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モノ・レイク(後編)
[2008/07/30]

モノ・レイク(前編)
[2008/07/09]

雪が降った5月のセコイア
[2008/06/25]

5月、霧のキングス・キャニオン
[2008/06/11]

サンタ・クルーズ島へ日帰りの旅
[2008/05/21]

春のデスバレー(後半)
[2008/05/07]

春のデスバレー(前半)
[2008/04/23]

パソ・ロブレスの冬
[2008/04/09]

モハヴェ砂漠の冬(後半)
[2008/03/26]

モハヴェ砂漠の冬(前半)
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砂漠のルート66
[2008/02/27]

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[2008/02/14]

冬のカーピンテリア
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12月のニューヨーク(後半)
[2008/01/16]


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春のデスバレー(前半)


シグマDP1 / F8 / 1/125秒 / ISO100
砂丘を懸命に歩いた私の足跡に、朝日が当たる

※すべてRAWで撮影してからJPEGに現像し、幅1,028ピクセルに縮小しています。
※写真下のデータはカメラ/絞り/シャッター速度/感度です。SD14のみレンズと実焦点距離を付記します。


 「少し前の新聞に、デスバレーの春は花も咲いて、訪れるにはいい季節だと書いてあった」と3月の末に友人が知らせてくれた。早速、私はネットで花の咲き具合を調べてみた。

 あるサイトによると、デスバレーの花の咲き具合は4から5(ピークは10)で、もうピークは過ぎたとが、標高が600m以上の地域なら元気のいい花がまだ咲いている、とあった。だがその情報もすでに1週間前のもので、春らしい季節を感じる花はもう期待できなさそうだ。

 しかし、去年の2月にデスバレーを訪れ、その景色がまだ記憶から薄れていない私は、花はなくても、その記憶をさらに確かな濃いものに塗り替えたくなり、その景色を思い出しながら旅の支度を始めたのだった。この春に行かなければ、夏には地球上で最も暑くなる土地のひとつには行きたくないので、秋まで待たねばならない。そんなに待ちたくなかったのだ。

 数日後、朝の6時前に私の体はデスバレーを目指す車の中にあった。すでに混み始めているハイウェイ405号線を北に走る。もう1時間もすると、LAの幅広いハイウェイ網は車だらけになり、まともに前に進めなくなる。ロングドライブの前の朝のラッシュは何としても避けたい、という思いが、夜更しして寝不足の私を、朝早く起こしたのだった。

 405号線、5号線、14号線と北に走り、左手にそびえる雄大なシェラネバダ山脈が迫る395号線に入ると、すぐにガソリンスタンドに立ち寄る。客が私しかいないガソリンスタンドで満タンにし、コーヒーを買う。左手でハンドルを握り、右手で紙のコーヒーカップを持ち、数分置きにコーヒーを口に運び、さらに北に走る。

 オランチャで190号線に入り、デスバレーに向け東へ向かう。その私の左手方向に干上がったオーエンズ湖が、白く眩しい。さらに北に行けば、もっと白い雪にカバーされているはずのシェラネバダ山脈が、北西に連なって見えている。自宅を出て約3時間、200マイル(360km)の地点だった。誰もいないその地に車を停め、しばしその景色の中に1人佇む。


シグマDP1 / F11 / 1/250秒 / ISO100
1913年、ロサンゼルス市が水不足解消のためオーエンズ川の流れを変え、干上がったオーエンズ湖

 190号線をさらに東に走ると道は上り始め、しばらく走るとデスバレーに着いたかと錯覚するほど大きなパナミント・バレーが一望できるファザー・クロウリー・ポイントに到着する。地図によるとこのあたりはもうデスバレー国立公園内で、公園に指定されている地域の総面積は13,158平方km(長野県とほぼ同じ大きさ)と、アメリカ本土の国立公園では最大である。

 「たった今、ものすごい速さで、この渓谷を戦闘機が飛んでいったよ。見逃して残念だったな」とオートバイに乗りヘルメットをかぶり、色の濃いサングラスしたお兄さんが、戦闘機を目撃したのを自慢げに大きな声で私に伝える。深いレインボー・キャニオン内を戦闘機がパナミント・バレーの方に飛んで行ったのだった。ここから南に軍の施設が地図に記されているが、そこから飛んで来たのだろうか。この世のものとは思えない大きな戦闘機の音が、渓谷中に響き渡っていた。その音は車を運転する私の耳にも当然届いていて、その光景を想像するのは難しいことではなかった。

 レインボー・キャニオンを覗き込んだ後、ちょっと危険を感じる急カーブをいくつも曲がりながら走り下り、パナミント・バレーに到着する。その広大な谷底からは、190号線が山脈を登っているのがよく見える。このあたりの地理を知らなければ、ここがデスバレーだと言われても私なら疑わない。


