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【写真展リアルタイムレポート】中野正貴写真展「MY LOST AMERICA」

~都市の形を探る中野正貴の原点
Reported by 市井 康延

1983年に撮った写真の前に立つ中野氏。通りがかったときに「ちょうど写真がほしかったから撮ってよ」と彼女にいわれて撮影した。アメリカで現像、プリントし、郵送しようとしたが、郵便局員も彼女の書いたアドレスは判別できず、届けることはできなかった
 都市は写真を撮る人にとって、魅力的な題材のひとつ。この被写体は撮影者によって異なる表情を見せてくれるうえ、その切り取られたイメージは、時代によってもその見え方、様相を変えていく。

 中野さんは大学3年生のとき、憧れだったアメリカを初めて旅した。プロ写真家になってからもプライベートで、また仕事の傍らで撮り続けてきた。「これが自分の処女作であり、『TOKYO NOBODY』、『東京窓景』の原点になっている」という。膨大な数のポジフィルムから選ばれた作品は、2007年現在の視点から絞り込まれたアメリカの残影だ。

 「80年代を強く感じさせる光景もあるし、意外と今と変わらないような風景もある」と中野さん。都市写真の醍醐味が詰まった空間が用意されている。

 「MY LOST AMERICA」は2会場で開催されている。原宿のリトルモア地下では2007年11月13日~12月2日。入場料200円。月曜休館。開館時間は12~19時。11月22日19時30分から中野正貴×立花文穂トークショーを開催。立花氏は写真集「MY LOST AMERICA」のデザイナー。写真集未収録作品をスライド上映しつつ、写真について、アメリカについて語る。トークイベントには入場料200円で参加できる。予約はリトルモア Tel.03-3401-1042へ。

 南青山のギャラリー・アートアンリミテッドでは11月16日~12月1日。入場無料。日曜、祝日、火曜は休館で、月曜は事前予約制。開館時間は13~19時。11月17日15~17時には作家サイン会を行なう。


写真集「MY LOST AMERICA」
展示の準備は終日かけて行なわれた

大学3年のときに初めてアメリカへ

 中野さんはもともとデザイナー志望で、武蔵野美術大学視覚デザイン伝達科に進学している。2年次に写真の授業があり、そこでは写真機材はもちろん引伸機まで購入が義務づけられていたという。

 「街で知らない人に声をかけて撮らせてもらい、自分でプリントを焼き、そのプリントをモデルになってくれた人に送る。それが授業の課題だった」。写真学校なみに高いハードルのミッションだが、中野さんの写真は思いのほかいい結果が出ていて、どんどん写真にのめりこんでいくことになる。大学3年生のときの学園祭では、個展をやろうと思い立ち、憧れだったアメリカ西海岸に行くことを決めた。「当時、アートも音楽も西海岸が流行の発信地だった。憧れの地を見てみたい。その一心だよ」。

 それは「地球の歩き方」が出版される前の年。断片的な情報は入っていたが、行ってみたら「道の広さに度肝を抜かれ、見たことのない空の青さに驚いた。何せ街を歩いているのが全員アメリカ人なんだから、それだけでびっくりだよ」と笑う。

 異国の地であるサンフランシスコの街を歩き回り、気になった人には声をかけ、撮影させてもらった。その際には「撮った写真を送るので住所を書いてください」と記した紙を用意して見せた。撮った写真を相手に送って課題は完結する。こうした撮影の場合、その姿勢はいまでも変わらないと中野さんは言う。「ただ、向こうの人は字が汚いうえ、省略して書くのか、折角出しても、随分と宛先不明で戻ってくることが多かったね」写真集では、この最初の旅からは、1枚だけ収録している。声をかけて撮らせてもらった街中でのポートレートだ。


フリーになって約3年経ち再々訪

フィルムはすべてコダクロームを使用
 1979年に大学を卒業して、広告写真家の秋元茂さんに師事し、80年にはフリーになった。「アシスタントになる直前にアメリカに行き、3度目は1983年。フリーになって3年活動して、仕事の感じがつかめたので、この辺で撮りたい写真をもう1度やっておきたいと思ったんだ。それでも3カ月間休みを作るのは結構無理やりだったけどね」。

 このとき向かったのはニューヨークだ。アパートを借りて、そこを根城に毎日、カメラを持って街を歩き回った。基本的には地図は見ないで、自分の勘を頼りに行き先を決めるという。「勘に頼ると、どうもどんどん汚くて、危ないほうに行ってしまうんだよ。街を歩いているときに、カメラをむき出して持っていてはいけないと、道行く人に教えられたこともあった。かなり無防備だったんだろうね」。

