デジカメ Watch

日本HP Photosmart 3310

高速性と経済性、利便性を追求した最上位機種


 日本ヒューレット・パッカード(HP)は、以前から地味ながらも実利用時の性能や使い勝手を重視したプリンタを開発し続けてきたが、これはインクジェットプリンタの主流が単機能機から複合機へと移り変わった現在でも基本的には変わらない。

 Photosmart 3310(PS3310)に採用されている新プリントエンジン「スケーラブル・プリンティング・テクノロジ(SPT)」もまた、HPなりのバランス感覚を重視したものだ。詳しくは特集冒頭でも述べているが、SPTはランニングコストの最小化、印刷ヘッドを常にヘルシーな状態に保つ機能など、実に多くの“数字には表れにくい”長所が盛り込まれている。

 特に年末に集中的にカラープリントを行なうことがある日本ユーザー向けに、長期間放置した後でもヘッドの状態をインクを捨てることなく復帰させるという点は、インクカートリッジをまるまるクリーニングに費やした事のあるユーザーなら、直感的にそのメリットを感じ取れるはずだ。

 印刷時のインクコスト表示は、どのメーカーも特定条件下でのきちんとした数字を出しており、実際に印刷テストを行なっても(経験則的に)5%程度の誤差に収まる事が多い。ところが、本当のインクコストとなると、クリーニング(定期的に自動で行なわれる場合もあり、印刷枚数や経過時間などでその頻度が変化する)の頻度によって大きく変化してしまう。その不確定な“失われるインク”が存在しないだけでも、SPTはインクコストで相当に有利と言える。

 1枚あたり用紙込み19円というL判写真の低コスト印刷は、そうした実効性のある数値としてあげられているのである。しかも実際に1枚19円のパックに印刷してみると、付属するインクがかなり余る。筆者の場合、フォトシアンとフォトマゼンタが残り少なくなった以外は、ほとんどのインクが半分程度残った。つまり、実際のコストはそれよりも安いというわけだ。

 このほか用紙種別の自動判別センサーを進化させ、用紙の重送を検出するIPAセンサーをさらに改良。今年から用意されたバーコード入り用紙を用いることで、写真用紙を入れた際に適切な設定で確実に印刷されるようになった。また表裏の判別も行なえるため、用紙セットを間違えて紙とインクを無駄にすることもない。

 FAX機能の装備や無線LANインターフェイス対応プリントサーバの内蔵など、利便性を向上させる機能への投資を惜しんでいないところにも、本機の目指した製品の性格付けがよくわかる。

 無線LANは内蔵されていなくてもいいのでは? という意見をよく聞くが、複合機は家族みんなで楽しめるものだ。自分以外の誰かが印刷したり、スキャナを使ったり、あるいはコピーを取ったりといったシナリオでは大活躍する。たとえば家族共有のカラーコピー兼FAXとして共有スペースに設置しておき、プリンタとしての利用は無線LANでといった事も可能。

 無線LANでのリモートスキャンも、IEEE 802.11g対応で無線としては高速に行なえる。加えて印刷スプールも比較的小さいため、印刷パフォーマンスの点でも無線化によるデメリットがないなど、実に使いやすい。お家芸とも言える前面給排紙トレイや自動両面印刷機能なども含め、ユーザーに対する利便性の追求は他製品には見られないほどの徹底ぶりである。


素直な発色で扱いやすいが、やや黒インクが目立つ

 一方、インク滴サイズはこれまでと同じ5pl(ピコリットル)。粒状性や階調性は必ずしもインク滴サイズだけで決まるものではないが、キヤノンやエプソンほど極小化を目指してはいない。画質に関連する部分のスペックから言えば、他社トップモデルには劣る。

 ただし「はやい」モードでの速度は高速で、「高画質」あるいは「最大DPI」での速度も速い。インク滴サイズが異なるため直接の比較はあまり意味がないが、他社製プリンタでの最も遅くなるモードと比べると、HPの最高画質設定はかなり高速だ。

 なお「高画質」と「最大DPI」の違いは、前者がインクの重なりパターンをプリンタ側で処理して階調を作るのに対し、後者はPC上ですべてのドット配置パターンを計算してプリンタに送るモード。最大DPIの方が高画質と言われるが、実際の印刷結果はほぼ同じと見てよく、若干高速な「高画質」の利用を勧めたい。

 実際の印刷結果は、以前からあるプレミアムプラスフォト用紙と、今年から追加されたアドバンスフォト用紙で傾向がやや異なる。両者とも発色は同傾向で素直。誇張感が少なく自然な雰囲気の絵作りが好ましい。肌色や空、森の緑に対して若干の演出は行なうものの、わざとらしさはあまり感じない。加えてグラデーションの中で色が変にねじれる傾向も見られなかった。

 用紙による違いは主に階調性の違いで、アドバンスフォト用紙は階調数がやや減る印象だ。特に暗部階調が浅めでコントラストが比較的低くなる。また赤の表現において、プレミアムプラスフォト用紙の方が純度が高くなるようだ。一方、絵の透明感、スッキリ感はアドバンスフォト用紙の方が好ましい。

