デジカメ Watch


 9月15日は敬老の日。というのは昔の話である。今年は9月17日ですね。はい。覚えていた人は正直に手を挙げてください。あれっ? やはり数が少ないですね。かくゆう私もそういう日があったことをすっかり忘れてました。

 だいたいにしてハッピーマンデーだかなんだか知らないが、敬老の日は9月の第3月曜日になったそうだ。誰にも許可なく、伝統ある休日を移動していいのかよ。休日の意味もわかんなくなるし、第一にして原稿の締め切りの催促が厳しくなるじゃないの。

 まあ、そういう関係ない話は置いといて、とにかくこの日は老人を敬う日であるらしい。正確には「多年にわたり社会に尽くしてきた老人を敬愛し、長寿を祝う」らしいから、私としても、日頃親不孝をしている老母を温泉にでも連れてゆかねばならないなどと考えたりしている。しかーし、これは誰もが思いつくであろう、あまりに凡庸なプランというものである。

 私も底辺に存在しているとはいえ、カメラマンのはしくれではあるから、たまには母を撮影して、ユサフ・カーシュか、リチャード・アベドンなみの名作肖像写真を残そうと努力はしているつもりである。ちなみにアベドンには実の父を撮影した名作があるのだ。

 母の写真を撮影することで、夜討ち朝駆けで飛び回り、どこで何をしているのかよくわからないヤクザな息子の職業を、少しでも理解してもらえたらこちらとしても一挙両得となるわけなのだ。


 「けっ、いまさら、親なんか撮れるかよ」って言ったあなた、それは正しい、じゃない、大きな間違いです。

 だいたいにして年齢の順番からすれば、そう遠くない未来に、ご両親は先に天に召されることになっている。となれば、必ず遺影も必要になろう。しょっちゅう高価なデジ一眼を買っているクセに、葬式の祭壇に飾られる遺影が15年前のショボい旅行記念写真のボヤボヤの拡大複写だったとしたら、あなたのカメラ趣味を知っている身内にも、弔問に来てくれた会社の上司にもまったく格好がつかないというものである。

 ですから、元気なうちにご両親はきっちりと美しく撮影しましょう。もちろん遺影のためだけではありません。あなたのため、あなたのお子さんのため、立派な記録となるはずだ。この撮影のきっかけとなる最良の日、これが「敬老の日」なわけですな。


カメラに慣れてもらうには日頃から……

 とはいえ、親をあらたまって撮るというのはこちらもかなり照れくさいものである。私だって、先日のハウススタジオで行なったタレント撮影みたいに「目線をこちらに」とか、「物思いにふけるような表情で」なんて注文はとても親には言えません。それに、かしこまって、「今日は撮影をする」と宣言したところで、「こんな皺だらけの年寄りを撮ってどーする」とか言われて、怖い顔をされ、睨まれるのがせいぜいである。

 そこで、作戦を考えました。まず日々カメラを身近なところに置いておくことで、親にも目慣らしておくことが必要なわけですね。息子の趣味は写真であるとあらためて、しっかり親に認識をさせておくようにする。ただし、いつものようにロクに撮りもしないで夜中にカメラ磨いてばかりというのがいちばんマズい。息子は写真でなくカメラが好きなのだと思われてしまうので、十分に注意したい。

 そう、先日、無理をして買ったEOS-1D Mark IIIを防湿庫にしまいっぱなしにしないで、邪魔だと思われてもリビングのテーブルの隅に置いておくだけでもオーケーだ。大丈夫、昨夜の夕食の焼き肉の油のハネは、セーム革で丁寧に拭けば落ちるから、次の新型EOS購入時の下取りの査定に影響はしません。

 日々カメラがある日常に慣れてくると、人間というのは警戒が薄れてくる。これがチャンスですな。そして、このカメラで日常を記録するのだと家族に向かって宣言しておくことも大切でしょうね。


