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【新製品レビュー】エプソン「PX-5600」

~コンシューマー機とはひと味違う完成度の高さ
Reported by 本田 雅一

 エプソンから、実に3年ぶりとなるPX-5500後継機種「PX-5600」が登場した。

 同社の写真向けプリンタラインナップにおいて、A3ノビ対応のプリンタとしては、PX-Gインクを採用する「カラリオプロセレクション」シリーズがコンシューマ向け、K3インクシステムを採用する「PX-5500」、「PX-5800」がプロ向けの「MAXART」シリーズと位置付けられていたが、これを「エプソンプロセレクション」シリーズと名称を変更し、PX-5600、PX-5800をこの中に組み入れている(ブランド名はMAXARTシリーズのまま)。

 コンシューマ向け、プロ向けと明確に線引きをするのではなく、写真高画質を狙ったコダワリのフォトプリンタをひとまとめにしてラインナップを組んだわけだ。その中で光沢感を重視したPX-Gインクの製品を選ぶならPX-G5300を、グレーインクを活用することによる高いリニアリティ、モノクロ印刷時のグレーバランスなどにこだわった印刷をしたいならPX-5600をユーザーは選択できる。

 なお、他社ライバル機にはキヤノンPIXUS 9500Pro、HP Photosmart Pro B9180がある。

【主な仕様】
最高印刷解像度5,760×1,440dpi
ノズル数黒:540ノズル(各180ノズル×3色)
カラー:900ノズル(各180ノズル×5色)
インク8色(顔料、PX-P/K3(VM)インク)独立型インク
フォトブラックとマットブラックは排他利用
用紙サイズL/KG/2L/ハガキ/ハイビジョン/六切/四切/A6縦~A3ノビ縦
専用ロール紙 A3ノビ(329mm)幅
用紙厚さ最大0.30mm、フロント手差し時は最大1.3mm
給紙紙送り方式 フリクションフィード方式ASF
手差しスロット
CD/DVDプリントトレイ
給紙容量A4:120枚、ハガキ:50枚
インターフェイスUSB 2.0×3(うち1つはPictBridge/USB DIRECT-PRINT)
本体サイズ616×322×214mm(幅×奥行き×高さ、収納時)
重量約12.2kg
同梱ソフトPhotoshop Elements 5.0(Windows版)
Photoshop Elements 4.0(Macintosh版)
価格オープンプライス
実勢価格8万9,800円前後


製品の注目点

 製品の基本的なスペックに関しては、すでに発表時の報道やエプソン自身が公開しているWebページから読み取ることができるので、ここでは特に注目すべき点やPX-5500と比較した改善点を挙げていきたい。

 まず印刷速度だが、A4用紙にフチなしで印刷可能領域いっぱいに印刷した場合、高精細モードで約2分25秒ほど、超高精細の場合は5分7秒ほどかかった。染料インクを用いるコンシューマ上位機よりは遅いものの、これくらいならば我慢できるというレベルだと思う。

 というのも、顔料インク機ならではの利点も考慮すれば、決して不快な遅さではないからだ。たとえばPM-T990などと比べると、速度は半分ぐらい。しかし、染料インク機よりも遅いのは顔料インク機全般に言える傾向で、特に本機が遅いというわけではない。キヤノンの顔料機PIXUS 9500Proは本機よりも少し遅いぐらいだ。HPのB9180は、最も高画質なモードでも、上記A4用紙いっぱいに印刷するデータで2分10秒程度と非常に高速だが、その分、インク滴サイズは大きい。超高精細ではなく高精細モードで比較すれば、大きな速度差はない。

 たとえばDPE的に大量のLサイズ写真を印刷するという場合には、より高速な染料インク機の方が便利だろう。しかし、顔料インク機に求められる“色に拘った作品の出力”という用途となると話は変わってくる。

 なお、高精細と超高精細の違いだが、よく見ると暗部階調の滑らかさが異なる(高精細モードは暗部に粒状感が若干出る)ほか、ほんの少しだけ超高精細の方が表情が豊かに見えるが、パッと見はほとんど区別できない。高精細モードでも、充分に作品出力に使えるレベルだ(とはいえ、ほとんどの人は超高精細を使いたくなるものだろう)。