 軽い口調で話すが、精神的にはかなりハードな日々を過ごしていたようだ。ホールドアップこそされなかったが、ハーレムでは子どもに石を投げられたり、撮影を拒絶されることはしょっちゅうで、思うように撮れていたわけではなかった。「撮り始めのころは、被写体への興味で瞬間的に反応して撮っていくだけ。それを続けていくなかで、狙いやコンセプトが見えてくる」。

 この撮影でも、ハーレムは危険なエリアだという予断を持って撮ったカットがたくさんあったという。壊れた建物や自動車、目つきの悪い人々……。そうした写真は、いま見てみると精彩をまったく欠いているという。「コンセプチュアルだといわれる『TOKYO NOBODY』も、最初はただ人のいない光景が面白くて、2年ほど無我夢中で撮っていた。たまったプリントを集めて見たときに、都市の不思議さが立ち現れてきた。そこで初めてコンセプトが生まれたんです」。

 都市を撮影し、違うカタチを発見する楽しさを教えてくれたのが、アメリカだったのだ。


ツインタワーで1冊できるほど

撮影は1996年。この1枚があったため、9.11以降、いままでこのシリーズを発表せずにいた
 ニューヨークで撮った写真には、ツインタワーが写ったカットが多い。意識して撮ってきたわけではなく、9.11が起こり、見返してみて初めて気づいたことだ。「ツインタワーで1冊作れるぐらいに撮っているよ。気持ちのどこかで強くアメリカというか、世界の中心の象徴として認識していたんだろうね。墓地を手前にツインタワーを撮った1枚は、1996年に撮ったもの。飛行場から街に行くバスの中でこの光景を見かけ、思わず撮ったんだ」。

 その写真にはたくさんの墓石が並ぶ中に、背の高い墓が2基並んでいる。「TOKYO NOBODY」の出版が2000年8月。その後、ベストセラーとなり、続く作品集が望まれたとき、このアメリカのシリーズが候補として浮上した。

 「自分の写真は、過去を振り返るのではなく、未来を暗示するものでありたいと思っていたのと、やはり、この1枚がどういう解釈をされるかわからない不安があったからね。いまようやく時間が経ち、懐かしく見られるときが来たのではないかと思う」。

 昨年、9.11以降、初めてグラウンドゼロを訪れた。この写真を発表することを決めたら、1度は訪れておかないと申し訳ないような気がしたからだと中野さんはいう。「グラウンドゼロの横にあるミュージアムには、亡くなった人の写真がたくさん飾られていた。それを見たとき、この1枚はそこに飾ってもらいたいと思った。だからこの写真と写真集は、そのミュージアムに寄贈しようと思っています」。


「恐い事を知っているから歌舞伎町は撮らない。けどアメリカでは旅人だから撮れてしまうんだよね」
撮影はカンで動く。予断を持って撮ったカットは時間のなかで風化していく

流れていく物語として構成

 写真集に収めたアメリカは、中野さん個人のアメリカの思いが集約されたニューヨークとウエストコーストのロスアンジェルス、サンフランシスコという3都市でまとめた。膨大なフィルムから、中野さんが最終的に500枚に絞込み、デザイナーの立花さんが170点を選んだ。

 リトルモア地下での写真展では、写真集からさらにセレクトした約19点が展示され、アート・アンリミテッドには写真集には収められなかったが、見せたいカット約25点を並べる。「ニューヨークは東京にタイプが似ていて、密度が高く、集中することで文化が生まれる場所。対して西海岸はおおらかにすべてのものを受け入れ、拡散していく。別々の写真集でまとめることも考えたが、そうすると旅行ガイド的な要素が強くなってしまう。場所は関係なく、流れていく物語として構成することに決めた」。

 20年以上も前の写真であり、撮影者としては物足りないカットや、トリミングしたい衝動に駆られるものもあるそうだが、デザイナーの意向に従い、すべてをそのまま発表した。当時の雰囲気を壊さずに、そのまま伝えるためだ。あなたにとってのアメリカは? あなたはこの写真の向こう側に何を見つけるだろうか。



URL
  リトルモア
  http://www.littlemore.co.jp/
  ギャラリー・アートアンリミテッド
  http://www.artunlimited.co.jp/



市井 康延
(いちいやすのぶ)1963年東京生まれ。灯台下暗しを実感する今日この頃。なぜって、新宿のブランドショップBEAMS JAPANをご存知ですよね。この6階にギャラリーがあり、コンスタントに写真展を開いているのです。それもオープンは8年前。ということで情報のチェックは大切です。写真展めぐりの前には東京フォト散歩( http://photosanpo.hp.infoseek.co.jp/ )をご覧ください。開催情報もお気軽にお寄せください。

2007/11/16 00:00
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