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【写真展リアルタイムレポート】
梶井照陰写真展「NAMI」

〜佐渡の波を撮り続ける僧侶/写真家
Reported by 市井 康延

 好きなものを撮る。そして撮り続けていくことで、最初は見えなかったものが見えてくる。そうしたプロセスを経て撮られた写真が、人の心を揺さぶるのだ。東京 新宿のエプソンイメージングギャラリー エプサイトで5月3日〜6月11日まで開催される梶井照陰写真展「NAMI」は、その好例といえる。デジタル一眼レフで捉えられた波の表情の豊かさに、きっと驚くはずだ。開館時間は10時半〜18時。会期中無休。入場無料。

 また27日の15時から、エプサイトにて作者によるトークショーを開催する。参加希望者は電話予約が必要。予約は20日からで定員は70名。参加費はエプサイト会員は無料。イベントの詳細は、同社サイトに12日頃掲載予定だ。


僧侶で写真家の梶井照陰さん
梶井照陰さんの作品

 今東光、瀬戸内寂静、玄侑宗久……そう、僧侶であり小説家だ。大橋紀雄、篠原真祐、そして梶井照陰……こちらは僧侶であり写真家。僧侶で写真家というのは初めてじゃないかと思って調べてみたら、意外といらっしゃいました。当初のあてが外れてしまった私は、今、書き出しに実に苦労することに相成ったわけです。それは、梶井さんに会って感じた印象が、当初抱いていた先入観とずれていたからだ。

 佐渡島の僧侶で、波を撮っている写真家。佐渡島から本土に渡るときは、フェリーなんか使わず、彼が浜辺に立つと海がさっと割れて道ができてしまうような印象を持ちませんか?

 それがまったくの思い違い。目の前に現れた梶井さんは実にフツーの人だったのだ(彼のポートレート写真を見てください)。話をうかがっていくと、その姿勢は、写真に向かう態度にも共通している。ほかの僧侶作家たちが、人間の業や欲望の救済に向かっているのに対し、梶井さんの眼は、この世に存在するものをまず愛しんで見ることから始められている。そしてその視点は、梶井さん自身、撮ることで明確に自覚し、自らの中で育んできたように思える。


海外紀行を新聞に連載

エプサイトの外側に向けて展示された大判プリント。「ここまで伸ばせるか、心配でしたが」と梶井さん。予想以上の仕上がりに満足気だ。この迫力は実際に見ないと実感できないぞ
 梶井さんは1976年生まれ、新潟市で育った。祖父が佐渡市の観音寺の僧侶で、父は新潟市内で設計事務所を経営している。梶井さんは現在、佐渡島に住み、佐渡新四国36番札所である観音寺の僧侶と、写真家としての仕事をしている。

 写真を始めたのは中学3年生のとき。小学生のころから昆虫が好きで、昆虫採集をしてきたが、中学生のころになって虫を殺すのがいやになって、代わりに写真を撮ることにした。「虫の生態写真ばかり撮っていました。昆虫が卵から孵化し、蝶になるまでを、徹夜して記録したこともあります」。写真は独学で、海野和男さんの本などがテキスト代わりだった。カメラはEOS 630で、リバーサルフィルムを使って撮影していた。いまも被写体に応じて、フィルムカメラとデジタルカメラを使い分けている。

 僧侶への道を決めたのは高校時代。密教に興味があり、高野山大学の密教学科に進んだ。密教とは、簡単にいうと仏や宇宙と一体になることを目指す考え方が基本にあり、梶井さんが修行した真言宗や天台宗はその流れを汲んでいる。仏陀が開いた悟りとは何だったのか。その境地に到達するために修行を重ねていくのだ。

 悟りとはよく聞く言葉だが、実際、どんな感じなんだろうか。「太鼓を叩きながら、お経を長く唱えていると、音とひとつになった感じになる。その延長でしょうか。悟ったと思っても、悟れていないことに気づくんですけどね」。

 修行の後、梶井さんは何度か海外に出かけている。最初に行ったのは、ベトナムとカンボジアだ。ベトナムの旅はカヌーとテントでメコン川を遡ることから始まった。2カ月半ほどの旅だった。また、カンボジアは約1,000年前に密教をもとに国づくりが盛んな地であり卒業論文の題材でもあった。「カヌーを降りてから、最後は自転車でカンボジアに向かったのですが、カヌーを持って歩いていたら、不審者と思われ、留置場に入れられてしまいました」。

 拘留は2日間だけだったそうだが、取調べでは全裸にされて、ボディチェックをされたそうだ。映画「ミッドナイト・エクスプレス」(トルコで、無実の罪で拘留され続けた男を描いたサスペンス)ばりの話だ。「そんなに怖いとは思いませんでしたけどね。捕まった時、村人がたくさん集まってきていろいろ言っているんですが、その光景が面白くて、押収されて机の前に置かれたカメラで隠し撮りをしてしまいました」。

 帰国後、この旅で撮った写真を使ってスライド上映会を開くと、新潟日報の記者が見に来ていて、新聞の連載記事を依頼されたという。その後、タイ、パプアニューギニアなどの取材を行ない、同様に連載記事となった。