 なぜなら染料インクのプリントは数時間乾燥させなければ色が安定しないが、顔料インク機は数分で色が安定し、その後、ほとんど色がシフトしない。出力後、色の評価を素早く行なえることを考えると、作業性は顔料インク機の方が圧倒的に高いのである。


 また、光源(蛍光灯や電球、あるいは日光など)によって、グラデーションの中で色が不安定に転ぶ現象も大幅に緩和された。顔料インクによるプリントは光の反射スペクトラムがピーキー(特定周波数の光のみを反射しやすい)なため、高コントラストで色純度の高い写真を得やすいが、その分、光源のスペクトラムによる影響を受けやすい。おそらくインク自身の改良も加わっているのだろうが、新カラー処理技術LCCSによる部分も大きいと考えられる。

 なお、インク滴の細かさやインク数は、PX-5500から変化していない(最小3pl、3サイズ可変のMSDT、8インクシステム)。本機の特徴でもあるモノクロ印刷を考えると、マット紙に合うマットブラックと光沢感のあるフォトブラックを同装着したいところだが、この点はPX-5500と変わっておらず、インクチェンジシステムでカートリッジを入れ替え(その際にはインク入れ替えのためにインクを捨てなければならない)る必要がある。

 PX-5500との差は、それに伴う異なる光源に対する色の安定度向上、それに色再現性を向上させる新しいマゼンタインク(ビビッドマゼンタとビビッドライトマゼンタ)の採用である。また横方向のドット配置精度が、従来の2倍に相当する5,760dpiに向上した。給紙メカの部分でも、新たにCD/DVDレーベル印刷に対応している。

 このほか、細かな点だがUSBポートを2つ備えることで、2台までのコンピュータを切り替え機なしに直結できるようにするといった改良も加えられた。


8色構成の顔料インクを採用する
PX-5600では、マゼンタ、ライトマゼンタがビビッドマゼンタ、ビビッドライトマゼンタに変更された

PC接続用のUSBポートを2つ搭載する
CD/DVDレーベル印刷も可能

LCCS+K3インクシステムで実現されたリニアリティの高い色再現

K3インクシステムではブラック、ライトグレー、グレーの3階調の黒インクを使用する
 本機に採用されたLCCSは、1月に発売されたPX-G5300で採用されていたものだ。プリンタの絵作りは、単純な理論から展開したルックアップテーブル(LUT)を使うだけでは、なかなか感覚的に正しい色にならなかった。このため、人間が個々に色を合わせるための微調整を、さまざまな評価軸で行なってきた。

 LCCSはエプソンがロチェスター工科大学のマンセル色彩科学研究所と共同開発した色変換のシステムで、インクジェットプリンタにおけるインク滴配置の組み合わせと、そこで表現される色を光源依存性、階調性、粒状性、色再現性といった切り口で最適になるよう、インクやプリンタの特性を考慮した上で論理的に制御する仕組みである。

 というのが、エプソンによるLCCSの説明なのだが、エンドユーザーにとって重要なのは要素技術の優劣ではない。結果としての印刷画質だ。その点、LCCSには実績がある。

 LCCSの優れた点は、第一にはリニアリティの高さがある。たとえば、LCCSが最初に採用されたPX-G5300は一般的な減色法による色表現手法とは異なる、青や赤といったインクを組み合わせている。こうした変則的なインクの組み合わせの場合、リニアリティ(明るさや色相、彩度が変化する時の直線性)がきちんと取れない色の範囲が出やすいものだ。ところがPX-G5300はPX-Gインクを採用した従来機にはない、素直な色再現性を獲得している。

 PX-5600の場合、オーソドックスなCMYによる減色法による色表現に加え、黒を含む3階調のモノクロインクで明るさ情報を構築するK3インクシステムを採用していることもあり、リニアリティはPX-G5300比でさらに向上しているようだ。特に暗部の色乗りが適切なこと、高彩度部の色が暗くなりにくいことなど、PX-5500で若干感じられた不満が見事に解消されている。階調のつながり(階調数)も良くなった。

