲台”を生み出した「梅本製作所」とは

~設計者の梅本晶夫氏にきく

お話を伺った梅本製作所専務取締役の梅本晶夫氏
 近年、写真愛好家やプロカメラマンの間で話題になっている写真用品に「高精度自由雲台」がある。ブレが少なく、軽く締めるだけでがっちり固定できるのが人気の理由だ。

 製造を手がけるのは、こだわりの撮影アクセサリーで知られる梅本製作所。今回は東京亀戸の同製作所で、自ら企画、設計を行なっている同社専務取締役の梅本晶夫氏に製品への想いを語っていただいた。


ベビースーパーフレックス。当時販売されたものを最近中古で買い戻した。「60数年ぶりに戻ってきました」(梅本氏)
 梅本製作所の創業は1935年。梅本晶夫氏の祖父である梅本金三郎がカメラを作るため立ち上げた会社だ。創業当時は、国産初のベスト判一眼レフカメラ「ベビースーパーフレックス」を始め、多くのモデルを製造していた。ベビースーパーフレックスは、日本カメラ博物館にも収蔵されている希少なモデルだ。

 1950年頃からは写真用品の製造に転向し、小型の多段三脚などを生産していた。梅本晶夫氏が最初に設計したのは、小型三脚用のビデオ雲台。そのころ、“パスポートサイズ”といった小型ビデオカメラが登場し売れ行きは好調だった。その後、レンズ付きフィルムのヒットで、一般用の三脚は需要が少なくなると判断。1997年頃からプロやハイアマチュア向け写真用品の製造に特化する道を選んだ。


異種素材の組み合わせでブレを防ぐ「剛性体」を発明

SL-ZSCシリーズ。いずれも締め付けツマミは丸形とT型を購入時に選択できる。左から、SL-60ZSC、SL-50ZSC(丸形ツマミ)、同T型ツマミ、SL-40ZSC。
 現在梅本製作所では、自由雲台7種類とクイックシュー1種類をラインナップしている。

 自由雲台のうち、売れ筋というのが角形のカメラ台を備えた「SL-ZSC」シリーズだ。サイズは大(SL-60ZSC、1万9,800円)、中(SL-50ZSC、1万6,800円)、小(SL-40ZSC、1万3,800円)の3種類。従来の丸形カメラ台の自由雲台はカメラが回転してしまう問題があったが、角形カメラ台の採用で確実に固定できるようになった。カメラ固定用のネジがカメラ台の下に独立しているのも使いやすさに繋がっている。


黒く見える4つの丸い部品が「剛性体」。共振を抑え、カメラのブレを防ぐ
 SL-ZSCシリーズを含む同社製自由雲台の大きな特徴が、特許を取得したブレ防止システム「剛性体」だ。

 一般的な雲台のカメラ台は、全面にゴムやコルクが貼ってあるものがほとんど。梅本氏によると、ゴムやコルクといった素材は柔らかいため、わずかではあるがカメラがレンズ側にたたわんでしまうという。また、単一の素材のためカメラを装着したときに共振が発生しやすいのも問題だった。

 共振によるブレを抑えるため、梅本氏はコルクシートに代わる滑り止め(クッション材)を1年かけて探したが、適した素材は見つからなかった。そこで、異種素材を組み合わせることで共振をキャンセルする手法を採ることにした。コルクマットの中に剛性体と呼ばれる硬質プラスチック製の円板を4つ配置することで、共振周波数を分散しブレを抑えることに成功した。併せて、カメラを固定した際、コルクは縮んで滑り止めになる一方、剛性体がカメラを支えてたわみを防ぐこともできた。「まず、アングルが狂わないところに良さを感じてもらえるんじゃないでしょうか」(梅本氏)。

 剛性体の素材は金属の方が良いのでは? という疑問もあるが、梅本氏によると硬質プラスチックは金属に近い固さを持つため効果は十分という。実際にアルミの剛性体を使用した雲台も試作してテストを繰り返したが、硬質プラスチックの剛性体と差は出なかったそうだ。


カメラが乗る部分を支えている部品が一体になっているのがわかる。剛性を上げるための工夫の一つだ
 カメラ固定用ネジが独立している雲台は、梅本製作所でも従来から用意していたが、SL-ZSCシリーズでは新たに固定ネジを囲む部品(小判型の部分)を1枚の金属板から削り出す方式に変更した。これにより剛性をさらに高めている。

 なお、SL-ZSCシリーズの雲台は、締め付けツマミを締めるに従って、まず、ボール部分が固定され、次に雲台基部の回転台が固定される機構を取り入れている。そのため半締めの状態にすると、水平の回転方向のみの動作が可能。アングルを決定した後で、少しだけ左右にずらしたい場合に便利とのことだ。


“秘密の加工”でフィーリングを向上

 梅本製作所では組み立ては自社で行なっているが、部品の製造のみ外注している。高価な工作機械を導入しても償却できないことや、ノウハウを持つ部品メーカーのほうが餅は餅屋で良い仕上がりになることが理由だが、規格に合わない部品ができてしまった場合に返品可能なところも外注が有利な要因と話す。