こういうシーンはどんな巨匠写真家であっても撮るのは難しい。家族写真ならではのもの。さりげなく状況を入れることも大切だ
EOS Kiss Digital X / EF 24-105mm L IS USM / F4.5 / WB:マニュアル / ISO200 / RAW
少々ワザとらしいですかねー。でもおふたりの仲睦まじいところは家の中においてもぜひ押さえておきたいところ。これでも十分動きのある写真になる
EOS5D / EF 24-105mm F4 L IS USM / F4.5 AE / WB:マニュアル / RAW / ISO500

 そして、当面は、毎日のように窓の景色でも、庭の朝顔でも、食卓のおかずでも、子供でも女房でも、犬のメリーでもなんでも撮影をはじめる。となると、警戒していた母も、なぜ私のことだけを撮らないのか、と訝しがったりする。

 そこで、あくまでもすっと自然にお母さん、お父さんにカメラを向けるわけだ。で、まあ、ここで知らないフリをしたりしたら大成功で、普通は、「あら、イヤだ」とか言いつつヘンにカメラを意識したりする。こうなれば撮影はオーケーのサインなのだ。

 通常、年寄りというのは、写真は特別なハレの日に撮るものである。という意識が強すぎるようなところがあるから、日常においてカメラを向けられることなどありえないと考えている。たとえ子どもであっても、親しみにも慣れず。である。不調法にカメラを向けるのためには人として、これくらいの気配りは必要であり、あくまでも撮らせていただくという姿勢は、親しい仲にも礼儀ありというものである。


あくまでアベイラブルライトで

はい。笑顔の最終兵器「孫」ですね。これで笑顔が出ないおじいさん、おばあさんを私は知りません。でも主役はやっぱり孫になったりするわけですな。これは仕方ないですね
EOS5D / EF 24-105mm F4 L / F4.5 AE / WB:マニュアル / RAW / ISO500
 さて、実際の撮影においてだが、あらたまって高価なデジタル一眼レフを持ち出す必要はなく、コンパクトデジタルカメラでも十分なのだが、まあ、ここは撮影者である私たちが襟を正して、親に真剣に向かい合って、気合いを入れて撮影をするいう意味で、デジタル一眼レフを使うことにする。こういう心がけが美しい。

 ただし、室内撮影で、ストロボを常用しているようではいけない。せっかく警戒を解いた親に無粋な閃光を浴びせると緊張が走るであろうし、何よりも高性能デジカメや高性能レンズが泣くというものであって、仕上がりも画一的になる。

 そこで室内では暗い場所ならISO感度をガンガン上げて、あくまでもアベイラブルライトで撮影をすることにしよう。なに? ISO感度を上げることによるノイズの増大ですか? そんな瑣末なことは、ここでは大した問題ではありません。これはテスト撮影じゃないんだから。もう自分の好きなだけ上げましょう。

 今回の使用機材はキヤノンEOS 5DとEOS Kiss Digital Xの2機種、レンズはEF 24-105mm F4 L IS USMと70-200mm F4 L IS USMそして、EF 50mm F1.8の3本のみ。

 焦点距離が重複しても標準50mmレンズを加えたのは、大口径であるために、絞り開放値近辺では相当に速いシャッター速度を得ることができること、つまり、前述のようにストロボを使用しないためである。また、大口径レンズは背景や手前にあるものをボカして省略することも可能。わざわざ部屋の中を片付けたり、背景を気にする必要もなくなる。

 手ブレ補正が可能なISレンズは、開放F値は少々暗いものの、IS機能によって微量光下でも安心して鮮鋭な写真をつくることができる。ややF値の暗いぶんは、ISO感度設定でカバーする。


「美しい光」を見つけよう

 今回に限らず、室内撮影において大切なのはその場にある「美しい光」を見つけることだ。

 作例撮影場所は、通常の住居マンションの一室。窓からの光が豊富で、どこでも撮影は可能だったが、もっとも美しい光だったのは南側の和室だった。障子を通して差し込む光が魅力的だったのだ。直射光がうまいぐあいにディフィーズされることで、軟らかい光となりポートレートに適した光になる。ちょっとした自然光スタジオとも言ってよかろう。