 この点を確認するため、カラーチャートを作成し、色飽和度の高い領域におけるリニアリティを調べてみた。チャートはAdobe RGB空間、16bit階調で作成している。なお、読者向けにダウンロードできるファイルはJPEGで圧縮する関係上、8bitに階調を落としてある。チャートは同じくリニアリティには定評のあるHP B9180でも出力、比較のために掲載した。

※ここで掲載している画像は一部を除いてAdobe RGB色空間で作成しているため、Adobe RGB対応ディスプレイとカラープロファイル対応Webブラウザ以外では正しい色で表現されません。なお色を評価する必要のある画像には、sRGBの画像も含め、すべてカラープロファイルが埋め込まれています。また元画像はサイズが大きいため、カラーチャート以外のデータは8bit階調に変換後、縮小してあります。
※スキャンした画像の色評価はMacOS X、Photoshop CS3、HP DreamColor LP2480zxの組み合わせで、可能な限り印刷結果の印象に近いよう調整していますが、印刷物とコンピュータディスプレイでは色の表現方法が異なるため、色は完全には一致しません。
※作例をクリックすると、スキャン結果の画像ファイル(サイズはキャプションに記述)を開きます。


PX-5600で出力(2,088×3,000ピクセル) HP B9180で出力(2,123×3,031ピクセル) 元画像(参考)

 まず、RGBの原色から明暗へのグラデーションを見てみよう。Adobe RGBにおけるRGB各原色は、CMYKによるインクの組み合わせでは完全には出し切れないものだが、なかなかうまく見せている。また、さすがにグラデーションの滑らかさは良好で、直線性も高い。直線性の高さはPX-5600、B9180ともに同じだが、ビビッドマゼンタが効いているのか赤の純度はPX-5600の方が良好だ。顔料インク機で暗く沈んだ発色になりがちなところで、“それなり”に赤っぽい色が作られている。

 青に関してももう少しヌケ(純度)が欲しいものの、フェアなレベルだと思う。赤と青の純度感に対して、緑はやや沈んで見えるが、B9180の描写と比べると決して悪い線ではないということがわかるはずだ。

 レインボーグラデーションを見ると、こちらも非常に忠実性が高いことが伺え、LCCSの効果がハッキリと見て取れる。特にB9180ではうまく出せていないマゼンタ周辺の色が見事に再現されていることが伺えた。

 ただし、1点だけ気になる部分がある。シアン周辺の領域が白っぽく指で擦ったように見えるのがわかるだろう。本来、シアンとなるべきところが白っぽく、それより少し青寄りの部分がシアンになっている。また、この周囲だけが周りの色との繋がりに欠いている。色空間がここだけ歪んでいるようだ。

 エプソンに問い合わせたところ、LCCSでは基本的に色再現のテーブルを演算で求めているが、どうしても出せない色に関しては手で細かな微調整をかけているという。その微調整が、シアン周辺における高色飽和度領域のリニアリティを崩しているようだ。

 もう少し具体的に説明すると、データ上の純粋なシアン(RGBが100%, 100%, 0%で表現されるAdobe RGBにおける色)は、インクのシアンとよりもかなり緑寄りの色となる。このため、シアンインクとイエローインクを混ぜて色を作るのだが、本機ではその部分の表現の幅が狭いのだと考えられる。

 Adobe RGB空間の、しかも最も色飽和が高い部分での話であり、通常の印刷ではあまり気にならないかもしれない。とはいえ、このあたりの色の繋がりを改善するためにも、ドライバーのアップデートで対応されることを願いたい。


 LCCSの利点はほかにも、粒状性の低さとして感じることが可能だ。PX-5500とPX-5600のインク滴サイズは同じだが、インク配置が最適化されているためだろう。特に暗部に目を向けると、黒インクの利用頻度が減っているのか、粒状性が緩和されている。これにより、特に暗い部分での質感表現の幅(マット感のある質感からツヤっぽさまで)が広がったように感じられる。

