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【写真展リアルタイムレポート】飯田鉄写真展示「腐爛と成熟」

〜ライカ M8がもたらしたデジタル写真の楽しみ
Reported by 市井 康延

自宅近くの風景を何度も繰り返し撮る。そのたびに新しい発見があるという
 2006年に発売されたライカのデジタルカメラ「M8」。自他共に認めるライカ遣いのひとりである飯田鉄さんが、そのM8を使った作品展示「腐爛と成熟」を行なう。ライカファンにとっては、今年はまだデジタル写真元年を迎えたばかり。飯田さんは「つくり手としても、どんな作品空間が創れるのか、トライアル的な意味合いもある」という。M8による個展は、ライカギャラリーで開催中の「コスタ・マノス写真展」に次ぐもの。合わせて見るのもいいかもしれない。

 「腐爛と成熟」の会場は四谷三丁目の「ルーニィ247photography・ベビールーニィ」。会期は9月16日(火)〜23日(日)。開館時間は12時〜19時。最終日は16時まで。


写真は現実そのままではない

「デジタルになって写真のセレクトがしやすくなった」と飯田さんは言う。時折、撮りためたカットからひとつのテーマに絞って作品を選び、CDに焼く。今回はM8で撮影した中の「バージョン3」約50点から選らんだ20点を展示
 飯田さんは、街のある光景を写真で切り取る。その写真は眼の前にあるモノたちを写しながらも、現実とは微妙に違う世界を成立させる。「そのズレを確認すること。それが僕の写真行為であり、飽きることなく30年以上続けています」と飯田さんは言う。

 今回の写真展示では、飯田さんがよく歩く家の近所や駅への道の途中で撮影した写真で構成した。「オシャレっぽい建物の庭に、キッチュな道具立てが入っている。手前の柵、中央のトルソの配置に注意して撮った。家のパソコンで展開すると、いろいろなものが入っていることに気づく」。

 現実と写真とのズレ。唐突に言われても、何のことだが頭をひねってしまう人もいると思うので、少し飯田さんの写真遍歴をたどってみよう。


広告写真で建築を撮り始める

この光景も撮る角度、光の加減が変わると、見え方はまったく変わってしまう
 飯田さんは1948年、東京生まれ。出身高校である都立上野高校について話を振ると「写真家では2人の大先輩がいて、桑原甲子雄さんと荒木経惟さんです。荒木さんは『先輩』とお呼びすると喜んでくださいました」と教えてくれた。

 閑話休題。その後、広告写真を手がけるスタジオのアシスタント、モノクロラボ勤務を経て、フリーになる。

 助手時代の仕事では、別荘のパンフレットを制作するために、現地に撮影用のオープンセットを建てていた。内装も見えるようにカットされた建物で、撮影時にはモデルも使った。それは現実感を入念に再現した虚構世界だ。「そういった仕事をしているうちに、明治以降に建築された建物を撮影する仕事が入ってくるようになった」。

 仕事とは別に、飯田さんはプライベートで撮る写真の被写体は、街という空間を選ぶようになった。アジェ(1856〜1927年。パリの街を丹念に撮影した写真家)を引き合いに出して、「彼はある意味、撮ることが単純に面白かったんだと思う」と言う。

 飯田さんが2003年に出版した写真集「街区の眺め」は、東京のなかに残るレトロな建物、空間をモノクローム写真で記録したものだ。そこに写しだされた光景は、一見して時代の流れを感じさせ、観る者をノスタルジックな思いにひたらせることだろう。


作品を撮る姿勢はいつも変わらない

壁にかける前に、作品ごとにあけるスペースをチェックする。「これは実際に見て確かめないとわからないし、この作業が楽しい」と飯田さん
 「その写真集のときと、今回の展示した写真も私の撮る姿勢は同じです」と飯田さんは言う。「街区の眺め」でも、時の堆積を感じさせるモチーフの強さに眼を奪われるが、その奥には写真と現実とのズレがあり、それが写真的なリアリティをかもし出しているのだ。被写体となる光景は、常に「眼前の空間やモノが自分の興味とシンクロしたと思える状況のとき」という。