シグマDP1 / F11 / 1/200秒 / ISO100
ファザー・クロウリー・ポイント。谷底深いレインボー・キャニオンが左手に見える
シグマSD14 / F8 / 1/400秒 / ISO100 / APO 50-150mm F2.8 EX DC HSM / 150mm
パナミント山脈を越える。夏はオーバーヒートする車も多いのではと思う

 車の窓を全開にし、気持ちのいい風を受けながら急な勾配を登り切ると、標高約1,500m地点から今度は、海抜-86m地点もあるデスバレーに吸い込まれるように下り、春のデスバレーに到着する。

 春らしい元気な花の群集は車のフロントガラス越しには見えないが、ピークを過ぎて静かに咲く花を道沿いに見る。まだ昼前のせいか、思ったより暑さは感じない。しかし、乾燥で喉が異常に渇く。水が飲みたい喉の渇きとは違うが、私は水を頻繁に喉に流し込みながら190号線を南に走り、宿泊施設、ビジターセンターがあるデスバレーのオアシス、ファーナス・クリークに到着する。その周辺には3カ所のキャンプ場があり、昨年もテントを張ったテキサス・スプリングに気に入ったサイトが空いていたので、そこにテントを張ることにする。

 ほんのひととき前まで暑さは感じなかった大気は、だんだん熱気を帯びてきて、テントを張り終えると体中が汗ばんでいた。1晩の宿泊料を自動販売機で払い、各テントサイトにサイト番号が書いてある立て札にそのレシートを貼る。

 今晩の寝床を確保した私は、ビジターセンターに行き国立公園の入場料を自己申告的に払い、トイレで顔に日焼け止めクリームをたっぷり塗る。ビジターガイドによると、海抜-86mの西半球で1番低い地点があるというバッド・ウォーター・ベイスンを目指し、真っすぐ伸びた1本道を南に走る。

 塩分が強くて飲めないことからバッド・ウォーター(悪い水)と呼ばれる塩水湖に着き、その前にある駐車場に車を停め、大塩原の上を歩き出す。頭の上からの強い太陽光と白い塩の地表からの反射にデスバレーの熱を感じ、額から流れる汗が顔に塗っていた日焼け止めクリームを溶かし目に入り込んで沁みる。「暑い日はここで歩かないように」と、ビジターガイドに書いてあったことを思い出す。ここは、デスバレーで最も暑くなる場所のひとつである。


シグマDP1 / F11 / 1/250秒 / ISO100
ピークを過ぎた花が迎えてくれた
シグマDP1 / F11 / 1/320秒 / ISO100
真っ直ぐに伸びる道はスピードを感じない

シグマDP1 / F11 / 1/320秒 / ISO100
駐車場からは真っすぐ歩けるように平らになっている
シグマDP1 / F11 / 1/400秒 / ISO100
バッド・ウォーター・ベイスンの表面

 バッド・ウォーターからはキャンプ場に向け、ゆっくりと来た道を引き返しながら、見たいスポットに立ち寄ることにした。

 まず、すぐに目に付いたナチュラル・ブリッジと呼ばれるトレイルに立ち寄る。白く輝く大塩原を見下ろしながら、緩やかな上りのトレイルを歩き出す。陽の光を避け、岩に挟まれた砂漠の渓谷に隠れながら歩いていると、冒険家か考古学者にでもなった気分になり、取り巻く自然環境に注意を払いながら歩くのも楽しい。

 800mほど歩き進むと自然にできた岩の橋の下を通る。さらに歩いて行くと渓谷は狭くなり、大きな岩が行く手を阻むように転がっている。その岩の下を這うようにして通り抜け、さらに歩くと渓谷はさらに狭まり、数mの高さの岩がトレイルをふさいでいる。さらに前に進もうか、ここで引き返すか迷う。しかし、この先がどうなっているのか知りたい小さな冒険心が、私を果敢にその岩を登らせる。岩を難なく登りきるとトレイルがまだ伸びている。トレイルを少し進むと、とても私の手に負えそうもない岩壁が高く立ちはばかっている。もはやトレイルコースではなく、ロック・クライミングの世界だった。

 私はそこで引き返すことに決め、トレイルを下がり降りるように戻り始めた。途中、本格的な登山靴を履いた男性とすれ違い、さっき難なく登った岩まで戻る。岩を降りるのは登るよりはるかに難しいことが、靴の底を岩の表面に置いた瞬間にわかった。岩の表面は滑りやすく、滑り落ちて岩に体を打ち付けるのが怖い。肩から提げたカメラバックと首から提げたコンパクトカメラも、やけに邪魔に感じる。私は何度も滑らないことを確認し、その岩を降りるのに手と足の力を最大限に使い、何とか無事に岩から砂地に降りることに成功した。