 PX-G5300を初めて見た時は、変則的なインク構成でも高いリニアリティを出せるということで、モノクロ印刷を除けばK3インクシステムでなくとも、作品出力用として結構いい線イケるかな? と思ったのだが、リニアリティに関してはLCCS+K3はさらにその上を行っている。

 その違いはナチュラルな階調表現ができるだけでなく、フォトレタッチに対するレスポンスの素直さという点で、もっとも違いを感じるだろう。ほんの少しだけ肌色に赤みを載せたい。トーンカーブを変えて、暗部の引き込みを少しだけ弱くしたい。そんな時、レタッチソフトで画像を修正すると、印刷結果の上でも素直にその結果が反映される。

 当たり前と言えば当たり前のことだが、こうした反応の素直さはリニアリティが充分に高くなければ実現できない。純粋にハードウェアだけであれば、PX-G5300と大きな違いはない本機だが、価格が高いのにはそれなりの理由(バラツキの抑制や購入後の再調整の可否、ドライバのチューニングなど)があるということだ。


効果的なビビッドマゼンタの効果

 さて、ハードウェアやドライバ以外に目を向けると、新たに採用されたビビッドマゼンタ、ビビッドライトマゼンタの2色が、どのような効果を生み出すかも注目点と言える。これら2色は従来のマゼンタと同じように使われるのだが、色材の色純度が上がっている。

 その効果は直接的にピンクや赤紫系の鮮やかな色が出るという効果もあるが、ブルー系の色再現域が広がる点も見逃せないポイントである。上記カラーチャートでもその一端は感じられたが、極彩色の水中写真をピックアップして、その効果を確認してみた。


PX-5600で出力(3,228×2,111ピクセル)

元画像(参考)

元画像(参考)
 クマノミの写真はストロボを焚いて富士フイルムのベルビア50で撮影したものを、懐かしのフォトCDにしてあったものだ。背景のイソギンチャクも含め、地上ではあり得ない色だが、水中写真では良く出てくる色の組み合わせである。

 この写真はずいぶん前からテストで使っているものだが、染料インク機では透明感が出るものの、顔料インク機では高彩度部分の発色が沈んで、今ひとつ雰囲気が出なかった。またクマノミの目と目の間は疑似輪郭が出やすい。

 結論から言えば非常に満足。発色およびグラデーションの滑らかさや、被写体の質感までイメージ通りに出力された。特にイソギンチャクの色は、まさにビビッドマゼンタの効果と言えるものだろう。また、別途B9180でも出力したが、色再現だけでなく、明暗のトーンカーブに関しても本機の方が正確に出てくれた。

 続いて同様に水中写真からアケボノハゼをピックアップした。このハゼはルージュを引いたような唇のピンク、尾にかけての微妙なグラデーション、および蛍光塗料を塗ったような深い青紫のアクセントが特徴となっている。

 尾にかけてのグラデーションや唇のピンクは、B9180やPX-5500でも充分に引き出せていたのだが、蛍光青紫のアクセント部分はうまく出せなかった。“ビビッドマゼンタがあれば……”ということで、試しに印刷するとうまく表現できるではないか。インクを変更しただけの効果は充分にある。


PX-5600で出力(3,228×2,139ピクセル)

色飽和の高い領域での質感の描き分け

元画像(参考)
 本機のように、色再現性の高さを目標に開発された製品の場合、色立体の内側の方(つまり色飽和度が低い領域)の再現性は、もともと高いものが多い。もちろん、粒状性や階調の細かさといった点で個性は出るが、もっと強くクセとして感じられるのは、色飽和の高いところだ。色飽和が高いと手作業でLUTをチューニングするといった小細工がやりにくく、小細工をすると逆にリニアリティを著しく失うなどの弊害が起きる。

 そこで引き続いて、高色飽和度の色再現を見ていこう。具体的にはポジフィルムがオリジナルのAdobeRGBで色調整を行なってある画像データを用いた。


PX-5600で出力(3,228×2,151ピクセル)