 これを人口的に大型ストロボやディフユーザーを購入して同じ光を使って作り出そうとしたら、相当な投資が必要である。もっとも、どれだけ工夫したとしても、ストロボ光は疑似太陽光の域を出ることはないのだ。こうした光を見つけ出すことがまず必要になるのである。

 すでにお父さんお母さんは覚悟を決めているようであれば、必ずよい写真を撮るということを約束して、こうした美しい光のある場所に立ってもらう。

 それでもカメラを向けると硬直しているようなら、ごくごく普段の日常会話をすることで気分をときほぐすことにしよう。今晩の夕飯は何? でもいいし、孫の話や昔の思いで話でもいい。しばらくすると、良い顔になってくるはずだ。ここでもまだ照れくさいようなら、目線はカメラから外してもらうようにすればいい。


障子からの軟らかい光を利用するとポートレートには理想的な光となる。グラデーションの繋がりがよく、肌の調子や質感の描写に優れる
EOS Kiss Digital X / EF 24-105mm L IS USM / 絞りF4.5 / 1/60秒 / WB:マニュアル / ISO200 / RAW
これがタネ明かし。障子からの光を左からレフで受けて、陰影が強くならないように配慮。トレペや遮幕とも異なる独自の光がいい
EOS Kiss Digital X / EF 24-105mm L IS USM / F4.5 / 1・60秒 / WB:マニュアル / ISO200 / RAW

もちろんおじいさんも、この光でいけます。男性の場合は歳を重ねても強くみせたいから、レフを使わず陰影をもっと強くみせるという手もある
EOS Kiss Digital X / EF 24-105mm L IS USM / F4.5 / 1/60秒 / WB:マニュアル / ISO200 / RAW
逆光でストロボなどの補助光なしで撮れないとなれば、いっそのこシルエットにしてしまえというわけです。障子越しの光は逆光でも使えますね。微妙なディテールも意外と出ているのはカメラの力か
EOS5D / EF 24-105mm F4 L IS USM / F8 AE / WB:マニュアル / ISO500 / RAW

障子からの光をレフで受けて、顔のディテールの描写、グラデーションが滑らかになるように留意する。撮影者も、女性はいくつになっても美しく撮るという意識は必要だ
仏壇の前は顔側が暗くなるから、レフで光を拾う。とくにアシストがなくても撮影者が体に巻き付けるようにして撮影すればいい

さまざまな日常の場面も撮る

かなりアヤシイ感じの撮影風景だが、狙える場所はどこからでもという感じである。日々見慣れた場所を違った角度から見るというのが大切なわけだ
 はい、こうした「決め」の写真を撮った後は、日々の日常の光景を記録することにしよう。まずはお孫さんとのショットですね。これはもう工夫はいらない。自然と、笑顔が出てくるというものであるからラクである。並んだ記念写真は先日の夏休みの家族旅行で撮っているので、あらためて撮る必要はありません。

 あとは、お父さんが昼寝をしているところでもお母さんが昼餉の支度をしているところでもいい。ただし、こういうところでも、光を意識してほしい。もっとも美しく写るであろう光のある場所に少し移動してもらうとか、ソファーの位置をずらすだけでも、まったく異なった写真ができあがるのだ。

 ちょこっと真剣なドキュメンタリー風の写真に仕上げようと思ったら、それぞれの趣味に没頭しているところもいい。編み物をしているところとか、釣り竿の手入れをしているとかもなにげに絵になるものである。だいたいにしてこういう時は、ただでさえ難聴気味になっている年寄りの耳はますます機能しなくなっている。近寄って、かなり大胆に撮影ができたりするものだ。