 スライド上映会に新聞社の記者が見に来たのは、偶然来てくれたわけではなく、梶井さんが高校時代、フォトコンテストに作品を応募したり写真展を開いたりしていて注目されていたからだ。なおパプアニューギニアを選んだのは、その民族にオーストラリアのアボリジニのような精霊信仰があり、それは密教に通じるものとして興味があったからだという。


「NAMI」写真展初日の前日に行なわれた飾り付けの模様
梶井さん(右)の意向を反映させて展示準備は進められる

佐渡の老人のポートレート

 その後、佐渡島に戻り、観音寺の僧侶として活動を始める。檀家さんを回り、老人たちの話を聞くうちに、その話が持つ価値と、それが伝承されない可能性に気づき始めた。60歳になると、自ら口減らしのために死にに行ったという姥捨て穴や、同じく口減らしのために子どもを崖から落とすといった話だ。海があって、海産物が豊富にとれる島で、それだけ生活が苦しかったのは、当時の為政者が二重三重の年貢を取り立てていたからだという。

 このほか、順徳上皇が佐渡に流された折、本土から伝えられた能や、鬼太鼓(おんでこ)が、混ぜ合わさり、佐渡独自の文化を作り上げている。そうした独自の文化を持つ佐渡島は一周約260kmほどの島で、現在の人口は約68,000人。これは40〜50年前のおよそ半分だという。高齢化が進み、漁師でさえ平均年齢は60〜70歳になる。高齢化社会のモデル地域のような場所だ。

 「ぽつぽつとしか若い人は戻ってこないけど、それでいいと私は思っているんです。ここに住みたい人だけが来てくれればいい」。

 そして島の文化と歴史を残すために、地元の老人たちのポートレートを撮影し、話を聞き始めた。カメラは最初、EOS-1Nを使っていたが、途中からペンタックス67に換えた。

 「すでに300人以上を撮影しました。フィルムカメラを使っているのは、リバーサルで撮り始めていたことと、今撮影しているポートレートが67判のフォーマットにあっていると思うからです」。

 佐渡の話と写真は月に1回、新潟日報で連載しているという。


波の表情を発見する

 波は、佐渡島に戻って2年ほどしてから撮り始めた。波を見るのは好きで、幼いころからよく見ていたという。最初はフィルムカメラで撮り始めたが、思うような色が出ない。波頭が飛沫で白く泡立つと、フィルムでは波の深い色がでない。それがデジタルカメラで撮ると、濃い緑などの色がきれいに再現されるのだ。「それと佐渡島では、現像に出すと、あがってくるのに10日間ぐらいかかってしまうんですよ。波を撮るときにはすぐに確認したかったことも、デジタルを選んだ理由のひとつですね」。


特に白く波飛沫が立つシーンでは、フィルムカメラではこの海の深い緑が出ない。デジタルカメラならではの描写なのだ
 最初はただひたすら撮り続けた。1日に3,000〜5,000カットを撮っていたときもある。撮影は四季を通じて行なっているが、特に冬は風速が30〜40mになるときもあり、そのときの波は12mを超す。数年前、10年に1度という大波が来たときには、コンクリートでできた灯台が流されてしまったほどだ。

 佐渡島の海岸は岩場や、細かい砂の浜、大粒の石の浜などがあるが、撮影は岩場がある場所が多い。岩の影響を受けて、波の動きに変化が出るからだ。だが、逆に予想もしない波が打ち寄せることにもなり、撮り始めたころ、大波をかぶって海に流されたこともある。「波には周期があって、100回に1回ぐらい、大きい波が来る。いまはそれがわかっていますから、いち早く察知して逃げています」。

 EOS D60は波を撮り始めると、みるみるレンズ部などが錆びはじめ、1年半ほどで動かなくなった。現在はEOS-1D Mark IIとEOS 20Dを使っている。波打ち際や砂浜から撮るときは80-200mmや400mmで、海に入って撮るときは17-35mmをメインにしている。

 撮影に出かけるときは、気象予報を聞き、風向きを調べてから、撮影地を決める。現在は波を観察する時間が長くなり、撮影カット数はぐっと減った。「波を集中して見ていると、お経を唱えて音と一体になるのと同じような気持になっていきます」。

 見続けていることで、波は新しい表情を次々と見せてくれる。だが、その表情は漫然と目の前に現れるのではなく、撮影者が発見していくものなのだ。

会場:エプサイト
   東京都新宿区西新宿2-1-1
   新宿三井ビル1F
   Tel.03-3345-9881
会期:5月3日(水)〜6月11日(日)
開館時間:10時半〜18時
入場料:無料



URL
  エプサイト
  http://epsite.epson.co.jp/
  梶井照陰Website
  http://kajii.icca.jp/



市井 康延
(いちいやすのぶ)1963年東京生まれ。久しぶりにギャラリーめぐりに1日を使った。これまでのように自由にギャラリーに足を運べないので、見たい写真展を効率よく回れる日を選ぶ。通常より早く終わる最終日は要チェックだ。良い写真展を見るには事前の情報収集が不可欠。ということで、写真展情報を掲載したホームページ( http://photosanpo.hp.infoseek.co.jp )を作りましたので、一度、ご覧ください。

2006/05/09 15:56
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