 部品を自社で製造していると十分な品質に達していない部品ができてしまった場合、もったいないからと製品に使ってしまう例があるという。その点、外注であれば、図面と少しでも違った物を納品された時に作り直させることができる。部品に関しては、結果的に外注した方が品質は上がるのだそうだ。


“秘密の加工”が良いフィーリングを生むという
 製品の組み立ては、自社工場で梅本氏自身が行なっている。組み立て工場を取材させて欲しいとお願いしたところ、「工場の中はお見せできない」との返事。なぜなら、組み立ての工程で部品に“秘密の加工”を施しているからという。部品を外注する際の図面にも記載していない加工とのことで、詳細は教えてもらえなかったが、この加工が気持ちの良いフィーリングに繋がっているとのこと。秘密の加工は、同社製の雲台やクイックシューなどすべての製品に対して行なっているという。

 梅本氏は根っからのカメラ好きだ。目下の愛機はニコン「D700」。自宅には防湿庫4台分のカメラがあるという。「カメラは自腹で買ってますよ。会社のお金で買うこともできるんですが、それじゃお客さんとイコールにならない。会社のものとして使うのと、自分のものとして使うのでは気持ちが違う。そこは頑として譲らないで買ってます。後で泣くんですけどね(笑)」(梅本氏)。

 それだけに企画、開発者がユーザーでもある点が梅本製作所の長所。「自分がラーメン屋だったとしたら、そのラーメンを食べることが重要」(梅本氏)と話すとおり、ユーザーが企画や開発につながっている円環サイクルがあるため、通常の会社では難しいユーザーからのフィードバックが容易だ。ユーザーの目線で常に改善を繰り返しているという。


操作音もデザインしたクイックシュー

くさび形の構造を採用したクイックシュー「SG-80」。剛性体も備える
 梅本製作所で最も新しい製品の一つがクイックシュー「SG-80」(1万5,800円)だ。クイックシューは内外に様々なタイプが存在するが、なぜ製品化を決めたのだろう。梅本氏は、「いままでは、軽くてやわなものか、しっかりしているが重いもの、あるいは着脱の遅いものしかなかった。そこそこの重さで一発で装着できてしっかりしているものを造ろうと思った」と開発の背景を話した。

 クイックシューの設計で最も重視したのは剛性だ。だが、同時に可能な限りの軽量化も図った。「軽くて堅いものを作るのは矛盾することだけれども、その両立が設計の根本にあります」(梅本氏)。

 レバーが180度近く回転してロックする方式のクイックシューも試作してみたが、シュープレートが台座に上から入り込む構造のためわずかな位置の変動が避けられず、この方式には限界があることがわかったという。また、万力のようにネジで固定する方式は、超望遠レンズなどもしっかり固定できるものの、素早い着脱は難しく、こちらも見送った。


手前は、シュープレートを上からはめ込むタイプの試作品。テストの結果が思わしくなかったためボツに
 最終的に採用したのがくさび型の形状だ。くさび形のクイックシュー自体は、従来からビデオカメラ用などでは存在しており目新しい物ではないが、これまでのクイックシューには見られない数々の工夫を盛り込んでいる。「開発には5年掛かりましたが、自分の思っていた以上にいいできになりました。満足しています」(梅本氏)と話す自信作だ。

 くさび形は嵌ったときの遊びが無いため全体の剛性が高く、着脱を繰り返してもカメラのアングルが狂わないのがメリット。自由雲台と同様に剛性体も装備している。ロックのレバーはあくまで万一の抜け止めの役割で、レバーそのものでシュープレートを押さえつけているわけではないとのこと。


ロックレバー部分。押しバネを使用しているのがわかる
 ところで、ロックレバーの機構をよく見ると押しバネを採用しているのがわかる。通常は、支点の反対側に引きバネを使うところだが、引きバネはフックの根元が金属疲労で破断することがあるという。そのため、わざわざバネの中に通す軸を用意しなければならない押しバネを採用したのだ。こんな細かいところにも設計者としてのこだわりが見て取れる。

 さらに、シュープレートには丸みを持たせ、縦位置グリップに装着した状態での手持ち撮影でも手が痛くないように配慮した。また、この丸みによりカメラバッグへの収納時に引っかることが少ないとのこと。カメラ固定ネジはコインで回す方式にした。専用工具式だと無くしたときに使えなくなるためだ。また、六角レンチで締めるタイプも存在するが、強く締めすぎてしまいカメラが壊れた例もあり、適当ではないという。


 梅本製作所では設計はCAD、構造解析にはCAE(コンピューター支援エンジニアリング)を使用している。基本設計が終了すると、CADからCAEにデータを渡し安全性などの検証を行なう。CAEでは、強度、剛性、重量、大きさの兼ね合いを調整して最終製品に落とし込む。「CAEで地道に試行を繰り返していくんです。軽量化は本当に辛気くさい作業。1g減らすのに一晩掛けます。CAEは強力なツールなんですが、万能じゃない。必ず試作品を作って実験します」(梅本氏)


