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【写真展リアルタイムレポート】岩橋崇至写真展「ロックガーデン」

~広大な砂漠的感覚で写真に切り取る
Reported by 市井 康延

岩橋さんは1944年東京生まれ。慶應義塾大学を卒業後、日本大学芸術学部で写真を学びなおした
 長年、35mm判から大型カメラまで駆使してフィルムに風景を焼き付けてきた写真家が、昨年からデジタルカメラを使い始めた。35mm判サイズの撮像素子を持ったキヤノン「EOS 5D」の発売がきっかけだ。

 「風景を見たとき、どこを撮るかはファインダーをのぞく前に決まる。同時に使うレンズもね」と岩橋さんは言う。40年以上、フィルムカメラで培ってきたその感覚があるから、フルサイズは譲れないスペックなのだ。

 1992年に出版した写真集「The Rockies-アラスカからメキシコまで」は海外5カ国でも発売され、国際的な評価も高い。ここでは、岩橋さんがEOS 5Dを使い、アメリカ中西部にある広大な砂漠地帯、コロラドプラトーを撮影した最新作を展示する。

 「ロックガーデン」は9月28日~10月29日まで、東京 品川のキヤノンギャラリーSで開催される。日曜、祝日休館。開場時間は10時~17時30分。入場無料。

 また10月13日13時30分から、展示会場で作者自身が作品を解説するギャラリートークを行なう。事前予約なしで、参加可能。こちらの参加費も無料。


撮影でもっとも重視するのは光線だという。その風景に合った光線を選び撮影する(c)岩橋崇至 コロラドプラトーで印象的なのは赤いサンドストーン。この赤が映えるのは日中11時から13時だ

日本画家だった父の助手を約30年続け

 岩橋崇至さんの活動歴は少し不思議だ。山岳写真家として1970年代から活動しているが、最初の20年以上は、作品発表が共著を含め出版物に限られている。それが1993年を皮切りに、国内外での作品展や、講師、審査員活動などと広がっているのだ。

 「父が日本画家だったので、大学時代から助手としてロケについていっていました」と岩橋さんは話す。岩橋さんは日本画家の岩橋英遠氏の三男に生まれ、1960年代からおよそ30年にわたり、父親の作品制作をサポートしてきた。英遠氏は国内外の山岳風景を好んで描いた。そのロケに同行しての手伝いは、山が好きで、写真にも興味があった崇至さんにとっては一石二鳥のことでもあったようだ。

 「私の助手としての仕事の一番は、資料として父が描いている風景を撮影することです。父は尋常小学校を出て、農業をやりながら独学で絵を学んだので、デッサンがとても遅い。描き終わらないうちに光線が変わってしまうんです」。その風景の記憶を残すために、写真を使う。後年、平山郁夫氏がデッサンする様子をテレビで見たそうだが「すごく速いのに驚きました」と笑う。

 「父からは風景の選び方、切り取り方といった感性の部分から、芸術家としての姿勢までたくさんのことを学びました。96歳で亡くなったのですが、90歳近くまで描き続けていましたから」。


広大な光景もひとつのフォルムとして捉える。日本画家だった父から自然と学んだ感性だ
(c)岩橋崇至
(c)岩橋崇至

写真集「The Rockies」は世界5ヵ国で出版

 父のロケで年間何度も出かけていたので、最初の約20年は出版物に活動が限られていたのだ。その助手の仕事から少し離れたあと出版し、大きな転機になったのが写真集「The Rockies」だ。

 これはロッキー山脈を題材にした写真集だが、まずロッキー山脈を端から端まで走破するロケハンだけで2カ月半をかけ、最終的には約4年をかけて撮影した。撮影フィルムは10万カットを超す。「現地で購入した絵葉書に、気になる風景があった。手がかりのないなか、調べていくと、ナバホ・インディアン居留地のなかにある枯れ沢だとわかった。結局、その地を見つけたのは探し始めてから2年目でした」。

 山岳写真家として、つねに知られていない土地、見たことのない光景は魅力的な素材なのだ。このアンテロープクリークの入口は、岩の壁が立ちはだかり、その隙間は身体を横にしないとは入れないほど狭い。発見しづらい場所なのだ。「写真集で発表した後は、多くの観光客が足を運ぶようになりました。その後、行ってみると、入口に標識が付けられ、歩きやすいように木の階段まで設置されていた」。


撮り残している感覚とは?

