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【写真展リアルタイムレポート】森山大道展「レトロスペクティヴ 1965-2005」、「ハワイ」

〜森山大道の過去と現在を堪能する展示
Reported by 市井 康延

森山大道氏
 開催前から注目の高かった森山大道展は、文句なく見応えのある展示だ。会場の東京都写真美術館3階では、デビューから写真集「ブエノスアイレス」(2005年)までの氏の足跡が展観され、2階では最新作「ハワイ」で氏の現在が体験できる。

 美術館の展示は、往々にして過去の歴史に重きが置かれがちだが、本展は過去と現在を同じボリュームで割いている。40年間の活動を約200点のオリジナルプリントと貴重な資料で紹介する3階と、最新作ハワイ約70点の2階。チケットは当日なら何度でも出入りできるので、2階と3階を何回か往復して森山大道のすべてを堪能するのがお勧めだ。

 東京都写真美術館はJR線および東京メトロ・日比谷線の恵比寿駅でから徒歩約7分。会期は2008年5月13日〜6月29日。月曜休館。開館時間は10〜18時。木曜、金曜は20時までで、入館は閉館30分前まで。入場料は一般1,100円、学生900円、中高生・65歳以上700円。第3水曜は65歳以上無料。


東京都写真美術館の2フロアを使って展示。来場者に20〜30代の若年層が目立つという
写真だけでなく、貴重な資料も展示されている。上の写真は森山氏が参加した写真同人誌「プロヴォーク」。4号しか刊行されなかったにも関わらず、写真史で重要な位置を占めている

いかがわしいもの、胡散臭いものに反応する

「レトロスペクティヴ」では約40年間の足跡を5つのセクションに分け展示
 「レトロスペクティヴ」は東京都写真美術館の学芸員である岡部友子氏がディレクションし、「ハワイ」は森山氏が空間構成からすべてを手がけた。そのレトロスペクティヴを見た感想を森山さんに問うと「こんなに撮ってきたのかという感覚と、まだ何も撮れていないという相反する思いを感じる」との答えが返ってきた。

 写真家としてのスタンスが現役だからだろう。森山氏の撮影スタイルは、昔も今も変わらない。カメラを手に街を歩き回り、気になったものがあるとシャッターを切る。「幸か不幸か、昔から仕事はあまりないからね。仕事という縛られた中で撮りたくないから、そういう依頼から逃げてきたところもあるんだけど。だから、自分が撮らないと何も始まらないんだ」。

 街を撮り始めてしばらくすると、トランス状態のような高揚感に包まれることがあるという。「そうなったときは、自分が街に対するセンサーになった気分なんだ。もちろん錯覚なんだけど、自分としてはその錯覚を呼び込んでいるわけだから。そうなると、その辺の石ころでも、マンホールの蓋でも、眼の前のオヤジでも、立ち上がって見えてくるんだよ」。

 何でもかんでも被写体になるわけではなく、反応するのは「いかがわしさ、胡散臭さ」を感じるものだ。「僕は撮るときにテーマや意味を作って撮ることはしない。自分がそこにいて感覚している空気とか時間、事物を写すだけなんだ」。


表現に対する葛藤は一生続くだろう

 レトロスペクティヴの展示は、デビュー期、プロヴォークの時代、撮影に行き詰った70年代、そして長いスランプから抜け出した80年代、精力的に街を撮り始めた90年代以降の5つに分類されている。こうして俯瞰してみると、とりわけ興味深いのが、スランプだった70年代に撮られた北海道の作品群だ。

 撮影した当時は「あまり成果がなかった」と書き残しているが、この展示では約40点というボリュームを割き、来場者からの人気も高い。この作品群を森山氏が評価していないのは、氏が求める写真は、自らが複写機のようになって現実を転写することで、抒情性や写真家の表現を排除することにあるからだ。

 「けれどそこにあまりこだわると、かえってつまらなくなる。センチメンタルな気持ちのときにセンチメンタルな表現を撮ってもいいじゃないかとは思い始めている。ようやく……」と言いかけたあと、すぐそのあとにこう付け加えている。「表現したがる自分と、表現ではないと思いたい自分が常にいるし、それは死ぬまでそのせめぎあいがあるだろうと思う。小噺みたいに、そばに汁をいっぱいつけて食べてみたいんだけど、それをやっちゃあおしまいだよってさ」。


「青山」(1968年)
「留萌」(1978年)