 1枚目はやはり水中写真からだが、蛍光イエローのギンガハゼ(変異種)を印刷してみた。オリジナルはベルビア50だが、やはりリニアリティという面では問題がなく、ハゼの質感がよく出ている。加えて高彩度の黄色が、濃く沈まずに出ているため、蛍光色っぽい雰囲気がうまく出せた。ひとつ不満を言えば、若干、薄めに描写されることだろうか。とはいえ、色飽和度が高い領域でも質感を描き分けるだけの描写力が残っている点は評価したい。

 次にポジフィルムで撮影した人物の写真。1枚は水中写真を撮影したロールをそのままに、ベルビア50で撮影したもの。もう1枚はコダックのエクタクロームで撮影したものだ。このため、前者は極端に硬く、色がった色調になっている。HP B9180の出力と比較してみよう。


元画像(参考) 元画像(参考)

PX-5600で出力(3,225×2,143ピクセル)
PX-5600で出力(3,225×2,143ピクセル)

PX-5600で出力(2,151×3,221ピクセル) HP B9180で出力(2,178×3,256ピクセル)

 最初の例は肌色や帽子の茶色こそオリジナルに近いものの、ベルビア50の特徴的な空や海の色が全く出てこない。全体にやや緑寄りで、彩度も出し切れていない感じだ。どうやらPX-5600は、このあたりの色再現が不得手のように思う。B9180で同じ画像を印刷すると、肌色や帽子にマゼンタ被りが出るが、青に関してはオリジナルよりはやや暗く沈んだ色調になるものの、近似した印象で印刷される。

 2番目の例はエクタクロームなので、コントラストがやや穏やかになる。ここでは逆光で影になっている顔がどう見えるかを確認したかったのだが、その点は見事。ガンマカーブはイメージ通りで、帽子の影になった顔の描き分けは正確。帽子も同様だが、やはり背景の空と海は(最初の例ほどではないが)若干色が違う。少しだけ緑が強いようだ。最初の例でもそうだったように、背景の青はB9180の方が再現性は高い。

 カラーチャートの印刷時に見られた、シアン周辺の問題が周辺の色域に少しづつ影響を与えているのかもしれない。

 こうしたシアンから青にかけての色域でちょっとしたクセはあるものの、色変化に対する追従は素直で、どの例においても高彩度部分で階調が足りずに立体感を失うといった場面がない点は好印象である。


情報量が多い中での描き分け

 次に情報量の多いデジタルカメラ画像の描写について、確認のために2例を印刷してみた。ひとつはチューリップ畑、もう一つは米ロサンゼルスのハリウッド・ハイランドコンプレックスだ。


PX-5600で出力(3,276×2,186ピクセル)

元画像(参考)
 チューリップ畑では、細かく散らばるチューリップの花びらと葉の質感が、これだけ細かく散らばっている中できちんと描写できているか否かと、もちろん花びら自身の色と花の立体感に注目した。

 まず色再現に関して、ピンク、紫、赤のチューリップは見事。単に鮮やかな色が元データに近似した色で出てくるだけでなく、花びら1枚づつにある微妙なグラデーションや質感が表現できている。ただ、黄色に関してはやや薄めで平板なところもある。


PX-5600で出力(3,268×2,182ピクセル)

元画像(参考)
 ハリウッド・ハイランドコンプレックスの写真は、いかにも顔料インク機が得意そうな絵柄。強い日差しとカラッと乾いた空気によるヌケの良さ、それに空の青色の描写力。そして1画面にあらゆるモノが映り込んでいる情報量の多さをどこまで描けるかといった要素もある。

 たとえば、画面中央にギリギリ見える「HOLLYWOOD」サインは、もと映像でも画素数不足で描き切れていない。しかし、左上の「RENAISSANCE HOTEL」のサインや窓はハッキリ読める。色再現だけでなく、こうした細部の描写もチェックしてみよう。

 と、書いてはみたものの、さすがに超高精細モードでは画像の解像度に対して描写力に余裕があり、上記のホテルサインは形状だけでなく色も含めて非常に高い再現性で描いてくれた。左の日陰、青い服の男性の奥には人の顔が描かれた衝立のようなものが置かれているが、この衝立に描かれたテクスチャも、キッチリと再現できている。