人間はひとつのことに集中している時は意外と撮影者などは気にならないもの。料理をしている時なんぞ、最高の表情が垣間見えたりします。このレンズ、1万円以下で購入できますが、非常によく写るのでオススメです
EOS5D / EF 50mm F1.8 / F1.8 AE / WB:オート / ISO100 / RAW
新聞を読むおじいちゃんですね。これも光の軟らかさを生かすようにして撮影。全体を入れず、あえてアタマを切って、顔に集中できる構図にしてみた
EOS Kiss Digital X / EF 50mm F1.8 / F2.8 AE / WB:マニュアル / ISO200 / RAW

 ひとつ押さえておいてほしいのは、体の部分アップだ。体に刻まれた年輪が出てくるように記録する。これもひと味違った写真となるのである。実をいうと今回はマクロレンズを持って行くのを忘れたのだが、EOS Kiss Digital Xに50mmレンズを装着すれば、35mm判換算で80mmのレンズを使ったことと同じ画角になる。これで最短撮影距離0.45mで撮影すると、もう見事なマクロ撮影ができてしまう。これで絞りを開いて撮影すると、被写界深度が浅くなり、今ふうの写真となるのである。

 もっと、もっと年寄りならではの渋みをきかせたい、なんていう場合はモノクロモードにして撮影するという手もあると思う。


編み物をするおばあちゃんの手のアップ。手にも年輪が出る。説明的になってしまうとつまらないので、標準50mmレンズを使用して絞りを思い切り開いてみた
EOS Kiss Digital X / EF 50mm F1.8 / F2.2 AE / WB:マニュアル / ISO200 / RAW
通常の目線のアングルだけではつまらないから、上から失礼して撮影してみた。この場合の主題は「目」であるから、必要以上に絞り込まないで撮影している
EOS Kiss Digital X / EF 50mm F1.8 / F2.8 AE / WB:マニュアル / ISO200 / RAW
老人のモノクロポートレートは、それなりにドラマチックに見えたりすることもあるが、光線状態によっては必要以上に陰湿な感じになったりするので気をつけたい。私なら明るいところで撮影しますな
EOS5D / EF 24-105mm F4 L IS USM / F4.5 AE / AW:マニュアル / ISO500 / RAW

 家の中での撮影が終わったら、お父さん、お母さんご一緒に近くの公園に行きましょう。そう、ツーショットを撮るのである。ここは望遠ズームで、背景を省略してしまえば、場所なんかは関係ない。カメラ目線もいいけれど、同じ場所を見てもらって、映画のスチール写真のようなショットを撮っておけば、後でウケること間違いなし。

 ベンチに座ってもらって、しばらくすれば、撮影されていることも忘れて、よい感じの表情がひろえるかもしれない。人間なんてそう緊張は続かないから、いつしかカメラの存在を忘れるというものだ。

 なんですか? 「ウチの父母はそんなに仲良くない」ですか。だからこそ、ふたりの世界を作る機会を設けることが大事なわけですよ。

 と、いうわけで遺影撮影の正しい撮り方、じゃなかった「美しい老人の撮り方」を終わりにすることにする。


ラブラブですな。直射光だとみにくい影ができたりするので、日傘で直射光をディフューズした。おふたりに威圧感を与えないように、少し離れたところから望遠ズームで撮影。できるだけ撮影者の気配を消す方向で
EOS5D / EF 70-200 F4 L IS USM / F5 AE / WB:オート / ISO200
9月でも日差しの厳しい日はある。明るい光のまわった日陰は絶好の撮影場所である。望遠ズームで離れた位置から狙う



赤城耕一
(あかぎこういち)写真家。1961年、東京都生まれ。東京工芸大学短期大学部写真技術科卒業。エディトリアル、コマーシャルなどの分野で活躍中。また、クラシックからデジタルまで、カメラメカニズムについての論考を「アサヒカメラ」をはじめとするカメラ雑誌で発表。著書に「銀塩カメラ至上主義!」(平凡社)、「ドイツカメラへの旅」(東京書籍)ほか多数。

2007/09/04 18:03
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