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【写真展リアルタイムレポート】佐々木加奈子展「Walking in the jungle」

~ジャーナリスティックな精神をベースにしたアート
Reported by 市井 康延

 今回紹介する佐々木加奈子(31歳)さんの作品の特徴は、風景の中に自らを配置した、いわゆる「セルフポートレート」であることだ。佐々木さんが作り上げたフィクショナルな世界が表現されている一方で、その裏にはジャーナリスティックな精神が流れている。写真のテーマは、人々に戦争や死のイメージを喚起させるものだ。

 佐々木さんは、アメリカでジャーナリズムとアートを学び、現在、アメリカを拠点に活動を続けている写真作家だ。日本での個展は2005年の「Wanderlust」に続くもの。

 写真展「Walking in the jungle」は東京 恵比寿のMA2 Galleryで、2007年12月20日~2008年1月31日まで開催されている。日曜、月曜、祝日休館。開場時間は12~19時(19時~20時は予約により観覧可能)、入場無料。


佐々木加奈子さん。後ろの作品は沖縄・南部の崖。ひめゆり部隊の学徒たちが命を投げた史実をイメージしている。今回の展示のシンボルにもなる1枚だ MA2 Galleryはこのビルの2フロアを使用。場所は恵比寿駅東口から徒歩約7分

自らを使ったインスタレーション

展示作品より「Outcast」(浪漫飛行)。この言葉の意味は見捨てられた人(動物)、追放者、浮浪者
 「写真にストーリー性は大事だと思う」という佐々木さんは、風景の中で自ら演技し、表現したいイメージを1枚の写真に作りこんでいく。撮影ではまずロケハンを行ない、その場所に合った服装を選んで、カメラをセットし、佐々木さんが演じる。シャッターだけはスタッフに押してもらう。

 たとえば、紺色の制服を着た少女が白い壁の前で逆立ちをしている作品や、大きな木の枝にぶら下がる少女を撮ったシリーズがある。ここに掲載した「Outcast」という作品は今回の展示にも入っているが、このイメージから、多くの人は休息、寂寥や死を連想するだろう。いずれにしても、この1枚の前後に、物語の存在が感じられるのが、佐々木さんの作品の面白いところだ。

 これらの撮影は曇りの日を選んで行なった。写真は陰翳がつくことで、現実感を増していく。だからフラットに撮ることで、写真的なリアリティを薄め、普遍性のあるファンタジーの要素を強めるのだという。

 こうして見ると、エンターテインメント志向の作品のように思えるが、テーマは史実に基づいた重いものだ。今回展示されている作品の中に、やや陰鬱な感じがする冬の海辺で撮ったものがある。これはバルト海に面したラトビアにある海岸で、タイトルは「The Site of Russian armies went to attack Japan 104 years ago, Liepaja, Latvia」。104年前、日本を攻撃するためロシア軍が出撃した場所なのだ。

 「戦争というと重くなるが、ひとりひとりが持っているその記憶、想いを、写真を見ることで揺り動かしたい」(佐々木さん)というのが、今回の展示の狙いだ。「日本は戦争、戦後からも遠くなっていて、平和ボケみたいに見える。誰しも明日が来るのが当たり前と思っているが、本当は今日が最後の日かもしれない。そうした気持ちもあった」。多くの作品は、そんな思いから制作されている。

 すべての写真には撮影地の情報となるキャプションが添えられ、写真の見方にひとつの役割を果たしている。


展示作品より「Anne Frank's signal」。アンネ・フランクをイメージして、「彼女がしたかったこと、もしかしたら試みたかもしれないシーンを想像した」。彼女の作品に登場する人物はほとんど作者自身が演じ、カメラをセットし、シャッターだけスタッフに押してもらう
タイトルは「Departure」(出発)

ヨーロッパで過去と出会う

ギャラリーに入ると、まずこの2点が飾られる壁が正面に現れる。左がラトビアの海辺を撮影した1点
 佐々木さんは小学校3~4年生のとき、父親の転勤でニューオリンズに暮らした帰国子女だ。その後の日本での生活には、どこか隔たりを感じていたこともあったようだ。「小さいときから変な正義感がある子でした。高校のころ、従軍慰安婦問題を知って、当事者の悲しみに共感し、政府が事実を隠していることにひどくショックを受けた」という。

 高校を卒業してから、ジャーナリズムを学ぶために、アメリカの大学に留学した。「そこで写真を初めて学びました。モノクロの暗室作業がとても新鮮で、この表現はうまく使えば広がりが生まれるような手応えがありました」。

 活字では伝えられない真実があり、写真は人に何かを伝える方法として一番信じられるメディアだと感じた佐々木さんは、大学院で写真を本格的に勉強した。

 2006年には、文化庁の新進芸術家海外留学制度を使って、イギリス・ロンドンのRCA(Royal Collage of Art)に留学した。

 イギリスには東欧や中東、中央アジアからの難民も多く、何年も母国から離れて生きる人々の姿も眼に焼きついた。それらの経験から、改めて日本が戦争をしていた歴史に意識が及んだ。イギリスを拠点にラトビア、セルビアなど内戦があった国を選んで旅した。

 またボリビアに日本からの移住者による沖縄村があることを知り、ボリビアと沖縄をテーマにした作品の制作を始めた。


2回へ上がる階段。不思議と秘密の部屋に上がるような気持ちがわく
ギャラリーの2階は1階に比べて窓が小さく、また違う雰囲気が流れる

 佐々木さんの場合、1枚の写真を撮るきっかけは、偶然のように訪れる。ラトビアに行ったのは、そこ友人がいたことと、社会主義からシステムが変わった国で同世代の人たちがどう生きているのか見たかったから。その友人の家の階段を見て、イメージが膨らんで「The Depth」という作品を撮った。

 個人的な経験が作品のモチーフになっているわけだが、そこから描き出された1枚の写真が、個人的な経験を超えて観る者を刺激してくる。ジャーナリスティックな精神をベースに作り上げられた彼女のアート世界は、なかなか刺激的だ。



URL
  MA2 Gallery
  http://www.ma2gallery.com/
  佐々木加奈子
  http://www.kanakosasaki.com/



市井 康延
(いちいやすのぶ)1963年東京生まれ。灯台下暗しを実感する今日この頃。なぜって、新宿のブランドショップBEAMS JAPANをご存知ですよね。この6階にギャラリーがあり、コンスタントに写真展を開いているのです。それもオープンは8年前。ということで情報のチェックは大切です。写真展めぐりの前には東京フォト散歩( http://photosanpo.hp.infoseek.co.jp/ )をご覧ください。開催情報もお気軽にお寄せください。

2008/01/10 15:30
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