 またアドバンスフォト用紙への印刷では暗部表現に黒インクが頻出する。これは用紙のメカニズムの違いによるもの。プレミアムプラスフォト用紙は膨潤型という方式を採用しており、インクを重ねる事で濃度が比較的素直に上がる。このため、高濃度の階調を出しやすい。一方、膨潤型は耐水性がなく、汗や水滴で簡単に印刷結果が失われるというデメリットがある。アドバンスフォト用紙は、高濃度部で黒インクが頻出するため黒ドットがやや目立つが、耐水性がある。

 もっとも、この黒ドットによる粒状性以外は滑らかな描写で、5plのインク滴による不利はあまり感じさせない。ハイエンドの写真プリンタを求めるユーザーには勧めないが、写真を鑑賞距離で見るには十分な画質。発色の素直さや製品全体の使いやすさを評価するならば、決して画質面で大きな不利があるとは感じなかった。

 ただしアドバンスフォト用紙への印刷には大きなメリットがひとつある。プレミアムプラスフォト用紙に比べ2倍以上も高速なのだ。プレミアムプラスフォト用紙の膨潤型という仕組みは、ゆっくりとたくさんのインクを重ねる事でメリットを引き出せるが、印刷速度はどうしても遅くなる。これに対してアドバンスフォト用紙は一般的な写真用紙と同じ多孔型と呼ばれる用紙で、速乾性があり印刷速度も大幅に上がる。


付属ソフトのパフォーマンスにやや難

 このように実利用時の細かな使い勝手を重視し、その上で速度と画質面でも不満の少ない本機だが、PC側で利用する統合ソフトの出来が今ひとつな点が気になった。

 複合機としての各機能を利用するための個々のソフトに関しては、使い勝手や機能の面で不足はない。プリンタドライバの使い勝手やスキャナユーティリティのわかりやすさ・機能などは十分なレベルである。スキャナに関しては、日本でこそ製品を出さなくなって久しいが、元々フラットベッドスキャナでは定評あるメーカーとして長くトップブランドだったメーカーだ。遜色する部分は感じない。各機能はすべてネットワーク対応で、インストール後はUSBで直接接続されているかどうかを気にせずに使える点もいい。

 付属の統合ソフトを用いず、各機能のドライバを単体で呼び出して使う上では、ほとんど不満を感じることはないだろう。今年から追加されたフィルムスキャン機能も、機能、画質ともに不満のない仕上がりだ。

 しかしWindows用の統合ソフト「HP Image Zone」は、前モデル比では大幅に改良されパフォーマンスが上がったものの、それでも今ひとつ操作感が悪い。機能面での不足はないだけにやや残念。なお、MacOS X対応の同名ソフトの動作は軽快で大きな不満は感じなかった。

 こうした付属ソフトはたぶんにオマケ的要素が強く、手慣れたユーザーなら自分でお気に入りのソフトを使うだろう。実際の製品の魅力には大きく影響はしないが、今後のパフォーマンスアップに期待したい。


写真だけでなく多目的に活用したいユーザーに

 デジカメWatchという媒体の特徴を考えれば、写真画質やスキャナ部、あるいはダイレクトプリント機能だけに特化した評価の方が良いのかもしれないが、それだけでは本機の魅力は伝わらない。他社がデジタルイメージングを楽しむためのユーザーシナリオを複合機として実装しているのに対して、本機は家庭内の印刷(もしくはスキャナ)にまつわる様々な用途に対して便利機能を提供するというスタンスだ。

 このため利用目的が写真だけで、とにかくトップエッジの写真画質を求めるユーザーには勧めない。しかしより幅広い用途に対して1台で対応したいというのであれば、非常にまとまりの良い機種と言える。写真印刷だけでなく普通紙への印刷も好ましく、染料系インクでありながら滲みの少ない印字が行なえる。

 ビジネス文書から写真までを幅広く印刷し、家族全員で共有して楽しむための便利機能を搭載したインクジェット複合機というのが、本機を紹介する言葉として適切だ。

※印刷結果は印刷結果と近似するよう配慮したが、完全に同一の色にはなっていない点に注意して欲しい。また階調の残り具合を見せるため、黒側は意図的にやや浮かせる調整としている。

※テスト方法についてはこちら。

 もっとも高画質な結果を得られるプレミアムプラスフォト用紙での結果を掲載する。黒の濃度は最も濃い。最暗部で若干の粒状性は見られるが、全体にはドットサイズの不利を感じさせない滑らかな階調と素直な色の変化を見せる。ただ黒階調はやや見通しが悪く、コントラスト感は高いものの黒のディテールが失われ気味。

 肌や風景など演色はもっとも控えめ。青は彩度を伸ばす方向での強調感を感じるが、それ以外は非常に素直で自然な雰囲気。予想しない結果にはならない安心感がある。



( 本田 雅一 )
2005/12/08 15:22
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