アメリカの砂漠に出会ったのは約17年前。そのときは撮りきれなかった被写体をようやく自分の作品として捉えた
(c)岩橋崇至
 ロッキー山脈を撮ったとき、広大な砂漠と初めて対峙した。渇ききった砂漠の風景は、豊富な水が育む日本のそれとまったく対極にあると岩橋さんは痛感した。「とても気になっていたモチーフであり、ロッキー山脈の撮影のときにはそこまで手が回らなかった。撮り残している感覚があった」。

 撮り残しているという感覚は、岩橋さんの中で、この光景をどう写真に捉えられるか、消化できていないことから生まれるようだ。目の前にある風景を何枚撮ったところで、その風景への向き合い方が決まっていなければ撮り切る満足感は得られない。

 昨年、12年間かけてアメリカ国内を巡回した岩橋さんの写真展「THE ROCKIES」が終了し、作品をベリーカレッジに寄贈した。そのとき、渡米した際に、EOS 5Dで砂漠を試写した。「ロッキーの作品を見たアメリカ人に、『この写真は浮世絵に通じる』と指摘されました。そのとき、自分のなかに父から学んだ日本画の感性が強くあることに気づいたんです」。

 山岳写真の場合、手前と中間、そして背景にある光景を意識して構成する。奥行き感を出し、ダイナミックさを表現したいからだ。「私ももちろん、そう撮る場合もありますが、前景、中景、後景を考えずに、風景全体のフォルムの面白さを捉えることが多い。それが浮世絵につながる感覚として、海外の人に伝わっているのではないでしょうか」。

 石庭は小さな庭のスペースに、石と砂で広い宇宙を表現する。砂漠もそうした感性で撮ればいいのではないかと気づいたのだ。


デジタルカメラで撮影期間が大幅に短縮

ロックガーデンは何億年という時間の堆積が生んだ場所だ。その地球の存在を写真で再現する
 テスト撮影した写真のプリントアウトは、ほぼ満足できるものだった。「風景写真の場合、見る人にその場にいるような雰囲気を味わってもらうことが大きな狙いの一つ。だからプリントはできるだけ大きくして展示したいんです」。

 昨年の段階では6色プリンタしかなかったが、今回の展示では12色のプリンタで出力できた。「僕は現実の色にできるだけ近づけたいと思う。あまり強調された色はインパクトはあっても、見続けるとイヤになってしまうから。デジタルになって、これまではフィルムに委ねていた部分も、写真家がコントロールできるようになった。その意味では、写真の新しい可能性が生まれると思っています」。

 コントロールするといっても微妙な部分であり、きちんと撮影することが大前提であることは言うまでもない。「作りすぎた写真は感動を与えませんから」と岩橋さんは強調する。

 さらにデジタルカメラの何よりのメリットは、効率的に撮影できることだという。これまでロッキーでも4年かけているように、岩橋さんの撮影は長期間に及ぶ。「それが今回は、今年になってさらに70日間の撮影を行ない、トータルで約100日で撮影ができました。こんな短期間でできたのは、現場で撮影画像を確認できたことですね」。

 撮影から帰ると、パソコンで画像を確認する。そこで物足りない部分、思わぬ失敗は発見でき、翌日、再撮影が可能だ。現場で完成までもっていける。遠方のロケが多い山岳写真家にとっては、何よりのメリットだ。

 デジタルカメラを使い始めて、まだ1年強。フィルムカメラも並行して使いながらの研究途上だ。そのほか、いまの段階で見えてきたことは、ディティールの描写にすぐれていることと、斜光線に弱いこと。「たとえば岩山に生えている松の木は、枝の先までシャープに再現できる。斜めに入ってくる光があると、ひどい色に再現されることがある。その特性をひとつずつ実際の撮影で身につけているところです」。


風景を撮り続ける意味

「自然の動きはゆったりとしていてすぐには見えにくい。だから撮って残しておくんだ」と岩橋さんは言う
 最後に、岩橋さんは何のために写真を撮るのかを問いかけたら、「質問とは違う答えになってしまうかもしれないが」と前置きして、こんなエピソードを話してくれた。1999年に出版した写真集「槍 穂高」でのことだ。

 「若いころから自分の本拠地のようにしていた場所です。山と渓谷社から写真集の依頼がきたときに、槍ヶ岳と穂高をまとめたいと思った。高山植物が群生する場所があり、久しぶりに行ってみると、蓼やイタドリが繁殖して、その間から高山植物が花をのぞかせるような状態だった。これまで、こんな高度の場所には生えなかった草であり、地球温暖化の影響ですよね。自然の動きはゆったりとしていて、すぐに変化は見えにくい。きちんと撮っていれば10年、20年経つと、撮ったときには見えなかった意味や価値が出てくる。だから自分がいいと思ったものは撮って残しておきたいと思うんです」。

 写真にセオリーはない。自分の感性で自由に撮ればいいことも岩橋さんの写真は教えてくれる。この写真展で、また違う風景写真の魅力が発見できるかもしれない。



URL
  キヤノンギャラリーS「ロックガーデン」
  http://cweb.canon.jp/s-tower/floor/1f/gallery/rock-garden/index.html
  岩橋崇至ホームページ
  http://www.iwahashitakashi.com



市井 康延
(いちいやすのぶ)1963年東京生まれ。灯台下暗しを実感する今日この頃。なぜって、新宿のブランドショップBEAMS JAPANをご存知ですよね。この6階にギャラリーがあり、コンスタントに写真展を開いているのです。それもオープンは8年前。ということで情報のチェックは大切です。写真展めぐりの前には東京フォト散歩( http://photosanpo.hp.infoseek.co.jp/ )をご覧ください。開催情報もお気軽にお寄せください。

2007/09/28 15:58
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