 「そこは1番難しいところね」と前方のトレイルの小さな岩に腰掛けていた1人の女性が、朗らかに声を掛けてきた。すれ違った男性の連れと思われる白人女性が、私の奮闘ぶりを全て見届けていたのだ。「首からぶら下げているカメラをただ壊したくなかっただけですよ」それほど高くない岩を降りるのに大奮闘していた姿を目撃され、ちょっと恥ずかしかった私は、そう言い返えした。そして、その女性の前を通り過ぎる際、「きれいなところですね、ここは」と照れながら言葉を掛けると、周囲の風景に溶け込み、落ち着いた優しい笑顔から「とっても平和でスピリチュアルなところね」と私に返ってきた。


シグマDP1 / F11 / 1/400秒 / ISO100
ナチュラル・ブリッジへのハイキングコース出発地点から、バッド・ウォーター・ベイスンを見る
シグマDP1 / F11 / 1/200秒 / ISO100
ナチュラル・ブリッジの下から

シグマDP1 / F11 / 80秒 / ISO100
砂漠の渓谷

シグマDP1 / F11 / 1/160秒 / ISO100
大きな岩がトレイルに転がっていた
シグマDP1 / F8 / 1/125秒 / ISO100
岩の下を潜って歩く

 次に塩の結晶が盛り上がったようなデコボコした地表が見られるデビルズ・ゴルフコースに立ち寄る。悪魔しかゴルフができそうもないから、と名付けられたデビルズ・ゴルフコースのデコボコの中を、転ばないように歩く。そして、そのデコボコの上にそっと座ると、悪魔とは縁遠い平穏な気持ちになった。

 その後、アーティスティク・ドライブと呼ばれる、カラフルな岩が美しい渓谷を見ながら、曲がりくねって上がったり落ちたりする1方通行の約14.5kmのドライブを走る。キャンプ場に戻ると、太陽は西の山脈にその姿を消す寸前だった。

 その夜は、風もなく気温も冬のように急激に冷え込むこともなく、穏やかないい夜だった。缶ビールを飲みながら簡単な食事を済ませ、テントの中で赤ワインを半分空け、寝袋に潜り込む。薄いマットの下の土を感じ、遠い昔この地が水面下だったことを想像しながら、時刻も確認せず、すぐに寝込んでしまった。


シグマDP1 / F11 / 1/250秒 / ISO100
塩の結晶と泥が混じりデコボコしているデビルズ・ゴルフコース
シグマDP1 / F11 / 1/80秒 / ISO100
曲がりくねった道をゆっくりドライブする

シグマSD14 / F8 / 1/500秒 / ISO100 / APO 50-150mm F2.8 EX DC HSM / 77mm
カルフルなブラックマウンテンズの斜面
シグマDP1 / F11 / 1/160秒 / ISO100
カメラを向ける人も多い渓谷

 翌朝、朝5時半に起きる。この日の行動予定を細かく決めていない私は、テントを畳み6時前にキャンプ場を後にする。私はこの日1つだけ予定していた計画「砂丘で日の出を迎える」を実行するため、まだ暗い190号線を北に走った。砂丘に着くと、すでに数台の車が日の出を待っている。

 砂丘で日の出を迎えたかった私は、路肩に車を停め、砂の上を足早に歩き出す。車道に近い砂丘には人の足跡が沢山あり、車道から離れるとその足跡は少なくなる。砂丘の斜面を登るのに1歩足を出すと半歩滑り落ち、思うようには前に進まない。人の足跡がほとんどなくなる地点までたどり着くと、砂丘の向こうに連なる山の上から、陽の光が砂丘に射し始め、眩しいデスバレーの1日が始まった。


シグマDP1 / F5.6 / 1/60秒 / ISO100
砂丘で日の出を待つ
シグマSD14 / F8 / 1/125秒 / ISO100 / 18-50mm F2.8 EX DC HSM / 50mm
砂丘に陽の光が射し始める


URL
  バックナンバー
  http://dc.watch.impress.co.jp/cda/dialy_backnumber/



押本 龍一
(おしもとりゅういち)東京品川生まれ。英語習得目的のため2年間の予定で1982年に渡米する。1984年、ニューヨークで広告写真に出会い、予定変更。大手クライアントを持つコマ―シャルスタジオで働き始める。1988年にPhotographerで永住権取得。1991年よりフリー、1995年LAに移動。現在はLAを拠点にショービジネス関係の撮影が主。

2008/04/23 00:35
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