撮る量が質を作っていく

 森山氏は撮影枚数の多い写真家でもある。「ストリートカメラマンは圧倒的な偶然に委ねているのだから、数を撮らないことには引っかかってこない」ことが1つ。それと、「撮ることが写真家にとって欲望を具体化する行為だ」と森山さんは考えているからだ。「写真家を目指すなら、まずは量を撮らなければダメだよ。だいたい目安は1日に(フィルム)20本ぐらいだね」と真顔で話す。

 そして「いい写真を撮っている人は欲が深いよ」と言って笑う。斯く言う森山さんもその1人なわけだが、こと森山さんに関しては欲深いのは撮ることだけでなく、その後の暗室作業についても同様だ。「すべてそうではないが、撮ってから1年ぐらい経って暗室作業をするのがいい。ネガを見ると新鮮な驚きがある。街の中で被写体をキャッチするように、ネガの世界のなかでセンサーがもう1度働き始める。ただ今度は相手が生きて動いている世界じゃなく、物質になった世界を見るセンサーだから、微妙に働かせる感覚が違う」。


長いスランプを抜け、1980年に入って「光と影」で復活
「光と影」(1980年)

TRI-Xがなくなったらデジタルで撮る

 これまで仕事上でデジタルカメラで撮った写真を発表したことはあるが、今回の展示には入っていない。撮っただけでは自らの作品にはならないからだ。「今はPCも持っていない。TRI-X(コダックのモノクロフィルム)があるうちはフィルムカメラを使うし、なくなったらデジタルをやるぐらいの気分でいる。PCなんて機械なんだからさ。これまでやっている暗室作業だって、僕は一番単純なことをやっているだけだから、デジタルでも同じだと思うよ」。

 ちなみにいま使っているカメラは、リコー「GR1」と「GR21」。5台ほどストックがあり、こちらの憂いはないようだ。


ハワイ(2007年)
ハワイ(2007年)

ハワイから東京へ

 最新作のハワイは2004年から撮影を始め、2007年まで5回の撮影を行なった。そこは長い間、気にかかっていた場所だった。

 ハワイでもそれまでと同様に街を歩き、撮ることで接点を見つけようとしたが「最初は入口が見つからずにギクシャクした」。その突破口の1つになったのが、ハワイ島のヒロという街で「何か子どものころに、この街にいたような感じがした。デジャヴュとは少し違うんだけどね」。

 会場には156×106cmの大きな銀塩プリント63点を2段掛けで並べ、入口と出口に向かう正面の壁には380×590cmと380×525cmという特大のインクジェット出力作品を展示した。巨大プリントを展示したのは、それが写真展ならではの醍醐味のひとつであり、何より「自分がこのカットを大きくして見たかったからだよ」と笑う。

 原稿にしたのは35mm判のネガから焼いた四切プリント。それまでにエプサイトで展示を行なっているので、インクジェットのテイストとクオリティはわかっていたが「紙とのマッチングがあり、上がりがどうなるかはかなり心配だった」。結果は2回目で満足できるプリントができたという。

 さらに最後の壁面には、この写真展で唯一のカラー作品3点が並ぶ。海を写したような淡い青色の写真だ。この作品が意味するところを尋ねると「難しく考えなくていいんだよ」と一笑。「海岸の土産物屋で買ったレンズ付フィルムで、悪戯のように撮ったんだ。写真集では使えなかったけど、写真展ではなんとなく色気がほしかったんで入れたんだ」。

 今後は再び東京をちゃんと撮りたいという。撮影エリアは京成線沿線で、スタート地点は千住あたりが有力候補だ。「あの辺はあまり歩いていないから。なんとなくいかがわしそうで、うろうろしてみたい。犬とか猫とか虫の感覚だからね」。

 そこにはただ1つだけ、いままでの自分の撮り方、見せ方ではない何かを入れたいという。「何かはわからないんだけど、いまそれを探している。そのためにすべてが台無しになってもいいぐらいに思っているんだよ」。


四切プリントを原稿に制作した、特大インクジェット作品
この写真展唯一のカラー作品

会場ではハワイでの撮影風景をビデオで上映している
ハワイ(2007年)


URL
  東京都写真美術館
  http://www.syabi.com/
  森山大道オフィシャルサイト
  http://www.moriyamadaido.com/



市井 康延
(いちいやすのぶ)1963年東京生まれ。灯台下暗しを実感する今日この頃。なぜって、新宿のブランドショップBEAMS JAPANをご存知ですよね。この6階にギャラリーがあり、コンスタントに写真展を開いているのです。それもオープンは8年前。ということで情報のチェックは大切です。写真展めぐりの前には東京フォト散歩( http://photosanpo.hp.infoseek.co.jp/ )をご覧ください。開催情報もお気軽にお寄せください。

2008/05/29 00:24
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