 色再現に関しても、他の例と同様に空色のシフトは見られるが、同じ青系でも左のテラスにいる人のシャツなどは、きちんと再現できている。そのほかの部分に目を向けても、気になる弱点は感じられなかった。なにより、写真として階調の繋がりが破綻した部分が、見られないという点がいい。


sRGB画像を非カラーマッチング環境で出力

 デジタルカメラで撮影したsRGBのJPEGデータを、ドライバによる色補正で出力した結果が次の3例。こうした出力を行なう場合の典型的な例ということで、この例のみA4ではなくLサイズに出力している。

 エプソンのプリンタをドライバによる色補正で出力する際は、sRGBの画像をEPSON Natural Photo Colorと呼ばれる手法で色域を拡大してから印刷が行なわれる。sRGBで写真データが作られる際、色空間が圧縮処理されるが、これに逆変換(といっても完全なものではないが)をかけることで、本来の色を引き出すというものだ。


PX-5600で出力(1,057×1,002ピクセル) PX-5600で出力(1,503×1,006ピクセル)

PX-5600で出力(1,503×1,002ピクセル)

元画像(参考) 元画像(参考) 元画像(参考)

 この中でも特にペンギンの背景にあるプールの薄エメラルドグリーンあたりが、同技術で拡張される部分である。

 Lサイズへの出力とでは、より階調性が問題となりやすいが、この3例の中では特に問題と感じる部分は無かった。スキャンした結果を拡大してみると、カバの皮膚色にややマダラっぽさを感じると思うが、実際には出力されるサイズが小さいこともあって気にならない。

 また色再現範囲の広さも感じられ、前述のペンギンの背景やフラミンゴの朱色の鮮やかさといった部分でPX-5600の良さを感じることができる。

 なお、元データはsRGBだが、印刷結果のスキャンデータはAdobeRGBになっている。これはEPSON Natural Photo Colorによって色が拡張された部分も表現するためだ。


モノクロ写真の描写は文句なし

元画像(参考)
 元々、2つのグレーと1つの黒を用いた3階調で明暗の骨格を作るK3インクシステムだけに、モノクロ印刷時の階調の滑らかさや繋がりの良さはPX-5500の頃から非常に優秀だった。もちろん、本機でもその血筋はそのまま引いている。

 もちろん、プリセットとして冷黒調、純黒調、温黒調、セピア調が指定可能で、ニュートラルグレーから寒色、暖色に振った印刷をドライバ設定で楽しめる点も変わりはない。モノクロ印刷にこだわる人ならば、PhotoshopのチャンネルミキサーでRGBのミキシングバランスを自分で指定して、撮影時のカラーフィルタ効果に似た絵作りを楽しんでいる人もいるだろうが、カラー写真のまま印刷する際にも、ISO標準のRGBバランスでミキシングしてから印刷が行なわれるので、(意図的に絵柄を変えたい場合以外は)通常は自分でミキシングする必要もない。

 なお純黒調は完全なグレーではなく、わずかに温かみを感じさせる色調で仕上がる。

 このあたりはPM-4000PX以降に集まったユーザーフィードバックを少しずつ積み重ねてきた成果が現れていると言えよう。光源のクセによって特定の明度にだけ色カブリが出るといった問題も完全とは言えないものの、充分に抑え込まれている。


冷黒調(3,257×2,151ピクセル) 純黒調(3,257×2,151ピクセル)

温黒調(3,257×2,151ピクセル)
セピア調(3,257×2,151ピクセル)

カラー出力(3,272×2,178ピクセル)

 参考までにカラーモードでの出力も掲載している。

 ひとつだけ文句を付けるとするなら、それはマットブラックの扱いだ。モノクロ印刷時にはアート紙やマット紙などに印刷したいことも多いが、それらの用紙に向いているマットブラックはフォトブラックインクと排他装着。つまり、入れ替えてから印刷しなければならない。

