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【写真展リアルタイムレポート】今森光彦写真展「昆虫 4億年の旅 進化の森へようこそ」

~美しく不思議な昆虫の世界に浸る
Reported by 市井 康延

今森光彦さん
 昆虫の世界は不思議で、神秘的だ。今森光彦さんの写真は、その事実を驚くほど美しく捉え、門外漢にもわかりやすく教えてくれる。「このタイトルも数年前だったら『昆虫 3億年の旅』になっていました。新たな発見で4億年に修正されたばかりです。それだけ未知の分野なのです。僕は昆虫の誕生はもっと古いと思っています」と今森さんは言う。

 この夏、都内では「昆虫 4億年の旅 進化の森へようこそ」、「神さまの森、伊勢」、「里山 未来におくる美しい自然」の、3つの今森光彦写真展が開かれる。作者は、地球上の生命の連鎖をオールラウンドで記録し続けてきた。その幅広い活動の様子が、3つの写真展を見ることで感じられるはずだ。


重要な作品のデュープは今森さん自ら制作。「オリジナルと変わらないクオリティ。本職の方にも褒められたぐらいですから」と自賛
 「昆虫 4億年の旅」は東京都写真美術館(東京都目黒区三田1-13-3恵比寿ガーデンプレイス内)で開催されている。会期は2008年7月5日~8月17日。月曜休館(ただし7月21日、22日は開館)。入場料は一般800円、学生700円、中高生・65歳以上600円。第3水曜は65歳以上無料。

 「神さまの森、伊勢」の会場はエプサイト(東京都新宿区西新宿2-1-1 新宿三井ビル1階)。会期は2008年7月24日~9月7日(8月11~17日を除く)。入場無料

 「里山 未来におくる美しい自然」は大丸ミュージアム・東京(東京都千代田区丸の内1-9-1 大丸東京店10階)で、8月14日~9月1日に開かれる。入場料は一般800円・学生600円。

 なお、3つの写真展を見ると、写真集などが抽選で当たるプリントラリーも実施される。


厳選した国内外の昆虫約200点を展示

キサントパンスズメガと彗星ラン(マダガスカル 1990年)
 今森さんは小さい頃から昆虫が好きで、虫は、19歳から写真を始めて以来ずっと撮り続けている被写体だ。会場では未発表作を含め、写真集「世界昆虫記」から選んだ海外の昆虫たちと、写真集「昆虫記」からの日本の昆虫たちを紹介している。「昆虫たちの生き様や行動パターン、また彼らの多様なフォルムの美しさ、その不思議さを感じてもらえると思う」と今森さんは展示の狙いを説明する。

 この展覧会のメインビジュアルにもなっている「キサントパンスズメガと彗星ラン」は、マダガスカルの奇跡といわれる特産種キサントパンスズメガが、羽ばたきながら彗星ランの蜜を吸う一瞬を捉えた作品だ。このランの蜜を吸いに来る虫はこの蛾しかいない。「キサントパンスズメガと彗星ランのうち、片方が滅びてしまったら、もう一方も絶滅せざるを得ない。どうしてそう進化したのか謎であり、その答えは誰も持っていない。その不思議さが昆虫の魅力です」。

 マダラチョウ科の蛹を被写体とした「ルリマダラのサナギ」は、蛹が緑色に見えているが、実際にはこの蛹自体は色を持っていない。周囲の色を反射しているにすぎないのだ。

 そこで今森さんは、その特徴を写真で表現するため、蛹をスタジオに持ち込み、周囲に色紙を置いて撮影した。それが連作「変色するルリマダラのサナギ」になる。ポップアート作品を思わせる展示だが、これらは画像合成ではなく、1点ずつ撮影されたものだ。「昆虫の生態を撮影しつつ、その昆虫が一番美しく見える瞬間を捉えています」。


「ルリマダラのサナギ」(マレーシア 1989年)の写真を解説する今森さん。トークショーは毎回大盛況。今回も各展ともイベントを組んでいるので、ぜひ1度は参加しよう 写真中央に展示されているのが「変色するルリマダラのサナギ」(マレーシア 1992年)

