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【写真展リアルタイムレポート】飯塚達央「カムイミンタラ」

~見たことのない北海道をデジタルモノクロームで
Reported by 市井 康延

風景と人物のスナップが、風景写真と向かい合って空間を作り上げる
 飯塚達央さんは27歳まで、どこにでもいる写真愛好家の1人だった。それが写真家の道を歩き始め、今年、大阪と東京で初めての本格的な個展を開いた。その作品はモノクロームで描いた北海道・美瑛や東川町の風景と、日常のスナップだ。

 この会場で雑貨屋や銭湯、小学校の体育館で遊ぶ子どもたちを撮った写真を見て、筆者はこれまで意外にも「北海道のごく普通の日常」を目にしていなかったことに気づいた。「風景もそうですが、そこに住む生活者の視点で北海道を表現できればと考えています」と飯塚さんは言う。強いモチーフが多い北海道にあって、そのアプローチは新鮮な切り口かもしれない。

 展示作品はフィルムカメラ、デジタルカメラで撮影したものを、すべてエプソンの大判インクジェットプリンタ「PX-7500」で出力している。

 飯塚さんの写真展「カムイミンタラ」は4月17日~29日まで、東京 目黒のギャラリーコスモスで開催されている。月曜休館。開場時間は11~19時。入場無料。


1年後、会社員に戻る予定が……

飯塚さんが写真家になった経緯は、多くの写真愛好家を奮い立たせるかも知れない
 飯塚さんは小学生のとき、鉄道への興味から写真に目覚めた。が、その頃はあくまでも趣味であり、大学では経済を学び、大手インテリアメーカーに就職した。が、会社員の日々はストレスの連続で、「趣味の写真」の存在がどんどん彼の中で大きくなっていった。「金曜の夜から日曜の夜まで、毎週末は撮影旅行に出かけていました。そうやって自分を取り戻さないとやっていられなかったんですね」。

 会社には5年勤めて退職したのだが、それを決めたきっかけは桜だった。そのとき、被写体は鉄道から風景に変わっていて、桜の季節に週末しか撮りにいけない不自由さが嫌になったからだという。「会社を辞めて写真家になろうと思ったわけではなかったんです。とりあえず1年間、思いのまま撮り続ければ納得できる1枚が得られるんじゃないか。そうしたらまた会社員に戻ろうと考えていました」。

 退職金でワンボックスカーを購入し、撮影機材を買い足し、車に寝泊りしながら東北を経て、北海道に渡った。大学時代、ツーリングで旅した光景が印象に残っていたからだ。


美瑛を撮り続けた写真家・前田真三さんにもモノクロームシリーズはあるが、それとは違う世界を目指す
 その生活を始めて感じたのは、「存分に写真が撮れる幸福感」だけで、先々の不安は一切なかったそうだ。とはいうものの1年は食いつなぐ目論見が、半年も経たず10月には資金が底をついてしまったのだが……。

 結局、働きながら北海道で生活することとし、富良野の写真館で2年ほど勤め、旭川では飲食店で働きながら、撮影の仕事をこなしていった。その間も自分の作品は撮り続けていたという。「写真館では学校写真や結婚式のスナップ撮影を学びました。そこで初めてポートレートを撮り、人にカメラを向けることを覚えたんです」。

 学んだといっても、これまで同様、まったくの独学。撮影も最初から1人で任され、実地で経験を積んでいったのだ。


こうした何気ない風景に、より目が惹かれるようになった それにはこの地に住む人たちの存在が大きい(この作品は展示されていません)

最初はいわゆる美瑛らしい風景に憧れたが

 飯塚さんは現在、東川町に居を構えているが、これまで住んだ美瑛、富良野、旭川は大雪山系を見渡せる場所にある。道内最高峰である旭岳を中心にした山並みと、そこに広がる丘陵地帯の美しさに魅了されているのだ。「最初は有名な撮影スポットを撮影して満足していました。フィルムもポジを使っていましたしね」。

 それがその土地に住んで、撮っていると、いつしか風光明媚な光景に目がいかなくなってくる。それは当たり前のものになり、富良野、美瑛らしい絶景に目を奪われていたときには見えなかった美しさが見えてきたのだ。

 「風景を撮る場合、地元の人のほうが良い写真が撮れるといわれます。いつでも撮影できることで、自然変化による決定的瞬間に出会いやすい。だから有利だと。けど僕はそうは思いません。それだけでは、ただ美しいだけの写真にしかならない。僕はきれいなだけではなく、見た人が、撮った写真家の存在を感じる写真、どんな人が撮ったんだろうと思わせるような写真が撮りたい。そうした写真は、住人の視線を持たないと難しいと思うんです」。


