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【写真展リアルタイムレポート】
吉村和敏写真展「林檎の里の物語~カナダ アナポリス・ヴァレーの奇跡~」

~写真を撮ることで見えてくる新しい物語を求めて
Reported by 市井 康延

展示が済んだ会場で作品を前にした吉村和敏さん
 なぜ写真を撮るのか。誰でも1度は考えたことがあるだろう。そのひとつの解答が今回、紹介する吉村和敏写真展「林檎の里の物語~カナダ アナポリス・ヴァレーの奇跡~」にある。写真家は新しい土地に足を運び、そこに住む人と彼らの物語に出会う。そう、写真はその出会いをもたらしてくれるのだ。そして私たちは写真展で、また写真集でその経験を共有することができる。

 会場は東京・新宿のペンタックスフォーラムで、会期は10月27日(金)~11月9日(木)。開場時間は10時半~18時半。11月4日(土)は15時半~18時まで、ギャラリー内で吉村和敏スライド&トークを開催。写真展は入場無料だが、このトークショーのみ入場料は1,050円。要予約(電話:03-3348-2941)。定員50名。

 なおこの作品は2007年ペンタックスカレンダーに採用されている。


撮影すべき場所は行った瞬間にわかる

 吉村さんはおよそ18年前にカナダを訪れてから、カナダの風景と人をフィールドに撮影してきた。彼は作品発表の舞台として、写真展と写真集を重視した活動を行なっており、2000年に出版した「プリンス・エドワード島」以降、13冊の写真集、フォトエッセイを出版し、8回の写真展を開いている。写真集の出版点数が減っている中で、この数字が彼の人気を物語っているといっていいだろう。

 美しい風景写真を撮る写真家は数多くいるが、彼の作品には「生きることの幸せ」を素直に感じさせる視点が備わっている。そこが多くのファンを惹きつける魅力になっているのだ。多分、写真に写り込むその「温かみ」は、生来、吉村さんが持っている人生観、感性なのだと思う。

 だいたい、写真を撮るために18年前、知り合いもいない異郷であるカナダに単身渡り、約1年間、1人で生活したのだが、その話を彼の口から聞いても、気軽な楽しい旅をしてきたようにしか受け取れない。本人は「結構、きつかったですよ」とはいうのだが。


吉村さんの作品。約10年間で撮影した写真は数万カットに及ぶ。(C)吉村和敏
吉村さんの作品。ギネスブックにも載った巨大カボチャと、その生産者であるディル・ハワードさん

 今回の撮影地であるアナポリス・ヴァレーを選んだのも、カナダを選んだ時と同じ、ある種偶然だった。そこはノバ・スコシア州の北西部にある丘陵地帯で、花の咲く頃に少し観光客が訪れる程度の無名の場所だ。「ずっとなんとなく気になっていて、あるとき行ってみた。それが10年前です。その時、自分の中で感じるものがありました」。撮影地を決める場合、彼の場合「行った瞬間にわかる」という。その場所を見たとき、心がときめくかどうかだ。カナダで最初の撮影地に選んだプリンス・エドワード島もそうだった。

 またアナポリス・ヴァレーは北と南側が山に囲まれ、北国でありながら気候は温暖であり、林檎の栽培が盛んな地域だ。吉村さんの出身地である長野県松本市も林檎の産地であり、どこか共通点を感じたのかもしれない。このときには2005年の写真集「ローレンシャンの秋」にまとめたケベックの撮影も始めていて、このふたつを平行して進めていった。


地元の人と知り合うために

 初めての撮影地では、山や高台に登り、全体を眺め、地域を歩き、撮り続けるという。初めて仲良くなる地元の人は宿泊先のオーナーだ。「撮影しているときに話しかけられ、そこから付き合いが始まることも少なくありません。カナダの人たちは自分たちの土地や歴史に誇りを持っているので、撮られることをとても喜びます。撮影を嫌がられたり、拒否されることはありません。日本では考えられないことですよね」。四季を通じて撮影を行ない、その場所を知り、そこに住む人との付き合いから、外から見るだけではうかがい知れない街の成り立ちや歴史を知っていく。そのなかで、また新しく見えてくる風景や物語の断片を写真におさめていくのだ。

 この地はもともと「アカディアン」と呼ばれるフランスからの移住者が生活していたが、後に統治したイギリス人に追放されてしまった。それが約250年ほど前のこと。今、生活している人々は、それ以降に移住してきたイギリス人の子孫になる。彼らはアカディアンが作り上げてきた土地の歴史と、建造物を敬意をもって継承し、自らの歴史とともに次の世代へ伝えている。


すべてのカットを小さく出力して、壁面ごとに紙に貼り、何度も並び順と位置を考える
展示準備の様子。吉村さんの場合、事前に展示場所は考え抜いているので、会場で並べ替えることはまずないという