 ファーブル昆虫記で知られるところとなったフンコロガシも登場する。アフリカタマオシコガネは、「どうやって完全に近い球体が彼らに作れるのかは、やはりわかっていない。大きいものはソフトボール大で、800gから1kgになる」のだ。その球に卵を産みつけ、メスが半年間地下の部屋で世話をする。

 今森さんは、地中の断面を切り取って、その様子を撮影した。地中にガラス板を埋め込んでおき、アフリカタマオシコガネが地下室を完成させた頃、掘り起こして撮影したのである。「ケニアには毎年3カ月ずつ通い、この1枚を撮るために8カ月をかけています。この生態を撮影したのはこれが世界初です」。


「アフリカタマオシコガネのペア」(ケニア 1986年)は上に乗っているのがメスで、下がオス。今森さんはこの球を「結婚ボール」と呼ぶ アフリカタマオシコガネが卵の世話をする地下室。1988年撮影

スタジオに自然を移植する

蜜を身体にためてヨウシュミツバチが巣に戻ってきた(1985年)
 琵琶湖近くにある今森さんのアトリエには、スタジオが設けられている。自然のなかではどうしても撮影できない昆虫の生態を撮影する場合、ここに自然を移植し、しばらく飼育した後に撮影するという。「田んぼの土手2m四方をそっくり移したことがあります。そういった撮影はだいたい3~4カ月ぐらいかけます」。

 ヨウシュミツバチが巣箱に戻ってくるところを写した作品は、「どうやって撮ろうかと頭をひねった結果、僕の部屋にミツバチの巣を置いた。窓から出入りさせるようにして、ミツバチを確実に捉えられるように通り道を段々と狭めていった。これもおよそ3カ月かけての作業になりました」。

 昆虫が学習し、自然な行動をとるようになる環境をしつらえる。「限度を超えるとつまらなくなるので、ギリギリのところでやっています」。


卓越したストロボワークが今森写真の秘密の一つ

「石の隙間で鳴くスズムシ」(1987年)
 今森さんの作品で誰しもが感じるのは、その映像の美しさだろう。飛翔中の昆虫であっても、鮮明にその一瞬が写し止められている。その撮影テクニックで最も重要なポイントは、ストロボワークだという。

 「石の隙間で鳴くスズムシ」も逆光でストロボ光を当てているのだが、木漏れ陽が当たっているとしか思えない、自然な表現だ。「今回の展示では7~8割がストロボで撮影したもの。ストロボを使うと被写界深度が深く取れ、被写体がシャープになる。いいことばかりで悪いところはないが、光量、被写体までの距離などの判断が難しい。経験を重ねる以外にないですね。それも撮影チャンスは数分程度の短い時間なので、すばやく判断しなければならない。三脚と手持ちでストロボを焚き、片手でハレーションを防ぎながら撮影なんてこともあります」。

 昆虫写真の醍醐味の1つは、肉眼では見えない細部の面白さが体験できることだが、その接写にもストロボ光は威力を発揮する。「ストロボ光は瞬間的な光なので、それで昆虫が逃げることはない。夜に活動する蛾の場合は、驚いたり、目がくらんで落下する奴もいたけどね」。


今森さんが解説している写真の、虫の卵の大きさは0.5mm程度。「ここまでの接写だと1/200秒ぐらいでもブレてしまう。これは暗闇で撮影し、露光時間はシャッターではなく、ストロボの発光で制御しています」 実りの時期を迎えたマクワウリの畑で、羽化するトノサマバッタ。動きがあるため、ミニ三脚にストロボを装着し背面から光を当てている。カメラは石をかませて、地面に置いて撮影した

 昆虫の生態をこれほどリアルに写し取っている今森さんだが、撮影機材は特殊なものは使っていない。メインは中判のペンタックス67だ。今年からデジタルカメラも使い始めた。ニコンD3と、ペンタックスK20Dだ。「画質はデジタルでも変わらないのだけど、最後にもう一声という『ぬめっ』とした感じがデジタルでは出ない。それももう少ししたら解決すると思いますけどね」。


ヨツコブツノゼミの顔(ブラジル 1992年) キイロツノギスの顔(コスタリカ 1993年)

