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【写真展リアルタイムレポート】十文字美信「感性のバケモノになりたい」より

〜見たことのないものを見るために
Reported by 市井 康延

キヤノンギャラリー銀座に入ると、幽玄な桜が迎えてくれる
 十文字美信さんは1971年からフリー写真家として活動を始めて以来、コマーシャル、エディトリアルで話題性の高い写真を発表してきた。昨年末、アマチュア時代を含めるとちょうど40年となる写真家生活を振り返った1冊「感性のバケモノになりたい」を発表した。

 キヤノンギャラリー銀座と富士フイルムフォトサロンで開く写真展は、その中から選んだ作品を展示しているが、単なる抜粋で済ませていない。これまでの作品を使って、新たな写真空間を作り出す試みを行なっているのだ。今回はキヤノンギャラリー銀座で展示作業中の作者に話をうかがった。

 「グランドキャニオンと日本的」(キヤノンギャラリー銀座)の会期は2008年3月27日(木)〜4月2日(水)。日曜、祝日休館。開館時間は10〜19時。最終日は16時まで。

 「『友よ』から『滝』まで」(富士フイルムフォトサロン)の会期は4月4日(金)〜10日(木)。会期中無休。開館時間は11〜20時まで。最終日は14時まで。いずれも入場無料。


「写真は現実を撮るしかないんだけど、そこに見えないものが見える。それが写真の醍醐味だと思う」と十文字美信さんは言う
会場では昨年末出版された「感性のバケモノになりたい」が閲覧できるし、気に入ればサイン本を購入できる

超小型カメラで広大なランドスケープを撮る

日本的なイメージの奥には、アメリカ的なものが広がる
 キヤノンギャラリー銀座で展示するのは、1974年、24歳のときに制作した「グランドキャニオン」と、1983年から2002年にかけて撮り続けられた「日本的」からの計13点だ。「感性の化け物になりたい」で選んだ作品シリーズは26ある。そのなかからこの2つを選んだ理由は、「すべてが対極にある2つを同じ空間に並べると、どう見えるかを試してみたかったから」だ。

 グランドキャニオンは、超小型カメラのミノックスを使ってモノクロームフィルムで撮影されている。その発想の原点は「写真は粒子が集まって映像を作り上げているが、ただの粒子と、粒子が写真として認識される境界はどこにあるのか」を探ることだった。

 ミノックスを選んだのは写真にしたとき、より粗い粒子を得るためで、さらにアンダーで撮影し、増感現像を行なっている。その実験に相応しい被写体は雄大な景色だと考え、チャンスが到来すると、早速、これを実行したのだ。


「グランドキャニオン」より
「グランドキャニオン」より

対極にある2つの作品がせめぎあい……

設営では時間をかけてライティングを調整。展示作業は16時半頃から始まり、終了したのは20時過ぎ
 対して「日本的」は、美術全集「アート・ジャパネスク」の撮影をきっかけに撮り始めたものだ。4×5や8×10の大判カメラを使い、庭園や甲冑などの武具、装飾品、美術品などを撮影した。膨大な情報量を持つ写真の特性を活かし、高精細なイメージを追求したシリーズだ。

 「フィルムはモノクロとカラー、カメラは超小型と大型、被写体は風景とモノ、そして撮影地はアメリカと日本など、それぞれが対極にある作品です。最初の着想は、東京の中心ともいえる銀座という場所に、日本的なものを持ち込みたかったことから始まったんですけどね」。

 どちらもフィルムをスキャンして、キヤノンの大判プリンタ「imagePROGRAF iPF9000」で出力した。出力を担当したプロラボは、「どうしてもネガが湾曲してしまうので、バキュームなどでできるだけ平滑にしてスキャニングし、画面の四隅に至るまで歪みのない粒子を再現しました」と語る。

 ペーパーはグランドキャニオンの9点がクールパールフォトペーパー厚手 255g の「フォト半光沢紙(厚口)」、日本的の4点はクールグロッシーフォトペーパー厚手 250gの「フォト光沢紙」にラミネート加工を施した。

 当初、十文字さんは、日本的の4点はラムダプリント(銀塩印画紙にレーザーでデジタル出力するプリント)を考えていたそうだが、インクジェットのサンプルを見てその考えを変えたという。今回は、そのプリント表現の対比も見どころの1つだ。


発表することは考えずに撮影を始める

このグランドキャニオンは、1974年3月にニューヨーク近代美術館で開かれた「NEW JAPANESE PHOTOGRAPHY」展のオープニングに招かれたときに撮影した。15名の日本人写真家が選ばれ、十文字さんはもっとも若手だった
 「日本的」シリーズは美術全集がきっかけだったが、十文字さんが撮り始める自分の写真は発表は考えずに、自らの興味で動き出すことがほとんどだという。「自分が見たくて撮り始めるんです。見たいし、撮りたいし、体験したい。写真は行動を起こす1つの手がかりでもありますね」。