写真展のプランを考えながら撮影

 撮影していく過程で、写真集や写真展でどうまとめるかも考え始めていく。今回は、住む人たちが自らの歴史に誇りをもっていることを感じたため、70歳以上になる男女10人のポートレートと、彼らの物語を風景の中に織り込むプランを考えた。

 「1人2~3時間かけて話をうかがい、撮影をしました。皆んな、普通の人たちなんですが、自分たちの人生について語り始めると止まらない。さまざまな人生があるわけです。彼らの話を聞いているうちに、アナポリス・ヴァレーの風景は、そんな彼らの人生と重ね合わせて表現できればいいと思って組んだつもりです。ただ風景の場合、どうしても四季の流れに沿わざるを得ない。それをどうにしかして打破できる方法はないかと思うのですが、これは難しいですね」。

 吉村さんの撮影機材はこれまでペンタックス645と67をメインに行ってきたが、3年前からはそれにデジタル一眼レフが加わった。中判カメラで風景を撮り、デジタルカメラではスナップと人物を撮影する。

 今回の写真展では、フィルムからのプリントは木のフレームを使い、デジタルからのプリントはアルポリックというアルミ樹脂複合材に直接作品を貼り付ける方法で展示した。「ほかの写真家さんの展示でアルポリックを使っているのを見て、カッコいいなと思っていたんです。ただ僕の作品はカントリー調だから、木のフレーム以外は合いにくい。今回、初めてポートレートを展示することになったので、使ってみることにしました」。

 プリントについては、これまでRPプリントを使ってきたが、今回初めて銀塩方式によるデジタルプリントにした。またデジタルカメラからの出力は「デジタル独特のシャープさを消したかったので、マット調のペーパーを選んだ」という。

 これまで吉村さんの展示を見てきた人の目には、落ち着いた雰囲気の表現に見える。が、ポートレートやスナップを撮ったカットが、風景の中にうまく溶け込み、「林檎の里の物語」を深めているようだ。その判断は、実際、会場に行った人に委ねるしかないのだが。


ウッドフレームがフィルムからのプリントで、シルバー地のアルポリックはデジタルからのプリントを展示
展示作業を始めて約2時間後にはほぼ展示は完了

645デジタルが出れば100%デジタルに

 デジタルカメラはキヤノン EOS-1Dsを使ってきたが、今はEOS 30Dとペンタックス *ist DSに切り替えた。11月30日の発売以降はペンタックス K10Dも加える予定だ。「一眼レフは画質の次には、軽さを重視しているので、1Dsは僕には重すぎました」。

 35mmで比べると、大きく伸ばしたとき、フィルムのほうが粒子の荒れが目立つという。だが、デジタルが絶対的に苦手な条件があるので、100%デジタル化はまだ無理なようだ。

 「ひとつは雲の白です。あと朝日と夕陽のまぶしく輝く部分から空に溶け込んでいく描写が、デジタルだと自然に再現できない。あと夕陽が金色に光る描写が無理です」。

 1,000万画素を越すと、レンズの性能が如実に出てきてしまう。一眼レフ用のレンズもいいものが出てきているが、中判カメラのレンズが使えればそれに越したことはない。「645のデジタルカメラが出れば、100%デジタルに切り替えることになるでしょうね。来年の暮れぐらいになるんでしょうか」。さて。ペンタックさん、どうなんでしょうか。

 なお今回、展示した作品はすべて1Dsで、レンズはEF 24-70mm F2.8L USM、EF 70-200mm F2.8L IS USMを使って撮影したものだ。

 デジタルカメラ派にも、フィルムカメラ派にも楽しめて、学べる写真展になっているはずだ。吉村さんの最新情報をひとつ。彼の場合、写真展を開くことでひとつのテーマが終了する。それを見越して3年前から、新たな被写体とテーマを求めてヨーロッパの撮影を始めているそうだ。ようやく見えてきているのはフランスの村と、ドナウ川、そして白夜だ。来年あたりからその成果の一端も発表されるはずだ。そちらも期待して待とう。



URL
  ペンタックスフォーラム
  http://www.pentax.co.jp/forum/
  吉村和敏
  http://www.kaz-yoshimura.com/



市井 康延
(いちいやすのぶ)1963年東京生まれ。久しぶりにギャラリーめぐりに1日を使った。これまでのように自由にギャラリーに足を運べないので、見たい写真展を効率よく回れる日を選ぶ。通常より早く終わる最終日は要チェックだ。良い写真展を見るには事前の情報収集が不可欠。ということで、写真展情報を掲載したホームページ( http://photosanpo.hp.infoseek.co.jp )を作りましたので、一度、ご覧ください。

2006/10/30 00:17
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