上芦別の商店。かつての繁栄のよすがが感じられるだろうか(この作品は展示されていません)
街は寂れているが、住む人の心まで寂れているわけではない

街のスナップはフィルムカメラで撮る

ペーパーは、北海道の写真仲間に教えられて使い始めた「局紙 ピクトラン」を使用
 飯塚さんがこの地に住んで見えてきたのは、北海道民の逞しさだ。明治末期から興った炭鉱産業は、昭和30~40年代に最盛期を迎え、あとは衰退の一途をたどっている。「街は寂れ、商店もすたれてはいるが、街の人からは強さを感じるんですね。人や街の片鱗から、往時のよすがが見えたりするんですよ」。

 仕事の合間には、ローライフレックスなどフィルムカメラを携え、街に撮影に出かける。古い商店や建物、廃校になった小学校、出会った人々を撮らせてもらうのだ。「3年ほど前から必要に迫られてデジタルカメラも使い始めていますが、この撮影はフィルムカメラじゃないと撮る気がしません。ワンカットずつ、フィルムを巻き上げてシャッターを切っていきます」。

 デジタルカメラは逆に緊張感なく、気ままに撮れるところがフィルムカメラにない良さだという。その味を覚えてちょっと出かけるときでも、デジタルを手にすることが多いので、風景のカットは最近、デジタルが俄然多くなっているようだ。「真っ向から風景に立ち向かって撮るというより、ほんとに散歩のときにスナップしたり、日常の延長の中で撮る風景が増えました」。


 タイトルにつけた「カムイミンタラ」とは、アイヌ語で神々が遊ぶ庭という意味だ。「標高2,000m以上の山には夏になると、一面に高山植物が咲く場所が出現します。その場所をこの地域の人はそう呼んでいるのです」。その花が咲いている期間は約1週間きり。神々が遊ぶ場所にはふさわしい。

 飯塚さんが住む家から最も近いカムイミンタラは旭岳にあり、直線距離だと15kmぐらいしか離れていない。が、飯塚さんはまだ1度も見たことがないという。富士山より1,000m以上低い旭岳だが、頂上の環境は同じ厳しさといわれており、おいそれと行ける場所ではない。

 それと北海道に住み、その自然と人々を知っていくうちに、飯塚さんの目に「カムイミンタラ」の存在は日常のなかにも感じられるようになってきた。そのイメージでセレクトした写真が、今回、出品した作品群だ。


「作品のセレクトはいまだにこれが一番かわからない。それを自分自身で確かめることも写真展をやる目的のひとつだと思っています」と飯塚さん
信じられないぐらい明るい満月の夜や、こうした雲の存在にも神の存在を感じる

 大阪での展示では風景のみで行なったが、東京では、それに人物や街のスナップを加えた。「出身地である大阪と、やはり東京で個展を開きたかったので、場所を探し始めていたんです。偶然、大阪で先にできることになったら、その展示をきっかけに、コスモスインターナショナルさんが、東京でもやらないかと声をかけてくれたのです」。

 風景での展示では、まずまずの反応が得られた。では、そこに風景とスナップをあわせたら、どう見えてくるか。挑戦したい気持ちが芽生えたのだ。「モノクロームでやったのは、北海道の光景はカラーにすると、どうしても印象が色に引きずられてしまうから。それと自分自身、5年ぐらい前からモノクロに惹かれているんですよ」。

 人物やスナップはほとんどがフィルムカメラで撮ったものだが、風景はフィルムとデジタルが混在する。そのうえカラーリバーサルで撮った作品も何点か入っている。「銀塩だと、カラーフィルムをモノクロに焼けませんが、デジタル写真はその制約も取り払ってくれました」。

 暗室作業をやめたわけではないが、モノクロプリントは「デジタルプリントのほうが結果が良い」という判断だ。スキャニングしたほうが印画紙に焼くより階調が出ていて、改めてフィルムの情報量の多さに驚いたともいう。

 またデジタルカメラで撮影したデータと、フィルムからのデータをプリントして、その表現に違いがあることも飯塚さんの中で明確になったようだ。フィルムはトーンを重視した表現であるのに対し、デジタルカメラは解像感が強調された絵になるという。実際にどうなのかは、会場に行って確かめていただくしかない。

 風景写真を撮っている人、モノクロームプリントに関心がある人、そしてちょっぴり写真家になりたいと野望を抱いている人はオススメの写真展だ。22日までは、作者が会場でお待ちしています。

【お詫びと訂正】記事初出時、ギャラリーの休館日を日曜日と記載しておりましたが、正しくは月曜日です。お詫びして訂正いたします。



URL
  飯塚達央
  http://www.photoseason.net/
  ギャラリーコスモス
  http://www.gallerycosmos.com/



市井 康延
(いちいやすのぶ)1963年東京生まれ。灯台下暗しを実感する今日この頃。なぜって、新宿のブランドショップBEAMS JAPANをご存知ですよね。この6階にギャラリーがあり、コンスタントに写真展を開いているのです。それもオープンは8年前。ということで情報のチェックは大切です。写真展めぐりの前には東京フォト散歩( http://photosanpo.hp.infoseek.co.jp/ )をご覧ください。開催情報もお気軽にお寄せください。

2007/04/18 14:27
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