 眼で見た光景を撮影したにしても、カメラは何分の1秒という短い時間の光を切り取るうえ、光の流れを変えるレンズを通って撮像される。その違い、ズレの検証が写真の楽しみのひとつである飯田さんにとって、レンズへのこだわりは当然のことだったのだ。


フィルムと2足のわらじを履いているが……

作品を見るための専用空間じゃないこともこのスペースを選んだ理由のひとつ。写真の見え方はさまざまな要因で変わってくるのだ
 当然、レンズとともに重要なのがカメラ。約4年前からデジタルカメラを使い始めたが、デジカメは仕事中心で、自分の写真はフィルムカメラだった。それが変わったのがライカM8の発売からだ。「M8と、それ以外のデジタルカメラの違いは何か。それを簡単に言い表すことはできないんだよね」と笑う。数多くのライカ本が出版されながらも、いまだ書き尽くされていない世界なのだから、M8の魅力をひとことで語ることは不可能に違いない。「僕にとっては、端的に言うと、M8を使って初めてデジタルカメラで撮っていて楽しいと思えた。それに尽きるよね」。

 敢えて理由のひとつをあげると、便利なデジタル一眼レフに比べ、M8はやらなければいけないことが多いことが指摘できる。それはピント、ファインダーとのズレなどなど。では、デジイチを不便にすればよいかというと、全くそういう訳ではなく、ライカの機能は写真ファンを魅了する微妙なレシピのうえに成り立っているのだ。

 「ほかのカメラには当たり前に備わっている機能が、10年遅れで搭載されたりする。カメラの進化の仕方、変化が独特なのだが、それには確固たる必然性がある」とライカファンたる飯田さんは言い切ってしまう。

 ローパスフィルターがなかったり、オートホワイトバランスに特徴があったりと、思わず口をついて出てしまう不満もあるのだが、それをひっくるめて、撮影を楽しませてくれるデジタルカメラなのだ。


「子ども」をキーワードに作品を選んだという。そして「腐爛と成熟」とのタイトルが想像力を刺激する
実験的な展示ができるように作ったスペース。光源は色評価用のこの蛍光灯のみ。

写真が与える刺激は人それぞれ

 飯田氏にとって、M8をはじめ、デジタルカメラで撮った写真を自ら出力したプリントで見せるのは、今回が初めて。「印刷では指示すれば直っていたことが、自分でやるとかなり大変になりそうだ。フィルムのプリント作業と同様、デジタル出力のスキルを磨いていく必要性がある」。

 写真がどう見え、どんな空間を構成するかは、実際にやってみる以外にない。デジタル出力は、これまで飯田さんが培ってきた銀塩プリントの感覚とすり合わせていく作業が必要になる。「この会場の照明はスポット光でなく、色評価用の蛍光ランプでベタに照らしている。ほかの人の作品を見たとき、不思議な見え方がしたので、自分のプリントでも試してみたかった」。

 今回の作品展示は、「子ども」がひとつのキーワードとしてある。その言葉は明示されていないが、展示作品の中に埋め込んであるのだ。「写真を見ることで、それぞれの心の波打ち方がある。それを期待したい。それは古びた建物やトタン板といった印象的なイメージから起こる反応だけではないと思う」。

 飯田鉄さんが提示するイメージは、本格的な写真の世界へいざなう入口だ。会場ではこれまでの作品集も閲覧、購入できるので、初心者の人には見るヒントになるだろう。

 なお11月2日〜29日には、中野にあるギャラリー冬青で飯田鉄写真展「饗宴−帝都の絵物語空間」も予定されている。



URL
  ルーニィ247photography
  http://www.roonee.com/



市井 康延
(いちいやすのぶ)1963年東京生まれ。灯台下暗しを実感する今日この頃。なぜって、新宿のブランドショップBEAMS JAPANをご存知ですよね。この6階にギャラリーがあり、コンスタントに写真展を開いているのです。それもオープンは8年前。ということで情報のチェックは大切です。写真展めぐりの前には東京フォト散歩( http://photosanpo.hp.infoseek.co.jp/ )をご覧ください。開催情報もお気軽にお寄せください。

2007/09/19 15:05
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