 その良い例が著書「澄み透った闇」だ。始祖が犬だという神話を持つタイの少数民族ヤオ族を追った物語で、最後はその史実が書き記された書状を探す旅に出る。「その書状は存在するとの言い伝えがヤオ族にはあった。だから、もっとも力のある設鬼(呪術師)を説得して、探しに出かけたのです」。

 この話の発端は、まったく情報も知り合いもおらず、犬を始祖に持つ少数民族がタイの奥地にいるという話を知っているだけだ。それで単身、タイとビルマの国境に向かったのだ。「ただこのときは村で体験したことのインパクトが強すぎて、あまり撮影はできなかった。被写体の中に入りすぎてしまうと、逆に撮れない。熱く被写体に向かいながら、それを冷静に見る自分がいないと写真に行きつかないことがよくわかった」。


写真家には被写体に入り込む情熱と、引いてみる冷静さが必要

 写真家には冷静と情熱の間をバランスよく往還することが求められるのだ。それがもっともわかるもう1つの作品が、富士フイルムフォトサロンで展示される「グッドバイ」だ。

 見たことがないものを見たいという思いが昂じて、「自ら死に行く人が最後に見る風景」に興味が生まれてしまった。死への思いを胸に抱え、時折、シャッターを切りながら十文字さんは実際に東京から熱海に向かった。

 断崖から飛び込む映像は、釣竿にモータードライブ付のカメラを装着して投げた。その最後のシーンだけでなく、旅の過程で写しだされているイメージは不思議と「最期」を感じさせながら胸に迫ってくる。「思いついてから、撮らないと本当に自分が飛び降りてしまう恐怖があったし、撮っているときも精神状態はすれすれのバランスにあった。実際、その後、ひどく体調を崩してしまったんだ」。1973年、26歳のときの作品だ。


富士フイルムフォトサロンでは手焼きのモノクロプリントが並ぶ

 富士フイルムフォトギャラリーでは、作者自ら暗室作業を行なった手焼きプリントを展示する。「グッドバイ」を含め、「藤崎」、「友よ」、「首なし」、「四谷シモン」、「滝」など約80点が並ぶ。「これから先、現像液やフィルムがいつまで供給されるかわからない。だからいま、自分の手で現像液から調合して、プリントを作ってみたかった。もちろん、これだけまとまった形でオリジナルプリントを見せるのは今回が初めてです」。


「藤崎」より
「藤崎」より

 コマーシャルの仕事ではデジタルカメラがほとんど。「僕にとってデジタルカメラの一番の特性は、撮ってすぐに見られることによるスピード感だ」という。すぐに結果が見られることで、撮影現場ではイメージを修正して制作していくようになった。「フィルムはプリントとして映像が形になるまでに時間がかかるため、撮影前に持っていた自分のイメージが持続してしまう。けど写真なんて、うまくいくことなんてほとんどないからね。仕事はデジタルだけど、自分の作品は時間をかけて、もたもたやるのがいいね」。

 富士フイルムフォトサロンでの展示に続き、銀座のガーディアン・ガーデンでも5月12日から6月6日まで、タイムトンネルシリーズVol.26として「十文字美信展 写真に落ちていく」が開催される。

 集大成を上梓したものの、「発表しないで撮り続けているものはまだまだある」という。たとえば、コマーシャルの仕事現場で作るセットは、20年以上撮り続けているという。「セットはホンモノ以上にホンモノらしい。リアリティ、本物らしさって何かを知りたくなって始めたんだ」。

 見たことないものが見たい病に冒されている感性の化身は、まだまだ未知の部分を多く隠し持っているようだ。その入口を知るためにも、今回の展示は見逃せない。



URL
  十文字美信
  http://www.bishinjumonji.com/
  キヤノンギャラリー銀座
  http://cweb.canon.jp/gallery/ginza/index.html
  富士フイルムフォトサロン
  http://www.fujifilm.co.jp/photosalon/tokyo.html



市井 康延
(いちいやすのぶ)1963年東京生まれ。灯台下暗しを実感する今日この頃。なぜって、新宿のブランドショップBEAMS JAPANをご存知ですよね。この6階にギャラリーがあり、コンスタントに写真展を開いているのです。それもオープンは8年前。ということで情報のチェックは大切です。写真展めぐりの前には東京フォト散歩( http://photosanpo.hp.infoseek.co.jp/ )をご覧ください。開催情報もお気軽にお寄せください。

2008/03/28 01:27
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