基本設計が終わるとCAEでシミュレーションを行なう。画面はSG-80のシュープレートロックピンに力が加わった場合の応力を見ているところ SG-80のベース(左)とシュープレート(右)。ともに背面を肉抜きし軽量化を図った。シュープレートには丸みを持たせている

着脱時のスムーズなスライドができるように、シュープレートの左右後半部分にガイドレールを設けた。レンズの重みでカメラが前に転倒するのを防ぐ意味もある
 操作フィーリング向上の工夫は設計段階から盛り込んだ。横にロックのある一般的なクイックシューでは、リリース時にカメラの左または右側を斜めにして持ち上げる必要があるが、梅本氏は「あれは自然ではない動き」と指摘する。

 そのため、シュー着脱のしやすさには注意を払った。SG-80は、カメラを水平のまま撮影者側の斜め上方に引き上げることでリリースできるように設計した。撮影者側なので安全性も高いとのこと。さらに、装着時および着脱時に音を発する機構も安全性の観点から実装を決めた。特に、リリース時にレバーを動かすと“コクン”という手応えがあり、外れたことが手探りでもわかるようになっている。


SG-80の動作。リリース時の手応えは梅本氏が特にこだわった部分だ

 「梅本が作る以上、世の中にないものを造らないと意味がないんです。皆さんが意識していないけれど、欲しいと思っているものを作る。でも、どんな製品が欲しいかと尋ねたところで出てくるわけではありません。(撮影者の)動きをよく観察して、自分でも使ってみてその中から出てくるんです」(梅本氏)

 商品撮影のプロカメラマンからは、三脚から外して寄せカットを撮影した後、再度装着してもフレーミングが変らない点が受けているという。また、接写を多用するユーザーからも使いやすいという声が上がっているとのこと。発売以来セールスは好調という。

 梅本製作所では、クイックシュー専用の自由雲台「SL-60AZD」(大サイズ、1万4,800円と「SL-50AZD」(中サイズ、1万2,800円)の発売も開始した。基本的には、SG-80の装着を想定しているが、一部他社製のクイックシューでも装着可能なものもある。

 雲台の上部が平坦だとクイックシューを取付けた際にぐらつきが出るため、外周部部分に盛り上がったエッジを付けた。また、SG-80には、クイックシュー専用雲台に固定するための止めネジ穴を設けている。付属の六角レンチで締めることで、クイックシューの空転を防ぐことができる。クイックシューという厚みのあるものを載せるため、操作性を考えて雲台上部の円板はその分薄くした。なお、雲台のネジが通常の三脚ネジより長いため、カメラを直接付けることはできないので注意したい。


クイックシュー専用雲台SL-50AZD(左手前) クイックシューを装着した後、止めネジを締めることで空転が防げる仕組み

雲台やクイックシューは縁の下の力持ち

「カメラが好きでやっているから、5年掛かっても気がついたことは全部入れましたね。普通の会社だったら5年なんて掛けられないでしょ(笑)」(梅本氏)
 ひと頃よりは落ち着きを取り戻しつつあるといわれる原材料価格。零細企業である梅本製作所はどうだったのだろう。「確かに材料費は上がりましたが、価格を引き上げることはしません。カメラが好きな人は確実にいるから、うちはそんなに動揺していませんよ」(梅本氏)と心強い答えが返ってきた。

 「ぜひうちの製品を使って欲しいですね。顔も出してやっているし、いい加減なことはできないじゃないですか。最終的に撮影の気持ちよさにつながるように考えています。薄味の料理に似てるのかなぁ。一度慣れちゃうと戻れない感じでしょうかね」と自社製品を語る。雲台やクイックシューは縁の下の力持ちという梅本氏。製品に個性は不要で、スムーズに操作できることこそ重要と話した。


国内のみならず、海外のカメラマンからも評判とのことだ
 取材も最後にさしかかったところで、写真以外の趣味も聞いてみた。「僕らの年代だと模型作りからラジコンへのルート、それから電子工作からアマチュア無線へのルートがあったんです。メカが好きな方は皆さん同じようにやられたんじゃないでしょうかね。車はエンジンの載せ替えまでやったし、オーディオもやりました。最近は大きな音じゃ聞けないので小さいスピーカーでどれだけ鳴るか実験中なんです。近頃のD級アンプは良くできてるんですよ」(梅本氏)

 なかでもずっと続けている趣味が読書。風呂に入りながら小説を読むのが至福のひとときという。「星新一から文学の世界に入りました。それで虚構の世界ってこんなに面白いんだ、と知ったんです。小松左京も読みますし、一番好きなのは筒井康隆です。風呂に本を持ち込めないときは仕事がテンパってるときですね(笑)」。本無しではいられないという梅本氏。「部屋が本だらけで、どうするかね」という状態なのだそうだ。



URL
  梅本製作所
  http://www.umemoto.ecnet.jp/
  こんな雲台を連日使っとります(ケータイ)
  http://k-tai.impress.co.jp/cda/article/stapa/44298.html


( 本誌:武石 修 )
2009/04/20 12:05
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