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【写真展リアルタイムレポート】新美敬子写真展「犬が好き、猫が好き」

~10万カット超から厳選した72点
Reported by 市井 康延

肩書きは「犬猫写真家」ですと強調する新美さん
 犬と猫。写真に撮られる回数をカウントしたら、子どもと並んでつねにベスト3に入ることは間違いないだろう。写真にあまり関心のない人でも、犬と猫の写真は多く目にすることとなり、畢竟、日本人は犬猫写真の鑑賞眼が高くなっているのだ。

 そんなシビアな環境の中で、新美敬子さんは約20年間活動してきた。これまでに撮影した写真は10万点を超し、この会場に展示されるのは、そこから厳選した72点だ。ちなみにオープン前日、設営中のギャラリー前は、老若男女問わず善良なる通行人の口から発せられた「超カワイイ」、「あれは犬ですかなあ」、「へぇー」などなどの声がひっきりなしに飛び交っていたことをご報告しておこう。

 「犬が好き、猫が好き」は東京 新宿のエプサイトで、会期は8月8日~9月9日。8月13日~19日は夏期休館。開館時間は10時30分~18時。

 なお9月1日15時~16時にはサイン会を予定。問合せはエプサイトへ。


写真の知識はすべて実践で学んだ

新美さん愛用の「チロたん携帯」。モデルは隣家の猫だそうだ。新美さんの飼い猫「カテキン」携帯もある
 新美さんは写真学校には通っていない。好きで撮っていた経験と、郵便局員から転職したテレビ番組/広告制作会社において、実地で覚えたことがすべてだ。「その頃の犬や猫の写真といえば、帽子の中に入れたり、演出されたものばかりでした。今、考えれば、彼らは動いてしまうから、じっとさせるために必要だった措置だなとわかるんですが、その時はその表現がイヤだったんですね。自由に行動している自然のままの姿を撮りたいと思っていました」。

 そういう視点で犬と猫を見ていると、彼らの姿からはその街の雰囲気が伝わってくるし、飼い主の存在も見えてくる。「今や、人と犬や猫はお互いに生きていくうえで必要不可欠な存在なんです。だから私は写真に、そうした背景も写し込みたいと考えています」。

 そこで、今回展示する72点は、できるだけ多くの国の犬と猫を見てもらうことを重視してセレクトしたという。観る人に旅情の楽しさを味わってもらいたいというサービス精神と、いろいろな国の違いを感じ取ってほしかったからだ。新美さんがこれまでに訪れた国は55カ国に上る。

 「ただ撮り始めた頃のものは、技術的にもよくないし、フィルムも褪色が始まっている。私にとってそれは作品ではなく、思い出ですので除外しました」。では、新美敬子的犬猫写真の技術とはどういうものなのだろうか。


こちらから見て右側が犬小屋の屋根で、左側は猫小屋の屋根になる
展示の順番は会場にきてから、作品の色調、犬や猫たちの姿を見て決めた

撮った写真を見直す、選ぶ作業が大事

 新美さんが入ったテレビ番組/広告制作会社の社長さんは、元スチルカメラマンだったそうだ。その彼が唯一教えてくれたことは「フィルム代なんて安いものなんだから、考えて撮るな。息をしているうちはシャッターを押せ」というものだった。「素人同然の私を即戦力で使いながら、ほかには何ひとつ教わっていないんですよ」と笑う。

 ちなみに新美さんはヘリコプターからの空撮(できるだけ身を乗り出すため、身体を機体に縛って撮影した)や、スポーツカーの撮影(最高速度で自分の両脇を2台の車が走り抜けていく。撮影前、社長のひとことは「シャッターを切る以外、何があっても動くな」だった)なども経験したそうだ。

 その教えを守り、新美さんはニコンF4にデータバックを装着し、どんどん撮影していった。そのすべてを現像後、ワンカットずつ露出、シャッタースピードを確かめながら、見直していったという。「光の状態は撮る角度によっても変わる。そのさまざまな経験値を蓄えていくことが技術になる。撮って、自分で何度も見直し、選ぶことが大事だと思います」。

 だから撮影済みフィルムをカットして、マウントすることも自分でやるという。「その辺の作業はアルバイトに任せればいいのにと言われるのですが、そうできないんです」と新美さん。ただその結果、少し油断すると、未整理のフィルムの山ができてしまうことになるのだが……。


ウズベキスタン/ヒワ
自宅近くの犬。名前はコタロー。東京/高田馬場

国内でも海外でも撮影は歩くのが基本

 撮影のペースは年間5~6回、約2週間ずつ海外に出かける。そのうち雑誌などの仕事は1~2回で、あとは自分の作品制作のためだ。

 「日本にいるときは、散歩がてら撮り歩きます。国内でも海外でもとにかく歩くのが基本ですね」。その街の住宅街を見れば、犬や猫がどのぐらいいるかはわかる。工事をしていない、車が通らない道があるなどの条件はあるようだが、この嗅覚も経験に拠るようだ。

 海外の目的地選びは、行くシーズンに日照時間が長くて、暑つ過ぎない地域が条件だ。それは犬や猫が自由に外を遊びまわっている季節を意味する。「ただ南半球はダメです。ペットと人間が暮らし始めた歴史が短いので、犬や猫が少ない。街が新しいから、面白い写真にならないんですね」。

 行動は1人なので、南米も安全上除外している。この2年半で訪問した国は約20カ国。ポルトガル、ブータン、タイ、フランス、アメリカ、アイルランド、イギリス、オランダ、フィンランドなどだ。1回の旅行で撮る枚数は、36枚撮りフィルムを最低40本という。