 入れ替えるだけの手間ならばいいのだが、入れ替える時に大量のインクを捨てなければならない。本機のインクポンプは2系統のみしかないので、1個のインクを入れ替えるために4色のインクが捨てられるので、頻繁にマットブラックとフォトブラックを入れ替えては使いにくい。

 コンシューマ機のPX-Gシリーズと共通のヘッドを使う以上、9個のインクカートリッジを同時に搭載するわけにはいかないのだろうが、毎度のことながらこの点は実に惜しいと感じる。


やや少ないと感じるインク容量

 思ったような青がなかなか引き出せないという点で若干の不満はあるが、それ以外に関しては非常によく作り込まれている。毎年モデルチェンジするコンシューマ機とはひと味もふた味も違う完成度の高さだ。

 ビビッドマゼンタの効果も著しく、PX-P/K3インクシステムの完成度がまた一段と上がったとは言えるだろう。光沢感よりも色再現の自然さや階調の繋がりを重視するユーザーにとっては、やっと買い換えられる新機種が登場したというところか。

 その点は文句ないのだが、“進化の幅”はPX-Gインク採用のPX-G5300の方が大きかったように思う。細かく見ていくとPX-5600の方が破綻が少なく、イメージ通りのプリントアウトを得やすいが、PX-G5300は本機よりも2万5,000円ほど安い。以前ならば、作品出力なら間違いなくPX-Pインク採用機と断言できたのだが、そうも言い切れないほど下位モデルの追い上げも激しい。

 個人的にはPX-5600に限らずMAXARTシリーズが持つ安定した発色や素直さ、それに色再現範囲の広さは、他の何にも代え難い魅力だと思うが、これだけの値差が出るのであれば、PX-5600に対して独自の魅力を加えて欲しい。

 PX-5600とPX-G5300は、ほとんど同じハードウェア設計を共有する兄弟機で、それ故に細かい色再現に拘った手間のかかる製品を、手頃な価格で買えているのだという事情も理解できなくはない。だが、PX-5600がよりプロ寄りというのであれば、インクタンクをオフキャリッジ(ヘッドから切り離して配置すること)にして大容量カートリッジにするなど、より多く写真をアクティブにプリントするユーザーに配慮した構成であってほしい。

 インクタンクが増量されれば、その分、カートリッジ単価は上がるが、カートリッジを取り替える頻度が下がれば、インク交換時のロス(インク充填のため充填している色以外のインクが消費されてしまう)も少なくなり、また容量あたりの流通コストも下がるので実質的なランニングコストを下げることができる。

 筆者は現在、HPのB9180をメインで使っている。この機種は色の出方が素直でコントロールしやすいうえ、インクカートリッジの交換頻度が少なく、トータルのインクが安くなる。また経年変化による色バランスの崩れを自己補正する機能がある。階調の豊富さや色再現域の広さ、粒状性などは、PX-5600はもちろん、PX-5500でもB9180よりは良いと思う。それでもB9180を使ってきたのは、コストや速度、画質のバランス、メンテナンス性などがトータルで良いと思ったからだ。

 そんなわけで、ごくごく個人的にはPX-5600の画質を持った、B9180的に扱いやすいプリンタがあればベストなのだが、いやいややっぱり粒状性も含めた画質が最優先という人ならば、PX-5600が現在ベストの解決策であることは疑いの余地がない。

※出力に使用したデータの参考画像を掲載しました。また、掲載漏れとなっていたカラー出力画像を掲載しました。



URL
  エプソン
  http://www.epson.jp/
  製品情報
  http://www.epson.jp/products/colorio/printer_pro/px5600/

関連記事
エプソン、ビビッドマゼンタインク採用のA3ノビ対応プリンタ「PX-5600」(2008/05/26)



本田 雅一
PC、IT、AV、カメラ、プリンタに関連した取材記事、コラム、評論をWebニュースサイト、専門誌、新聞、ビジネス誌に執筆中。カメラとのファーストコンタクトは10歳の時に親からお下がりでもらったKonica EE Matic。デジタルカメラとはリコーDC-1を仕事に導入して以来の付き合い。

2008/07/23 00:24
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