風景とは、生命を支えている土地のこと

今森さんのDVD作品も発売されており、その上映もしている
 今回展示された作品は、約200点。国内の撮影地は今森さんのアトリエがある琵琶湖周辺の里山が中心で、海外は南米、インドネシア、ハワイなどさまざまだ。撮影地は変わっても、今森さんは同じ視点でその連鎖を見続け、変化を観察している。「僕にとって風景とは、生命を支えている土地のこと。そこに存在する生き物はすべてがお互い関連しています」。

 それをじっくり観察する「眼力」は、土地と深く関わらなければ養えない。「農家の人と話したり、土地の権利を持っている人、暮らしている人との付き合いが大切で、だから地域の自治会にも出るし、親睦会にも参加します」。実際の撮影より、そうした撮影に至るまでの時間のほうが長い。それは国内でも海外でも同じなようだ。

 アトリエから車で約1時間ほどの場所には、今森さんが管理する2ヘクタールの雑木林があり、ここを「萌木の国」と名づけている。そこの枝打ち、草刈りは人に任せず、今森さん自らが行なっているという。「草刈りは農業の土台を作る作業。周囲の土地から比べれば僕の管理する部分は狭いものですが、それでも作業にぶっ通しで8時間はかかる。起伏があるのできついですよ。けれどこの作業をすることで、土の匂い、植物の状態、虫、害虫の存在がキャッチできる。身体を使って溶け込むことが僕にとってはすごく大事で、そういうことから見えてくるものがある」。

 草刈りは年に5回行なう。そうしたこの里山での体験と観察が、ほかの撮影でも生きてくる。「国内では特に昆虫の生息時期はタイトで、1週間以内。場所も時期も決まっている。昆虫は好む植物が1種から数種に限られている。もしいるべき昆虫がいなかったら、その環境に変化が起こったことがわかる」。

 だから今森さんがただぼんやり道を歩くことはない。いろいろな事象に目が向かい、観察してしまうのだ。「車を運転中に、ミカンにとまっているアゲハチョウの幼虫を見つけたりもするんです」と笑う。


「里山」「神さまの森、伊勢」も必見

 大丸ミュージアム・東京で開かれる「里山」は、今森さんの日々のフィールドワークの成果で、昨年、京都で大好評を博した写真展だ。そしてエプサイトの「神さまの森、伊勢」は、今森さんが撮りたいと思っても果たせなかった被写体の1つだ。

 「伊勢の森は神域で、2,000年の間、部外者は誰も入れなかった。ここは照葉樹林帯の西の果てであり、ここから先は針葉樹林帯になる。今回、「家庭画報」(世界文化社)の独占取材が実現され、カメラマンとして指名されました」。

 撮影は昨年、一昨年の2年間限定で行なわれた。「屋久島にも行きましたが、この神の杜の雰囲気は初めての体験でした。森がどのように守られてきたか、いろいろ新しい発見がありました」。

 まずは「昆虫 4億年の旅」で今森ワールドに触れてみよう。昆虫写真の見方が変わるかもしれない。そして、必ずや次の展示が見たくなるはずだ。


写真展「神さまの森、伊勢」より 同左


URL
  今森光彦オフィシャルサイト
  http://www.imamori-world.jp/
  東京都写真美術館
  http://www.syabi.com/
  エプサイト
  http://www.epson.jp/epsite/
  大丸ミュージアム・東京
  http://www.daimaru.co.jp/museum/schedule/tokyo/index.html
  プリントラリーの概要(PDF)
  http://www.syabi.com/details/imamori.pdf



市井 康延
(いちいやすのぶ)1963年東京生まれ。灯台下暗しを実感する今日この頃。なぜって、新宿のブランドショップBEAMS JAPANをご存知ですよね。この6階にギャラリーがあり、コンスタントに写真展を開いているのです。それもオープンは8年前。ということで情報のチェックは大切です。写真展めぐりの前には東京フォト散歩( http://photosanpo.hp.infoseek.co.jp/ )をご覧ください。開催情報もお気軽にお寄せください。

2008/07/10 00:52
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