DMに選んだ1枚。猫とともに、この女性の表情も魅力的だ。ブータン/ティンプー
その国の雰囲気が猫の表情からもうかがえる。マルタ/スピノーラ

出会いはほとんどが一期一会

会場の前を通る人の表情が自然と和んでいく
 猫を撮影する時は、飼い主が横にいれば別だが、通常は猫本人に撮影許可を得る。犬の場合は飼い犬だったら飼い主に、野良犬だったら本人に聞く。猫と野良犬は主体が当人にあるが、飼い犬は飼い主のものになっているからだ。「撮っていいよと言われたら、その瞬間に撮ります。時間をかけていいものじゃありません」。

 まれに犬や猫と遊びながら撮ることもあるが、多くは数十秒から数分しかかけない。その短い時間で、彼らの個性を見極め、「その子らしく撮ってあげる」のだ。

 その短い一期一会の中でも、撮った犬と猫は記憶しているという。撮影時間は短くても、フィルムを何度も見返しているから「私の脳の海馬にちゃんと焼き付けられている」。

 数年ぶりの再会はこれまでに2度あった。ベトナム・ハノイの犬と、ローマ・コロッセオの猫だ。「日本では15歳まで生きたとかいうけど、そこまで長生きなのは本当は珍しい。それに彼らは移動してしまうことも多いから、再会の可能性は低くなる。けど7~8年経つと、まったく顔も変わってしまっていますよ」。

 人間なら感動の再会だが、犬猫写真家の場合はあっさりしたもの。「だって私は覚えていても、向こうはまったくこちらのことを記憶していませんからね」。


犬猫写真家が唯一、毎年通う島がある

1点1点の写真にさまざまな物語が詰まっている
 常に撮影は、瞬間の出会いが基本の新美さんだが、唯一、香港のある島だけは6年前から毎年通っている。そこには犬もいるのだが、本当の目的は1人のおじいさんなのだ。

 その島へ足を運んだのは偶然。観光客があまり行かない、香港人だけが行く場所だった。SARS(重症急性呼吸器症候群)の影響で犬を放し飼いにすることは禁じられている中国だが、その島は街中、犬だらけ、自由に飼い犬が遊び歩いていた。

 「そこにアフガンハウンドを2匹を連れたおじいさんを見かけ『シャレた爺さんだな』と最初は思っていたら、実際は彼の飼い犬でもなんでもなかった。それどころか、そのあと、彼が海岸に捨てられていた食料を拾って食べているのを見かけてしまったんです」。

 彼の周りには犬がたくさん集まっていて、どうやらその犬たちは彼のことを犬だと思って慕っている風がある。爺さん自身は彼らを嫌がるでもなく、可愛がるでもなく付き合っている。そして爺さんは毎日、山のほうからやってきては、海岸で凧揚げをしているのだ。「いつも土産に凧を持っていってあげるのですが、ある時、私があげた凧がうまくあげられないでいたので、私が手助けしたらちゃんと上がった。それから私のことを尊敬の目で見るようになりました」。

 ある時、彼とちゃんと話したいと思い、地元で英語のできる人を探して通訳してもらったら「彼の話すことは言葉になっていない」ことがわかった。どうも生まれつき耳が聞こえず、言葉が話せないらしい。「どうも彼はガウという発語をよくする。犬のことを広東語でガウというので、私と彼はそれからガウ語で会話することにしました」。

 その凧爺さんも高齢なので、どこに住んでいるのか気になって、帰るところをつけたことがあるという。が、その時は暗くなってから山のほうに登っていくので、途中で見失ってしまったそうだ。

 「犬たちも、その風変わりな凧爺さんも、その島の人は当たり前に受け入れている。皆んな、彼がどこに住んでいるのか、誰も知らないのに、彼の存在は当たり前のものとして受け入れている。その懐の広い自由さがとてもいいんです。彼とその島の犬は今後も撮り続けていきます」。

 これはまだどこにも発表していない物語だが、今回、1枚だけ展示されている。その写真は、会場に行けば必ずわかるはずだ。またその1枚だけでなく、会場にある1点1点には、そうした犬や猫と、彼らに関わる人の物語が隠されているのだ。


フィルムを選ぶ理由は……

 今回、新美さんは作品展で初めてインクジェットプリントを使った。「背景がどこまで出るか、ボケ味がどうか、非常に不安でした。実際のプリントは想像以上にきれいで、粒状性、発色もポジに忠実に再現されていました」。

 デジタルカメラはブログ用にコンパクトカメラを2台持ち歩いているし、デジタル一眼レフを使ったこともある。インクジェットプリントのクオリティも今回わかった。

 が、作品は今後もフィルムで撮るという。それはセレクトの問題があるからだ。「作品の何カットかを比較して見たい時に、ディスプレイではどうしても見にくい。被写体の目に力があるか、どうしてもピントがきていてほしい部分などのポイントを見ながら、全体の印象を判断する。それにはやはりフィルムで、ビュワーで見る以外にはないんです」。

 犬猫写真家が描くこの世界は、犬好き、猫好き以外の人にも見てほしい奥の深さがあるのだ。



URL
  新美敬子ブログ
  http://blogs.yahoo.co.jp/inuneko_photo
  エプサイト
  http://www.epson.jp/epsite/



市井 康延
(いちいやすのぶ)1963年東京生まれ。灯台下暗しを実感する今日この頃。なぜって、新宿のブランドショップBEAMS JAPANをご存知ですよね。この6階にギャラリーがあり、コンスタントに写真展を開いているのです。それもオープンは8年前。ということで情報のチェックは大切です。写真展めぐりの前には東京フォト散歩( http://photosanpo.hp.infoseek.co.jp/ )をご覧ください。開催情報もお気軽にお寄せください。

2007/08/09 17:18
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